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第二草:異世界転生で、よりにもよって軍手かよ!

 裕はあれからどのくらい意識を失っていたのであろうか?

 気がつくと、真っ暗な世界が広がっていた。

 周囲は暗く、自身の姿すら見えない。

 裕はとりあえず、現状の把握をするために立とうと試みる。


「うっうう…動けない…。」

 裕は身動きがとれないことに気づく。

「まだ身体が思う通りに動かないのだろうか?」

 裕の周囲は暗く、自身がどこにいるのかさえわからないほどだ。

「もしかしたら、どこかに閉じ込められたのだろうか?」

 推測でしか、現状把握できない状態が長く続くように思えた。

 そこへ人の声が聞こえてくる。

 その主であろう足音がどたどたと近づいてくる。

「これはチャンスだ!誰か分からないが、助けを呼べる機会だ。おーい!ここだ、助けてくれー!」

 しかし、発したはずの声は耳には聞こえず。

「おい待てよ。発声をしたが、声が出てなかったぞ。いや、そもそも声帯を振動させるために送った空気すらないように感じたぞ?そうなると…どうなっている?オレの身体は…⁉︎」

 裕は自身がビニールハウスで倒れたであろうことを元に、考察を始めた。

「現状、オレの身体に自由はない。それでも幸いなことに意識はある。脱水症状なら意識はないし、熱中症も同様のはずだ。意識が戻ったという事は、身体は危機的状態から最低でも回避された可能性が高いと考えられるか…?」


