第三話 疾風のように
「疾風のように~! っとくらぁ!」
(何を口走っとるのじゃ?)
「こういう時にはこう言うモンなんだよ。俺的には」
高高度からの滑空の末、地表にたどり着いた俺は。
幸いにして、そう固くない未舗装の地面に着地することが出来た。
着地寸前に盾を仕舞い、ちゃんと両足で、少々地面をえぐりながら滑走という、ステキに無敵な男の浪漫的なスタイルでだ。
「日頃の行いってやつかねぇ」
パンパンと身体中の土埃をはたきながら一人そう言う俺に、脳内で珍しく楽しげな声が響いた。
(日頃の行い、のう。であるのなら、よほどお主の日頃の行いというのはクソ面倒なことを呼び寄せる性質なんじゃな?)
「そりゃどういう意味だ――ってなんだこいつ」
地面にめり込んだ足を抜きつつ、脳内の声に言葉の意味を問いただそうとしたのだが。
その前に、目の前に見覚えのない生き物が、ぶっとい6本足で屹立するかのように俺の前に立ちふさがっているのに気がついたのだ。
「地龍の亜種――か?」
なんか居るな、というの自体はとうの昔に気がついてた。
でも日本である以上、危険な生き物なんて熊ぐらいのもんだし、もし居たとしても今の俺にとってはぬいぐるみとたいして変わらん相手だと考えて、あえて無視していた。
だが、着地して目の当たりにして、首を傾げる羽目になった。
「おいおい、もしかして日本に似てるだけの並行世界でしたって落ちかぁ? 勘弁してくれよ、またあっちこっちの世界を覗いて次元転移魔法を構築するの、どんだけ手間がかかると思ってんだ、よっと」
(演算は大方こっちに振ってきとるくせに何をさも自分でやったかのようにいうかの?)
剣の柄頭で頭をボリボリと掻きながら不満を口にしていると、頭上から巨大な脚が降ってきたのだ。あと邪神うるさい。
なので、避けるついでに手にしていた双剣で切り裂いておく。
こういうごつい奴を相手にする時には、まずは移動手段を封じることが大事だ。
なにせデカブツ共のその質量からくる突進は、たとえ痛くも痒くもなかったとしても、そうそう喰らいたくはない。
強かろうが弱かろうが、何の準備もなく自分よりでかくて重いやつにぶちかまし食らったら、ふっとばされるんだからな。
まあ当たる気はないけれど。
(地龍に似とるがなんか違うのぅ)
「あ、やっぱり?」
俺の脳内で、生き字引きが年の功でおばあちゃんの知恵袋的に意見を述べてくれた。
力の大半は失ってるらしいが、こういう時には役に立つな。亀の甲より年の功ってところだ。
(お主の思考は逐一ワシにも届いとるんじゃが)
わかってるよ、もう今更じゃねえか。
「とりあえず、サクッと殺っとくか」
6本ある極太の脚とはいえ、そのうちの一本を骨まで届くほどの深さで切り裂いたのだ。
普通の生き物なら、その激痛でとてもではないがまともに動き回ることは出来ないだろう。
だが、この手の連中は。
「やっぱり即死じゃないと、死ぬまで動くかよ。痛みに鈍感とかどこまでだよ」
血が吹き出ている脚をものともせずに、こちらへの敵意を満載にした視線を向けてくる地竜亜種。
いわゆる『HPが1でも残っていたら、普通に攻撃できる・してくる』ってやつだ。くっそ面倒な。
(じゃがお主の言うところの『ぶいはかい』はどんな状況でも適応されるんじゃろ?)
「そりゃそうだろうよ。むしろ両手足切り落としてても殴ったり蹴ったり出来ますって処理する世界のほうが怖いというか嫌だ」
傷ついた脚から血を吹き出しながら、こちらに突撃しようと後ろ足というか3列目の脚で地面を掻く地龍亜種を尻目に、脳内住人とのんきに会話をしながら、手にした双剣を適当に振るいそのまま仕舞いこんだ。
「ま、この程度ならこんなもんだろ」
(これをこんなもん扱い出来るお主も大概デタラメじゃのう……)
呆れる邪神の声を聞きながら、一丁上がりとばかりに両の手を軽くポンポンと叩くと、手も届かない見上げる位置にあるはずの地竜の頭部、それが角の先から綺麗に縦に2分割され、それに一拍遅れてその巨体が地響きを立てて突っ伏したのだ。
「さて、どうやって家まで帰るかな、っと?」
「おおい! そこの君!! ありがとう、助かった!」
面倒事を排除し、さて懐かしの我が家に帰ろうかと地竜の死体から流れ出る色々なものを避けながら歩き出した俺に、緑色っぽい服を来た人たちが遠くから声をかけてきたのだ。
それに対して俺は、思わず手を振り返してしまった。何ということでしょう、言葉が翻訳魔法を使わなくてもわかったのだ! これは素晴らしいことだ。やはりここは俺の元いた世界に違いない。多分。きっと。正直、100回位からは数えてないけど、ようやく当たりっぽいぞ。
そうそう、あの地竜の事を気にしなかったっていう一因に、すぐ側に人がいたから逆に危険がないんだと思ってたってのもある、んだが。
あれは……あれは?
「……あれは僕らのマシンマ……じゃない、陸上自衛隊さんじゃん」
(なんじゃそれは)
「この国の軍隊みたいなもんだよ。あー、でもなんとなく状況がわかったわ」
より一層当たりの可能性が高まったが、面倒なことになる前に、お暇しようそうしよう。
こちらに近づいてくる気配を見せる自衛隊さんたちを気にしつつ。誰も居ない方角を、超発達した五感と『探査』スキルを駆使して察知。俺は全力でその場をあとにした。