第六草:悪夢のような果樹園で
リリンゴ
枝部分が手になっており、木にぶら下がっている。
甘い香りをただ寄せて、落下地点に獲物を呼び込む。
獲物がリリンゴの真下に位置するとリリンゴは降下しながら大きな口を開けて獲物を捕食する。
「それが…リリンゴの性質じゃでぇ。」
それにどう対応すべきか、三人で逃げながら話し合う。
走るのが、そろそろ限界に近づいたのか、息切れが荒く、徐々に激しさを増す。
もう、息しているのがやっとの様子で、顔は青ざめ始めた。
「一旦…木陰…や…その辺の…茂み…に…身を…潜めるけ。」
その辺の木陰や茂みに身を潜めることになったおばあちゃんたち。
息を整える間も、稀に息を止めないといけないため、息切れはなかなか止まない。
「ちょいちょい…通り…過ぎる…リンゴを…どうにか…しないと…いけんでぇ。」
リリンゴが訪れるたびに息を潜めるおばあちゃんたち。
その息止めがきつく、中々呼吸が整わないでいた。
リリンゴは自身の香りを受けないために鼻がない。
まあ、リンゴ自体が植物だからこそ、鼻、嗅覚と言った概念は持ち合わせていない。
リンゴらにあるのは、視覚と触覚、あとは先ほどの睡眠作用のある香りの吸収くらいである。
そのため、その三つだけに意識が集中する。
研ぎ澄まされた感覚は、僅かな動きや振動をキャッチする。
「りぃぶゔぁああぁぁ‼︎」
茂みに隠れていたおばあちゃんたちは目を疑った。
そこにはリンゴでできた犬がいたのだ。
「リリンゴっていうのは、姿形が変わるものやったっけ?」
困惑するファン。
「ああ!そうじゃあでぇ。あれは…… 成熟したリリンゴじゃでぇ!」
「「成熟したリリンゴ(との)
(け)⁉︎」」
驚く二人に博識のおばあちゃんは続ける。
「リリンゴは捕食に成功した時、成熟したリリンゴになる。その成熟したリリンゴは、成熟前に捕食ししたものに化れるようになる。化ける際は、リンゴの芯部分がその形になって現れるらしい。」
それはすなわち、犬のリリンゴの奥にいる人型もあり得る存在であると裏付ける。
「あのシルエット…間違いないかの。」
「ああ、間違いないでぇ。」
「わたしゃの相棒に騙くらかして出てくるとは、いい度胸け。ここで狩り尽くしてやるけ!」
白いリンゴたちは、犬、おばあちゃんに化けて襲いかかる。
「待でぇい。この人数で敵陣地内は不利でぇ。一回、ここは引いて、花梨家の『魔具』を使う他ないでぇ。」
こういったピンチ場面はいつも裕が使われる。
「まったく、ようできた世界だことで…。」
裕は自身のことを、少々他人事のように思えた。
「おばあちゃん‼︎これを受け取って。」
背後から聞き覚えのある幼い声に反応する花梨。
「おお、柚子や!なんで、こんなところに?」
振り向いた花梨おばあちゃんへ柚子が裕を投げ飛ばす。
「うおぉぉぉおいぃ‼︎人を、ましてや大切な道具を、投げ飛ばすんじゃーない‼︎」
裕の視界は激しく回したコーヒーカップのようにぐるぐると背景が回っていた。
裕を入れたままの木箱は、花梨おばあちゃんの足元で墜落?着地し、その衝撃で木箱の蓋が飛んでいく。
それはジェットコースターのセフティーバーが無い状況と同じである。
セフティーバーが無い状態のため、衝撃と共に外へ投げ出された裕。
「うっぐへ。二段構えの投げ飛ばしとは、ずいぶんハードすぎるアトラクションだな…。これは、運営(柚子)に訴訟するしかないな。苦情ついでに慰謝料請求と運営中止(軍手や木箱を投げる行為の禁止)を裁判で訴えるしかない!」
足元に転がった軍手を見つめる花梨おばあちゃんは覚悟を決めて装備する。
「すまぬの。柚子や。ありがとうの〜。」
柚子にお礼を言うなり、孫娘に笑顔を見せた。
その顔つきは、リリンゴたちに向ける頃、とても険しい顔つきに変わっていた。
「さあ、行くかの!」
花梨おばあちゃんは気合を入れた。
が、裕は困惑していた。
目の前にいるリンゴ動物。
その裏には人型リンゴ。
また、よく周囲を見渡せば、リンゴが逆さまになって、枝の部分が足になっている気味の悪いモンスターがうじゃうじゃといる。
その気持ち悪さはその容姿を目視してないと分からないかもしれない。
「気分が害された感じがするな。それに、もし食事ができるような身体になっても、当分はリンゴを食べる気が湧かないわ。」
睨み合いで、両者が冷戦している中、裕を装備して怖いもの無し状態の花梨おばあちゃんは猪突猛進する。
「うっうぅおおお。どりゃっせい!」
前陣の犬型リリンゴを掴み取り、大木に向かって大きく振りかぶって後頭部分を強打させる。
大木は大きくしなり、軋む。
徐々に大木が傾く。
「お、おばあちゃん…。」
「なんつう怪力じゃでぇ。」
「これが、『魔具』の力け⁉︎」
その場にいた皆が驚いていた。
それもそのはず。
軍手装備しただけで、老いた身体で大木を傾ける力を出せる人間がいるであろうか?
