第二草:守りたいもののために
第二束(章)です!
部数の確認も気をつけてお読みください。
柚子たちは塀の修復に勤しんでいた。
「おばあちゃん、そこの縄を持っててくれる?」
「あいよ。」
柚子はよじ登った塀の上から、下へ縄を落とす。
柚子が巻き直した縄を結び、おばあちゃんと一緒に引き締めていた。
「せいっの!」
グギュッギュッ!
この作業を何回も繰り返し、塀の大まかな修復を行う。
「しっかしまあ。よくもここまでボロボロになったもんだの〜。」
至る所に傷があり、塀として保っているのがやっとな状態である。
関心するおばあちゃん。
「そうだね、おばあちゃん。」
同意する柚子の表情は少しぎこちない笑みを浮かべていた。
日はやがて真上に昇っており、お腹の虫が訴えてくる。
「そろそろ、昼休憩と行こうかの〜。柚子や。」
おばあちゃんが柚子を誘い、昼休憩を取る。
塀の近くに育つ一本杉の下で、お昼を過ごす。
今朝に用意した握り飯を包んでいた筍の皮から取り出す。
柚子が口に握り飯を頬張る姿は、シマリスのようだ。
その姿を見て微笑むおばあちゃん。
「柚子や。何もそんなに急いで食べなくてもいいと思うがの〜。」
徐々に心配になってくるおばあちゃん。
今にも喉に詰まりそうだ。
「大丈夫だよ、おばあちゃん。だって、急がないと村の人たちが困るでしょう?じゃあ、やらなきゃいけないよ。」
木漏れ日が差し込み、柚子の笑った顔をより一層輝かせた。
その笑みは無垢で、純粋で、幼くて、とても綺麗な笑みだった。
「孫娘の笑みがこんなにも可愛いとはの…おっほほ。」
おばあちゃんには、柚子が天使にでも見えるのであろう。
その微笑ましい光景も昼休憩と共に終わりを迎えていた。
そこへ一つの人影が木陰に入ってきた。
「あらま。これはこれはフィレックの母親かい?」
「お久しぶりです、花梨さん。蜜柑さんはいらっしゃらないのですね。」
来訪者はフィレック少年の母親で、名前をサリア。
サリアは、フィレックから頼まれた事と息子に協力してくれた事などのすべてを含めたあの件で、お礼を言いに来たのだ。
「その節は、ありがとうございました。つまらない物ですが、良かったら受け取ってください。」
サリアから渡された包みを受け取るおばあちゃん。
「わざわざ、ありがとうね。じゃが、フィレックの容体はどうだね?大丈夫かの?」
サリアはただ一言、「大丈夫よ。」っと口にした。
それからサリアも塀の修復作業に加わり、徐々に塀の修復が進む。
塀は三階建てアパート並みの高さを誇り、二階部分の作成が終わり、三階目を作っている状況。
「すまぬが、そこをしっかりと押さえておくれぬか?」
「ああ、はい。ここですね。」
「おばあちゃん、また縄をこっちにちょうだい。」
三階に乗っているサリアはおばあちゃんの指示通りに三階の壁になる大きな木材を支える。
その支えた木材と突き刺して柱の役目を担っている大きな木材を十字に固定する。
おばあちゃんは孫娘にまた縄を投げて託す。
「ありがとう、おばあちゃん。」
サリアが支えている木材と柱を結び付ける柚子。
進行していくに連れて、ある重大な欠点に気がつく。
塀の骨組みになる木材不足と壁となりうる外壁塗装の劣化である。
外壁塗装とは、塀の強度を強める効果がある。
それが劣化となると、効力が弱まっているのは納得がいく。
このままでは、またすぐに塀が壊れる可能性がある。
その補強や代わりになるものは、近くで採取可能。
「仕方がないねぇ〜。森へ向かう準備が必要だの。」
「森って、おばあちゃん!あそこは危ないって、よく話してるところじゃあないの?」
「そうですよ。あそこは危ない場所です。人手がないと、とてもとても…。」
塀からそう遠くない場所を一行は凝視する。
そこは日輪に照らされた緑鮮やかな森が広がっていた。
一見して穏なそうな森に見えるのだが、一行も顔つきは険しい。
それもそのはず。だってあそこは —---
「行くのですね。あの『誘惑の森』に。」
「そうじゃな。わたしゃの歳ならば、あの辺の地理等は把握できとる。それに、この命も残り僅かであろう。ここは人数増加と塀の修復を考えると、やはり、老人会を上げて挑むしかあるまいよ。」
「お、おばあちゃん…。」
おばあちゃんの決意に反して、泣きべそをかく柚子。
「柚子ちゃん!我慢よ。仕方がないことなの。だって、男手はこの村には無いのだから…。そう、すべてはあの魔王討伐戦に駆り出されて以来、私の兄も、夫も、みんな…男性は戦力として、魔王討伐戦へ行ったきり帰って来ないのだから…。」
柚子は知っていた。
この村に子供や老人以外の男性がいないことに。
「けっけけ、けど…」
これ以上、何かを失いたくない!
柚子が言葉を続けて言おうとしたが、何かが妨げていた。
それは何のか?
