15 重量感のあるお客様は ドラゴン父さん?
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エルフはドラゴンには及ばないものの優れた魔法の使い手である。当然、長ともなれば高度な魔法を使いこなす。戦士級の者は異常なほどの筋肉量を誇り、オーガ等は魔法を使わずとも潰せるし、トロールさえも一捻りと言われている。
ミレナが戻ったエルフの里では、親子の平凡ともいえる語らいがあった。そう、ミレナの父は、エルフの里の長とも棟梁とも呼ばれている実力者なのである。長として部族束ねる者の住まいは大きい。今、その厨房からは甘い香りが流れている。
「お父様、パンケーキが焼けましたよ」
「ミレナ、すまんのー」
「あのねぇ。ご免なさいーお父様。理の実の事、ゆるしてー下さいー」
「ま、いいかな。無くしたものは仕方ないし。なあ、お前」
「も~何を言っているんです。あなたは、優しすぎます。あれだけ苦労して、娘の為にと理の実を二個も手に入れたのに。それが無くなったのですよ」
「だって、せっかくミレナがワシの為に、パンケーキを焼いてくれたんだ。これ美味そうだし。ワシの好物だし」
「あなたは、エルフを束ねる者なのですよ。ミレナはやっと500才を超えた小娘なんですよ」
「ウ、ウン」
「弟子のアネットがやった事とは言え、弟子の不始末は師匠たるミレナの責任でしょう。今後の事も有ります。お願いですから、もっと厳しく躾けてください」
エルフのミレナには、小麦粉を渡したんだ。美味しいとポップに書いてあった1キロのを5袋。その内の2袋がホットケーキミックスであった。最高級品ではないが、日本の近代的な製粉技術の賜物である。普通に美味しいのだ。
どうやら、ホットケーキミックスは人知れず異世界での平和に役立ったようである。
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こちらは、エルフの里から遠く離れたあおい町キャンプ場である。そして今、再び異形の者がキャンプ場に着こうとしていた。空から急接近する者はいかなる能力が有るのか、迷わずキャンプ場の事務棟に向かっていた。
「あ! お父上」
「そうだとも、エベリナよ。父である。久しいな」
そう言うなり、エベリナは固まってしまったようだ。フム。どうやら、言葉使いが少し古くさいのは家系のようだな。それにしても、この理の実と言うのは意訳と言おうか、上手くニュアンスを伝えてくれるらしい。思ったよりも高度な魔法技術なのだろうか。
「して、そちらの方は? イヤ、失礼した。お尋ねしたのはこちらだったな。先に名乗りをさせていただこう」
「ハァ」
「我が名は、イザーク・イラーク・サビナ・ハジェ・ビーチュである。エベリナが、何やら世話になっている様子。すまぬな」
そうなんだ。俺っちは、何時もの様に名前の長さで負けたのだった。このキャンプ場にやって来る異形の奴らは、名前が長いのが標準仕様ではなのかと思うのである。
イヤ、今はそんな事じゃ無い。俺っちの目の前いるエベリナの父だと思われるレッドドラゴンからは、ただならぬ気配が漏れ出している。背中には悪寒が走る。俺っちの本能は、再び強く警告を出していたのだ。
「イヤイヤ、お気になさらず。イザーク・イラーク・サビナ・ハジェ・ビーチュさんでしたね? 良くいらっしゃいました」
「ホー、人族にしては中々礼儀正しい青年ではないか」
「ありがとうございます。俺っちはリョウター。失礼いたしました。森リョウター。はい、自分は森良太です」
「ウム、それで」
「22才で、もちろん独身です。身長173.7センチ。体重は先週67キロでした」
「フムフム、そうか。エベリナよ。リョーターとやらは、ワシの名をちゃんと言えるようだな」
今、聞いたばかりだし。発音は何とかの実のおかげでそれなりに上手く発音できたようだ。そうでも無ければドラゴン語の発音など人種には不可能だろうしね。
それはともかく、目の前には赤いウロコのパターンが浮き上がった短パンをはき、背中に一対の羽を生やしたムッチムッチではあるが中年のかなりのイケメンがいた。やはり、ご家族なので有ろう変化をしていても共通点が多いようだ。
因みに、上は白のランニングシャッで、ごく軽装で有る。アーエー、なんてこった。ジト目で俺っちの事を値踏しているのではないだろうか。娘さんの横に立っているだけなのに、誤解されてそうな雰囲気なんだなー。
危険とは隣り合わせであるとは言え、社会人として常識がある所を見せて、会話を続けねばならないな。
