食堂警備隊2─探偵社をクビになったので自営業で飲食店の警備を始めました─
《前回のあらすじ》
探偵社をクビになった俺(宮本誠二)は、無理矢理実家に転がり込んで『食堂警備隊』という飲食店の警備をする自営業を始めた。そして初仕事で、フランス料理店『ボンジュール・タカノ』の警備に努めた。
───────────────────────
フランス料理店『ボンジュール・タカノ』での初仕事の次の日、早速サイトに依頼が来た。どうやら、開業したばかりのファミリーレストランに脅迫の手紙が送られてくるらしい。警備期間は五日間。出来れば手紙の差出人を探し出してほしいそうだ。警備しながら探し出すのは無理だが、五日間で20万円に魅力を感じた。
住所を見る限り、また東京か。実家は千葉だからちょっと遠いが、ファミレスならドリンク飲み放題だから条件は悪くない。今日の午後から五日間の警備なのだが、この依頼人は俺の力を過信しているようだ。
ふと、口コミを見てみると『ボンジュール・タカノ』の店長が大げさに褒めちぎっていた。ちょっと創作してるんじゃないってくらいの一文もあり、この口コミを読むだけなら食堂警備隊=最強みたいなことになっている。ちょっと頭を抱えた。
ちなみに、昨日の給料10万円から親父は食事代として1万円を抜いていった。いずれ実家から出たいと思っている。カバンに諸々の道具を詰めて、また親父のミラジーノを借りてファミリーレストランまで車を走らせた。裏口から入り、店長と空き部屋で話しを始めた。
「食堂警備隊の宮本です」
「ファミリーレストラン『田中食堂』の北村です」
「田中食堂で北村?」
「田中は私の奥さんの旧姓だよ」
「なるほど。自営業ですか?」
「はい」
「夫婦で営んでいるのですか?」
「一応ね。奥さんは料理うまいから」
「いきなりですが、脅迫文というのは?」
「これです」
店長が何通もの手紙をテーブルに出した。一日一通のペースで、開業して一週間してから昨日まででキッチリ二十三通。今日の分はまだのようだ。
「内容はどのようなものですか?」
「ほとんどが、店を爆破させる、というものですよ。店内を調べてはみましたが、爆発物はありません。単なるイタズラではあると思いますが、気味が悪いんです」
「最近、おかしなことはありますか?」
「いや、特にはないな」
「従業員は?」
「そこまで流行ってないから、私と奥さんの二人かな」
「ファミリーレストランの上の階は?」
「自宅です」
「では、客席で見張っています。五日間でしたね?」
「はい」
「このインカムを持っていてください。すぐに連絡が出来ます」
「わかりました」
客席に座り、ドリンクバーを注文して監視を始めた。店内は広く、現在客は四組。それぞれ怪しくはないと思う。ただ、ハゲの率が高い。都会にしては田舎だから、やっぱりハゲは多いということか。そういえば、親父はカツラだった。寝ているときに確認した。
ドリンクバーを飲み、ハゲ客を中心に目で追いかけた。挙動不審の客もいたが、おそらくカツラだとバレないように歩いていたからだ。ちょっと髪の毛がズレているからバレバレだ。
「宮本さん!」インカムから声が聞こえた。「今日の脅迫文が届きました!」
「マジ?」
思っていたより早く脅迫文が来たな。面倒なことだ。また空き部屋に入って、店長から脅迫文を渡された。それを受け取って、開封した。確かに、脅迫文の内容は店を爆破する、というものだ。文面は違えど内容は同じだ。犯人は相当頭が悪いな。
「私は引き続き店内の警備をしているので、店長は厨房で仕事をしていてください」
「わかりました」
「あ、そういえば、食堂警備隊はどんな方法で知ったんですか?」
「食堂警備隊を見つけたのは妻で、確かサイトを見つけたから頼んでみました」
「サイトですね? これからの事業の参考にしてみます!」
「はい」
サイトを見て、食堂警備隊について知る人は多いのかもな。となると、サイトをもう少し見やすくしていくか。
客席に戻ると、眠いのを我慢して店内の隅々に目を配った。しかし、頭の中にはあの脅迫文のことで一杯である。もし脅迫文を送ってくる犯人がわかれば、ボーナスが貰える可能性も高くなるからだ。そこが一番重要なのだ。結局、世の中金がなければ何も出来ない。金さえあれば生きていける。全ては利益のため。
さっき店長に許可取って脅迫文を借りてくれば考えられたのだが、失敗した。ドリンクを口の中に運び、勢いよく胃に流し込んでいった。
気になることがあったから、スマートフォンを取り出していろいろ調べだした。無論、脅迫文に関係あることだ。その時、電話が掛かってきた。親父だ。
「何だよ、親父?」
「ミラジーノどうした?」
バレた!
