47. センディア滞在最終日前日
エンディコットさんの宿に泊まり始めて5日目。
つまり、明日の朝にはこの宿を出て冒険者ギルドへ行き、最後通牒を押しつけて帰る日だ。
なので、ブル狩りも今日で終わり、なんだけど、昨日からかなり狩猟数が減っているんだよなぁ。
川辺だけじゃなく平原の方も飛び回っているんだけど、キラーブルもフォーホーンブルも見かけなくなってきた。
どっちも森には普通生息しないらしいから、見かけることがないこと自体おかしいんだけど……どうしたものか。
『ふむ。ブルがいなくなってきたか』
「そうなんだよね。そんなに乱獲した覚えはないのに」
『結構狩ったけどそれくらいだよね?』
『毎週ウルフを狩っているシズクの狩猟数を考えればたいしたことがないわさ』
『そうなの?』
「うーん、もっとお土産にほしかったんだけどなぁ」
「あ、あの」
私たちの間におずおずと手を挙げて割り込んできたのはミーベルンだった。
そんなに萎縮しなくてもいいのに。
「具体的にどれくらいの数を倒したんですか?」
「具体的にかぁ。キントキ、魔石の数、わかる?」
『ちょっと待って。キラーブルが645個、フォーホーンブルが453個だね』
「その、私が聞いた話だと、キラーブルもフォーホーンブルも生息数が極端に少ないそうです。魔獣としても数が増えにくく、離れた場所まで移動するには時間がかかるので、一カ所で数が少なくなると生息数がかなり減るとか」
「へえ、そんな話初めて聞いた」
『ケウナコウもサンドロックも知っていて教えなかったのではないか? 最初から依頼が断られることを見越しての意趣返しとしての』
「そっか。私悪くないもん」
『冒険者がどう狩ろうと、知ったことじゃないよね』
『ちょっと乱獲する程度で激減する魔獣が悪いわさ。ウルフを見倣うのだわさ』
『ウルフは毎日シズクが50匹狩っても数が減らないの。とっても貴重なお肉なの』
「ええと……」
『私たちが口を挟むのもお門違いだにゃ』
『そうだな。少し強い程度の冒険者に絶滅寸前まで追いやられる魔獣の方が悪い』
そうだよね。
魔獣なんだから数を減らさないように調整しなさいよ。
情けない。
『それで、今日はどうする?』
「一応、狩りには出る。もしかしたら狩り逃している個体がいるかもしれないから」
『そうか。では、儂とシラタマは待っているぞ』
「よろしくね。じゃあ、行こうか、キントキ、モナカ」
さて、獲物が見つかるといいんだけど。
********************
「……半日以上飛び続けてキラーブルが16匹のフォーホーンブルが5匹か」
嫌になってきた。
ウルフなんて《気配判別》だけでもうじゃうじゃ見つかるのに、ブルは1匹たりとも見つからない。
かなり遠くの方まで飛んできているし、そろそろ帰らなくちゃいけない時間……おや?
「ねえ、キントキ、モナカ。あそこにフォーホーンブルがいるんだけど、なにかを追いかけていない?」
『シズク、僕たちの目じゃまだ見えないよ』
『《猛禽の目》の効果を忘れているわさ』
「あ、そっか。とりあえず、近づいてみるね」
私はとりあえずなにかを追いかけているっぽい、フォーホーンブルを追いかけてみた。
フォーホーンブルより私の方が早く飛べるから近づくのも楽勝なんだけれど、追いかけられていたのは人間、それも冒険者っぽいね。
『冒険者かぁ。助けてあげる?』
『この街の冒険者を助けると、面倒なことになりそうな予感がするのだわさ』
「私もそんな気がするけど、フォーホーンブルはほしい。声をかけてみよう」
『声をかけて反応できるのかな?』
『知らないわさ』
私も知らないけれど、声をかけて気が散った結果、フォーホーンブルに皆殺しになったとしても自己責任だからね。
全員武器は持っていないし、フォーホーンブルの角も傷ついた気配はないし、ろくな装備なしで襲いかかったんでしょう。
冒険者になったのに自分が勝てるかどうかもわからないだなんて無様だね。
「おーい、そこの冒険者っぽい人たち、助けてほしい?」
「なに? なんだ!? ステップワンダーが空を飛んでいる!?」
「そんなことに構っている暇があるの? もうすぐフォーホーンブルに追いつかれそう……」
「ウグヮァァァ!」
あーあ、ひとり刺されちゃった。
でも、腕を刺されただけだから、まだ助かる見込みはあるっぽい?
