182話 助力
「ふむ。良い顔つきになった」
「え?」
カトレアちゃんとコハルちゃんと三人で客間へと戻ると虎徹さんが待っていた。先程の試合について謝罪したところ、唐突に言われたのが先の言葉だ。
「サクラ殿、力を貸してもらえぬか?」
「憤怒の欠片の討伐ですか?」
「うむ。知っておったか」
憤怒の欠片が使う大罪スキル、憤怒の大罪は特定の条件下で一切の魔法を使えなくするスキルだ。魔法主体の私達にとってかなりの天敵だと言っても良い。虎徹さんは憤怒の大罪について知っていたから魔法抜きの模擬戦を申し込んだのだろう。もっと早くに気付くべきだった。
「奴の強さは儂よりも上だ。それゆえ協力者が必要なのだ」
「なんで私を?」
「ドラゴからサクラ殿の事は聞いていた。先程の試合では途中まで興ざめだったが最後の一連の流れは良かった」
「はっきり言いますね……」
虎徹さんの言葉が心に刺さる。でも! 私だってただ負けただけじゃないから!
「次は勝つ。とでも言いだしそうな顔だ」
「もちろん。憤怒の欠片を倒したら再戦をお願いしても?」
「よかろう」
虎徹さんの強さの秘訣は身体を動かすことに無駄がないことだ。ただ竹刀を振るだけでも足、腰、背中、腕、手と全ての力の伝達が一点に集中していた。力の拡散がないから威力も高いし、動きも早い。力を加える、もしくは経由する地点が多いほど無駄が多い人にくらべて最終的な動きが数倍、数十倍の速さ、威力に跳ね上がる。
実は普段は私も同じことをやっている。ただし、身体操作の魔法を使って、という注釈がつくけどね。正直魔法抜きで同じことができるとは思っていなかった。そもそも人は一つ一つの動作を無意識に行っている。わざわざ歩く時にお腹と右腿の筋肉に力を入れて右足をあげる。その後に重力に身を任せてすこし前にかがみ、倒れる前にふくらはぎと足の筋肉に力を入れて足を前に出す。なんてことを考えて行う人はいないだろう。虎徹さんがやっていることはそれら全ての動きに意識を回しているようなものだ。しかも戦闘中の出来事だから行う動作も比にならないくらい多いし、周りの把握も同時にしないといけないのだ。これだけでどれほど無茶苦茶なことをやっているか分かるだろう。でも、できるようになれば魔法抜きでもしっかりと動くことができるし身体操作に回していた魔力を別のリソースに使うことが出来る。完璧まではいかずとも憤怒の欠片との戦いまでにはできるようにしなくては。
「ドラン、サクラ殿を鍛えてあげなさい」
「おう! まかせろ!」
虎徹さんの言葉に反応してドランが出てくる。ドランは虎徹さんのパートナーで真っ赤な色をしたドラゴハルトと呼ばれる神霊だ。声がでかいな。鍛えるってことは体の動かし方を教えてくれるってことかな? 身体操作を利用して体に覚えこませようと思っていたけど好意に甘えよう。稽古相手がいる方が上達は早いから助かるね。
「憤怒の欠片退治はいつするの?」
「三か月後の予定だ」
「ずいぶんとゆっくりなのね。サクラの稽古の成果が出るまで待つつもり?」
むぅ、私なら一か月くらいで習得してみせるのに。下地があるから他の人よりも圧倒的に早く習得できると思うよ。
「それもあるが違う。憤怒の欠片が表に出てくるのが三か月後なのだ」
「どうして三か月後だと?」
「とある筋からの情報だ。儂の弟子だし信用できる」
虎徹さんにとって信用できても私達にとっては別なんだけど……。考えているとコハルちゃんが私の裾を引っ張る。
「サクラ。大丈夫なのじゃ」
「コハル?」
怠惰の罪の効果だったりする? 停止の劣化版で睡眠の権能を持つだけだと聞いていたけど答えを知るための仮定を飛ばす権能もあるのかな?
「勘のようなものじゃが外れたことはない。こやつの言ったことは信用して良いのじゃ」
「分かった。コハルがそういうなら信じるよ」
ただの勘だったか。長年生きてきた影響なのかな? どのみち三か月後に憤怒の欠片と戦うことになるならそれまでに仕上げてしまおう。
「虎徹様、ドラン様、私もサクラの特訓に付いて行ってもよろしいでしょうか」
「カトレア!?」
「サクラ、お願い。守られるだけの存在は嫌なの」
「カトレアはちゃんと私の事を守ってくれてるよ!」
「これ、痴話喧嘩はやめんか」
「いたっ」
言い争いになりそうなところで虎徹さんから拳骨が落ちた。普通に痛い。
たしかにカトレアちゃんは獣人だから私よりも体を動かすのが上手だ。それでも下地無しに三か月やそこらでものにできる技術ではない。だから反対したいのにカトレアちゃんの様子を見るに引いてくれなさそうだ。
「判断はドランに任せる」
「俺様にまかせろ! いっちょ前の騎士にしてやるぜー!!」
うおぉぉと一人盛り上がるドラン。暑苦しい存在だな。それでも向こうが引き受けた以上私が反対するのは筋違いか。
「「よろしくお願いします」」
カトレアちゃんも覚悟が決まっているみたいだし私もできるだけ手助けをしよう。コハルちゃんはどうしようかな?
「妾は少し周りを見てくる」
「見つからないようにね? 憤怒の欠片に見つかったら魔法が使えなくなる可能性があるから注意するんだよ」
「分かっておる。大船に乗った気持ちで任せるのじゃ」
コハルちゃんは狐の姿に戻ってこれなら大丈夫だろうと胸を張る。確かにその姿だと怪しまれることは無いだろうけど……食用として捕まらないように注意してね?
次話は明日の17時投稿予定です
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