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お酒と体温と

「優ちゃん、コイツ送ってってくれない?」


コイツと、チーフが指差したのは完全に潰れた健太郎だった。そんなに弱くはないはずだが。

チーフはそのまま二次会に参加するつもりらしい。調子いいなと内心呆れつつもタクシー代を出してくれたので渋々承諾した。


壮年のタクシーの運転手が手を貸してくれたが、大柄な健太郎を部屋まで、そして1人でベッドまで運ぶのは大変で、そのときは流石にチーフを恨んだが。


みのりの言う通り、バイト帰りに優を送ったら遠回りだ。

タイミングが合うと一緒に帰るついでに送ってくれていたが、それはバイトを始めてすぐくらいだったように思う。


いや、それは優だからではないだろう。

きっとみのりと帰りが一緒になるときは、みのりを送って帰ることだろう。


「お水飲む?」

「ん…」


途中で買ったペットボトルのキャップを外して、ベッドに座った健太郎に手渡す。

悪いとは思いつつも好奇心が先に立って優は初めて来た男の人の部屋を見回す。

物は多くないが少し散らかっている。


まさかこんなタイミングで来ることになろうとは。


ゆっくり水を飲んだ健太郎からペットボトルを受け取る。


「気持ち悪い?」

「や、大丈夫」

「大丈夫そうなら私帰るね?鍵、ポストに入れてくから」

「ん、ゆう」

「きゃ」


布団をかけようと伸ばした手を絡め取られて、ベッドの中に引き込まれる。


「ちょ…ん」


抵抗する間もなく奪われるように唇が重なって、健太郎は抱え込むように優に腕を回し、逃げられないように足が絡まった。


「健太ろ…」


強引にねじ込まれた舌は空気も何もかも奪うように絡まるくせに、まるで愛しむように


こんなキス、知らない。


「優」


少し掠れた声で、だけどしっかり、“優”と、誰とも間違えられずに呼ばれたことに少なからず安堵した。


「早く俺のこと好きになってよ」


そう優に囁く声は聞いたこともないくらい切羽詰まっていて。


 

「好きなんだ」



ドクン。


心臓の音がうるさい。


ーーー誰の心臓の音?


体が熱い。


ーーー誰の、体温?



健太郎はすぅと寝息を立てている。

それなのに、しっかり抱きしめられている。

苦しくはないが、腕から抜け出せそうにない。



優はまだ余韻の残る自分の唇にそっと触れた。


嫌じゃ、なかった。



まだ好きだと言ってくれるの

優しく触れてくれるの

求めてくれるの


ーー愛して、くれるの



心の中で幾度となく問いかけた。


まだ好きじゃなくてもいいと言ってくれた彼に、優はまだ何も言葉を返していなかった。

健太郎も強要しなかった。


「健太郎…」


言葉にしなければ、傷付いていないことにできるのに。


「もう少しだけ、待って」



硬い胸に頬を寄せ、規則的な心臓の音を聞きながら、優も瞼を閉じた。




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