04
テオ様に素敵なお兄様自慢を聞かされてから早三ヵ月が過ぎた、今の私の学園生活は穏やかであり幸せな日々以外の何物でもない、当初考えていた作戦よりも満ち足りたこの日々は何物にも代えられない至福の日々だ。
ぼろぼろの掘立小屋に等しい研修所だが、住めば都と昔の人も言ったとおりに慣れれば何の不便も感じはしない、隙間風が入ってくるが暖炉は備え付けられているので冬になれば暖をとることも可能であるし、トイレなどの水回りも意外に綺麗で使いやすい、それに研究に必要な魔道具は完備されているし、研究所の隣にある薬草畑はちゃんと手入れがされていたので研究に必要な薬草は十分育ってくれている。
こんな満ち足りた学園生活が送れるなんてあの入学式では想像もつかなかったが、結果良ければ全て良しである。
私の研究所は学園の隅にあり、学園に通う生徒だけでなく教師や学園の雑務をする従業員すら近づかない寂しい所、そのおかげでこの三ヵ月寮の廊下ですれ違う生徒と自分の世話のために侯爵家から連れてきた侍女意外と誰とも会ってはいない。
人と関わらない事に少々の寂しさは感じるが、平穏な学園生活を送り忘れられた婚約者となるにはこれくらいの寂しさいくらだって我慢できる、相変わらず私の攻略者対象者の知識はあのテオ様のお兄様自慢で聞いた話と前世の聞きかじりのゲームの知識しか無いが、それでもこうやって穏やかな日々が送れているのだから、これ以上の情報は必要ないだろう。
そういえばテオ様は薬学研究所の所長か何かなのだと思っていたが彼がそれよりも凄い地位だという事も知った。
彼はなんと魔術や魔法に関わる研究所全ての管理者で有り責任者だった、何故それを知ることになっかと言うと、彼から直接聞いたからだ。
今後は関わり合いがないかもしれないが自分の上司かもしれない彼の役職を確認する事は大事なことだ、だから部屋を追い出される寸前に彼に直接聞いたのだ。
彼はすごく意外そうな表情の後呆れた表情になり「僕はね魔術や魔法に関わる全ての研究所を任されているんだ」と。
魔術、魔法に関わる研究所となればこの学園に存在する研究所の全てがそうである、だから私がどの研究所に通おうとも彼とは関わるしかなかったという結果に私は深いため息を吐き出すしかなかったが、彼のおかげでこうして穏やかな学園生活が送れているので彼には感謝してもしきれない。
そんな事を考えながら私は薬草畑の雑草を引っこ抜く。
こんな雑務は研究者のすることではない、普通なら誰か畑の世話をする者を雇ってやらせればいい事なのだが、できるだけこの場所を多くの人に知られたくない私は自ら雑務もやっている、侯爵家に居た時も薬草畑の世話をしていたのでこんなことはお手の物だ、それに私には前世の記憶がある、普通の家の普通の女子高校生だった私は家の手伝いと言うなの労働を良くさせられていた、都会ではなく田舎の女子高校生しかも実家は農家だったおかげで畑仕事には慣れている。
今は侯爵家の令嬢だからこんな事をするのはいかがなものかと思われるかもしれないが、私は殿下との婚約を白紙にしてもらって、研究者として身を立てていきたいと思っているので侯爵令嬢の秩序よりも研究者としての自分の立場のほうが大事だ。
侯爵家の跡取り問題は二歳上の兄がいるので問題はない、そう言えば兄で有るアルトもこの学園に在学しているのだが、入学して早三ヵ月が過ぎたが全然会わない。
元からそれほど交流がある関係ではなかった、侯爵家の跡取りの兄は幼い時から王都のタウンハウスで生活していたし、私は侯爵家の領地にある屋敷で母親と生活していた、兄弟ではあるがお互い干渉もしなかったし双方興味もなかったのか兄妹らしい交流もしてはこなかった。
そこまで考えて私は侯爵家で関りが深かったのは母親と私の世話をしてくれる侍女くらいだったことを思い出す。
私の中の貴族の常識は侯爵家で得たものだけだ、だから貴族とはこんなものだろうと思って過ごしてきたが果たしてこれは一般常識なのだろうか?なんて考えてみたが学園でも最低限以下の交流しかない私に貴族の一般常識なんて知りえる機会はない、それに今後貴族の常識が必要な場所にも関わることはないはずなので深く考える必要もない気がする。
色々と考えながらではあったが畑の雑草の処理も一段落ついた私はお茶にでもするかとその場に立ち上がり、研究所に足を向けた。
