脱出準備
お待たせしました。待っている人が居るかわかりませんが。
「よう、相変わらずイカれてんな。」
スズキは女に挨拶らしき言葉をかけた。確かにイカれている。見た目はすこし無精な、人として許容範囲内の女のに見える。しかしこの建物の異常さは完全にイっちゃてる。
「あぁん、誰だっけお前。」
ものすごく気怠そうに女が聞く。
「俺だよ、ほら3年ぐらい前にアレを納品に来た。」
そういうと壁際に置いてあるシートがかかった何かを指さす。大きくて正体は不明だがきっと知らないほうが身のためだろう。
「おぉ、思い出した。えっと…ササキ。」
「スズキ。」
「そうだそうだ、でどうした何か用か。」
「それがお前のため込んでる横流し品の中にガスマスクがないかと思ってきたんだ。」
「うぅん…。その辺にあったと思うが見返りはなんだ。その男かそれとも女か。うちはどっちでもいい。」
「それ以外で何か欲しいものはないか。例えば金とか食いものとか、この兄ちゃん、アキって言うんだがこいつは技術屋で機械の修理もできる。」
俺の肩を掴んで一番前に、自分の盾にして交渉を始めるスズキ。やめて結構怖いんですけど。目が据わってるし、クマもできてる。ぼさぼさしている髪は特に気にしてないらしく後ろでまとめている、針金を使って。
「修理か。じゃああの発電機直るか。あれだ、あのデカいの。」
「開けてみないと何とも言えませんが、ここにあるものを使っていいなら直ると思います。」
「本当か。よしそれで手を打とう。マスクは3つでいいか。」
「はい、結構です。でもなんで発電機なんですか。ここ電気来てますよね、停電対策でしたらこの小さいのかバッテリーで十分なのでは。」
疑問に思ったので聞いてみたが藪蛇《やぶへび》だったようで、
「拷問用だよ。あのデカいので高圧の電気を作ってそれでビリビリッてな具合よ。楽しいぞ、直ったら一緒にひと拷問どうだ。」
「いえ、遠慮しておきます。」
そんな飲みに行く感覚で拷問に誘わないでください。さらに工具を借りようとしたらこちらもおかしい。ペンチとか絶対別の使い方してるよね、だって血がついてるもん。
僕が修理している間、スズキは帰ってHDDから出てきたという暗号と思われる乱数の解析、リサさんは僕の作業を手伝ってくれている。故障個所は簡単で粗悪な燃料によるフィルターの詰まり。燃料ラインの洗浄ですぐに直った。
「おぉ、早いな助かったよ。昔は近くに腕のいい修理屋がいて呼ぶとすぐに飛んできてタダで修理してくれてたんだが、1年ぐらい前に黒いスーツの男どもに連れていかれて帰ってこないんだ。」
周りの人は助かってないし、無料で直すとか相当怖かったんでしょうね。しかも、今サラッと嫌な情報が手に入ってしまった。この辺でスーツを着た人間はほぼいない。だってそんなもの着ていたら『金持ちですよ、襲ってください。』と言ってるようなものだ。おそらく、どこかの機関の者だろう。もしかしたら第2,000地下都市の金持ち連中とやらに関係しているかもしれない。
とりあえず目的達成なのでマスクを受け取り歩いて帰る。その際おまけで何やら大きな包みを台車ごともらいリサさんが嬉しそうに引いている。なんでも重さ70キロ以上あって担いではいけないそうだ。僕が発電機を修理しているとき見つけて女に聞くと、間違って入荷して要らないから放置していたらしい。そこで昼食を作ってあげたら喜んでお礼にくれたそうだ。
「それ何ですか。」
「ふふっ、狙撃用の銃です。これがあれば人の頭なんてスイカみたいに割れて吹き飛びますよ。弾もいっぱい頂きました。」
「へぇ…。」
聞かなかったことにして歩くことにする。
ほどなくして拠点に帰ってきた。僕はまだ昼食をとっていないこともあり、へろへろだ。リサさんは重い荷物を引いてきたにもかかわらず、僕より元気そうではある。しかしさすがに台車を引くとき踏ん張りすぎたのか、椅子に座って靴を脱ぎ土踏まずを叩いている。ここは僕がご飯を作るべきだろう。さてなににしようか、食材を並べるがさっぱり分からない。この変な肉塊は魚なのか鳥なのか、おそらくは人工肉なのだが。
「私が作りますので少々お待ちください。」
そう言ってリサさんは靴を履きなおし、土間のような台所に降りてくる。そして僕のすぐ後ろにきて、
「それとも一緒に作りましょうか。」
