アップルパイ
「へぇじゃあ優ちゃんは去年から健太郎と同じとこでバイトしてんのか」
「そうです。健太郎はバイトの先輩でいろいろフォローしてもらってます」
「はは、アイツと同じこと言ってら。よく気付く子だって言ってたよ」
運ばれてきたアップルパイをつつきながら、楽しそうに話す男の人。
目の前にいるのは彼氏の友達だ。
なんでこんなことになっているんだろう。
◆◇◆
「あ!あー、えーと、ゆう!優ちゃん!だよね?」
「…こんにちは」
「こんちはー」
そう、声をかけられたのは、1人で買い物をしていたときだった。
バイトも予定もない学校終わり。
家に帰る気にならず、優はウインドウショッピングをしていた。
「和也、さん」
「覚えててくれたんだー嬉しいなぁ」
名前を呼ぶと、和也は軽薄そうな笑みを浮かべた。
「1人?健太郎は?」
「1人ですよ。今日は約束してないので」
「ふーん。授業終わるなり急いで帰ったから優ちゃんとデートなのかと」
「あはは」
「いや真面目な話。」
和也はまじまじと優の顔を眺める。
不躾なくらいの視線にどうしていいかわからず、優はとりあえず微笑む。
「ちょっと、時間あるならお茶でもどーおー?」
「はい?」
「アップルパイの美味しいカフェあるんだよね」
「えーっと」
「タルトがいい?」
「いえ、」
「パフェってのもアリ。」
「あの」
「アップルパイと、タルトとパフェなら、優ちゃんはどれがいいー?」
ああ、つい最近こんなことあったなとぼんやり思う。
ニコニコと掴めない笑顔で訊く和也は折れてくれそうにもなく、断る理由も見付けられず、頷いていたのだった。
「……アップルパイで」
流されやすすぎである。
◇◆◇
どうしたらよかったのだろう、と、考えても仕方ないことを考えながら、紅茶を飲んだ。
アッサムの香りはとても落ち着く。
目の前にいる和也は、相変わらず何を考えているかわからない笑みを浮かべながら、同じようにアップルパイを食べている。
「優ちゃんさあ、歴代の彼女と全然雰囲気違うからさ」
「……そうですか」
それは、優が喜ぶべきことではないように思えた。
胸のあたりに違和感を覚えつつ、それには目を瞑る。
変な顔をしていたのだろうか。悪い意味じゃないと和也はパタパタと手を振った。
「健太郎ってさ、あの通りだから女にはモテんだよね。昔から」
確かに、整った顔立ちにあの身長、頭も良い、運動もできる、その上やさしいとくれば周りが放っておくとは思えない。
「基本来る者拒まずで女途切れたことないんだよね。仲良くしてたしそれなりに大事にしてる風ではあったけど。別れるときもあっさりだったから誰でもよかったのかなぁ」
「はあ…」
「ああ、違うよ?勝手に健太郎の過去の女自慢する気ないし、優ちゃんの邪魔しようとは思ってないし」
「………」
「んで、その健太郎が1年くらい前に別れたっきり可愛い女の子のアプローチも無視だし、告白されても『好きな子がいるから』の一点張りでさ。この前はあんなこと言ったけど、合コンだって行ったの本当に久々だったんだよね」
りんごが上手く切れなくて、行儀悪くカチンと音をフォークがお皿にぶつかる音が鳴った。
「その好きな子とやらに会わせろって言っても、ヤダって会わせてくれないし。だからこの前偶然会えてラッキーと思ったね。今日もね。」
それが優で、期待外れだったのではないだろうか。
「んで、この前確信した。本気なんだなって」
らしくない、真面目な口調で和也が言った。
「そんなわけ、ないですよ。健太郎は私より…」
最後まで言葉にできなかった。
落とした目線の先で、アップルパイに添えられたバニラアイスが溶けて広がっていく。
「あれ、優ちゃんって案外鈍いの?」
「え?」
優は人の好意には鋭い方と自負があった。
だからこそ気を遣ったこともあったし、それで傷付いたことだってあった。
「アプローチしようとしてもサラッと交わされるって言ってたよ。受け止めきれてないだけ、に、オレには見えるけどなぁ」
「どういう…?」
掴めない男の言うことなんて真に受けるな。と、自分に言い聞かせる。
「あの健太郎が振り回されてるのも見てて楽しいからいいんだけどね、そのままでも。俺としては。」
パイを溶けたバニラアイスを浸して、和也は言った。
「優ちゃんさぁ、そんなに頑なに何を守ってるんだろうね?」




