第三草:不満しかない世界でも、草を毟る!
異世界―――
それは、誰もが一度は憧れる世界。
異世界―――
それは、多くの設定が必ずと言っていいほどに中世ヨーロッパ辺りの時代に固定された世界。
異世界―――
それは、多くの謎の生命体が存在し、化学よりも魔法学が発達した不思議な世界。
そして異世界転生―――
それは、異世界転生した者は、必ず勇者クラスもしくはチート能力やら機能を宿す武器やらを持ち、転生先の異世界では人々に選ばれし者や勇者様、英雄などと言った素晴らしく名誉な称号と栄光をその手に掴むことができるところ。
―――のはずなのであるが、裕はどうだろうか?
裕は怒っていた。
「急に異世界転生をされた挙句にこの転生特典…やめて欲しいわ!」
裕はどこか期待していたのだ。
心のどこかで、現実世界ではない別の世界で体験できる不思議と試練が待つ生き甲斐のある異世界ライフを欲していた。
「オレもいつか異世界転生して、[きゃあー、勇者様〜]とか言われたり、英雄に成りたかった。ちやほやされて、美少女と旅して、恋して…モテ期到来して、ハーレム作ったりして…そんな異世界ライフを過ごしたかった……なのに…なのに何で、オレだけこうなるんだ!」
誰にも届かない嘆きはもちろん、空気すら漂らなかった。
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日が変わっても相変わらず畑で、おばあちゃんが黙々と一人で草を刈っていた。
その両手にはもちろん、裕がいる。
―――と言うより、はめられていた。
裕はあれから何もできず、成り行き任せに身を委ねて、軍手ライフを過ごしている。
おばあちゃんの両手にいる理由は簡単だ。
軍手の持ち主はおばあちゃんだからだ。
そして、裕はそのおばあちゃんの息子の形見でもある。
息子もといい、柚子の父親はある日、結界である塀が壊れたことに気づいたらしい。
そこで塀を直すために炎天下の中で作業している最中、熱中症で死んでしまったとか…。
その話を知った裕は、なんだか他人のようには思えなくなっていた。
「オレも熱中症で異世界転生させられたしな…。なんだろう?異世界転生して、初めて親近感が湧いたよ。」
絶望的状況のためか、もう遠い出来事のようにおばあちゃんの両手から作業動作を見つめる。
元の世界でも農家だったからか。
その手は実家のおばあちゃんを…家族を連想させる。
「今頃、オレの家族はどうしているのかな?」
だが、不思議と懐かしさ以外に心配等の感情が湧かない。
それよりも、気がかりな点がある。
「ああ、これでもうゲームもできないし、ライブやコミケ等も行けやしない。はぁー、オレのヲタク人生が…。」
途方に暮れていると、鼻がないはずなのに鼻につく汗と土の香り。
それは昨日のお昼辺りから夜にかけての出来事を無意識であるが、ご丁寧に連想させた。
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昨日の昼下がりの頃。
裕はおばあちゃんと一緒に初めての共同作業をしていた。
その作業とは、草刈りである。
あの時、裕はおばあちゃんの手が余りにも臭かったせいで意識を失い、気がつけば日が暮れていた。
夕暮れが今日一日の労働を祝い、一日の終わりを告げる。
西日が暗くなる世界を最後まで見送る。
その光は農具小屋の一角をスポットライトのように、そこだけに焦点を合わす。
まるでステージの上にいる役者のように、びしょ濡れになって干されている裕を闇から浮かび上げた。
「何で、オレがこんな目に…。」
苛立ちと無力さが相入り混じり、憤りまでいかないこの忌々しい感情をどうしたら良いものかと悩む裕。
「ふーはー。この有様を思うと、気絶した後の出来事はきっと悲惨な目にあっていただろう。意識があったら、今頃は洗濯地獄を味わっていたかも知れない。そう思うと、あの時に手の臭いで気絶したのは正解だったかもしれないな…。」
憤りを他所に、結果論から推測し、正しい選択をしたと思い始める裕。
「危うく、異世界転生者初の洗濯地獄を目の当たりにするところだった…。」
裕は一人でブツクサ言っているところへ、女子会のような会話が耳に届く。
農具小屋と家はくっついており、柚子たちの家族団欒が聞こえてきたのだ。
その声から、おばあちゃんと母親、柚子の三人暮らしであることが分かる。
そして、そんな場所に裕は軍手としてお世話?になっていることを知る。
さらに裕は耳を澄ませ、家族会議(女子会)から今後の方針に成り得る情報を入手しようと試みる。
「……なるほど。今までの内容から察するに、ここは村外れに位置しているぽつんっと一軒家。村の男性陣はなかなか帰ってこない状態が続いているのか…だから、畑仕事は老人や女子供が主体にやっている状況になっていたのか。まあそうなると、薪割りなどの力仕事もやらないといけないであろうなー。って、その状況だと、オレの仕事率はもう、うなぎ上りじゃあ!…はぁー、それが意味するのは、自ずとも明白。仕事が多いってことは…仕事=異臭+(と)洗濯のダブル地獄。オレに安息がない!最悪なローテーションだな。負のスパイラルか。…ああ、元の世界に戻りてぇー。」
絶望な状態から、さらに追い込みのような地獄が待っていることを知ってしまった裕。
その表情はきっと引きつっているであろう。
ホームシックになった時のことを思い出していた裕の意識は現実へ戻る。
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気がつけば、あの異臭に耐性が付き始めたのか。
そこからは、おばあちゃんの軍手として、畑を耕したり、水やり、ザッソン刈りに勤しんでいた。