畑から研究所の中に入るには意外に距離がある、何故なら獣除けの柵が畑を囲っている為横にある研究所に直接行くことが出来ないからだ。
私は畑の真ん中を突っ切り出入り口に行くと、柵と同じような作りのドアを開けて畑の外に出る、そして研究所に入ろうと研究所のある方角に顔を向けると、こんな辺鄙なところで出会いたくない人物と出会ってしまった。
燃えるような赤い髪と深い緑色の瞳が特徴の美形ヘルムート様が相変わらず手鏡で自分の顔を眺めて歩いている、彼の事だから自分の顔を見つめることに必死すぎてこんなところに迷い込んだのだろう、こちらに気付いている様子もないので私は素早く研究所のドアを開けて中へと身を隠した。
この場所が殿下達にばれたことろで彼等が態々ここに来るとは思えない、だが入学式で私に興味を持ったような素振りを見せていため殿下が来ないとも言い切れない、念には念を入れるのは大切だ。
ナルシストヘルムート様に偶然に出会ってから一週間が過ぎていた。
私の日常は相変わらず平和そのもので、やはりあの時ヘルムート様は私に気付いてはいなかったか、もしくは気づいていたが興味もなかったので忘れ去られたのだろうと安泰していた時今まで誰も訪れることがなかった私の研究所に突然の訪問者が現れた。
こんなところに来るのは私の研究に関係する人くらいだろうと甘く考えた私は、何の躊躇いもなく研究所のドアを開けた、そしてその浅はかな行動を深く反省することになった。
「やーマリーア嬢入学式以来全く教室に顔を出さないと思ったら、君は研究者だったんだねこんな場所で研究しているとは思いもしなかったよ」
白銀のサラサラの髪を初夏の風に靡かせ、ちっとも笑ってない菫色の瞳がこちらを見つめている。
あり得ない王子である彼が態々広い学園の隅も隅にあるこの研究所に来るなんてあり得るはずがない、だが目の前に立っている人物は一度見れば忘れることが出来ないほどの美形である。
うん、これは間違いなくロビン殿下だ、私はあまりのキラキラさに条件反射的にドアを閉めようとしたがそれを優雅な動きで止められてしまった。
「あら殿下お久しぶりでございます、このようなむさ苦しい所に殿下自らいらっしゃるなんて思いもしませんでしたので、とっさにドアを閉めそうになってしまいましたわ」
今の態度はさすがに非礼に当たるだろうと瞬時に考えた私は、そんな言い訳を述べてから淑女の笑みを向けるのだが、相変わらず殿下の瞳は笑っていない。
殿下が何を考えているのかは不明だ、何故こんなところに殿下自ら来たのかも不明だ、だいたいにしてこの場所がばれた事も納得はできない、確かに一週間前ヘルムート様に出会ってしまった、出会ったというよりはお見かけしたといった方が正しい、相変わらずヘルムート様は手鏡を見てうっとりしていたのだから私に気付くはずがない、それだけではない私はあの時侯爵令嬢らしからぬみすぼらしい格好をしていた。
領地の農夫が着るような小汚いダボダボのシャツとズボンを履いてしかも化粧もしていなかった、あの状態であれが私だと分かるはずがないのだ、だがヘルムート様は私だと気づいた?しかもそのことを殿下に伝えた?自分にしか興味がない彼がそんな事をするとは思えないのだ。
だが私の考えはあっさりとヘルムート様自らによって否定されてしまう。
「この場所がバレたのが意外だったかな?あの時視界の端に入ったんだよその其薄紫色の髪が、だから君だと思ったんだよ、でもそんな事すっかり忘れていたんだけど、今日君の兄であるアルト様に会ってさ思い出しちゃったんだよね」
相変わらず鏡を見てうっとりと自分に見惚れながら話すヘルムート様に何故そんなことで思い出す、しかも殿下の前でと思わないでもなかったが、そこを責めたところで意味はない。
「この髪色が見えたからと言ってここに私がいるとは限りませんでしょうに、何故ヘルムート様は私がここに居ると思われましたの?」
疑問を素直にヘルムート様に尋ねると、彼は鏡に向けていた視線をこちらに向けて呆けた顔をこちらに向けてきた。
「君は知らないのか?君の髪色はこの国では珍しんだ、この学園で君と同じ髪色を持っているのは君の兄であるアルトくらいだ」
呆けた顔のヘルムート様に代わって答えを返してくれたのはドS公爵令息のアルノルト様だった、この三人はいつも一緒に行動しているのだろうか?