いや、いないであろう。
「うむ、あんたらは下がるけ。ここは花梨さんとわたしゃで食い止めるけ!」
「そうじゃでぇ。けど、このまま引き下がってもいけん気がするでぇ。ここは『クチナシ』を最後に使うでぇ。みんな、息を止めてくれ!」
博識のおばあちゃんが『クチナシ』を使用した。
周囲には再び甘く濃厚なグリーンフローラルの香りが包み込む。
リンゴの皮から吸収された香りにより倒れ込むように眠るリリンゴたち。
その中で、おばあちゃんたち目掛けて突撃してくる人型リリンゴ。
「アヤツめ、学習したかでぇ?」
人型リンゴの周囲を取り囲んでいた四体のリリンゴも裕たちの方へ向かってくる。
このままでは体力も時間も無くなってしまう。
そうなれば、もう致命的である。
なんとか応戦するが、手が足りない。
その最中、博識のおばあちゃんが一体のリリンゴに襲われる。
助けようとする柚子に対して、早くここから離れて!と自身より柚子の安否を気にかけてる。
柚子は涙を堪えて、駆け出した。
村へはまだあと数分間は走り続けなければならない。
リリンゴたちは本能的に柚子へ一気に襲う。
「待つでぇ!」
博識のおばあちゃんが、ポケットからトゲだらけの球を投げ出す。
それは柚子を襲うリリンゴの前に転がり、増殖していった。
「うむ?あれはインクリーズ。いつの間にけ?」
そう、博識のおばあちゃんは逃走中に拾い上げたインクリーズを隠し持っていたのだ。
「インクリーズって、ダジャレかよ。増えると栗をかけただけじゃあねぇーか!」
※インクリーズは英語の意味で増えるです。
思わぬツッコミを入れてしまう裕。
おばあちゃんたちを無視して柚子の後を追うリリンゴたちは、大量のイガグリが刺さり、動きが遅くなる。
「奴らめ、栄養価の高い子どもを苗床にする気だでぇ。」
「はあ!柚子、柚子や!」
「それはまずいことになったけ。じゃがもう、この場でしか動けんけ。体力もないし…どうしたらいいけ?」
おばあちゃん一行はもう限界だった。
とうとう動けなくなったおばあちゃんたち。
「そんなの、這ってでも追いかけるに決まっているでの!」
花梨おばあちゃんは残り僅かであろうとも、体力が続く限り這ってでも追いかけようとする。
服の中に苔や土が入り込む。
そのぶん少し重くなるが、それも気にすることもなく、ただ這いつくばっていた。
家族を守るためだけに。
今できることを一杯一杯やっていた。
先ほど傾いた大木はとうとう倒れ込み、複数の寝ているリリンゴたちを潰す。
その衝撃は森中に響き渡る。
残ったリリンゴたちは目を覚ました。
周囲を見渡し、力尽きかけているおばあちゃんたち目掛けて襲いかかる。
「もう、終わりじゃけ…。」
ザクン。
次々とリンゴの芯が割れていく音がする。
ザクッ、ザクザク。
おばあちゃんたちを助けたのは、突然現れた小さな影であった。
その影はおそらく柚子と近い背丈であろう。
「大丈夫ですか?」
幼い少女は、おばあちゃんたちの安否確認をする。
「ああ、大丈夫け。」
「じゃあ、良かっ—--」
「待ってくれの!わたしゃの、わたしゃの孫娘が襲われておるで、助けてくれの!」
少女の台詞を遮って、花梨おばあちゃんは泣き崩れした顔で少女に頼んだ。
「分かったわ。じゃあ、その子も助けれたら助けるわ。行き先は知ってる?」
「村の方じゃけ!」
「分かったわ。行ってきます。」
行末へ振り向く少女にさらに花梨おばあちゃんが止める。
「待ってくれの。ピンチの時はこれを使え!」
花梨おばあちゃんが自身が装備していた軍手を投げた。
「お、おい。老婆め、あんたもオレを投げ飛ばすんじゃあねぇーよ!…ったく。お説教が必要なご家庭だな。ったく。」
裕は少し苛立っていた。
軍手をキャッチした少女は思わず。
「何⁉︎このボロ雑巾みたいな軍手…。くっさ!」
少女は率直な感想を述べるなり、すぐさま花梨おばあちゃんへ投げ返した。
「おいおい。お前も、オレを投げ飛ばすんじゃあねぇーよ‼︎って、さっきから言ってるだろうが!」
裕がいくら叫んでも、その声は届かない。
※軍手に音声機能はない。
「じゃあ、せめて、柚子に渡してくれの。」
またまた軍手を投げる花梨おばあちゃん。
「っえ⁉︎お孫さんに?このくっさいボロ雑巾を?」
少女は謎過ぎるおばあちゃんの行動に戸惑う。
「まあ、分かるよ。普通はこんな軍手を持って行ったところでなんの役に立つかなんて分かっちゃないよな…。って、おばあちゃん言葉がうつっちまったじゃあねぇーか!くそ。」
少女は再びおばあちゃんたちの顔を見た。
その顔つきは覚悟とその軍手はどうやらお孫さんに必要だと語っているように感じ取れたらしい。
「…分かったわ。じゃあ、これを持っていくわ。」
再度ファンおばあちゃんが行くべき道を指さす。
指差された方角へ少女は駆け出した。
「ありがたや、ありがたや。」
少女が見えなくなるまで、花梨おばあちゃんはその言葉だけを連呼していた。




