第十四話 話し合い
「すまないねぇ、さっきのは我が主のそれなりに若かりし頃の似姿さ」
くるりと回って姿を変えた女上司。それが本来の姿らしく、先程までとは態度も口調もガラリと変わっていた。両隣の二人もそれを見て呆然としている。知らんかったんかい。
頭部にピンと立つ、毛に包まれた尖った耳介。光の加減で金色にも見える白い毛。服装は変わらず女性用パンツスーツだったが、その臀部から伸びるフサフサとした毛並みの二股の尻尾。これはあれか。
「なんだ、狐の獣人お得意の変化か」
「獣人ちゃうわ! 由緒正しき瑞獣だよっ!」
そう言われても、見た目普通に犬種獣人狐族にしか見えない。まあ、俺の知ってる狐の獣人とはだいぶ趣が違うけど。
(主の知ってる奴というとアヤツか? まあ、比ぶべくもないが)
力量はまあ個人差というか、環境とか鍛え方が違うといやそれまでだけど。なんというか、存在の有り様自体が違うといえばいいのか……なあ邪神、なんかわかる?
(お主も鑑定スキルくらい持っとるじゃろ……)
持ってるけど、使うと際限なく情報が頭を埋め尽くすのが嫌だって知ってるくせに。スキルレベルが上がれば上がるほど詳細が増えて、そこまでいらんっていう情報まで詰め込まれて困るんだよな。
(ざっくりとした必要な部分だけ取捨選択くらい出来るようになるのが普通なんじゃが、なんで……まあよいわ)
ほんと、世の創作じゃあ必要な情報だけがピロンって表示されたりするのにな。何が悲しゅうて、鑑定のたんびに生物の起源やら物質の終焉やら世界の根源やらを見せられねばならんのか。情報量過多すぎて脳みそ溶けるわ。
「信田式部官は、稲荷神の眷属神である命婦専女神の末裔よ。主人である契約者の能力もさることながら、人で無いにも関わらず式部官の職についてる」
「そうデス。その能力は政府からも高く評価されてるデスヨ。本当の姿は知りませンでしたガ」
(じゃってよ)
おっと、邪神が調べてくれる前に情報提供ありがとう。人じゃないのは知ってたのね。本来の姿を知らなかっただけで。あー、いわゆるお狐様かぁ。なるほどなぁ。
「で。俺はココにお礼したいって言うから情報交換ついでにお邪魔しただけの一般人だ。現場のトップがしゃしゃり出てきて何の用だい?」
「いやあ、うちが目をかけてる若手のエースがなんか連れて来たってぇから、見物に来ただけなんだけどねぇ。まさかこんな怖い兄さんだとは思いもしなかったよ。本体でも勝てるかどうか。ああ、なにもする気はないよ? 我が主の意向は『手を出すな』だったしね」
主さん……どこからか見てるのか? そんな視線感じた記憶はないんだけど。あと本体ってなんだよ。もしかして実は九本ある尻尾のうちの一本とか言わないよな? まあいいや、厄介事に巻き込むとかなら逃げるし、敵に回るとか言うなら……。
(どうとでも出来るじゃろ。お主が本気出す必要すら無いと思うが?)
あーうん、多分そうだとはおもう。それに本気出すのめんどくさい。超めんどくさい。
「ま、知りたいことがあるなら大概のことは教えてやれとのことだからぁ。何でも聞いとくれ。内容によっては対価はそれなりにもらうかもしれないけどねぇ」
ちょいと険悪になりかけたが、なんとか話し合いというか質疑応答と言うか。
このオカルト上等なご時世に、一般常識すら抜け落ちた俺に、3人は少々呆れがちにむしろ心配までしていただけた。そして
「兄さん、なにかあったら力を貸してもらうことは出来るかい?」
「俺の生活に差し障りがない程度なら別に構わねえよ。ちゃんと対価を貰えるならな」
「ミスタ神川が力を貸してくれるなら百人力デスネ!」
「その折には何卒よろしくお願いいたします」
話も終わって、退出する際には信田女史に見送られつつ巫女さんとシスターと共にその場を後にしてさあ実家に向かうか!――と思ったんだが。
「待ちな!」
なんかまたロビーに出たら絡まれた。
(なんじゃまたか)
「また、だけど。なんだこいつ」
漆黒のゴスロリな格好をした、すっごい威圧感な見た目の女性が俺の前に立ちふさがってきたのである。尖った爪先にピンヒールな膝上まであるブーツとフッサフサのミニスカートの間にできた絶対領域、だっけ?そこから覗く太ももは実に淫靡ながらも健康的なエロさを生んでいる。太いベルトで締め上げられたウエストはくびれと言うのもおこがましいほどに締め上げられ、その上に位置する膨らみを強調していた。そしてツンと尖った顎とすっと通った鼻梁。若干つり上がった目尻は濃いめの化粧と相まって、きつい印象をその小さな顔に与えていた。そして、ドリルもかくやという見事なダブルロールツインテに加えて、ヒールの分を差し引いても、おそらくは180cmは確実にあるだろうその身長。
いや、めっちゃ似合っててすごい美人さんなんだけど。てかゴスロリってよりはむしろボンテージ?
んな事考えつつ周りを見渡せば、さっき俺がぶちのめした奴らが変な笑みを浮かべてこちらを伺っていた。
「あんた、うちの連中を叩きのめしてくれたんだってねぇ」
うーん……どうしたもんだろうコレ。
(殺気も敵意も悪意もないとか、なんじゃコヤツは)
邪神そういうのには敏感だものね。うん、本当に。どうみてもコレ、ぶちのめした連中に泣きつかれて渋々こっちに突っかかってきてるだけな感。
「Heyミス山田! ミスタ神川に何するキですか!?」
「そうです山田さん、彼はお客様ですよ?」
「山田っていうなぁ! 登録名で呼べって何度も言ってるでしょ! レスティトゥアよ!」
自称レスティトゥア、実名山田さんだった。
とりあえず……
(黙らせるんじゃな?)
うん、あと後腐れなくしたいし。
「デバフ魔法『こむらかえり』」
(うわあ、嫌じゃ嫌じゃ)
ロビーに居る、俺に殺意と敵意と悪意を持っている連中全員にかかるように調整したそれを、俺は発動した。