01
貴族達の令嬢子息を乗せた馬車が王都の中央に位置する大きな建物の前で長蛇の列をなしている、その光景に私はうんざりとした気分になる。
この馬車の列ができている建物それは王立魔法学院であり、貴族の子息令嬢が十五歳から強制的に通わされる学園で私は監獄みたいなものだと思っている。
何故ここが監獄だと思っているかと言えば、この学院は問題が起きたとしても大人達が全く関与しない特殊な場所だからだ。
学園内ではきっちり身分が分けられ、さながら小さな貴族社会であり学園内の日常は常に腹の探り合い、十五歳と成人を迎えていない子息令嬢が大人社会に入る前に貴族社会を勉強するための場所。
そんな大人社会を小さくしたこの世界はかなり濃厚で、しかも全寮制の為色々と暗躍している恐ろしい場所。
私が何故こんなに学園に詳しいのかと言うと、最近流行りも落ち着いてきた転生者だから、しかも一時期流行りまくった悪役令嬢に転生と言うやつです。
この世界は前世私の親友がはまっていた乙女ゲームの世界でそのタイトルが『Darkness LOVE-私が貴方を癒してあげる-』と言うバリバリR18の乙女ゲームの世界、今から入学する学園内でヒロインが心に闇かかえまくりの攻略対象者達の心を癒して攻略していく乙女ゲームで私は生まれたその時から攻略対象者の一人ロビン第一王子の婚約者なのです、婚約回避どころか生まれた瞬間婚約者じゃ回避不可能・・・
生まれた瞬間から悪役令嬢確定・・・
私不幸すぎじゃないか?しかも私このゲームをやった事がない、親友が毎日語っていた事しか覚えていない、色々と回避するにも情報が少なすぎて無理、不可能・・・
諦めは大事なので私は前世の記憶を思い出してから素直に諦めた、結末がどうなるか分かんないけど、私は私らしく生きようと決めたのです。
幸いなことに第一王子とは婚約していると言っても会った事がない、親が決めた婚約者に殿下も興味が無いのだろう、なので私はこのまま彼の記憶にも残らないように存在感の無い人物であり続けようと思う。
なんせ殿下は腹黒拗らせヤンデレ野郎なので見た目がどんなに良かろうが私の好みではない。
他の攻略対象者も見事なまでに頭がおかしい、宰相の息子で殿下の側近の一人アルノルトは腹黒ドSで騎士団長の息子のヘルムートは脳筋かと思いきや真正のナルシスト、自分が大好き過ぎて鏡を見ながら自性できちゃう恐ろしい男、唯一真面なのが魔術者のテオなのだが、彼はその魔力の高さから王族である事を隠された殿下の腹違いの弟なので、彼自身に問題がなくとも関わるのはよろしくない。
こんなにも問題が多い攻略対象者しかいない乙女ゲームに親友は何故あんなにはまったのか、私には到底理解できない事である。
何度もやってみてと言われたが、私の好みは爽やかで優しい真面な男性なので二次元だろうが病んでいる奴に興味は無い。
おかげでゲームを借りる事も無く出だしから色々と積んでいるのだが、関わらなければ何とかなるはず?きっと何とかなる。
私はなんとかなると強く信じて、やっと学園へと到着して今日から住む寮の部屋へと向かった。
全寮制と言っても貴族階級のしっかり別れた学園の寮は高位の爵位を持つ家の者達は大きな部屋を割り当てられ、爵位の低い者達はお風呂トイレ共同で狭い部屋で二人~四人の相部屋となっている、私は侯爵家の娘なのでトイレもお風呂も備え付けの広々とした部屋が用意されていた。
寮の窓の外に視線を向けると、そこは中庭になっていて豪奢な屋敷が一軒建っているのが見える、木に覆われた屋敷の中を見る事は出来ないが、おそらくそこが第一王子の寮で間違いないだろう、君子危うきに近寄らず、あそこには絶対に近づかないと私は心に固く誓った。
寮に荷物を運びこんだ私は侍女に荷物の整理を任せて、制服に身を包みいざ入学式に挑んだのだが、目立たない関わらないを目標にしていたはずなのに初めから目立つことになった、しかもそれが攻略対象者ヤンデレ殿下のせいだから関わらないすらも守れていないのだから悲しい。
私が入学式のおこなわれる講堂に入ったその時、白銀のサラサラの髪に菫色の瞳のこの世の者とは思えない美形に声を掛けられた、それがロビン殿下だったなんて事は会った事も無かったうえに興味も無かったので知る由もない。
「マリーア侯爵令嬢話があるのだが」
こんな美形に話があると言われても困る、何故なら私には何の話も無いからだ、目立たず関わらず大人しく入学式を終えて、三年間の学園生活をマイペースに過ごすことが目標なのだから。
何の返事も返さない私に対して目の前の美形はその美しい顔に苛立ちを滲ませた。
「君は私の婚約者なのだから普通挨拶に来るものでは無いのか?」
苛立ちを浮かべても美形は美形のままなのだなと変なところに感心していたら、その美形が私を婚約者だと言うではないか。
