1話 高校生と怪獣
「任せたぞ、雅也。」
そう言って初めて会った祖父、羽衣宗谷は息を引き取った。
羽衣宗谷はそのたった一言と俺宛ての遺言状を渡すために、俺を病院へ呼びだしたのだった。
この時、祖父は初めて俺の名前を口にした。
祖父は厳格で堅物、気難しい性格であったらしい。
従弟の話では左利きなのに左手で茶碗を持ち、右手で箸を持てと言われことがあるとか。
身内ではその陰口が多く、嫌な思いをさせられたことが多かったのだと、子どもながらにそう思った。
家族内で嫌われ者だった祖父が最後にその言葉を残した相手が俺だと分かった時、家族
一同騒然としたようだ。
一度もあったことがない孫を入院している病院に呼び出し、言葉もろくにわからないような子どもに、人生最後の言葉を残すだろうか。俺は未だにそれが分からない。
中学生の時、何となく考えたことがある。
祖父は結局最後まで誰にも心を許せなかったのではないかと。
だからこそ、可能性をため込んでいる子どもに託そうと思ったんじゃないかって。
だって普通あんなのは誰にも任せられない。
祖父が亡くなって数日が経った日、俺は祖父から受け取った遺言書をこっそりと開けた。
遺言書が入った紙の裏に一人で開けてみること、誰にも見せてはならない。
そう書いてあったからだ。
遺言書の中からはたった一言書かれた紙と地図が出てきた。
すべてが分かる、真実を逃すな。
地図には印がしてあり、日付と時刻が書かれていた。
俺は地図に書かれた日に指定された場所へと一人で向かった。
その日は雲一つない晴々とした良い日だった。指定された日時は11月10日。深夜の10時。
少し山を登ったところにある小さな高原。
月色がススキを染め上げ、幻想的な風景が目の前に広がっている。
星空なんかは最高だった。
ここまで来るのには苦労したものだ。
親の説得に、交通費の交渉、今でもいい思い出だ。
言い忘れるところだった。当時、俺は6歳だ。細かいことは気にしてはいけない。
とりあえず、その場所と時間には間に合った。
「キミガ、ハゴロモマサヤ?」
参ったと思ったよ。
だって得体の知れない全身が発光している人の形をした喋る生物が目の前に現れたんだ。
しかも俺の名前を聞いてきたんだ。
俺はこのことを誰かに言いたくてたまらなかった。
でもその日、幼稚園児だった俺は特別頭が良くて悪い子だったと思うね。
宇宙人とあったなんてこの世の誰が信じる。しかも幼稚園児がだ。
そう思う前に漏らして失神仕掛けたわけなんだけど。
ここでは宇宙人をとりあえず彼ということにしておこう。
「そうだよ」
俺は彼の問いかけに頷いて、どうして祖父がこの場所に行けと指示を出したのかを聞いた。
「ハゴロモ、ソウヤ。フルキ、友。
ソウヤカラ、キミニ、プレゼント。」
彼はある小さなカプセルを懐から取り出した。
そのカプセルは発光し、光の中から一匹の生き物が現れた。
彼は言った。
メテオの祖先にあたる怪獣はもともと彼らの祖先が事故でこの星に落としてしまったものだと。
落とした怪獣を拾いに行くと、うちのご先祖が世話をしてくれていたんだとか。
その際に彼らとうちのご先祖は交流を深め、意気投合したらしいのだ。
そして、あげちゃった。という事らしい。
今思えば厄介事を押し付けた宇宙人としか思えない。
それから我が家の世代交代が起こるたびにこうして怪獣の受け渡しをしてくれる。
そういう事になっていると教えてくれた。
彼は俺の家がそういう運命を背負っているということを伝える役目をおっていたのだろう。
そして、宇宙人の彼は次に向かうべき場所への地図を残してくれた。
「サヨウナラ、フルキ、友の子。アリガトウ。
コノ星に、良くないことが、チカヅイテイル。キヲ、ツケテ」
最後にそう言って彼はこの星から去っていった。
俺が祖父から任されたのは、人ではない、表現の難しい生き物。
でも、その生き物を指す正しい言葉を子どもなら誰だって知っている。
それは“怪獣”だ。
怪獣と呼ばれるそれは飼うというのにはあまりにも難しいものだった。
名前はメテオ。そうすることにした。
メテオを初めてあった時、流星を見たからメテオ。
なんでメテオなんて言葉を知っていたのか今でも思い出せない。
名前をつけて数年後、正直かなり恥ずかしい名前をとけてしまったと思った。
メテオの親である怪獣は祖父と出会う以前から隕石と一緒にこの星に来てしまったらしい。