否それはないなこの間ヘルムート様をお見かけした時は彼は一人だった、彼の事なので三人で行動していたが鏡を見つめすぎてはぐれた可能性もあるが。
しかし私の髪色が珍しいなどとは思いもしなかった、侯爵家には私を含めてこの髪色が三人もいる、母親に兄そして私だ、兄に関しては交流がなかったので忘れかけていたくらいだが、それでも毎日母親と過ごしていたのでこの髪色が珍しいなんて思ってもみなかった。
そういえば学園に入学して三か月以上たつが確かに同じ髪色の人には会ったことがなかった、他の学生達と関係が希薄であるし、入学式では他人の髪色を気にする余裕などなかったから気づけと言われても気づかなかっただろうが。
「そうでしたのですか・・・しかし王族で有られる殿下に高位貴族のご子息でいらっしゃるアルノルト様達が何故態々こんな辺鄙なところに来られましたのでしょうか?私に用事でもありましたのですか?」
確かに入学式の時殿下は私に興味を持ったような節はあった、だからと言って態々彼等がこんな辺鄙なところに来る必要性を感じない、彼等なら私を呼び出すだけの権力があるのだから、ここに来るよりも呼び出す方を選びそうなものだ。
「態々ここに来る必要性はなかったんだがな、君は呼び出しても私の所に来るとは思えなかったので来てみた、それに君に伝えなければならない事が出来たので丁度良かったんだよ」
すごく爽やかな笑顔を浮かべたロビン殿下はさすが美形だけある、ついついその笑顔に見惚れそうになったが、相変わらず菫色の瞳が全く笑ってない事で現実にも戻ることが出来た。
「私に伝えたいことですか?何でございましょう?」
殿下の含みのあるものの言い方に少々苛立ちを感じたが私は淑女の笑みを崩さずに、返事をする。
「君は教室にも来ないだろ?だから研究者として研究所に通っているのかと思ってテオに聞いたんだが曖昧に笑って答えてもくれなかったので強行手段をとることにした、事後報告になるが婚約しているのだからいいと思ってな」
殿下が何を言っているのかさっぱり分からない、私の頭が悪いから理解できないのかと思ったが、何度も殿下の言葉を頭の中で反芻してもやはり意味が理解できない。
何言ってんだこの王子はと思っていたのが殿下に伝わったのか、彼はクスッと小さく笑い声を漏らすと、私にとって衝撃的であり最悪な事を言ってのけた。
「婚約者同士が交流を持つことは大事な事だ、だが君は研究者で教室に学びには来ない、今後も君は研究者としての立場を優先するだろから君のね寮の部屋を移動したんだ、私の部屋に」
殿下の発言に衝撃を受けた。
あり得ない、あり得るはずがない生まれてすぐに婚約した、婚約期間としては長いだろう、だが殿下と私が初めて顔を合わせたのは入学式の日でそれまで私に至っては殿下の顔すら知りもしなかった、殿下の情報も前世の聞きかじりの情報くらいで全く知ろうともしていなかった。
しかもだ私も殿下も十五歳、成人も迎えていないうえに、十五歳の男と言うのは性に対して興味津々の時期ではないか、そんな男女が一つ屋根の下一緒に暮らすなんて常識的に考えておかしい、いくらここが大人が不介入な学園であっても常識的にあり得ない、普通は誰か止めるはずだ、そこまで考えて私はここがR十八の乙女ゲームの世界という事も思い出した。
前世の友人は語っていた、とりあえずこのゲームはヒロインと攻略対象者がありとあらゆる場所で致していると、それがイラストの綺麗さも相まって素敵なのだと、エロで最高なのだと。
彼女がこのゲームにドはまりしていたのはもしかしたら、エロだったからか?なんてどうでもい事を考えて現実逃避しようとしたが、現実逃避したところで何も変わりはしない、間違いなく今私は色々とヤバイ・・・
入学してから何度目になるか分からないピンチ、無い脳みそをフル回転させるが、無い脳みそをフル回転したところでいい答えなど導き出すことなの出来ず、私は第一王子ロビン殿下の寮に引っ越すことになってしまった。