「エベリナさんには、いつも世話になっています」
「何ー! エベリナさんだと。ワシの聞き間違いだとおもうが。ムー、おぬし。よもやと思うが、本当にエベリナ様でなくエベリナさんと呼んでいるのではあるまいな?」
「と、とんでもない。言い間違えました」
「そうであろうな。エベリナ・ショトロヴァー・サビナ・ハジェ・ビーチュ様であろうよな」
この会話の直後に、色々とお父さんから3分ほど御指導を受けたのだ。やっとの事で誤解は解いて会話を続ける。ウーン、口から炎を出しながら話ができる人との会話は、人生で初めての体験だった。
人生で一番長い3分で有ったと言えるだろう。そう思いたいのだが、何やら前途多難な感じである。焼き鳥の気持ちが少し分かった気がする。
「あれ? イザークのおじさん。オヒサー」
「オ! だれかと思えばアネットちゃんではないか。このような所で会えるとは、奇遇な事じゃ」
「そうだねー。ところで、イザークのおじさん。なんで火吹いてたの? 燃やしちゃダメだよ」
「イヤ、なに。些細な行き違いでな。ハハハ、そうであろう。リョーター殿」
「エ、エェ、誤解だったんですよねー」
「へー、そうなの」
「アネット嬢とまみえたのは真っ事、愉快千万であるが……。はて、さて、見廻してみればかなり奇怪至極の場所であるな。この際だ。退治してしまうか」
「待って、待って。おかしな所じゃないし、リョウターは良い奴だよ」
なんと言う幸運だろう。トコトコと歩いて来たアネットの一言のおかげでドラゴンの魔手から助かったのだ。この時ばかりは、アネットに感謝してしまった。
アネットに教えてもらったのだが、イザークさんの名前の意味は超重量級で最強龍種と言われる赤きドラゴン族の絶対的な破壊者となるらしい。すごいじゃん。イーヤー、俺っちの勘は当たっていた。
だって、名前だけではなく傍に立たれているだけで圧力とか威厳のような物が感じられるんだ。でも、お父さん。絶対的な破壊者って、どんだけ怖いの。
「待て、エベリナ。どこへ行く。逃げても無駄ぞ。ちゃんと説明をいたせ」
「エ? ア! エーと……ナ、ナッ。頼む、リョウター!」
「エ? 俺っちなの。ウーン、あのー、ご歓談中何ですが、そろそろお昼なんで、ぶぶ漬け(お茶漬け)でも如何ですか?」
「フーム……。あい分かった。食事とな。気が利くでは無いか。ちょうど小腹も空いておった所じゃ。馳走になろう」
「イザークのおじさん。本当は言葉の綾でねー、リョウターは遠回しに帰れって言っているんだよー」
「ゲ。なんでアネットが、ぶぶ漬けの意味を知っているんだ」
「はてな? ワシは今、お茶漬けを食べて行けと言われたと思ったんだが?」
「いやだなー。もちろんその通りです。ただのお茶漬けですよ。食べていって下さい。ほら、アネットちゃんもおすすめしてねー」
「ゥ……ウ。リョウター、分かったから口から手を放してよ」
やっぱり、アネットだった。まったく、どこで余計な知識を手に入れたのものか。イザークさんにジロリとにらまれてしまったじゃないか。
マァ、仕方ない。市販品の貴重なパックゴハンと貴重な即席お茶漬け、俺っちの好きな最後のシャケ茶漬けなんだからねー。エベリナよ、この貸しは高いぞー。
「異界の食べ物という事で期待せなんだが、中々旨いではないか。重畳、重畳」
「腹が減っては戦が出来ませんからね」
「何、戦とな。リョウター殿に戦とは……。なるほど、競い合う敵がいるという事か。あいわかった。一食頂いた、この身。いざ、恩義を返さん。ご安心召されよ。ワシが攻め滅ぼしてくれるわ」
「イヤイヤ、これこそ言葉の綾ですよー。あらぬ誤解を招いたようですみません」
「なんじゃい。つまらん」
「チョッと、チョッと、エベリナ。お父さんて、いつもこうなの?」
「うん。だいたい、このような感じじゃな」
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「アネット。ドラゴン名の意味はだいたい分かったけどさー。超重量級ってなぁに?」
「史上最大のドラゴンの事だよ。ホラ、人化しているけど目の前にいるじゃない」
そう言って、アネットがやさしく答えてくれた。この世界では数々のドラゴンが生まれたそうだが、そんなかでも総重量2,5万トンという桁外れの超重量系のレッドド ドラゴン クラスなのだそうです。
現在、その超重量系ドラゴンのイザール父さんは椅子に座って娘のエベリナと歓談中なのだけど。エベリナといい、クマゴロウさんといい、質量保存の法則は何処へ行った!
