嵐のような
健太郎が起きる前に目を覚ました優は、そっと布団を出た。
鍵はポストに入れたというメッセージに、返信が来たのは昼過ぎだった。
「家まで送ってくれたんだよね?重かったよね、ありがとう。」と。
健太郎は覚えていないようだった。
それでもいいと思った。それがよかったと思った。
ただ、優の心に波が立っている、だけで。
◇◆◇
そして、嵐は突然やってくる。
カフェでのバイトの日。カランとベルが鳴ってお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいま…」
「やっほー!きたよー!!」
と、明るい声と共に、見知った顔。
「えっ、麗ちゃん!?愛!?」
居るだけで目を引く2人だ。
あまり混雑していない時間だが、騒がしさに店内の視線が集まる。
「優ちゃん、久しぶりに遊びにきましたー!2人でーす!」
ニコニコとピースをする愛。
ほらほら席案内して、と急かす麗。
「チーフ、お久しぶりですー!妹がお世話になってます」
「麗ちゃん、久しぶりじゃない。ますます美しくなって。お噂はかねがね、だよ。」
麗はチーフともしっかり挨拶をして仕事の話もするあたり、さすがの営業力だ。
「健太郎くん!」
「注文お願いします」
「麗さん、愛ちゃん、いらっしゃいませ」
「今日のおすすめ何ですかー?」
ニコニコで健太郎にメニューを訊ねる愛。にこやかに丁寧に案内する健太郎。
ーーーいつの間にそんなに仲良くなったの。
そんな中店内はざわついていた。
「え!モデルの『澤村れい』!?」
「モデルやめて起業したんじゃなかった?」
「オーラあるねぇ」
「一緒にいるのピアニストの『あい』じゃない?」
「SNS見てるけど、実物可愛いー!顔ちっちゃーい」
「天は二物と三物も与えるねぇ」
学校が離れてからは忘れていたが、そうだった。
目立つ姉妹を持つと、こうだ。
少し懐かしい感じを思い出しながら、ちょっとうんざりした。
「え、えー!優さんの姉妹なんですか!?澤村れいって、高校の頃読んでた雑誌で見てましたよ!!びっくり!!」
きゃーと、興奮気味のみのりに、優は対照的な返してしまう。
「『優と仲良くしてます』って言ったらサインくらいくれると思うよ」
「えっ」
「キッチン入るね。みんなホール居たいだろうから」
「ちょ、ちょっと優さん!?」
みのりの慌てた声に、自分の子どもさ加減に嫌気が差した。
みのりは悪くない。いや、誰も悪くないはずだ。ここにいる、誰も。
優は深呼吸をして、仕事のことだけを考える。
これやりますねとキッチンのスタッフに声をかけた。
「優、もう少しで上がりでしょ?麗さんが、俺と優も一緒に食べたらって。」
「え…?」
頭が真っ白になる。
ーーーあ、だめだ。
「あ…っと、この後予定ある、んだ。帰らないと」
「そうなの?」
「うん、ごめんねって麗ちゃんたちにも言っておいて」
「優?」
「ほら、オーダー呼ばれてるよ」
グイグイっと健太郎をホールに送り出した。
上手く笑えただろうか?
バイトのシフトが終わる時間きっかりに、優は逃げるように裏口からお店を出た。