「ミラジーノ? 何のこと?」
「俺の愛車がないんだけど、どこやった?」
「何で俺を疑った?」
「駐車場には防犯カメラがあるんだ。映像見たら、お前が持って行っていた」
すでに露見していたか! どうやってこの状況を回避すればいいのだろうか。いや、もう回避は出来ない。ここは言い訳して逃げ延びるしかない。
「ちょっと借りただけだけど......?」
「今すぐ返しにこい」
「仕事中だ」
「それでも返しに戻ってこい!」
「このくそ親父!」
俺は電話を切って、スマートフォンの通知音をオフにした。それから唐揚げを注文して、また周囲を警戒し始めた。唐揚げを食べていると、レモンがついていたから搾って唐揚げにかけた。悪くはない。 ファミリーレストランのくせにうまい唐揚げを提供しているな、と感心していた。適度な柔らかさだ。衣もサックサクしていて食感も良い。定食屋にコンセプトを変えた方が人気が出るはずだ。店長の言うとおり、奥さんは料理が上手なんだ。食堂警備隊、俺に合った職業だと改めて思う。
酒も飲みたいが、ファミリーレストランだからうまそうなものはない。ため息をついて、メニューの冊子を閉じた。分厚いメニューだったから期待したのだが、酒はなくワインをそろえていた。今はワインの気分ではない。これは店長に言っておく必要がある。田中食堂の改善点だ。
仕方がないからワインを頼んでみた。ボトルからコップに注いでいると、外の庭の方から爆発音がした。他の客も驚いて庭に顔を向けた。俺はインカムで店長に尋ねた。
「今の爆発音は何ですか?」
「今、庭を二階から確認しましたが、爆発物らしきものは見受けられません」
「わかった。庭を確認してみたいが、店内が警備出来なくなるので閉店後に調べてみましょう」
「ええ。そうした方がベストですね」
インカムでの会話を終わらせると、閉店まであと一時間だと確かめてから唐揚げを貪り食った。唐揚げを何回かおかわりしたが、この店は唐揚げを看板にした方が良い。店長にはそのことをあとで伝えてみよう。
爆発音から考えると、威力はほとんどないから安心して庭を捜索出来る。そう考えて、閉店後に店長と庭で爆発物を探し始めた。庭といってもシンプルなものだから、探すのには苦労しない。店長は爆発音がしてすぐにも探していたらしいが、見つからなかったようだ。その爆発での被害は、壁一面に飾っていた風船とか垂れ幕だった。風船と垂れ幕は、開業してからずっと取り付けていたものらしい。
結局、俺が加わって探してみたが、発見には至らなかった。今日の食堂警備はこれで終わり、店長に許可を取って脅迫文を何通か借りて実家に帰宅した。
当然ながら親父は怒っていた。あまり地団駄を踏むと、カツラがズレて俺が笑ってしまうからやめてほしいが......。
「誠二! 俺のミラジーノを!」
「仕事なんだから仕方ないだろ」
「明日からは貸さないからな!」
「何でだよ!?」
「明日は友人と釣りだからだ」
「俺はどうやって東京に行くんだよ!」
「電車でいいだろ」
「何時間掛かると思ってんだ、くそ親父!」
「ミラジーノは俺の愛車だ」
「親父に言われた通り、俺は自営業で食堂警備隊を始めただろ? なら、あと四日は貸してくれ! 頼む!」
「明日は駄目だ」
「でも、電車はやだ!」
「それが親に頼む態度か! 絶対に貸さないからな! 今日の夜には母さんにも怒ってもらう」
「俺はもうガキじゃねぇよ」
「親から見れば、お前はまだまだ若造だ。そのくせに偉そうにして、東大大学院卒がそんなに偉いのかっ!」
「馬鹿な大学を中退した親父には言われたくない」
「だったら、学費を返してもらうぞ!」