マァそれはともかく、超重量級と最強は、ほとんど同じ意味合いだそうです。参考までに、以下は比較できるように登場してもらう皆さんの推定重量です。
1番、人族に近い巨人、タイタン坊や 20トン。2万キロです。体重が、2~3キロ増えようが減ろうがあまり関係ないというのがわかります。
2番、同じく一つ目の巨人、トロール君 35トン。3万5千キロです。北欧のトロールじゃなくて、みんなで指輪をどうたらする映画に出て来る方ですね。
3番、水の中なので浮力を活かして滑らかな動きをする、シーサーベントさん 1.2万トン。一挙に増えて1200万キロ。
4番、世界的に有名な古代龍。エンシェントドラゴンちゃん 恐らくは1.7万トン。1700万キロですね。やっぱりキロよりトンの方が語呂が良い感じです。
まぁ、我らが日本にはシンゴ●ラ様がいて、ぶっちぎりの9.2万トンだそうです。そう言えば、ウル●ラマン兄さんは3.5万トンだっかな?
因みに、質量保存の法則なのですが、働いて無いのは魔法が使用中だからそうです。だって、超重量級レッドドラゴンのままだったら2.5万トンあるのです。常時発動している重力魔法を操ればこそ、不自由なく動かせるのです。
これなら歩いても地面に穴が開いたり、地盤沈下したりしません。ですが、一瞬でも変化の術を解いてドラゴンに戻れば、周りにはたちまち破壊の嵐が吹き荒れるそうです。
それに、今はビュンビュンと音が出ているだけのおまけみたいなシッポですが舐めてはいけません。バランスを取るだけでなく、(精神的にも、物理的にも)いざとなれば、シッポを振り回す衝撃だけで周辺地域が数百メートルに渡って壊滅します。
お話して戴いたイザーク父さんの、お父さん。つまりおじいさんドラゴンですが、懐かしの先代様の事ですね。この方から栄光のレッドドラゴンの歴史が始まっていくのです。
体重は2万トンでしたが、かなりやんちゃな、はりきりドラゴンだったそうです。頭の回転もかなり速く、頭脳明晰な方だったそうでもあります。
ドラゴンと名乗れるレッドドラゴンをはじめ、各ドラゴン族(レッド、ブラック、ホワイト、グリーンetc.)はワイバーンなどの亜龍種とは違います。
普通に体の頭・胸・腰に脳が3個あるそうで、この3つの脳を駆使して戦うそうです。運動神経が良く、反応が早いのはこの為だそうです。
話を戻しましょう。で、このおじいさんドラゴンは敵対勢力に対抗するため、持ち前の機動性を活かして、素早く敵陣を攻撃・突破し、敵に陣地の再構築・再編成をするスキを与える事のない電撃戦を採用していました。
尚、敵とはいったい何処の誰か、教えてくれませんでした。人間じゃないと、良いと思いますけど。
もちろん、ドラゴンに対して敵の戦闘力が上回ることもありましたが、改良されたドラゴン(息子さんのイザークさんです)は、より優れた能力で戦ってます。攻撃及び防御に特化し、選択的進化をしたと言うのかも分かりませんが……。
たとえば、不利な戦いとなっても強力な力技と優れた個体戦闘力ですべての攻撃を跳ね除けました。その体躯は大型戦艦と比較されますが、火力に優れており防御力も常識を超えていました。