と息がかかるくらいの距離で聞いてくるので、動悸がするし、くすぐったいしで無言のまま首を縦に振ることしかできなかった。
結論から言うと僕はほとんど何の役にも立たなかった。食材を言われた通りに切って、炒めるときに焦げないように見張っているだけ。その間リサさんはあっちに行ったりこっちに行ったり忙しく動いて主食、汁物、付け合わせ等同時に出来上がるように調整しながら料理していた。
「「いただきます。」」
「どうぞ召し上がってください。」
今回も実に美味しいご飯だ。これは合成米だろうが、ホカホカしていてなんとも言えないごはんの甘い香りがする。直火で炊くのが美味しくなるコツだそうだが、僕には難しい。炒め物の味付けもとてもいい塩梅で野菜の甘みを塩っ気がうまく引き立てている。そして久しぶりに飲む味噌汁がまた格別だ。味噌なんてなかなかお目にかかれない。時折「うまい。」と口に出しながら味噌汁をすするとスズキがふざけた様子で話しかけてきた。
「今日の飯は二人で作ったんだってな。」
「はい。アキさんに手伝っていただきました。」
ほとんど何にもしてませんが。
「そうかそうか。じゃあ今夜は二人で子供でもつくりな。」
「ゴホッ、ゴホッ。」
盛大に味噌汁をふき出した。こいつ酔ってるな。ここの都市には珍しく発酵食品が多い。味噌や醤油が作れる数少ない都市だ。そして酒もまた発酵させて作るものなので、帰り道に一人になったときに買い込んでコンテナ内で1杯いや、沢山飲んでいたらしい。
「まぁ。楽しそうですね。」
そこも話に乗らない。昨夜順番が大切だと話したばかりじゃないですか。ちなみにいま僕は味噌汁を飲みながら咳き込んだせいで鼻の穴からネギが出ている。結構痛いです。
「だいたいよぉなんでお前にはこんなかわいい彼女がいるのに、俺のとこにはこねぇんだよ。不公平だろうがっ。」
めんどくさっ。酒なんて飲んだこと無いからわからないが、こんな風にはなりたくない。
「おい姉ちゃんも飲め。もう飲めるだろ。」
「私まだ19ですよ。」
「大丈夫だって。俺の歳1つやるから。」
「いやいや、意味が分からないからそれ。」
「それなら頂きます。でも歳はとりたくないので後でお返ししますね。」
「そっちもなんで納得するんですか。しかも返すとか有りですか。」
そのあとはまあ大変。二人して飲んで騒いで吐いて、また飲んで。せっかく強奪、もといいもらってきた米のうち10キロと交換した3升分の酒(1升作るのに約1.5キロ弱の米がいるらしい)を二人で2升分飲んでしまった。
スズキはそのまま外に置いておくとしてリサさんは寝どこまで連れて行かなくてはいけない。肩を貸しつつゆっくり歩くが、かたや酔っぱらいは真っすぐ歩きたがらない。そしてもうすぐ着くという頃にクルッと回れ右をして僕と向かい合う。酒で顔が赤く色っぽいリサさんが僕の胸元にすがるように寄りかかり、上目遣いでこちらを見るので心臓の鼓動が早くなる。しかし夢見心地もそこまでで、口角を挙げたリサさんは僕の襟を掴み引きながら自分は後ろに倒れこむ。引き倒されたと思ったがそれだけではなくお腹に足を当てられ投げ飛ばされる。僕は頭から背中を強打し目を回した。そしてリサさんは僕のお腹の上あたりで仁王立ちをしたと思うとそのまましゃがみ込み女の子座りをしてきた。これは以前オカズにしていた本の『これ絶対入ってるよね』ってやつだ。現状、絶対に入ってない。そのまま僕は思考を放棄し気を失う。
何時間たったころだろうか、なんとなく痛む後ろ半身よりも気になるものがある。温かく柔らかい布団よりも重量のある物の確認をするために薄目を開けるが、確認するまでもなくリサさんのアレだ。泥酔して本当に襲われたようだがリサさんの貞操は無事であるだろうと推測する。だって投げられた時のまま動いてなかったのだからたぶん大丈夫だろう。衣服の乱れなし。ただこの後どうすればいいのか、声をかけ揺すってみたものの振動がリサさんの柔らかいところを経由して自分の野生を起こしそうなのでやめた。ただでさえリサさんのいい匂いが強制的に鼻に入ってきているのに、嗅覚だけでなく触覚まで刺激されたら危険だ。かわいそうだが強制的に寝返りを打たせて僕の上から落とす。
「うぅぅぅん。うっぷ、おぇ。」
起きたようだがきもちわるそうだ。
「大丈夫ですか。水です、飲みすぎですよ。」
「すみません。お酒の力を借りればヤれるかなって思いましてつい。」