「むちゃくちゃなんだよ、親父は!」
「俺がむちゃくちゃなら、息子のお前もむちゃくちゃだと言うことだ!」
「なんだ、そのヘンテコな理論は!」
「事実だ!」
お互い老けてしまったが、口論をするだけの体力はあったようだ。玄関で一時間も話し合っていた。いや、怒鳴り合っていた。それから、明日は親父がミラジーノを運転して田中食堂で俺が降りて、親父はそのまま釣り場に行くことで決着が付いた。親父が言うには田中食堂と釣り場は近いらしいが、嘘だと思う。ああ見えて、実は誰よりも息子思いだからだ。
部屋に入るとコンビニで買った弁当を食べ始めた。コンビニで温めてもらったから、少し冷めていたが関係ない。食べ終わって残った容器などは、ルールを破って夜中にこっそりと一階のゴミ箱に突っ込んだ。バレる可能性は低い。親父はゴミ箱をあまり使わないからである。
明日すぐに出られるように、寝る前に警備に必要な道具をカバンに入れた。歯を磨き、うがいをしたら即布団に潜りこんだ。
目覚めたら、親父はすでにミラジーノに乗りこんでいた。支度をして、俺も助手席に座った。車が発車し、田中食堂の前に到着した。裏口から中に入り、店長と会った。
「宮本さん。来ましたね」
「今日の脅迫文は来ましたか?」
「まだです。これからだと思います」
「わかりました。では、開店後に警備を始めます」
「はい」
百均で見つけた新たな武器『警棒(伸縮自在)』を懐に入れて、客の振りをして客席に座る。『ボンジュール・タカノ』での一件の後、警察が手錠よりこの警棒を薦めたので購入した。これが思ったより使いやすい。百均も舐めたものではない。
昨日、庭で起こった爆発。あれは誰の仕業だったのだろうか。店長の自作自演も考えたが、庭を見渡せる大きな窓から見ていたから店長が爆発物を隠していないことはわかる。では、犯人はどうやって爆発させたのか。その謎が解けないことには推理のしようがない。
「宮本さん」
インカムから店長の声が聞こえた。
「どうしましたか、店長?」
「また脅迫文が届いたんです」
「文面はどうですか?」
「それが......書かれている内容がいつもとまったく違うんです!」
「え!? どう違うんですか?」
「今日届いた脅迫文の内容は『爆発は成功した。直ちに店を辞めることだ。』とあります」
「脅迫文を送ってきた奴が犯人ということで、間違いなさそうですね」
「はい......」
「被害が出てしまったので、これは警察に行った方が良いかもしれません」
「け、見当してみます」
犯人が誰であれ、実際に爆発させるのはまずい。捕まえて警察に突き出すしかない。
今日もドリンクバーを腹にたっぷりと溜めて、何事も起こらずに警備は終わった。店長はもう五日間、俺に警備を頼むか考える必要があると慎重な表情で言った。それも普通のことだ。次は店内が爆破されるかもしれない。来店する客は少ないにしろ、毎日十数人が訪れるのだ。その客に被害が及んではいけない。賢明な判断である。
「宮本さん。今日もありがとうございます」
「いえ、今日も何の手柄を上げてません。ですが必ず、五日間に犯人を捕まえてみせましょう!」
「それは心強い! 是非、お願いします」
「はい!」
裏口からファミレスを出ると、スマートフォンを操作して親父に電話を掛けた。
「もしもし、親父?」
「誠二か。何か用なのか?」
「帰りたい。田中食堂までミラジーノで迎えに来てくんない?」
「おっと、家に帰ってきてしまった。誠二は電車で帰ってきなさい」
「舐めてんのか? カツ──」
やっべ、カツラジジイって言いかけた。カツラと言ったら、親父は絶対激怒するぞ。
「何だ? カツ?」
