第四話 『施設』という名の迷宮
「おおい! そこの君!! ありがとう、助かった!」
隊長である興梠は、目の前で起こったことを理解する前に、それを為した男に向かって声をかけた。あのままであれば、おそらく航空支援による対地攻撃が始まるまで抑えきれず自分たちは全滅、そして後方にある市街地が著しい被害を被るであろうことは火を見るよりも明らかであった。
あの生体兵器を倒した者の姿は遠くてよくわからないが、身につけているものは、簡易なボディーアーマーにも見える。その手にしている得物は、おそらく生体兵器から採取できる希少物質を利用した剣なのだろう。でなければ、あの切れ味は出せまい。
「どこかの民間軍事会社関係者かな?」
「いやあ、どうでしょう。たまたまココにって、ありえんですよ。そもそもココはPMCと言えども民間人立入禁止です、立入禁止。だいたい通りすがれる場所じゃないですよ」
「富士の樹海に新しい『施設』でも出来たのかもしれんぞ。アレが湧いて出たのも、それなら説明がつく」
この世界のあちこちに侵略者の生体兵器が現れるようになったここ数年。その原因たる侵略者の『施設』と呼ばれる突然現れ成長する地下空間を調べ、攻略し、潰して回る必要性があった。
どこに現れるのか、何ら規則性もない為、それらを探して回る為に民間からの協力が不可欠であった。
ここに出現した生体兵器を屠った彼もそう言った類の民間人協力者で、『施設』から溢れ出た生体兵器を追って姿を表したのではと、そう興梠は思っていた。
「どちらにせよ、友好的に接しておいたほうがいい。いいか、間違っても敵意なんて向けるなよ」
「大丈夫でしょ、なにはともあれ皆の命の恩人なんですから」
「そうっすよ。たとえイケメンでリア充だったとしても我慢しますよ」
幾分不安な物言いを背中に、足を踏み出した興梠であったが。
「……消えた?」
ほんの数秒、部下と会話している僅かな時間に。自分たちの救いの主である人物は、その姿を消していたのである。隠れられるような場所などろくに無い、だだっ広い演習地に巨大な生体兵器の躯だけを残して。
☆
世界各地で発生するようになった迷宮――公式呼称『施設』――。
人によってはダンジョンやラビリンス、あるいはカヴァーンとも呼ばれる事もあるそれは、前触れもなく発生し、地下深くへ成長するとともに、生体兵器と呼称される――一般的には魔物や魔獣、もしくはあやかしや悪魔つきなどと様々だが――凶悪な生命体を吐き出し、地上に被害をもたらすこととなった。
その対策として主要各国は、国連加盟国に対して条約の締結を示唆し、時を置かずして専門の国際条約機構が設立された。
らしいのであるが。
「これってちゃんと機能してなくね?」
陸上自衛隊の方達から全力で離脱した俺は今、放棄され朽ちた街並みを横目に見ながらトボトボと無人の街道を実家のある方向へと歩いている。その道すがら、拾った物を色々といじくり倒して情報収集しているのだが。
(どこの世界も似たようなもんじゃのう)
「ほんとにな」
各国・各勢力が持つ戦力の把握と必要に応じたそれらの展開等を、ネットワークを組んでリアルタイムで指示していくのが国際条約機構のお仕事、という話らしい。
道端に時折見られる瓦礫の山、そこから顔を出していた壊れたタブレットを魔法で弄り復活させた俺は、接続とか電源すらも魔法でどうにかして、今のこの世界の状況を調べていたわけだ。俺が覚えている、異世界に転移した日付。それからおよそ5年半。その間になんともえらいことが起こっていたわけだ。
闇雲に個々でバラバラに戦うよりは、間違いなく有用な手法だろう。理想的に運用されればの話だが。
「役に立ってんだか怪しいよな。この瓦礫の山を見ちまうと。富士の演習場がすぐ近くにあるっていうのに、この惨状なんだから」
(上手く働いてないどころか、どこぞの誰かの思惑で戦力をすり潰しているように見える地域もあるのう。いやはや、どこの世界でも生存競争と権力争いを混同して足を引っ張るやつの多いことよ)
「わかる」
異世界でそれに巻き込まれた俺は、それが身に染みてわかっている。組織や国を跨ぎ、力を合わせてやっとなんとか倒せるだろうという強敵が居るというのに、仲間の足を引っ張っぱるだけならまだしも、相手に与する奴まで出てくるんだよな。
お前、それで敵が勝ったとして、自分がそのまま重用されるとでも思ってんのか? 狡兎死して走狗烹らるって言葉があるんですけど? ってまじで問い詰めたよ、ホント。
嫌なことばかり思い出して、ついため息を吐いてしまう。だがそれはそれとして、色々と検索した結果、確実にとまでは言えないが、ほぼ間違いなく俺の元いた世界だと思われる証拠が多々見つかった。母校やら自宅住所やら知り合いの名前やらを、覚えている限り検索したところ、結構なヒットがあったのだ。
しかも、なんというかまさかの大金星、俺の脳天直撃レベルの画像まで拾えてしまった。
「まさかの収穫だった……保存しとかねば……」
(なにをじゃ)
「なんでもねえよ」
そんな調子でぼちぼちと歩く俺の周囲には、相変わらず無人と化した町があり、どこまでこれが続くのか、と思わせる程に静まり返り、乾いた風だけが吹き抜けていた。