第七話 結界
同時刻、都内某所――
「おかしいわ、どうなっているの? あそこに残されている装備では撃退など不可能なはずでしょう?」
「はい、カヴァリロ統括官殿。報告では、どうやらたまたま通りかかった民間人の協力者が殲滅したと」
「どこの民間人がっ! 危険度50を超える生体兵器を倒せると言うのですか!」
富士演習場にて陸上自衛隊が助力を得たとはいえ大型生体兵器の討伐に成功した、という速報を受けて。国際条約機構東アジア支部内の一室では一人の女性幹部らしき人物が、報告を告げに来た中年男性相手に不満を吐露していた。
彼女は名をシャーリー・カヴァリロといい、その風貌はといえば20年前であれば美人だったであろう面影を残した、険のある表情が目立つ人物であった。
「はあ、まあいいわ。あくまでもついでだったし。下がっていいわよ」
「はっ、それでは失礼いたします」
いつでも自分の首をとばせる権限を持つ女性に対し、謙った態度を取る男は退去の許しを得ると、そそくさとその場を後にした。
言われるがままに部屋を出ていった男の背中を見送ったシャーリーは、無駄に豪華な椅子に身体を沈ませると、先程までの態度とは一転して瞑想するかのように目を閉じ、静かになにかを呟き始めた。それは祝詞のようでいて何か薄ら寒い感覚を人に思い起こさせるような、摩訶不思議な声色であったが、それを耳にする人間はココには誰も居なかったため、それは虚空へと消えゆくただの空気の振動でしかなかった。
「ふう……」
「よっ、おつかれ」
シャーリーの部屋を出た男は、扉から離れてしばらくしてようやく気を緩めるかのように大きく息を吐いた。とその時、気の抜けたような声が彼にかけられた。
☆
俺が手ずから『魔』改造したバイクは、荒れた路面を苦もなく進む。進行方向に何があるかわからんのでそう速度は出せないが。
「このあたりは瓦礫が残ってないな。相変わらず再建もされてないけど」
既に日も沈み、あたりは真っ暗だ。街灯はその機能を放棄して久しいらしく、雪国の矢羽根付きポール同様のガイド代わりにしか役にたっていない。道路自体はガラクタの山があちこちにあった地域に比べれば比較的整理されているが、ただし、それだけだ。割と田舎というか、都会から一山越えた郊外って感じだ。大物は撤去はされてはいるが細かいスクラップはあちこちに転がっているし、半壊した建物なんかはそのまま放置されている。そんな中を、前照灯だけで進む。普通なら少々心許ないだろうが、暗視スキルも持ってる俺にとっては昼とたいして変わらない。
(人の気配もせぬな)
「どうなってんだろうな――っと?」
周囲を時おり『探査』しつつダラダラと走っていると、探査範囲の外縁部、前方数キロ先で何やら反応があった。
「うん? 何だありゃ」
(相変わらず人間離れした索敵範囲じゃのう)
「うるさいよ。ていうか何だろあれ、結界っぽい気がするんだけど。あ、なんか他にもいるな。雑魚っぽいけど」
なお、移動しながらじゃなければ更に探査の範囲は広がる。
(ぽいというか、そのまんまじゃな。貧弱で雑な作りではあるが、結界に間違いないじゃろ。出来は児戯レベルじゃが。雑魚っぽい方はアレじゃろ、ダンジョンから漏れた瘴気で魔物化した狼とかではないのか?)
邪神の意見も俺と同じく結界と雑魚っぽい魔物だった。え、結界とかこの世界にもマジであるんだ!? 前居た頃は気が付かなかっただけなのか?
「日本にゃ狼は居ないから、野犬か何かだろ。まあ、アレっくらいなら別段気にする必要もないか」
(そうじゃな、結界の方は通る時に壊さんようにな? おヌシ、ワシの神殿の結界を物理で破壊したんじゃからな? しかもただ小突いただけで)
「あー、そんな事もあったな。不幸な出来事だった」
(じゃかましいわ、人様の迷惑にならんように大人しゅう寝とったのを起こしよってからに)
「……お前ほんっと邪神に向いてないよな」
(エセ勇者とか言われとったクソガキよりはマシじゃと思っとる)
「うるせー」
そんな事を脳内邪神とくっちゃべりつつバイクを走らせた俺は、すぐにその結界もどきの所までたどり着いた。
「えーっと……」
(なんじゃこれは)
その結界の中には、ズタボロになった巫女服を纏った人と、同じくズタボロになった修道女姿の人が、血まみれで蹲っていた。