60. ホテルセイレーンでの一夜
ステップワンダーの職員さんに案内されてやってきた、ホテルセイレーン。
見た目からして立派だし常に水を噴き出している像もあるし、なにこれ!?
「ああ、特使様は初めて見ますよね。あれは〝噴水〟です」
「〝噴水〟」
「水を絶え間なく汲み上げて噴き出させる仕組みが施してあるんです。もちろん、魔道具ではありませんよ」
「すごいですね。アイリーンの街では見たことがありませんでした」
「ドラマリーンは水資源が豊富ですから。それでは、受付までご案内いたします」
「よろしくお願いします」
ギルド職員さんに案内されて噴水脇を通り抜け、ホテルの正面玄関へ。
そこではサイ獣人の門兵さんが待ち構えていた。
「話していたアイリーン特使の方がご到着なさいました。通してもよろしいですか?」
「はい。ようこそ、特使様。ホテルセイレーンへ」
「あ、ありがとうございます」
うわー、こんなところでもセンディアなんかとは全然違う。
あれを基準にしちゃだめなんだ。
心に留めておこう。
「ようこそ、ホテルセイレーンへ。あら、あなたは……」
「ご宿泊予定のアイリーン特使様がいらっしゃいました。お部屋にご案内いただけますか?」
「喜んで。すぐに案内係を呼びます」
受付も人間の綺麗な女性の方だったけど、全然悪意を感じなかった。
これが《《普通》》なんだよね。
センディアへ先に行っていたから感覚が狂っているのかも。
「お待たせいたしました、特使様。……おや? お荷物は?」
「あ、申し訳ありません。私の荷物はすべて《ストレージ》にしまってありますので」
「なんと……それでは私のような体格のよい獣人では怯えさせてしまいますかな?」
「気にしませんよ。今回は特使として訪問しておりますが、普段は冒険者ですので」
「それはよかった。お部屋はこちらになります。お部屋で着替えられましたら、支配人が食堂までご案内いたしますのでごゆっくりおくつろぎくださいませ」
この、ゴリラ獣人さんもいい人だ。
でも、着替えか……。
旅用に古着じゃなくてオーダーメイドの服は用意してもらっているけれど、大丈夫かなぁ?
「こちらがお部屋になります。それでは、ごゆっくり」
「はい。案内ありがとうございました。それから……」
「ああ、いえ。当ホテルでは一切の心付けをいただいておりません。どうぞお納めください」
「それは失礼いたしました。部屋で着替えたら支配人の方を待たせていただきます」
「ええ、おくつろぎくださいませ」
危ない危ない。
こういうところでは、案内人とかに心付けを渡すのが礼儀だと思っていたよ。
気分を悪くさせちゃったかな?
ともかく、お部屋に入ってホテル用の普段着に着替えないと。
……ドレスだから足がスースーするんだけど。
特使服も脱ぎ終わり、ホテル用の普段着として作られた服に着替えて支配人という方を待つ。
これだけ優遇してくれている上に眺めのいいお部屋まで用意してくれたんだもの、失礼があっちゃいけないよね。
ミネルたちにはこの服のことを笑われてるんだけど……。
待つことしばらく、部屋のドアが控えめにノックされた。
「特使様、衣替えはお済みでしょうか」
「はい。大丈夫です。いま鍵を開けます」
鍵を開け、ドアを開けるとそこに立っていたのは初老の男性。
服をビシッと着こなしていてかっこいいな。
「ようこそいらっしゃいました、アイリーン特使様。当ホテルの支配人、リンゼイと申します」
「ご丁寧なあいさつ、ありがとうございます。私はアイリーンの街から派遣された特使、シズクと申します。普段はがさつなDランク冒険者なので失礼を働くかもしれませんが何卒ご容赦を」
「おや? Dランク? 首に掛かっているネックレスこそ鉄製ですが、冒険者タグはミスリルと見受けられます。それにただのDランク冒険者を特使に派遣するようなこともありますまい。D+ランクの方でしょう?」
「……そんなにわかりやすいですか?」
「長年、支配人を務めておりますからな。それでは食堂へとご案内いたしますが、お連れの動物様方はいかがいたしましょう」
「そうですね。みんな、私は食事に行ってくるけど、どうする?」
『儂はこのまま休んでおる。シズクのみで行ってこい』
『僕も休んでるー』
『わちも休んでいるわさ。ここなら安心だわさ』
『あたちも休んでいるよー』
「はて、動物様方の声が聞こえたような……?」
「私のスキルの効果です。私、〝ペットテイマー〟ですから」
「なるほど、テイマー系の『天職』でしたか。しかし珍しいですな。あのような動物たち相手のテイマーというのも」
「はい。私と私が引き取った妹のふたりにしかまだ会えていません」
「なるほど。おっと、あまり長話をしていると、歌姫の歌を聴きそびれてしまいますな。では、食堂へと参りましょう」
歌姫かー。
冒険者ギルドのギルドマスター、デレックさんも言っていたけど楽しみかも。
リンゼイさんに案内されるまま食堂へとやってきたんだけど……2階建てなの!?