声を掛けてきた美形が第一王子のロビン殿下だった事に正直驚いたが、彼が私の名前と顔を認識していた事にも驚いた、婚約者と決められたのは私が生まれて直ぐなのだがこの十五年間彼と顔合わせを行ったことも無ければ、お茶会などに呼ばれたことも無い、彼は私に全く興味が無いのだと思って、私も興味が無かった、興味が無さ過ぎてこの国の王族の顔すら私は知らなかった。
普通に失礼極まりないのだが、本当に興味が無かった・・・
そして失礼を極めまくった私は婚約者である彼に挨拶の一つもしていない、ここは何か良い言い訳をしなければならない場面なのだろうが、そんなものは思い浮かぶはずも無く、美形に話しかけられた驚きのせいで私は素直に返事を返してしまったのだ。
「申し訳ありません殿下、興味が無かったもので」
言ってから後悔した、それは無いだろうと、下手をしたら不敬罪で極刑ものである、しかも私の返事を聞いたロビン殿下は綺麗な菫色の瞳を大きく見開き固まっている。
ヤバイヤバイヨと心の中で焦りまくっているのだが、口に出してしまった言葉は無かったものにはならない、後悔先に立たずとはこの事かと変なところを納得して現実逃避するが、現実逃避したところで意味がない。
「マリーア侯爵令嬢君はなんて・・・」
怒りを露わにした表情で私に話しかけてきた美形、彼が誰だか分からないが、おそらくアルノルト様ではないだろうか?王族の血を引く公爵家の嫡男であるはずの彼はロビン殿下と同じ白銀の髪であるはずだから、同じ髪色の彼がドSのアルノルト様だと予想してみた、瞳の色は薄い青色だから違う可能性もあるが。
「アルノルト」
ロビン殿下が目の前で怒っている人物の名前を呼んだことで、私の予想は当たっていたことが分かった。
「興味が無いか・・・なかなか面白い事を言ってくれるな」
何故かロビン殿下は楽しそうに笑いながら、私に話しかけてくる。
「申し訳ありません・・・」
私に今できる事は謝る事だけだ、それ以外何ができるだろうか・・・
目立たず関わらずを貫き通したかったのに、事もあろうか悪目立ちしているこの状態、ロビン殿下に講堂の入り口で話しかけられている私を他の子息令嬢が凄く興味深そうに見ている、やめてほしい、勘弁してほしい、土下座だってなんだってするから解放してほしい。
「なかなかに面白そうじゃないか」
怪しい笑顔でそう言ったロビン殿下は私の前に手を差し出してきた。
これは手を重ねろと言う事なのだろうか?ロビン殿下にエスコートされるとか目立つ凄く目立つ勘弁してほしい、だがここで手を取らなければそれもまた失礼になる、これ以上非礼を重ねる訳にいかない私はその手に自分の手を重ねるしかなかった。
「ロビン殿下が誰かをエスコートするなんて珍しいな」
手を重ねた私に満足したのかロビン殿下は私の手を自分の腕に回しエスコートの形で講堂の中へと足を進める、そんな殿下に燃えるような赤髪で深い緑色の瞳のこれまた美形が話しかけた、これがきっとナルシストのヘルムート様で間違いないだろう、ロビン殿下達もそれなりに高身長であるが、彼はそれよりも頭一つ分高く体も鍛えられているのが制服越しにもわかる。
攻略対象者三人に囲まれた私は明らかに目立っている、誰か私を助けてなんて思ったからなのか、ロビン殿下の目の前で派手に転んだ令嬢がいた、周りの視線は一気に私でなくその令嬢に向けられたのだが、何故何もないこの場所で転んだのか謎だ。
派手に転んだ令嬢は痛そうな表情でロビン殿下をチラチラと見てくるが、ロビン殿下はその令嬢に冷たい視線を向けただけで、彼女を無視して彼女を避けて先に進んでしまう。
彼女を助けないの?とロビン殿下の紳士でない行動に少し戸惑ったが、彼はヤンデレなのでそんなものかと納得してしまえるので恐ろしい。
側近の二人も転んだ彼女を無視して私達についてくる、ヘルムート様にいたっては自分の顔を手鏡で見つめているので彼女の存在自体気付いてない可能性がある。
派手に転んだ令嬢に優しく手を差し出したのはロビン殿下と同じ菫色の瞳で黒髪の少年だが、髪色は魔法で染めている気配がするので彼がもしかしてテオ様なのかもしれない、顔立ちが少しロビン殿下に似ている、さすがこのゲームの真面枠だけあると感心したのだが、令嬢を助けてこちらに向けられた彼の視線が射貫く様に鋭い、あきらかにその視線は私に向けられている、ロビン殿下にエスコートされている私に・・・
親友は何をもって彼を真面だと思った?これは間違いなく嫉妬の眼差し、ブラコンなのでは無いのかな?テオ様は。
攻略者全員問題だらけではないか・・・
目立たず関わらず穏便な学園生活を送りたいだけの私は、どうやら色々とヤバイ状態な気がする、しかも先ほど殿下の前で派手に転んだ令嬢までもが私を睨んでいる、彼女はもしかしてヒロインなのか?そうだとしたら彼女も転生者?