外見は爬虫類によくみられる皮膚で少しわかりにくいが体表が若干赤く4足歩行。
だったはずなんだが最近よく2足歩行でボール遊びをするようになった。
尻尾も長く、背中には謎の突起物か2つ左右対称に生えていた。
いつかこいつは空でも飛ぶ気なのだろうか。
鳴き声は高く、走り回るのが大好きなやつだ。
遊んでいるときに調子に乗ると甲高い声を辺り一面に響き散らす。
メテオは成長するにつれて徐々に大きくなっていった。
大人のゴールデンレトリバーよりも一回り大きい気がする。
正直に言えば思いきり遊ばせて声も出させてやりたい。
だが見つかってしまえば必ず保健所がやってきてメテオを連れて行ってしまう。
それは今でも嫌だ。
メテオを育て始めて俺の日常は変化した。
毎日、近所の森で宇宙人からもらったカプセルからメテオを出して遊んだ。
ボール遊びやかけっこ、早食い競争や川泳ぎ色々やった。
毎日森に出かけるもので両親からは野生児と言われるようになっていた。
メテオを飼い始めて3カ月程だったころだ。
メテオが風邪をひいた。ずっと地に伏せて動こうとしない。
それまでこっそりあげていたご飯や野菜を食べても戻す日が続いて気が付いた。
俺はどうすればいいのか分からなくなった。
6歳にはわからないことだらけだった。当時の俺は一度も生き物を育てたことがなかった。
だから祖父が残した俺に送ってくれた手紙にその時はすごく感謝した。
葬儀後、祖父からの俺宛てに一通の手紙がなぜか届いた。
その手紙の存在を知ったのがメテオが風邪をひいて2日目くらいで本当によかった。
そこにはメテオを育てるための方法を知る人物とその人がいる場所について書かれたものが封入されていた。
示された場所は、近所にある怪しいなんでも屋を営むおじさんの家。
彼の名前は"ゲン"というらしい。
俺は急いで彼の元へ向かった。
「キシシシ......。いらっしゃい、ませ。キシシシ。
何の御用で?キシシシシシシ」
レトロな駄菓子屋のような店からゲンは出てきた。
最悪の出会いをしたと思った。危ないやつだと。関われば一生分の不幸を身に纏いそうだった。
子どもにさえここまで警戒心を与える大人もそうはいまいと思った。
ボロボロのスーツを包み込むように、ボロボロの白衣を羽織る姿はまるでマッドサイエンティストだった。
身長は180cmは余裕である。子ども目線では巨人以外の何ものでもない。
そんなゲンはしゃがみこんで俺と同じ目線を合わせた。
「キシシシシシシ。坊や、宇宙人は好きかな?キシシシシシシ。」
全く意図のわからない質問された。
「キシシシシ。おじさんは子どもが大嫌いだ。
用事がないんならはやく帰れ。さもないとお前を食べちゃうぞ?
キシシシシシシ。」
ゲンはそうやって子どもの俺を突き放すようなことをいった。
この時、俺はゲンのことがとても怖くて、怖くて、嫌なひとだと思った。
だが祖父から任されたメテオの為、この時の俺は勇気を出すしかなった。
「ぼ、僕は!はごろも、まさや、っといい、ます!
う、宇宙人はこのまえとも、だちになりました!」
俺は情けなかったが泣きながら必死に答えた。
それを聞いたゲンは真剣な瞳をして俺の言葉を聞いてくれていた。
「坊主、何があったのか知らんがもうここへは来るな。
誰かに言われてきたのなら気にしなくていい。俺がこらしめといてやる。」
先程までとは違う、常識人を思わせるような優しい言葉が返ってきた。
どうやらこの時、俺はゲンに何か勘違いをさせてしまったらしい。
当然と言えば当然だろう。
こんな変な店に変な人間が住んで商売をしていれば自然と人は寄り付かない。
ましてや子どもが一人でくればいじめられていると誤解されるだろう。
「ぼ、僕のとも、だち、を!
たす、け、!!」
ゲン曰く、この時の俺は続きの言葉が聞き取れないくらい、近所迷惑なくらい大きな声で泣いたらしい。
「坊主、おちつけ。
ちゃんと聞いてやる。もう一度ゆっくりと言ってみろ。」
ゲンはきちんとした対応をしてくれていた気がするが、俺にはまだゲンが怖かった。
怖くて喋ることができず、泣くことしかできない。
だから俺はポケットからメテオが入ったカプセルを取り出した。
カプセルが分かるように、見えるようにゲンの前に広げた両手の上にカプセルを乗せて見せた。
「坊主!?まさかそれは......!?
