18. 秋3カ月目、とっても怖い思いをした
秋ももう3カ月目に入った。
あと半月もすれば雪が降り始めてくるはず。
そうなれば、あのスノーウルフたちも起き出してきて、〝ウルフの林〟も賑やかになってくるんだろうなぁ。
いまのところ薬草採取以外で来ることのない場所だけど、これからはスノーウルフ退治でも来なくっちゃ。
リンネさんからは冬になっても一週間に1度くらい〝ゴブリンの森〟の様子を見てほしいって頼まれてるからそっちも見なくちゃいけないけれど、基本的な狩り場はこっちだよね。
ああ、そうそう。
沢の形だけど《土魔法》でちょっと手を加えて沢登りで頑張っても頂上まで来ることができないようにした。
私だけの採取場所にするつもりがなかったから放置していたんだけど、メイナさんから〝貴重な採取場所を誰かに荒らされないようにしろ〟って言われて仕方なく。
かなり頑丈な岩で頂上への道を塞いだから飛べない人にはもう来れないと思う。
独占するつもりはなかったんだけど、薬草が自生し続ける場所って珍しいそうなんだよね。
条件が整っていても、なにも知らない冒険者が薬草を荒らして持って行っちゃうから、その土地に薬草がなくなって栄養分も足りなくなるとか。
私みたいに慎重に採取していれば、薬草だって長くとり続けられるのにな。
普通の冒険者はそれを知らないか。
「……さて、景色も見終わったし、そろそろウルフ退治に行かなくちゃ」
私は周囲に誰もいないことを確認すると、仲間を抱きかかえて崖から飛び降りる。
そして、地面に着地するとそのまま走ってその場をあとにした。
シラタマの《超跳躍》って高いところから落ちても、怪我をしない能力があるみたいなんだよね。
少し前までは《静音飛行》で飛んで降りていたけれど、それだと目立つからこっちで降りることにしたの。
さすがに沢の上まで飛び上がることはできなかったけど、着地だけなら十分にできたから。
着地したあとはすぐに《高速移動》に切り替え、林の中を駆け抜け〝ゴブリンの森〟に突入。
〝ゴブリンの森〟に入ったら、《隠密》も使って気配を隠し、《超聴覚》でウルフを探す。
一番近いのは……あっちだね。
そのまま森の中を進んでいき、ウルフの群れを発見、数は7匹。
いつも通りの戦術でいいかな。
「みんな、いつも通りにいくよ」
『わかった』
『任せて』
『いくわさ』
『あたちは待機だね』
「ごめんね、シラタマ。さあ、始めよう」
まずは私がウルフ1匹の頭をグシャって潰す。
混乱を始めたら一気に攻め込んで全滅だ。
うん、いつも通りだね。
「さて、早く解体しよう、キントキ」
『わかった』
この日もウルフを次々狩っていったんだけど、ちょっと油断した。
解体作業中に別の群れが突っ込んできたんだ!
『うわぁ!?』
『大丈夫か、キントキ!?』
『僕はへっちゃら! モナカは!?』
『わちはもう3匹倒したわさ』
『あたちも2匹踏み潰した!』
『そうか。シズクは……シズク!?』
やだ、怖い、怖い!?
ウルフに押し倒された!!
私の力じゃはねのけられないし、頭を押さえているのにだんだん首筋へ近づいてきている!
あ、首に牙が刺さった!?
嫌だ!!
私、死にたくない!!
********************
「シズクの嬢ちゃん、俺を呼びつけておいてそんな暗い顔をするなんてどうしたよ?」
「……ウルフに喉笛を噛みちぎられそうになりました」
私はミノス精肉店とウェイド毛皮店で今日の獲物を販売したあと、アダムさんの武具店にやってきた。
ここならいい装備品が見つかるかもしれないから。
「ウルフに喉笛を噛みちぎられそうになった? 油断して押し倒されたか」
「はい。慣れすぎてて解体中に周囲の警戒を怠りました」
「情けねぇなぁ。それで、今日の用事は? ダガーでもなくしたか?」
「いえ、武器もちゃんと残ってます。ウルフに喉笛を噛みちぎられないような防具がほしくって」
「喉笛を噛みちぎられないような防具。そうなると鉄の兜になるぞ?」
「……重くてつけられません」
「だろうな。で、どうやって生き残った?」
「ペットに助けられました。牙がかなり食い込んだところまでいきましたが、なんとか注意をそらしてもらえて」
はい、死ぬ一歩手前でした。
漏らさなくてよかった、いろいろと……。
「なるほど。シズクの嬢ちゃんでも〝ゴブリンの森〟じゃ後れを取るか。あそこの浅い部分はウルフどもがうじゃうじゃいるからな。解体するのも命がけだろうよ」
「はい、思い知りました。それで、いい装備ってありませんか?」
「うちの取り扱い品にはないな」
「……やっぱり」
そうだよね。
そんないい防具があれば目利きの訓練で来ているときに売ってくれるよね。
懐事情が暖かくなっているのも知っているはずだし。
「まあ、俺の店以外でならいい防具を取り扱っている場所を知ってる。予算はいくら出せる?」
「いい防具……本当ですか!? 予算は……金貨2枚と大銀貨8枚です!」
「ずいぶん貯め込んだんだな、この秋で」
「たくさん買ってもらっちゃいましたから……」
「まあ、それだけあれば十分だろ。金貨2枚あれば数年は使える上物が買える。金はまた貯めろ」
「はい!」
「じゃあ行くか。店はもう閉めるとしよう」
「え、いいんですか?」
「うちの店にこの時間から来る客なんてほぼいねぇよ。ほれ、さっさと行くぞ」
アダムさんに連れられて街の大通り方面へとやってきた。
向かう先にあったのは高級そうな洋服店。
ここに何が?
