プロローグ
虫の音がさわがしく、じっとりと汗ばむ、夏の終わり。
「付き合ってくれ」
バイト帰り、バイト仲間と駅まで歩きながら、唐突に立ち止まって向けられた言葉に、思わず優も足を止める。
唐突だったとはいえ何処に?なんて冗談で交わせる雰囲気なんてそこにはないし、冗談や悪ふざけでそんなことを言う人でもないことも知っている。
ちょっといいなと思っていた人に言われて、何も感じないわけじゃなかった。
でも、優は、
「悪いんだけど、」
「なんで?」
目を伏せて背を向けようとする優の腕を、彼が掴んだ。驚いて顔を上げると、真剣な瞳と目が合い、優はまた俯いた。
「彼女、は」
「もうずっといないよ」
強く掴まれているわけじゃない。
優が離れようとしたら、腕は解けるだろう。
「彼氏、いないって言ってたよね」
「そ、う、だけど…」
触れたところから伝わってくる体温。
「好きな奴、いないって聞いた」
「で、でも私」
「まだ俺のこと好きじゃなくてもいいから、俺に付き合ってあげるくらいの気持ちで、付き合ってよ。」
ぐ、と言葉に詰まる。
「好きなんだ」
真っ直ぐな言葉を撥ねつけることもできず。
伺うように、顔を上げると、真っ直ぐな瞳と目が合う。
「俺と付き合って。」
バイトでお客さんに向ける人好きのする笑顔とも、友達に見せる柔らかい表情とも違う、真剣な表情。
「……お店のみんなには、内緒にしてね」
押し切られるように、優は頷いていた。
だって、思ってしまったのだ。
この人は、私を愛してくれるかもーーーと。