「カツ......あ、知り合いに桂桂太って奴がいるから、そいつの車で実家まで送ってもらうよ」
「そうか。わかった」
無論、桂などという知り合いは一人もいない。咄嗟に出てきた名前だが、桂の字が連続する名前は酷かった。何か芸人みたいな名前だし、俺はセンスねぇんだな。
っていうか、どうやって実家に帰ろうかな......。電車だと時間かかるし、嫌だ。こんな時に彼女でもいれば良いんだが、40代の俺には彼女が出来るわけがない。節約だし、タクシーはやめて電車にするか。
覚悟を決めた俺は、電車に揺られて何とか実家に帰ってきた。実家に到着した時は、歩き疲れて土踏まずが痛かった。
「遅かったな、誠二。今日は母さんが早く帰ってきたし、三人で晩飯を食うぞ」
「母さんが? 確かに、今日は早いな」
現在の時刻は午後六時三十分。かなり早い帰りだった。久方ぶりに母さんと目を合わせ、ただいま、と言った。
「あら誠二ぃ。大きくなったわねぇ」
「ああ、母さんは相変わらず元気だね」
「そんなことないわょ。体中がボロボロ。得に肩が凝っちゃって......。肩揉みしてくれないかしら?」
「そういうのは親父に頼めよ。俺は力が弱いって巷じゃ有名だ」
「そんな噂が流れるなんて、どんな巷よ」
「さぁ、俺にもわからん」
「それにしても、身長も伸びたね!」
「まあ、親父が縮んだんだよ」
その時、背面から殺気を感じたが気のせいだろう。悪寒がした。
母さんが作った料理がテーブルに並び、そのテーブルを囲うように三つの椅子にそれぞれが座った。親父は冷蔵庫から缶ビールを取り出して、プルタブを引いてゴクゴクと飲んでいった。母さんはため息をついて、ビールは控えてって言ったじゃない、と親父に言った。
「すまんすまん。つい、ビールが飲みたくなった。栓を開けちゃったし、この缶は飲んじゃうぞ」
「もう、好きにして」
何だかんだあったが、晩飯を食べ始める。俺は箸を使って餃子を一気に二つ取って、醤油につけて口に運ぶ。久々の母さんの餃子だ。コンビニの弁当とは違う味の深みを噛みしめながら、飲み込んだ。いくら弁当がうまくても、幼少期から食べていた味を自然と求めてしまうのが人間だ。弁当の餃子より断然、母さんの餃子の方がうまい。親父はビールをちょびちょびと飲みながら、枝豆だけを細々と食べていた。だが、結構満足そうな表情をしているし、意外と充実しているんだな。今日は釣りをしたみたいだし、老後の生活としては見習いたいくらいだ。
晩飯を食うと、親父は実家の湯船につかることを許してくれた。実際は母さんが無理矢理押し通したのだ。着替えを持ってカゴに入れ、裸になって体を洗う。念入りに体を洗うと、温かい湯船に体を突っ込んだ。
「ハアァ......」
今日の疲れが一気になくなった。湯船に張ってあるお湯が適温だったから、ピンポイントで癒やされた。
風呂から出てパジャマに着替えると歯を磨いてから両親に、おやすみ、と言って階段を上がっていく。明日、田中食堂にすぐに行けるようにカバンに荷物を詰めてから、布団に入る。眠れるまで、田中食堂に送られてくる脅迫文についてあれこれ考えた。直に眠りに就いた。
目覚めたら、一階に降りて顔を冷水で洗う。目が冴えたら、スーツに袖を通してカバンを背負う。時計を確認しながら、親父のミラジーノを盗んで走り出した。
田中食堂は一戸建てのごく普通の家の一階を改装して開業したファミリーレストランだ。広さもある程度あり、客足が増えなければ改築せずとも大丈夫だ。一戸建て故に、爆破された庭もあるのだ。その裏口の扉をノックする。
「今日は早いですね、宮本さん」
「そうですか? ちょっと早く起きちゃったんで」