「…。」
まだだいぶ酔っているようなので、何も聞かなかったことにする。どうやら先ほどの戦闘は間一髪で僕の戦術的勝利ということだったようだ。
日々色欲の女神に誘惑されたりしながらも、着々と準備は進められた。埋められた大型リフトの正確な位置だし、本番までに町のあちらこちらで小さな爆発も起こしておく。埋められたリフトの掘り出し時にも野次馬が集まらなくなるようにとのスズキの提案だ。それからどこからか引っぱり出してきた線量計を調整したりもした。細かい仕事で忙しく大変だったが一週間ほどすると一息つくことができた。
「いよいよだな。」
「そうですね。あとはタイミングよく停電になってくれればやりやすいんですが。」
電力供給のひっ迫による停電と通常の昼夜を表す消灯では明るさが違う。街灯や屋内の明かりが灯ったままの疑似的な夜を作る通常の消灯、非常灯の赤い光のみでその他の電子機器が全く動かなくなる電力供給特別法による停電では隠密行動時に雲泥の差が出る。
「では私が停電を起こしましょうか。」
「リサさんがですか。いったいどうやって。」
「電気の変圧を行っているアレを破壊します。」
そういうと人差し指で上を指す。確かにそこにはプラントから送られてきた高圧電流を変換する設備がある。しかし高さは300mほどある天井に吊り下げられており到底届きそうにはない。
見上げているとガチャガチャと音がするのでそちらを見ると、リサさんは以前マスクと一緒にもらってきた台車の包みを開けて何やら組み立てている。
「これを使えば壊せると思います。」
「なんだそのごついのは。そんなもん見たことねえ。」
当然だ、僕も写真資料でしか見たことはないがもう現存していないといわれた幻の狙撃銃。97式自動砲が組みあがっていた。
「どうしてもというときはおねがいします。」
「はい。いつでもお申し付けください。」
「それはいいけどよ、そもそも停電したらリフトは動くのか。」
「それは大丈夫です。設計図によるとトラックの24V電源でまかなえるみたいです。」
「ふぅん。普通三相とかだろうに。なんでまたそんな設計になってるんだ。」
「それはこの地下都市を作ったときに電力供給が今よりも安定しない状況っだったようで、バッテリーで駆動できるようにしたためらしいです。うちに残っていた資料で読みました。」
「バッテリーていっても鉛バッテリーレベルじゃねえか。もっと他になかったのか。」
「それだけこの国は困窮していたんでしょう。地下都市を作るために全力だったみたいですし。」
まあ急ぐこともないので時が来るのを待つことにするが、いつでも作戦開始できるように最低限の持ち物は常に身に着けている。宿にも追加で料金を支払いもう少しゆっくりしようとしたのだが、そうもいかないようで。リサさんと一緒にスズキに頼まれたものを買っている途中に事件は起きた。すこしリサさんと離れてそれぞれの必要なもの、僕は下着や髭剃りなどを探しているとき口を布でふさがれた上に薬を嗅がされて気を失った。
きついアンモニア臭で起きるとそこは薄暗く、人影は僕にアンモニアの小瓶を嗅がせた横にいる人だけだ。あとはスピーカが一つと自分の体が椅子に括り付けられているのがわかるぐらいだ。スピーカーから声が流れてきた。
「起きたか。」
「お前は…うちに遊びに来たことがありましたね。」
「あの時はどうも。まさかEMPがあんなローテクな方法で破られるとは、いい勉強になったよ。しかも君は2,000地下都市でも暴れたようだね。もっとも我々の商売敵を潰しただけの様だがあまり派手にやられると困るんだ。あんな末端の商売はどうでもいいが下手をすると計画が破たんしかねない。しかもここでも君たちは早速やらかしたみたいだね。」
「なんのことでしょうか。さっぱり心当たりがないですね。」
「嘘をつけ、食料工場を開放しただろうが。困るんだよ我々の資金集めを邪魔されては。あれは金を集める根幹事業のひとつなんだから。」
いつのまにか先ほどまでいた人は部屋から退室しており僕は一人になっていた。手足を少し動かすとすぐほどけた。どうやら僕の家を襲撃した時と同じで、素人に指示を出して自分では何もしない様だ。身体検査も全くされておらず持ち物もご丁寧に壁際に並べておいてある。