 ガッタン。

「…⁉︎」

 裕は、状況を整理していると、頭上付近で何かが動く音がした。

 頭上から微かな光が差し込む。

 そこから伸ばされた大きな手は、まるで巨人のようであった。


「あった。」


 幼い声が上がるや否や、裕はその幼い声の主に軽々と持ち上げられた。

 鷲掴みされる身体は何も抵抗できずに、ただ恐怖心や敗北感、疑心、現実逃避を抱かせる。

 いろんな事が一気に脳内を巡ってしまい、裕は思考の整理ができないでいた。

 茶髪の三つ編みと大さな麦わら帽子がトレードマークの少女は、裕を握って何処かに向かう。

 少女の目的が分からない裕は、動揺を隠せないでいた。

 裕の意志などお構いなしに、突風が襲い掛かる。

「うおぉぉぉおいぃ!」

 まるでカーチェイスを生身で体験しているような錯覚に陥る裕。

 激しく変わる景色に目を凝らして見ると、そこにはよくあるご家庭の家具が並んでいる。

 だが、どの家具も木造。

 見慣れた家具ではあるが、どこか違和感を思わせる。

 それもそのはず。

 通り過ぎる景色の中には、裕が過ごしていた世界のものが無いからだ。

「何か、おかしいぞ…これはーーーー?」

 急に突風は止まり、無邪気な足音も止む。

 止むなり、すぐに急カーブをした際に生じたGが内臓を掻き乱し、裕は若干吐き気がしていた。

「やばい…酔ったかもしれぬ…。」

 少女は進行を止め、回れ右っと方向転換をした。

 気分を害されながらも、辿り着いた場所がどこなのかを確認する裕。

「お母さん。おばあちゃんはどこ?」

 台所で水の流れる音が止まった。

「そうね。この時間は畑仕事していると思うわ。」

 台所で仕事をしている大きな女性は、裕を鷲掴みしている少女の母親のようだ。

 二人は同じ茶髪で、お揃いの三つ編みをしおり、顔つきも姉妹のように似ている。

 先ほど朝食を済ませたのだろうか。

 唇は僅かにてかっており、手には泡が付いていた。

 食器類を洗っていたようだ。

 裕は流し台に目を向ける。

「この世界にも、蛇口は存在するのか…って、ちょっと変わった蛇口だな…。まさかタンク式蛇口とは。」

 流し台にはタンク式の蛇口があり、捻ればタンク内の水が流れる仕組みになっていた。

「うん、分かった。畑に行ってくるね。」

「気をつけなさいよ。」

「うん。」

 去っていく台所の全貌を見て確信する。

「この世界は、オレの知る世界ではない。」

 冷蔵庫はなく、木棚に陳列する野菜たち。

 水道は無く、タンク式の蛇口。

 彼女らの服装も、裕の文明から見れば少々遅い。

 見慣れない素朴な服装。

 そして、裕よりも明らかに大きい人間たち。

 裕は思わずにはいられなかった。

「ああ。どうやらオレは熱中症で倒れて、異世界転生をしてしまったらしい…。」


 日本農家出の成人男性一人が、遥々やってきたのは見知らぬ異世界。

 そこで裕は現状把握が追いづかず、少女に握りしめられて色んなところへ振り回されていた。

 その中で、見慣れた光景を目にする。

「畑だ。」

 しかも、芽だけを見ると、おそらくジャガイモや人参、玉ねぎといった保存がしやすいものばかりである。

「まあ、木棚の時点で、容易に見当はつくが…現実を見ると、なんだか唖然としてしまうな。それに時代は中世時代で辺りか?農業に欠かせない機械や道具が無かったり、乏しかったりしている。これじゃあ、畑を耕すのも一苦労だろう。」

 畑を覗くと、そこには一人の老婆がぽつりと座り込んでいた。

 話の内容から、裕を握りしめている少女のおばあちゃんであろう。

 おばあちゃんはよくある昔話で見るような服装をしており、頭に三角巾を被っている。

 小柄で華奢な体格は、風が吹けば苗と一緒にどこかへ飛んでいきそうだ。

 そのおばあちゃんの両手は節々が太く、掌は硬くなった皮膚が目立つ。

「おお。正に農家しょくにんの手だ…。」

 つい出てしまう感心の一言。

 裕は尊敬している実家のおばあちゃんの手と重ねていた。

 おばあちゃんは、少女の足音を察知したのだあろうか?

 少し離れた場所にも関わらず、こちらを振り向く。

 おばあちゃんの顔は仄々とした優しい顔つきで、どこか少女に似ているような気がした。

「おはよう、柚子や。早速で悪いが、この水瓶に水を汲んではくれぬかの〜?」

「分かったよ、おばあちゃん。ちょっと行ってくるね。」

 裕を握りしめたまま、柚子はおばあちゃんから手渡された水瓶を空いている手の方で受け取り、水辺に向かう。

 柚子たちが住む家の近くには小川が流れており、太陽の日差しで水面は照りかっている。

 水を汲むために裕を手放し、姿勢を低くする柚子。

 腰を下ろした状態で、水面を凝視する柚子。

 川の流れが緩やかな場所を見つけ、受け取った水瓶を小川に入れる。

 ようやく解放されたことに安堵を感じる裕。

 だが、やはり動けないし、喋ることすらできない。

 不意に小川に映るボロ臭そうな手袋に目がいく。

「いや、この生地といい、質感は紛れもない。オレが熱中症で倒れるまで愛用していた向こうでのオトモ、軍手じゃあないか。一瞬ではあったが、その外見から察するに随分使い古したのであろうな。」

 使い古された軍手に感心する裕に僅かに水しぶきがかかる。

「つっ冷てぇー。何しやがる、小娘め。」

 裕にかけた水しぶきのお詫びもせずに、柚子は汲み終わった水瓶を小川から出して、両手で持つ。

「じゃあ、水は汲み終わりっと。」

 両手で持った水瓶を一度地面に置く。

 柚子は地面に置いた裕を拾い上げる。

「あれ?なんか濡れてる?」

「あれ?なんか濡れてる?じゃあない!キミがオレにかけたからであろうが!そのせいで濡れたんだ。何かお詫びでもしたらどうだね?ねぇ?」

 裕の反論はもちろん柚子の耳のは入らず、柚子は水瓶の縁に裕をかけ、両手で汲み終わった水瓶を持ち上げる。

 よたよたと水の重みに振られながら、おばあちゃんのもとへ歩き出す。

 何もすることができない裕は、呆然と揺れる水を見つめながら、その波紋が鳴り止むのを待っていた。

「なんで、オレはこんな目に…。」

 目的地に着いたのであろうか。

 先程まで揺れていた荒波が徐々に弱まっていく。

 凪になった水面は、真実を映し出す。

 そこには柚子に絶賛握られているであろうモノの全貌が映されていた。

 そこには明らかに裕が存在しているであろうポジションだった。


「はぁぁぁ⁉︎嘘だろ?」


 裕はこの時、自分が軍手であることを初めて知った。

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