ここでも、やたらと優れたという言葉が出てきますが、その通りなのでご了承下さい。ドラゴンは誕生自体も困難ですし、改造・運用・実用も難しいと言う癖の強い生命体です。その苦労を耐え忍んで生まれたドラゴンは他の生物を抜いて余りある存在です。
ドラゴンの中でも最強主と言われるレッドドラゴンですが、主要部分の装甲は厚15センチに及ぶ魔法金属であるオルハルコン属性の強化皮膚で出来ています。これだけで、あらゆる既存の打撃系の攻撃を防ぐと言われます。
また、本来弱点となるはずの可動部に使われている生体ミスリムは、金属系ミスリムの数倍の防御力を生み出すそうで、完全装甲の皮膚とは名ばかりの鎧を纏った生物なのです。
この鎧は、ドラゴンの体は四角四面の立方体では無く、元々丸みが生かされた流線型が多用されたボディです。偶然とはいえ天然自然の傾斜装甲を生み出しております。
これにより、砲弾やミサイル、電磁砲に対して、その防護力を1.5倍ほど上げているのも見逃せません。やはり攻撃力を加味すると、レッドドラゴンと言うのは正に絶対的な破壊者と言う名の通りの存在なのです。
参考までに人類の用意出来た(やっぱり人と戦っていました)、人類の最高・最大の攻撃力と言われる王宮魔法使い達100人による、広域殲滅火力魔法を正面から受けても、目をつむるだけで済ませたと言う逸話が有るほどです。
主兵装とされる口から出すドラゴンブレスですが、強大な破壊力を持つ収束化されたブレスは、簡単に山脈を貫く事ができ、最大出力では地表にはガラス化した巨大な湖が残されるのみとされます。
収束化させれば長射程となり、全ての敵をアウトレンジから、撃破・破壊する事が可能だと言われています。おそらく、軌道上の隕石ミサイルやマッハ25を超えるICBMといえども優れた視力を併用すれば迎撃可能でしょう。
また当然ながら2,5万トンの体当たりの慣性による破壊力は凄まじく、おまけの様に聞こえるかもしれませんが、しなやかなムチのようなシッポ攻撃も同じ様に極めて有効な攻撃方法であり、忘れてはならないと言われます。
ついでながらお知らせしますと、ドラゴン家の子孫繁栄計画には、イザーク父さんの能力を超える惑星を破壊出来る規模のスゴィィィー子孫を生み出す事と記載されているそうです。
もはや、自分の居る世界を破壊する能力を生み出すのが目標とは訳が分かりません。これを一族の男達が、大真面目に計画していたという事です。
当然ですが惑星破壊なんてやらせる訳にはいかない。そんな事は貴重な資源と時間の浪費だと、奥さん達に却下されたらしいですが。マァ、その意気や良しでは有ります。日本人も絶滅する前に、ドラゴンを見習って真面目に繁殖しろよと言いたいですね。
それはともかく、却下はされましたがドラゴンのオスは不屈の精神と夢と希望にあふれています。ありていに言えば、ドラゴンの雄とは非常に、はた迷惑な存在なのかもしれません。
そうそう、言い忘れましたが、ドラゴン族は優れた魔法の使い手であり、強大な魔力量を誇っています。魔法の事まで述べれば、もう何でもありです。一度レッドドラゴンと言う生物を知ってしまえば、あなたはもうこの不条理を忘れる事は出来なくなるでしょう。
以上が、レッドドラゴン(およびイザーク父さん)に関する、アネット講師による大まかな説明でした。世の中、知らない方が良いと言うのも、本当に有るという事です。