押し倒されて踏み潰されていったから、助からなくても知らないけれど。
「で、どうするの? 助ける? それとも全滅するのを待つ?」
「助けろ! 下等なステップワンダー!」
「あっそ。じゃあ、全滅するまで走り続けなさい」
こいつらも〝人間至上主義〟主義とかいう連中か。
じゃあ、消えた方がマシだね。
「ま、待ってくれ! 助けて、助けてください!!」
「ふん、調子のいい。獲物は全部もらうけど構わないよね?」
「それは……」
「じゃあ、全滅するのをここで待つ」
「わ、わかりました! すべて差し上げます!!」
「交渉成立。面倒だけど首を切って終わらせるよ」
『死んだらすぐに解体して《ストレージ》にしまおうか』
『それがいいわさ』
私は一度上空へ飛び上がり、急降下してフォーホーンブルの首筋を一気に切り裂く。
血が噴き出すからさっさと逃げるのも忘れない。
フォーホーンブルはいきなりの攻撃にこっちを見るけれど、それを最期に倒れたね。
それと同時にキントキが解体魔法を使って解体したし、《ストレージ》にもしまった。
さて、帰ろうか。
これ以上、見つかりそうにもないから諦めよう。
「待て、下等種族。いまの獲物、いや、お前の装備も含めてすべて置いていけ」
「はぁ? あんたなにを言い出してんの?」
「おい、お前!」
「下等種族に助けを求める下郎は引っ込んでいろ! 下等種族が人間様に献上できるのだ。光栄に思いさっさと献上しろ」
「誰がそんなことしなくちゃいけないのよ!」
「理由? そんなの決まっている。下等種族ごときがフォーホーンブルを倒し、その収穫物とフォーホーンブルを倒せる武器を持っていること自体が目障りなのだ。そのような事態、〝真理同盟〟が許せるはずもない。さあ、さっさと献上しろ!」
ああ、こいつも〝真理同盟〟か。
面倒だけど〝合法的に〟始末するか。
私は一枚のマントを取り出して身につける。
もちろん、アイリーン特使としてのマントだ。
「さて、あなたに問います。私は冒険者でもありますがいまの身分はアイリーンの街から派遣されているアイリーン領主特使。それでもなお逆らうと?」
「はっ! なにをくだらないことを! 特使だろうとなんだろうと、〝真理同盟〟に逆らうなど……」
「では、処刑ですね」
「な、に……」
キントキが《土魔法》で目の前の男を串刺しにしたあと土の棺に閉じ込めた。
その、土の棺には何本もの岩の槍が突き刺さり、中から血がにじみ出す。
そしてそのまま土の棺は地中深くに潜り込んでいき、うん、お掃除完了!
「さて、いまみてた通り、私はアイリーン領主特使。それに逆らうということはアイリーン領主に逆らうことと同義です。冒険者ごとき、その場で処刑したところで何の罪にも問われません。あなた方はまだ逆らいますか?」
「い、いえ! 逆らいません!!」
「俺も同じです!!」
「よろしい。では、そちらの……ああ、もう手遅れですか」
フォーホーンブルに突き刺さされ、踏みつけられた冒険者は既に死んでいた。
自分の実力も測れないなんて惨めだね、本当に。
……いや、私も1回油断して死にかけたけどさ。
「それでは、私はこれで。いまこれから帰っても閉門時間は過ぎているでしょうがお気をつけて」
さて、遅くならないうちに帰らないと。
はあ、ゴミは1匹駆除できたけど面倒くさいなぁ。
そして、宿に帰り着いたあと、最後の夕食の時間。
提供されたのはオーク肉だった。
「待たせたね、シズクの嬢ちゃん! エンディコット特製のオーク肉ソテー、完成したよ!」
「オーク肉のソテー? 大丈夫なんですか、エンディコットさん?」
「とりあえず一口食べてみな! 味の違いがわかるから!」
「では一口……あれ? あまり脂くどくない?」
「ああ! オーク肉をある程度薄切りにして沸騰しているお湯に短時間通したあと、水で引き締めているのさ! これなら余計な脂は湯通しした段階で落ちるし、水で引き締めるから肉もべちゃべちゃにならない! これなら料理の原型になるだろう!?」
「すごいですよ、エンディコットさん! これなら、アイリーンの街でも食べられそう!」
「ああ! 苦労したよ! それで、これが今日の肉料理のレシピだ。ソースやハーブはそっちの街で研究しておくれ」
「わかりました! あ、オーク肉ってまだいりませんか?」
「ん? ほしいっちゃほしいけど、保冷庫にも限りがあってねぇ」
「では、可能な範囲で置いていきます! この宿のお客さんに振る舞ってあげてください!」
「そういうことなら喜んで! あんたらも聞いたね! 今日のメインはいま出しているやつだが、明日も泊まるやつはオーク肉のソテーだよ!」
エンディコットさんの声に食堂に来ていたお客さんは沸き返った。
センディアに来てよかったことはエンディコットさんの宿に泊まれたことと、ミーベルンという〝ペットテイマー〟仲間を見つけて連れ帰ることができることかな?
さて、明日は面倒だけど、最後に一仕事こなさなくちゃいけない。
本当に面倒だけどやっちゃうか……。
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