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第五草:忘却の罪

 あれからなんとか逃げ切った一行は、再び戻って来た。

「おいさ、そっちは大丈夫でぇ?」

「おお。大丈夫け、大丈夫け。」

「うっうう。すまぬの、みんな。」

 おばあちゃんたちは寝ているリリンゴの大口をそっと開こうとする。

「それっと。うっ臭いでぇ!リンゴに腐った異臭がキツイでぇ!…そ、そんでぇ⁉︎ま、間に合わなかったのでぇーー‼︎」

「うっ…くっさいの!……って、どじゃんの⁉︎」

「本当にくっさいけ!くっさいけ!って、おいおいそんなぁ…そんなことって…。」

 おばあちゃんたちは先程食べられた仲間のおばあちゃんを救出するために、リリンゴの大口を開けた。

 だが、そこにはもう…おばあちゃんの姿はなかった。

「う、うわあぁぁああ‼︎」

 泣き叫ぶおばあちゃんたち。

 むっくりと背後で何かが動く気配がする。

 その気配の正体を振り向いて確かめる。

 背後にいたリリンゴが目を覚ましたのだ。

 それだけで事は止まらなかった。

 感情論を優先してしまったおばあちゃんたちは、自身の置かれている状況を忘れてしまっていたのだ。

 周囲にいた数多くのリリンゴたちが起き上がる。

 振り出しに戻るとはまさにこのことであろう。

「ま、まずいけ…。みんな、避難け!」

 その場を後にすべくおばあちゃんたちは歳とは無縁の速さで来た道を戻る。

「むむ?これは?」

 博識のおばあちゃんが何かを拾う。

「何じゃあの、それは?」

「喋ってないで、走るけ!追い付けられるけ。」

 木々にぶつかりながら猪突猛進するリンゴの群れ。

 割れて死んでいくリリンゴも多く見られる。

 だが、それに関心はなく、ただ本能のままに獲物が森を抜けるまで追いかけるリリンゴたち。

「このままでは、追い付けられるけ。誰か、何か…。あっ!花梨さん、例の『魔具』を使ってくれぬか?なんなら、わたしゃが使ってもええけ。」

 腹を括る勢いでファンは花梨に尋ねた。

「もしかして、この草刈り鎌のことを言ってるの?」

 ファンは花梨の腰にある草刈り鎌を見て頷く。

 視線を感じた花梨は、察したのか、少し(おもむろ)に言う。

「ああ、そのことなんじゃがの…。すまぬの。これは…その…ただの草刈り鎌じゃの。」


 ########


 時は遡ること数時間前。

 村は相変わらず、変な意味で賑わっていた。

 それはこの村外れにある農具小屋にも当てはまっていた。

 何やらおばあちゃんが慌ただしく何かを探していた。

「もしかして、また何かあったのだろうか?」

 裕は少し考えた。

「また、大活躍できる好機が到来したのではないか?」

 そう思わずにはいられなかった裕。

「ここかの〜?ここじゃったかの〜?」

「おばあちゃん、どこ向いているんだ。ここだ。俺はここにいるんだ。っくそう。俺の念力も思いも届かないのか…。」

 悔いている裕を他所におばあちゃんは満面の笑みを浮かべた。

「あったのじゃ、あったのじゃ。」

 嬉しそうに持ち上げて掲げるそれは、もちろん裕では無い。

 それはた・だ・の草刈り鎌だった。

「これでいい。これでいいのじゃの。」

 何がこれでいいのかさっぱり分からない裕。

「そのた・だ・の草刈り鎌のどこがいいんじゃあい!明らかに俺の性能の方がいいに決まっているだろ。」

 訳がわからないおばあちゃんの言動にため息をつく裕。

 裕の木箱はまた開かないままである。

 立ち去って行くおばあちゃん。

「なんでだろうか?立ち去っていく足取りが軽快なリズムだったが、一体何がどうなっているのやら?」

 その後、長い静寂が訪れたかと思いきや、数十分後に一つの小刻みな足音が連続して大きくなってくる。

「この家で、この足音。間違いない、柚子ちゃんのものか。」

 その足音は、裕が思っていた通りに止まった。

 その止まった先には、裕が封印されている木箱があった。

 パカッ。

「ったく。久しぶりの光が目に…まあ、この軍手の俺には、目はないが目がやられるわ。まっぶしい。けど、ようやく日光浴ができ—--」

 バッタリンコ。

「はぁー⁉︎」

 木箱の蓋は僅かに開いて、すぐに閉じられてしまった。

 柚子は木箱内に『魔具』があるかどうかを確認したかったのだ。

「おばあちゃん、まさか『魔具』と間違えて、ただの草刈り鎌を持って行ったのかしら…。」

 柚子は思い出していた。

 おばあちゃんが仲間内で話している際に話していた内容。

 それは、もしかしたらのために『魔具』を持ってくること。

 おばあちゃんは、多分。

「最近、物忘れがひどいって、自分でも言ってたし、そのせいかしら?」

 柚子は物忘れをしたと思っていた。

「けど、おばあちゃん。あの時、仲間内で約束してたじゃあない。必ず持って来ると…こうなったら、私が届けなくっちゃ!」

 柚子の言葉は所々、何を意味しているのかは詳細がわからない裕。

 彼はそれでも、なんとなく察した。

「あの老婆め。可愛い孫娘に心配かけやがって。」

 おばあちゃんに一発きついお説教をしてやろうかと怒りが漲る。

 裕の思いが柚子にも伝わったのだろうか?

 いや、それはない。

 だが、柚子は木箱を持って家を出た。

「待ってて、おばあちゃん。私がなんとかしてみせるから。」

 裕は忘れていた。

 自身の罪を。

 おばあちゃんが裕を装備して、ザッソンたちを一掃させたこと。

 その際におばあちゃんが瀕死の重症にまで追い込んだことを…。


 それが、今回の結果に繋がってしまったことを。

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