174話 告白
チェリエ共和国を旅立つ少し前、私ことサクラ・トレイルは今、人生最大の試練に立ち向かおうとしていた。
「カトレア、ちょっといいかな?」
「改めてなによ。ここじゃダメなの?」
「うん。ここがダメってわけじゃないけど別の場所の方が良いかなって……」
「分かったわ。コハル!」
「ちょっと待って、コハルには留守番をして貰いたいんだ」
「そう? ま、コハルなら大丈夫よね」
「了解したのじゃ。留守は任せるが良い」
少し不可解な表情をしつつもカトレアちゃんは頷いてくれた。コハルちゃんも留守番を了承してくれたためゲートを開いてカトレアちゃんと二人で通り抜ける。
「ここは。オリディア様にあった場所?」
「うん。神樹の中とは違って外同士の移動はできたんだ」
数ヶ月前、前回隠れて設置したゲートの存在を思い出した私は母の家でゲートを開いて繋げていたのだ。神樹の中ではゲートが機能しなかったからダメな可能性もあったけど問題なく開くことができた。
「何度来ても綺麗な場所ね」
「うん。とても神秘的だと思う」
神樹の前でカトレアちゃんと向き合う。私が緊張していることに気付いたのかカトレアちゃんが苦笑しつつ聞いてくる。
「そんなに気合いを入れてどうしたの?」
「うん。ちょっと待ってね」
大きく深呼吸を二回。腹も括った。後は……どうしよ、何も言葉が思い浮かばない。
「サクラ?」
「ごめん、ちょっと待ってね」
「大丈夫? 泣きそうな顔してるわよ?」
昨日考えた言葉を思い出そうと必死になっているとカトレアちゃんが覗き込んできた。
「ひゃぁ! 本当にどうしたのよ」
思わずカトレアちゃんを抱きしめると苦笑しつつも抱き締め返してくれた。このままでいたいと思う気持ちを押さえ込んで背中を軽く叩く。そのまま一度離れ、今度はカトレアちゃんの両手を握った。用意していた原稿とは全く違う言葉が私の口から溢れ出る。
「カトレアはいつも私の心配をしてくれるね」
「当たり前じゃない。私達は友達でしょう?」
うん。今の私達は友達で幼馴染の腐れ縁だ。……カトレアちゃんとの縁が腐ってるわけ無いけどね?
「小さな頃、突然変なこと言い出した私のことも嘘や妄想だと片付けないでちゃんと話を聞いてくれた」
「サクラが変わっているのは今に始まったことじゃないからね。その頃にはもう慣れていたわ」
「ふふっ、そうだね」
暗に最初から変人だと思ってたと言われて思わず苦笑する。顔を上げるとちょっとした不安と緊張の面持ちの私の姿がカトレアちゃんの目に映っている。
左手を離し、片膝をつきながら右手でカトレアちゃんの左手を私の目の前に持ってくるとカトレアちゃんは驚いた表情をしつつも黙って私を見つめてくれる。
「カトレア、戦いが決して得意では無かったはずなのに、私と一緒に戦えるまで強くなってくれて、一緒に旅に出てくれる。そんなカトレアのことが大好きです。女の子であるカトレアにとっては言われても困るかもしれないし、男としても女としても中途半端な私でも良ければ……私と付き合ってくれますか?」
「…………」
途中から顔が真っ赤になってるのが分かる。恥ずかしくなって最後の方は顔を背けてしまった。うぅ、私のチキンハートめ……。しばしの沈黙に段々と耐えられなくなってくる。
「ごめん、忘れ「はーーー」ひぇ」
突然大きく息を吐いたカトレアちゃんにビックリして顔を上げる。すると目尻に涙を浮かべたカトレアちゃんの姿が目に入る。……そんなに嫌だった!?
「言うのが遅いのよバカサクラ! 一人で遠くに行っちゃうのかと……」
「え?」
「突然らしくないことをし始めるから私を置いて日本に帰るのかと思っちゃったじゃない! 罰として私を幸せにするまで私の傍から離れたらダメよ?」
えっと、それはつまり?
「付き合ってあげるって言ってるのよ! 察しなさい!」
顔を真っ赤にしてるカトレアちゃんが可愛くて見つめていると尻尾で顔を叩かれた。私の業界ではご褒美です!
その後、神樹に背を預けて二人で他愛のないお話をする。メディ村やセリアン町のこと、森での出来事、学園での思い出などなど色んな記憶を思い返してお喋りをした。
―――
気が付いたら二人寄り添って眠りに落ちていたらしい。目が覚めると空は既に暗くなっていた。横を見るとカトレアちゃんの可愛らしい寝顔が目に入る。
「あぁ、幸せだな」
意図せず口に出た言葉に思わず笑みがこぼれる。私が目を覚ました気配を感じ取ったのかカトレアちゃんも起き始める。
「んぅ、サクラおはよう。……おそよう?」
「おそようだね。戻ろうか」
「そうね。……コハルには伝えるの?」
私達が付き合い始めたことを伝えるかどうかだね。
「伝えようか。既に察してると思うけどね」
「そうなの?」
「うん」
だって見送りの時にニヤニヤしていたし。
「そうだったのね。私って鈍かったのかしら?」
「どうかな? 私もカトレアへの恋心自覚してからまだ半年経ってないし……あっ!」
「どうしたの?」
しまった。台本が飛んだせいでせっかく作ったプレゼントを渡し忘れてた!
「あー、本当は告白と同時に渡すつもりだったんだけど……」
そう言って神樹の枝を削って作った木の指輪を渡す。結婚とか婚約をするわけでは無いけれど、エルフの間では神樹に登って自分に対応した枝を少し削って愛する人に渡すのが伝統らしい。母がニヤニヤしつつ教えてくれた。
「あ、ありがとう」
神樹とはいえ木でしかないため見た目はとても素朴な物だ。装飾品も無く、彫りも無いただの輪っか。それでも素材から滲み出る神聖さなのか綺麗な模様を織り成す木目による物なのか貧乏臭さは感じない。
……名前の一つも彫らないのはエルフが長命だかららしい。全員では無いけど数百、数千年も一緒に居ると恋心も冷めることが多いらしく、結婚などはしない。その時に愛している人と指輪を交換し、熱が冷めたら元の持ち主に戻すとのこと。毎度毎度指輪を作るのは大変だから誰に渡しても良いように相手の名前を彫るなんてことはしないそうだ。
ちなみにだがエルフが大人として認められるのは指輪を完成させた時で年齢では無い。そのせいで小さい頃に家出した母はまだ子供扱いされている。
話がそれたけどカトレアちゃんは無事に喜んでくれた。早速指輪をはめて月の光に手をかざして嬉しそうにしている。
「全部守ってみせるよ」
世界も、セレスも、愛する人も……。アビスになんか負けない。絶対に守りきってみせる。
次話は明日の17時投稿予定です
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