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第一草:リアルからのログアウト

「あっちぃー。なんでオレがこんな目に…。」

 北村裕(きたむらゆう)はぼやきながら、首に回していたタオルで額の汗を拭く。

 拭いたタオルは汗と土の香りを吸い込む。

 お天道様てんとうさまが真上から照らす頃。

 裕は仕事用のジーパンとTシャツをタオルと同様に汗でぐしょぐしょにしていた。

 そのせいか、所々色の濃さが違って牛柄のように見える。

 裕は、平成最後の夏を農業で過ごしていた。

 真夏の熱いスポットライトを浴び、ビニールハウスという名のライブ会場で、黙々と地べたにいる小さくて執着心の強いファン相手に会場誘導をしている。

「ったく、俺の育ててるネギに群がるこの雑草は、本当に困ったファンだな。」

 普通はハウス内に雑草は生えていない。

 ハウスは雑草避けを目的としたものだから。

 それでも生えているのには理由がある。

 裕の同業者の一人が買ったネギの種には、ネギに似た雑草の種が混じっていたのだ。

 購入後、販売店からその雑草情報が会社に届く。

 その情報がガセであることを祈っていた裕であったが、世間は上手くは回らないようで。

 盛大に撒き散らした雑草の種は、みるみると育っていた。

 お陰で裕は、雑草とネギと見比べながらの草取りをしている。

 普通の草取りよりも何倍も時間を割く。

 例の同業者の一人も、裕と同じく休日を返上して別のビニールハウスで草取りの真っ最中であろう。

 裕はスマホの画面に目を凝らし、雑草とネギの区別を行う。

 見つけた雑草は根がしっかりと張っており、根元から摘み取らなければ、そこからまた成長して増殖する厄介極まりない存在だ。

 そのため、地面からしっかりと抜き取るのに時間がさらにかかる。

 炎天下の中、ハウス内は熱せられ、地面に蜃気楼しんきろうが漂う。

 裕は草むしりをしながら、草同様に後悔が募り、ため息と愚痴を吐いていた。

「ハウスはハウスでも、本物のライブハウスが良かったな…。」

 今日に限って仕事とは、裕は全くついていない。

 今頃、裕の友だちは別のハウス(ライブハウス)で、今流行りのアニソン歌手の名曲の数々を生で聴いているに違いないからだ。

 裕は自身が着ているライブ用Tシャツに視線を向ける。

 そのTシャツロゴには「働いたら負け」と書かれており、その意味が今、しみじみと当たっている気がしてならない。

 滴る汗が頬を伝う。

 伝った汗は、下顎で一滴の雫となって、このハウスの荒野に恵みとして降り注ぐ。

 ハウス内は太陽光で徐々に温まり、高温状態のオーブンと同じになっている。

 その猛暑は、裕の身体中の発汗機関に鞭を打つ。

 かれこれ、何時間経ったか?

「暑さに慣れ始めたのか、暑いと言う概念が無くなってきて、仕事が捗りやすくなってきたな〜。」

 それに賛同するかの様に、いつの間にか汗が止まっていた。

 そこに僅かに聞こえたお昼のサイレン。

「この調子で進めるのもいいが、そろそろ休憩でも入ろうか…な…」

 バタッ!


 視界が急転し、徐々にフェードアウトするかにように遠ざかる意識。

 手足に力が入らず、身動きがとれない。

 息をするのも苦しくなっていく。

「もう、ダメだな…これじゃあ…。」

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