「いらっしゃいませ、ノルン服飾店へようこそ。本日は……おや、アダムさん」
「おう。店長はいるか?」
「サラス店長ですね、しばしお待ちを」
「あ、あの。私、高級服を買いにきたわけじゃ……」
「いいから俺を信じて黙ってろ」
「は、はぁ……」
やがてやってきたのは、エレガントなドレスをまとったエルフの女性。
この人が店長さんなのかな?
「久しぶり、アダム。そっちの女の子が今日の主役?」
「ああ、そうだ。〝ウルフ狩りのステップワンダー〟って言えば通じるか?」
「〝ウルフ狩りのステップワンダー〟……なるほど、あなたがシズクさん」
「は、はい、シズクです! ところで、〝ウルフ狩りのステップワンダー〟って一体?」
「あなたのあだ名よ。冒険者になったあともウルフばかり狩って街の食糧事情や毛皮の手配などをしているんだもの。その筋では有名人よ」
私、そんな呼ばれ方をしていたんだ。
ちょっと恥ずかしいかも。
でも、ウルフ狩りはやめられないし、仕方がないか。
「それで、アダム。シズクさんを連れてきてなにがしたいの? 彼女が着るような服は……」
「服じゃねぇ。〝防具〟がほしいんだ」
「〝防具〟。ああ、首筋を守りたいのね。ステップワンダーだと、ウルフでも飛びつかれたら払いのけるのが大変でしょう」
「……今日、殺されかけました」
「あら、まあ。それで、予算は?」
「金貨2枚と大銀貨8枚です。毎日稼いでいますが、それ以上使っちゃうとちょっと……」
「それだけあれば十分よ。私のお店で最高級の〝防具〟を持ってきてあげる。ちょっと待ってて」
店主さん……サラスさんは店の奥に行き、一枚の大きな布を持って戻ってきた。
これが〝防具〟?
「これよ。私のお店で取り扱っている中ではもっとも高品質な〝防具〟ね」
「あ、あの。普通の布に見えるんですが……」
「ええ、ちょっとした特別製の布よ。あなたの武器は?」
「魔鋼製のダガーです。それがなにか?」
「それなら大丈夫ね。この布を持っていてあげるから思いっきり切りつけなさい」
「えぇっ!? そんなことしたら布が切れちゃいますよ!?」
「その程度ではびくともしないわよ。ほら、早く」
「わかりました。弁償とかは……」
「これで傷ついたら私の責任よ。試しなさい」
「はい。いきます!」
私はダガーで思いっきり切りつけた。
でも、布は一切傷つかずにはじかれるだけ。
そのあと、何度切りつけても突っついても傷跡ひとつ付かない。
どうなってるの?
「この布は特別な布に魔法をかけて強靱性を増した布なの。魔鋼程度の武器じゃびくともしないわ。もちろん、ウルフに噛みつかれたって牙の感触があるだけで破られることなんてないわよ」
すごい……。
でも、お値段も高そう。
「サラス、お前、前見たときよりも上物を作ってやがったな?」
「私だって職人だもの。さて、このスカーフだけど、金貨2枚と大銀貨5枚で売ってあげるわ」
「金貨2枚と大銀貨5枚……いいんですか!?」
「構わないわよ。素材費用に技術費を含めても十分に利益が出るから。装飾までつけると高くなるけれど、それはまだ装飾していないからね」
「買います! お金は……」
「ああ、あちらでお会計をお願い。お会計を済ませたらスカーフの巻き方も教えてあげるわ。きちんと巻いていないと防具として意味がないもの」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、大切に使ってね?」
「はい!」
やった!
これで心配だった首筋の防具も手に入った!
押し倒されたら逃げ出すのが大変だから油断はできないけれど、喉笛を噛みちぎられる心配はなくなる!
これで、ちょっとだけ安全になったよ!
慢心できないけどね!
********************
「サラス、お前、本当に金貨2枚と大銀貨5枚でよかったのか?」
「まだ装飾を施す前、色染めをしただけだったから。きちんと装飾までしたら金貨5枚はほしい品物ね」
「シズクの嬢ちゃんなら大切にするだろうが、お前も太っ腹だな」
「あら、利益はちゃんと出ているわよ? 魔法で防御力をガチガチに固めてるから装飾が大変で技術料が跳ね上がるだけでね」
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