よせ!ここでそれは?!」
瞬間、店の入り口にあった商品のほとんどがメテオの巨体により散った。
カプセルから出現したメテオを見たゲンの驚いて取り乱してた反応は今でも忘れられない。
その後、メテオはすぐにカプセルの中へと戻された。
そしてゲンは苦虫を嚙み潰したような顔をして俺を店の奥まで通してくれた。
店の奥には今にも壊れそうな古びたエレベーターがあった。
ゲンと俺はそれに乗って、地下深くまで降りて行った。
ごとん、ごとんっとエレベーターは何かに引っ掛かるような重い音を鳴らす。
エレベーター内の空間は人間が四人、入るか入らないくらいのスペースしかない。
天井にはむき出しの蛍光灯が光っては消え、光っては消える。
目が悪くなりそうだと思った。
「お前、羽衣宗谷の孫か。」
「うん」
「そうか。お前の爺とは友人だった。
俺がこの星に来た時、あいつは右も左もわからない俺に手を差し伸べてくれた。」
降りていくエレベーター内で、ゲンは何気ない会話を始めた。
この会話は俺を自然と落ち着かせてくれた。
「友人の孫だ。助けてやる。」
「ありがとう」
ゲンはやさしかった。
「お菓子屋さんの名前はなんていうの?」
俺の質問に対してゲンは意表を突かれたような顔をした。
当たり前だ。店の名前には万事屋とかかれていたのだから。
それに祖父、羽衣宗谷が残した手紙に書かれていた字が汚く、本当にゲンという名前の人なのか不安がった。
当時の俺にとって、店はすべてお菓子が売っている場所だった。
「俺の名前は"ゲン"だ。
小僧、お前の名前はなんていう?」
「羽衣雅也」
「そうか、お前が雅也か。
なら、これから俺はお前のことを雅也と呼んでもいいか?」
「うん、いいよ。」
「そうか。
雅也、これからは俺のことをゲンと呼んでいい。」
「わかった。」
ガチャンと大きな音がなり、エレベーターが停止した。
ドアがゆっくりと開くとそこには日の光が当たる明るい庭園が広がっていた。
ゲンはその中をまっすぐと進んでいく。
俺はゲンの背中を追いかけ、不思議な視線に追われているのを感じた。
「雅也、俺は地球人じゃない。俺は宇宙人、遠い星から来た。
仕事は医者だ。怪獣専門のな。」
「本当?!」
「ああ、本当だ。
だからお前の友達も治してやる。
ただし条件が一つだけある。」
「なに?」
「俺のことを絶対に他の人に言うな。」
「どうして?」
「もし誰かに知られたら俺はこの星から出ていかないといけなくなるからだ。
そうすれば二度と雅也の友達を治してやれなくなる。」
それは嫌だと俺は思い、ゲンとの約束を守ることを誓った。
5分ほど歩くとビニールハウスが目の前に現れた。
ゲンはその中に入っていったが、俺は入ることを許されなかった。
その中から青い液状の何かが入った試験管をゲンは持って出てきた。
「お前の怪獣はあの爺のころから見てる。
若干見てきた個体と違いはあるがひとまずこいつを飲ませれば大丈夫だ。
カプセルから友達を出してくれ。」
俺はカプセルからメテオを出し、ゲンは嫌がるメテオに無理やり薬を飲ませた。
「友達が病気になったのはストレスが原因だだろう。
もっと外で遊ばせてやれ。」
そして、色々あってこのゲンから餌も買えることになった。
繫殖する際にもう一匹用意する心配はないらしい。
我が家の世代交代が起こるたびメテオ達は死に、1匹の子を残す。
そして一番の問題、成長についてだ。
メテオ達の種は約100mにまでなるという。
その為に特殊な首輪がメテオ達にはつけられてきて高さを約1mにまで抑えることができるんだとか。それでも中々デカいなと思ったがまぁそこまで抑えてくれているんならいいだろうと思った。
「お前とはもう遊ばない。」
そういわれ始めたのは小学生の頃だ。
メテオの遊び相手と食料調達等やっていれば遊びは断るしかない。
メテオの事を喋る訳にもいかない。これは祖父との約束だ。
メテオを誰にも見せない、教えない、戦わせない。
祖父が俺に残した手紙にはそう書いてあった。
最後の戦わせないというのは未だに謎だ。
そして結果的に友人はいなくなり、俺は小学校と中学校を終えた。
ここまで本当に壮絶な人生だったと思う、多分。まだ続くんだろうけど……。
現在、2021年。羽衣雅也、17歳。
高校に入学しても俺の日常は特に変わらなかった。
相変わらず友達は少ないし、頭も悪い。
毎日寝て起きての学校の繰り返し。
将来のことを言われてもピンとくるものがひとつもない。
つまらない日常というのが毎日、毎日……。
続いてはいなかった。
怪獣メテオ、現在約0.7m。体重約100kg。
土地の広い一軒家に生まれてよかったと思った。