もう嫌助けて誰か・・・
何とか入学式は無事に終わり、私は自分の教室に向かったのだが、教室までの道中もロビン殿下にエスコートされて生きた心地がしなかった、しかも同じクラスである。
ヤダヤダ解放されたいという私の思いなど誰にも届かない、攻略対象者全員と同じクラスでヒロインと思われる令嬢までも同じクラス、胃が痛い・・・
テオ様の視線はずっと鋭く私を睨んでいる、勘弁して貴方の異母兄に私は興味がありません、だからそんな視線で睨まないで。
美形の睨みて痛い、視線だけで人は死ねるのではないかというほど痛い。
これから三年私はこの人達と楽しい学園生活が送れるとは思えない。
私の思いなど神様にも届かず、居た堪れない気分で体を小さくして攻略対象者達に囲まれた私にロビン殿下が怪しい笑みを向けてきた、きっと何も知らない人から見たら婚約者に優しい微笑みを向ける美形なのだろう、だが私は知っている彼がヤンデレであると、優しい微笑みなど彼が向けてくるはずが無いのだ。
「ところで先ほど私の事を興味が無いと言っていたが、何処まで興味が無いのかな?」
ほらみろやっぱり優しい微笑みじゃない、こちらが聞かれたくない事を平気で聞いてくる、そんなこと聞かれて素直に答えられるわけないじゃないか。
「・・・・・・・・お顔を知らないほどに・・・・・凄く・・・・興味が無いです・・・・」
素直に答える訳にいかないはずなのに、素直に答える以外答えが無かった・・・
貴族の娘で有るのに王族の顔を覚えていない、しかも婚約者の第一王子の顔を覚えていない事はさっきばれてる、どんな言い訳をしたって意味がないじゃないか。
「ほーっこの国の王都に住んでいてしかも貴族であるのに王族の顔を知らないと、しかも婚約者であるのに知らないと」
素直に答えたのに笑顔が増々怖くなった気がする、でも真実なので仕方がないではないか。
「申し訳ありません・・・・」
ロビン殿下が怒るのはよくわかる、婚約者に顔を覚えられてないほど興味が無いと言われたらそりゃショックだろう、プライドズタボロだろうけど、婚約してからの十五年で一度もこちらに興味を示さなかったのはロビン殿下も同じなのではないだろうか?私の顔は知っていたけど。
「ここまで興味を持たれていないとは・・・良いだろう折角同じクラスなのだしこれから興味を持ってもらおうか」
無理無理無理、勘弁してください私は貴方の事など興味を持ちたくも無いのです、だから貴方も興味を持たないでください、と願うのだがロビン殿下はそんな私の気持ちなどお構いなしにこちらを見つめてくる。
見目麗しい美形の王子様に見つめられたら普通は頬なんて染めて乙女モードに突入するのだろうが今の私は顔面蒼白である。
「そんな・・・私の事などお構いなく・・・」
いい返しの言葉を思い浮かばず、出た言葉はあまりにも滑稽で悲しくなる。
「婚約者なのだから私を見てくれても良いのではないかな?」
蛇ににらまれた蛙の気持ちが痛いほどに分かる、今まさに黒い笑みを浮かべて私を見るロビン殿下はまさに蛇、そして私は蛙・・・助けて。
私は救いの手を求めて周りに視線を向けるが誰も私と視線を合わせてはくれない、ドSアルノルト様は我関せず他の令嬢と談笑しているし、ヘルムート様にいたってはいまだに手鏡で自分の顔に見とれている、攻略対象者の彼等が私を救ってくれるとは思わないが・・・
最終手段だと私はヒロインに視線を向けるがヒロインは私を睨み付けるだけで何か行動を起こしそうには無かった。
ヒロインなのだからここは頑張れよと思うのだが、彼女も出会いイベントを失敗した事で慎重になっているのかもしれない、ならば今後の彼女に期待しよう。
当初の予定から大きく狂ってしまったが、平穏な学園生活を送る為の秘策が私にはまだある、今日はなんとかこの状態を耐え忍び明日からの学園生活を穏便に送れるように祈るのみ。