第十話 内なる敵
さて、そんなこんなでたっぷり飯を食った俺達だが。後片付けとかしてたらもう夜中と言っていい時間になっていた。拾った魔改造タブレットを使ってネットを通して確認したところ21時すぎか。腹ごしらえも済んだし、朝までゆっくり寝るか。
と思っていたところ。
「こ、ここで野営するのですか?」
「ヤヴァイでーす! このスグソバにラビリンスが生まれてるのデスYO! さっきのような、いえサラナル力を持つ悪魔憑きがワイて出てくるカモなのデス!」
あんなのがなんぼ湧いて出てこようが、俺の張った結界をどうこうできるはずはないんだが。富士演習場で倒した奴が束になって出てきても多分楽勝で保つぞ? いくら撃とうが拳銃で戦艦は沈まないんだよ。
「心配するこたぁ無いんだけどなぁ」
(知らないというのはソレだけで不安になるもんじゃよ)
そりゃそうか。魔犬も魔猪も魔牛も、彼女たちが気を失ってる間にふっ飛ばしたから、どうなったのか知らないわけだしな。
「まあ口で言ってもわかんないだろうから、ね」
そう言いつつ、俺はゆったりとした動きで結界を出て暗い森の中に歩みを進めた。そして、周囲を『探査』してしばし。見つけた魔物――1kmは離れてたが――に瞬時に近づき、息の根を止めて持ち帰ってきた。彼女たちからすれば、姿が消えたかと思ったらいつの間にか手にくっそでかい鳥を掴んで現れたように見えたかもしれない。
「ほれ、これっくらいの相手ならわけないんだ。心配しないで寝な」
「え、これって?」
「デモン・オウル……夜の森でコレを狩れルだなんて……」
魔物化したフクロウっぽいのを彼女らに見せる。うむ、やはり結構な驚異だったらしい。たしかに夜の森だとフクロウは王者だろうな。だが俺にとっちゃただのでかい鳥だ。味の方はわからんが……。
(試しに一回食ってみればええじゃろ。焼き鳥に唐揚げ……たのしみじゃ)
まあそうなんだけど。邪神、お前欲望ダダ漏れだぞ。とりあえず仕舞っとくか。そう思って魔梟を収納したところ、二人が目を見開いて絶句していた。
「マサカ……」
「収納魔法? 術式の発動どころか維持だけでも途轍もない負荷がかかる机上の空論なはずの…いえでも神代級の遺物を使えば……ってまさかそんな……」
何を驚いているのか――ってもしかして。
(うーむ。コレは一度情報のすり合わせをやるべきじゃな。我らの常識がここの非常識という可能性が高い)
激しく同意だ糞が。あんなもどき程度をどうにか出来ないくせにホープとか……たとえ後衛職だからといっても、異世界じゃ笑いモンになるぞ。それに『何かやっちゃいましたか』系ムーブは俺が異世界に行く前にもうすでにオワコンだったはず。
「よし、あんたら。色々情報交換と行こうか。日が昇ったらちゃんと安全なところまで送ってってやるからさ」
「えっ? あっはい、それでよろしいのでしたらお願いいたします」
「話せないコトもあるかもデスがカマワないですか?」
「ああ、別にいいぞ。俺が知りたいのは一般常識程度だからな」
まあそりゃ当然だろ。公的機関からの派遣なんだし部外秘の一つや二つあって当たり前ってな。
☆
「へっ、言葉濁してそそくさとトンズラこきやがるかよ」
ボサボサ頭の、くたびれた背広を着た中年男が一人、誰も居なくなった廊下を進みながら、そう呟いていた。
頼りなさ気な風体を、ここには居ない誰かに見せつけるようにだらだらと歩みを進める。シャーリー・カヴァリロ統括官の執務室から出てきた男は、声をかけてきた彼――朝倉昭――の顔を見るや露骨に嫌な顔をして、返事もそこそこにその場を後にしていた。
その後姿を見送った朝倉は、まるで男がかの執務室で何を話しどういった指示を受けたのかを知っているかのように苦々しく笑みを浮かべ、ゆっくりと。誰に言うともなく呟いた。
「いつだって、目の前のモンが見えねえ、見ねえバカが居るってのはなぁ……」
人類が一丸となって困難に立ち向かうべきだというのに、どうも邪な考えを持つ者が跡を絶たない。
全世界で相当の被害が出ているにも関わらず、未だに「施設や生体兵器の報道は嘘」だの「内戦等の戦闘行為による被害を欺瞞するための大国の工作」だのという根も葉もない情報に踊らされる楽観主義者やたちの悪い陰謀論者がうようよしている。
「市井の、一般人が言う分には個人の自由だが……行政側にそう言うのが入り込んでるのは困るんだよなぁ」
朝倉は、周囲の気配を気にでもしているのか、ゆるーく首を回しながらそう言いつつ。無駄に金のかかっているであろう人の寄り付かない庁舎から立ち去った。