「そちらもずいぶん人手不足のようですね。素人さんに仕事を任せるからほら、もう自由になってしまいましたよ。」
見えているか分からないが手足を振って見せてみる。
「かまわん。どうせその部屋からは出られない。そのなかで君は死ぬんだからな。君はよくデータベースの資料を見ていたようだから知っているかもしれないが、その昔、君のいるような部屋に人間を詰め込んで毒ガスで殺していた国があったらしいよ。私個人としては無差別で街を丸ごと焼き払うのも同じだと思うがね。世間的には焼き払うほうが正義の味方らしい。ということで正義の味方気取りの君には毒ガスで死んでもらうとしよう。」
「自分が悪だとみとめるんですか。」
「どちらでも構わないさ。勝てば官軍負ければ賊軍、どんなに卑怯だろうが勝利し勝者の都合でルールーを作れば敗者は悪でいくらでも裁ける。これも大昔の資料に手本が乗っていた。みたことないか。」
「残念ながらありませんね。」
「では今度見るといい。データベースでは極秘資料として普通では出てこないが、お友達のハッカーに頼んで『極東国際軍事裁判』で検索してもらいなさい。あの世でね。」
そういうとスピーカーから聞こえていたホワイトノイズが消え、通電が無くなったことを知らせる。すると天井の穴から『シュー』と音が聞こえてくる。まずい、このままではいずれ死んでしまう。幸いにも作りが適当な小屋は隙間があるようで、微風を感じる壁の継ぎ目があるため完全に酸素が無くなることはないだろうがそれでもガスを吸い込んだら危険だ。なんとか脱出するために持ち物を確認するが、さすがに爆薬の予備などはとられていた。しかしガスマスクが残っていた。おそらく僕を運んだ奴はガスマスクを見たことがなかったのだろう。というか古すぎてガスマスクというか、防毒面と言ったほうがしっくりくる代物だし知っていても気にしなかったのかも。急いでマスクをつけて隙間風を感じるところに分離式のフィルター部分を置き、あたかも気を失ったように入り口からは顔が見えない格好でじっと過ごすことにした。
あぁ、どうしましょう。まさかほんの少し別行動しただけでアキさんが連れていかれるなんて。黒い電気自動車に乗せられるのが確認できましたが、車体の裏につかまるようなことはできませんでした。すぐに帰ってスズキさんに探してもらいましょう。
帰ってすぐにアキさんがさらわれたこと、黒い車の特徴などを伝えました。
「まったくお前らはそろって、誘拐されるのが好きなのか。」
「すいません。」
なにやらパソコンを使って検索をかけているとか。すると30秒もしないうちに見つかったようで。
「いたぞ。ここだ、この建物の近くに止まってるやつ。これじゃねぇか。」
「確かにそのくるまです。ここはどのあたりですか。」
「現在地からみて反対の街はずれの排水川の近くだな。」
「わかりました。行きます。」
「ちょっとまった。これをもってけ、レーダースコープだ。小屋の中が透視できる。」
そう言うと私にすこし大きな二眼レフカメラのようなものとそれにつながるモニターを渡してきました。
「俺はここを片付けたら例のリフトの前にいる。追われた場合でもすぐに出発できるように準備しとくから急いで連れてこい。あと今更だがマニュアル車は運転できるのか。」
「はい。仕事をしていた時に仕込まれましたので動かすだけならできます。」
「じゃあ武器を積んで急いで行ってやれ。」
いつもアキさんが運転している車に乗って急行します。なれない運転なので何度かエンジンが止まってしまいましたが無事目的地には着きました。まずはアキさんがどこにいるか探さなくてはいけません。スコープで見回すと車の中に2人、小屋の中に4人で1人が倒れています。きっと倒れているのがアキさんでしょう。まだ息はしているようですが急がないといけません。私は分解した自動砲を組み立て始めました。
「待っていてくださいアキさん。」
お読みいただきありがとうございます。
さてさて話のなかでアキはリサに迫られてますが、私自身は性交渉の経験がございませんので、その先は書けないかもしれないですね。
学生時代に2年ほど付き合った方から「ねぇシナイ?」と自宅で言われて私はひよって「責任がぁ」とか色々理由をつけ逃げたら自然消滅しました。それか彼女はつくれてません。どーでも良い話ですがこんな臆病者もいるんですよ、という事で。
目指せ魔法使い(涙)。