柚子には分かっていた。
ザッソン事件があった分である。
それを考えずにはいられないことに。
このまま森入ってしまえば、おばあちゃんがザッソン事件のような何か嫌な事に巻き込まれて、大変なことに遭ってしまうのではないかと…。
けど、ここで材料採取を怠れば、後に待つのは同じザッソン事件の繰り返し。
小さな身体の中には、今と未来の問題。
私情と村の存亡。
それらが重しとなって、柚子の頭の中で天秤の端と端に乗っかり、公園のシーソーのように嫌な金属音を立てながら優先度を決めていた。
「柚子ちゃん…。」
おばあちゃんが柚子の被っている麦わら帽子を取り上げる。
そこには、今にも半壊しそうに潤んでいる若葉色の瞳が覗いていた。
「心配しなさんな。柚子は本当に優しい子に育ったの〜。」
おばあちゃんは心配そうな顔をする柚子の頭をそっと撫でて微笑む。
その手はゴツゴツした職人のような手だった。
その手は外見に反して、温もりと安らぎを感じさせ、柚子を包み込む。
「分かったよ、おばあちゃん。気をつけてね。」
「ふぉっほほほ。おばあちゃんに任せておき。」
そのやり取りは微笑ましく、健気で、虚しさを感じるサリア。
サリアの表情はおそらく、フィレックと同じように行動できるおばあちゃんを重ねて見えたたどうか。
サリアのめじ尻に小さな水溜まり場ができていた。
「じゃあ、私は心配になってきたので、息子の様子を見に戻りますね。失礼致します。」
目頭の露をそっと払い、サリアは立ち去った。
残された柚子たちは残った作業をしながら、今後の方針を考えていた。
「老人会が機能すればいいのじゃがの…?」
少し心配そうにぼやく。
その表情をつい見てしまった柚子はやはり心配になり、それが胸の中で溢れかえっていた。
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老人会で仲良くなった者や昔から親しい者たちに誘いをかける算段を立てるおばあちゃん。
塀の修復は担当している場所を終えた夕暮れ時から動き出した。
おばあちゃんは一軒一軒、その足で回っていく。
自身のことで一杯一杯な人、家族と居たい人、避難時に負傷してしまった人。
色々な人たちがいる中で、協力者は三人募れた。
「まあ、結界が無くして、平穏はないけ。」
「そうじゃ。そうじゃ。それに花梨さんには恩義があるじゃで、ここで返さんといけん。」
「わしゃあも、そう思うとるでぇ。」
募った老人会参加者のうち、二人は元冒険者。
だが、この世界には冒険者の称号やJob(職業)はない。
この世界本来の言い回しで表記するならば、彼女らは《冒険者》ではなく—--。
《農業者:farmers-ファーマーズ》。
その名が意味するもの、それは彼らの生業であり、生き様である。
その目的は、人類の食糧難を無くすこと!
魔王討伐戦以前から冒険者と言う職業は元からこの世界には存在しない。
元来、この世界ではモンスターを倒すのは騎士や軍隊、狩人などが生業としていた。
しかし、魔王討伐時にすべての国が総力をぶつけるために世界中から屈強な戦士たちが挑み、敗れた。
残った精鋭もまた、魔王死後に残ったモンスターの駆除には手を焼いていた。
腕の立つ人がいても、戦いの対処方法が通常モンスターに比べ、特殊的であったからだ。
そこで発足された職業(Job)こそが、《farmers》である。
彼らは農民出であるが、残存しているモンスターの殆どが、農業を害するモノばかりだったからだ。
故に騎士や軍隊、狩人などは消え、新たに生み出された職業こそが、この世界の人類最後の砦となっている。
「それにしても、村の精鋭が二人も来てくれるなんて心強いの〜。」
安堵の笑みを早くも浮かべる花梨おばあちゃん。
残りの一人もつられて笑みが溢れる。
元ファーマーズの二人は、自信たっぷりに胸を張る。
「わしゃあらに、お任せとっけ!」
「そうじゃ、そうじゃ。任せと〜。」
柚子家から離れた場所でそのやり取りは終わり、森へ歩を進める。
装備は各々に馴染みのある武器を片手に携えていく。
花梨おばあちゃんは、草刈り鎌を。
元ファーマーズの二人は包丁と鍬を。
最後に一人はフライパンを持っていた。
「それじゃあ、森へ行くかの〜。」
花梨おばあちゃんの意見に賛同し、一行は森へ足を踏み入れた。
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森へ向かう準備を着々として行く姿は、まるで遠足前の少女のように柚子の目に映る。
おばあちゃんは、昔おじいちゃんが使っていた古びた農服に身を包む。
その農服は、側から見ればウィルス駆除を目的としたものに似ていた。
白い重装備は、本来は蜂の巣の駆除を目的として作られたものだ。
準備を終えて、家の前で待つおばあちゃん。
柚子はただしょんぼりと窓越しにおばあちゃんを見ていた。
待ちぼうけをしていること二十分。
他のメンバーも集まってきたようだ。
おばあちゃんとお揃いの姿が三人見える。
久しぶりの再会に心を弾ませているのか、話し合いをしている。
「それじゃあ、森へ行くかの〜。」
おばあちゃんの声を仕切りに話し合いは終わったようだ。
それ以降はおばあちゃんたちが遠ざかって行くため、柚子の耳には届かない。
柚子はただ、その姿が消えるまで見送っていた。
「無事に帰ってきてね。おばあちゃん。」