アイスコーヒー
日々は穏やかに、流れていく。
バイトを上がろうとしたところに、健太郎が優に声をかける。
「優、この後みんなで飲みに行くって。行くよね?」
「うん、行くよ」
じゃああとでね、と、健太郎は優の頭をポンと撫でた。
胸のあたりがじんわりと温かい。
あれから、変わらないようでいて、どことなく距離が縮まったような気がする。
バイトが休みだったみのりと、早上がりだった優は近くのカフェでお茶をしていた。
これからバイトのメンバーで飲み会なのだ。
「優さーん、なんかいいことありました?」
「そう?」
「すごく楽しそう。いいですねぇ恋ですねぇ」
ニヤニヤするみのりに、優は赤くなった。
「うふふ、かわいいー。健太郎さんの片想いが実ってあたしは嬉しいです」
「…みっちゃんは、前から知ってたんだもんね。」
「そりゃあ。健太郎さん、優さんには特別優しいですもん。健太郎さん隠してなかったし。見る人が見たらわかりますよ。常に優さんのことは気にかけてますし。帰り道もちょっと遠回りして優さんのこと送っていくし。」
「え、通り道なんじゃないの」
「あれ、これ言ったらまずかった?」
事実だしまあいっかとみのりはアイスコーヒーをすすった。
「いいなぁーあたしも優しくてイケメンな彼氏が欲しいなぁー」
「みっちゃん、彼氏できたって言ってたよね?」
「うーん、あたしの場合は付き合ってても片想いみたいなもんですから」
「え?」
「好きな人いるんです、彼氏に。まぁその人にはラブラブの恋人がいて、全く相手にされてないんですけどー」
「みっちゃん…」
みのりは明るく言うが、優はかける言葉が見つからない。
「いいんです、つらいのもわかって付き合ってますから。
馬鹿みたいだけど、優しくされれば舞い上がるし、傷付くってわかってても手放せないんですよ。」
ふっとみのりの表情が翳る。
カランと、両手で握ったグラスの氷が崩れた音がした。
「いっそハッキリふってくれた方が楽なのにと思うこともありますけどね。」
ポロッとこぼれたこれが本音なのだろう。
身に覚えがあった。
そうだ、平気なはずない。
応えもせず曖昧にして。
待ってくれるという言葉に甘えて、中途半端に期待を持たせている。
最低だ。浮かれてる場合じゃない。
「つよいな」
優は自分のことを、自分の感情を、その断片でさえも、口にするだけで、泣きそうなくらい、怖いのに。