それにここって一番いい席だよ!?
私なんかが座っていいの!?
「お疲れ様でした、特使様。特使様の席は滞在中、ここが予約席となります。どうぞおくつろぎください」
「は、はい。こんないい席をご用意くださりありがとうございます」
「それでは、私はこれで。当ホテル自慢の魚料理と歌姫の歌をご堪能ください」
魚料理、食べられるんだぁ。
でも、マナーが全然わからない!
魚料理なんて初めて食べるよ!?
そう思って内心パニックを起こしていたら、運んできてくれた人が魚料理の食べ方も教えてくれた。
魚料理、お魚自体にもほんのり塩味がついていて、ソースをかけて楽しむのもおいしい。
お姉ちゃんやミーベルンも、今度連れてきてあげたいなぁ。
私、素材を売ると大金持ちらしいし。
提供されるお料理を食べていると、階下ら拍手が巻き起こり、ひとりの鳥獣人の人が食堂の真ん中にあるステージへと座った。
あの人が歌姫さんかな?
「皆様、今日はホテルセイレーンへお越しいただき、まことにありがとうございます。食事の途中となりますが、私の歌もお聞きくださいませ」
そのあと、その鳥獣人の人が歌い始めた歌は、ものすごく迫力のある声で食堂内に響き渡った。
内容は……あれ、どこかで聞いたことがあるような?
って、これ、私のことだよ!?
「本日の1曲目は本日よりアイリーンの街から特使として当ホテルにお泊まりいただいている、ステップワンダーの活躍を綴った歌となります。ステップワンダーにありながら、ハイオークを恐れず、また、最終決戦の際にはオークジェネラルを2匹も討ち取った英雄。いまは2階席にて食事を取られておりますが、皆様からも盛大な拍手で称えてくださいませ」
そして、本当に巻き起こる拍手。
うぅ、恥ずかしい。
自分のことが歌にされるとこんなに恥ずかしいだなんて……。
そのあとも歌姫様は様々な歌を歌い上げ、食堂を大いに盛り上げてくださった。
こういう雰囲気もいいなぁ。
やっぱり、お姉ちゃんとミーベルンを連れてきたいなぁ。
D+程度の冒険者じゃ門前払いされるかもしれないけれど。
歌が終わったあと、歌姫様は各テーブルにあいさつをしながら回り、そこでもたくさん声をかけられていたみたい。
本当に人気者なんだね。
さらに歌姫様は2階席にも上がってこられてテーブルを回ってあいさつをして歩き、最後は私のところへきた。
どんな顔をすればいいんだろう……?
「初めまして、特使様。当ホテルの歌姫、アラベラと申します」
「こちらこそ初めまして。アイリーンの街から特使としてきている冒険者のシズクです」
「うふふ。〝ウルフ狩りのステップワンダー〟様のご活躍はドラマリーンの街でも有名ですのよ?」
「悪名でなければいいのですが」
「初めの頃こそ〝Eランクのくせにゴブリンと戦おうとしない臆病者だ〟と言う冒険者がおりました。ですが、街の食糧事情を知るものたちにとって、その存在はとてもうらやましい限りです。毎日、天気が悪く、狩りが危険ではない限り安定して食料を調達いただける。そんな冒険者がいてくれるなんてそれはそれで嬉しいことです」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「それに、アイリーンの街防衛戦でその評価もがらりと変わりました。ステップワンダーでは相手取ることすら難しいオーク相手に無双の活躍を成し遂げ、ハイオークすら倒す。さらには、オークジェネラル2匹すら倒してしまうだなんて。いまのあなたは冒険者の憧れですよ?」
「オークと戦えたのも、オークジェネラルと戦えたのも、私の『天職』のおかげです。そうでなければ、ステップワンダーの冒険者なんて物資輸送と後方支援、負傷者の治療しかできませんから」
「ふふ。では、そういうことにしておきましょう。申し訳ありませんが、特使様が泊まる間の1曲目は特使様の活躍を綴った歌にさせていただきます。この歌がいまのドラマリーンではもっとも人気がありますので」
私の歌が一番人気……。
恥ずかしい……。
「それでは、今日から1週間、私の歌もお楽しみください。また明日、お会いいたしましょう」
「はい。楽しみにしています……」
うう、はずかしいなぁ。
このことを部屋でみんなに話したら、聞きに行きたいとか言い出すし。
他のお客様の迷惑になるからだめって断ったけど、この街で一番人気ってことはアラベラさん以外にも歌っている人たちがいるんだろうな。
明日は街の中を散策してみようと思っていたけれど、どうしよう?
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