「今日はまだ脅迫文は届いていません。さあ、入ってください」
裏口から入り、平然と客席に腰を下ろす。開店まではあと三十分もある。インカムで店長を呼ぶ。
「もしもし、店長」
「あ、どうしましたか?」
「お話ししたいことがあります。私が座る席に来ていただけませんか?」
「......わかりました?」
店長が俺の席にやってきた。俺は懐から、脅迫文を何通か出した。
「店長。この脅迫文、少しおかしいんです」
「?」
「良いですか? この脅迫文は、直にポストに入れられた可能性があります。というのも、この脅迫文の消印が偽物なんですよ。ほら、よく見てください」
と言って、俺はスマートフォンで本物の消印の画像を見せた。
「確かに、この消印は偽物っぽいですね」
「はい。つまり、犯人がこの店の近くにいるということなんですよ」
「なっ! ご近所さんが犯人だと言いたいんですか!?」
「はい。近所に住んでいる人が犯人の場合は、わざわざ郵便局に送りに行くより直に入れた方が早いですから」
「なら、犯人が簡単に見つけられそうですね」
「ええ。明日からは、ポストに誰が来るかカメラを仕掛けてみましょう」
「わ、わかりました」
店長は垂れる汗を手で拭き取りながら、何回かうなずいた。俺は脅迫文を店長に返して、咳払いをする。「明日には必ず犯人を捕まえてみせますよ」
「よろしくお願いします!」
「もちろん」
脅迫文を受け取った店長は、早速今の話しを奥さんに伝えに行くと言って厨房に向かって走り出した。
開店時間となり、俺は客を装って何皿か料理を注文した。流行っている店ではないから、本日一組目の客が来るのは開店から一時間後だった。夫婦で来ているらしく、まだ新婚っぽい。コーヒーをすすりながら、相手にバレない程度に観察を始める。元探偵だから、こういう特技はしっかりと身についている。
新婚夫婦は二人仲良くメニューを見合って、あれでもないこれでもない、とどれを食すか話し合った。彼女などいたことのない俺は内心、というか表情にだして腹を立てた。あの夫婦もそれに気づいたのか、急に静かになった。
「店長さん!」
夫の方が店長を呼び止め、メニューにずらっと並べられた画像を指差していった。
「かしこまりました。では、これから料理を作るので少々お待ちください」
夫婦は一緒に「はい」と言い、店長は頭を浅く下げてから席を離れていく。別に怪しそうな夫婦ではないし、何かしようとする素振りもないから、こいつらの警戒を解くことにする。
それから二十分ほど経過すると、夫婦は料理を食べ終わってそそくさと会計を済ませた。会計を担当したのはもちろん店長で、夫婦が店から去った途端に俺の席に歩み寄ってきた。
「宮本さん。さっき会計したお客さんが宮本さんにクレーム言ってましたよ」
「え? 何て言ってました?」
「人相の悪い客がいる、と。こちらを睨んできていた、とも言ってましたね」
やっぱり、俺の視線を察知して静かになっていたのか。
「すみません。仕事なもので、つい睨むように観察してしまいました」
「別に大丈夫ですけど、店の評価を落とさないようにしてくださいよ」
「はい。頑張ります。──それより、奥さんに脅迫文のことを伝えて何と言ってましたか?」
「近所に犯人がいるって聞いて、かなり怖がってましたよ」
「どうでしょうか? 夜までは私も警備は出来ません。ポストに仕掛ける防犯カメラのついでに、防犯のために他の箇所にもカメラを設置してみてはいかがですか?」
「この店での売り上げはあまりないんです......。防犯カメラを何台も設置するくらいのお金は持っていません」
「なら、私が防犯カメラを設置するために手を貸しましょう」
「え?」店長は口を開けて、一時唖然とした。「いえ、宮本さんに悪いですよ」
「これも警備の仕事の一環ですよ」
「ですが、妻はそういうのにうるさいんです」
「?」
「人からお金を借りることを、妻は好まないんです」
「なるほど。では、昼間は私が全力で警備に励みます」
「いつも助かってますよ」
その後は世間話をいくつかして、また客が来たから店長が対応した。
今日も何事もなく、楽な仕事だと改めて思いながら実家に帰った。
「誠二」
「んだよ」
「今日の仕事はどうだった?」
「まあ、ぼちぼち」
「楽しそうな仕事だからな」
「楽だが、楽しくはないぞ」
「は?」
「明日、店長に犯人が誰か伝えるのは非常に酷だからだ」
そういうと、俺は駆け足で階段を昇った。
ポストに仕掛けた防犯カメラのことを考えながら警備に必要な道具を念入りに拭って汚れを取り、そのまま寝落ちした。
目覚ましを設定し忘れた俺は寝癖をそのままにしてミラジーノの運転席に乗りこんだ。スピード違反の制限を超過して、高速道路をただひたすら突っ走った。
田中食堂はもう開店していて、裏口から滑り込んだ。
「み、宮本さん!」
「あ、店長......」
「今日は遅かったですね」
「少し寝坊してしまいましたよ。いや、早起きは苦手でして」
「まずは話したいことがあります」
店長に促され、会議室に入った。そこの椅子に腰を下ろし、店長は新たな脅迫文を取り出した。
「今日の脅迫文は、郵便局からちゃんと来ましたよ」
「なら、こちらの動きが筒抜けだ」俺は背もたれにもたれかかり、店長を鋭く睨んだ。「これから犯人を説明しましょう。脅迫文のワープロの文字、家に持ち帰った時にインクを調べたんですよ。それから、この田中食堂にあったコピー機のインクも採取すると驚くべき結果が出ました」
「何が言いたいんですか?」
「田中食堂のコピー機のインクと、脅迫文のインクがピッタリ一致しました。まだこれだけでは証拠不十分でしょう。たまたまインクが同じだった可能性もありますからね。それに、犯人があなたか奥さんかはわかりませんし。ですが、庭のあの爆発。あの爆発は、店長にしか起こせないんですよ。幼稚なトリックでした。爆発音はおそらく、二階で店長が流したもの。風船が割れたのは」俺は懐からみかんを取り出して、テーブルに置いた。「柑橘類の果物の汁です。風船に柑橘類の果物の汁を垂らすと、割れてしまいます。柑橘類の汁と二階で流した爆発音を使用し、あなたは庭で爆発が起こったのだと私に勘違いさせたんですね」
「......いつからはわかっていたんですか?」
「爆発が起こった辺りです。脅迫文が郵便局を通してないわかりましたし、食堂警備隊を見つけたのは奥さん。奥さんが犯人なら食堂警備隊を頼まないはずです。つまり消去法で、犯人は店長しか残りません」
「動機はわかりますか?」
「成り行きで自営業を始めたのですが、段々と疲れてきます。辞めてもいいのですが、辞めるにはちゃんとした理由が欲しかった。だから、脅迫文などで工作をしたんでしょう」
「こうも見透かされているとは......降参だ」
「多分ですが、奥さんはあなたが犯人だと気づいているのではないですか?」
「まさか」
「気づいたのは食堂警備隊に警備を依頼しよう、とあなたに提案した時だと思います。歯切れが悪く、答えたりはしていませんか」
店長は急に笑い出した。「俺はあなたと妻の掌で踊らされていたのか」
「奥さんに謝って、全て話して心をスッキリさせてはどうでしょう? 悩みがあるときは、誰かに打ち明けることで楽になれます」
「宮本さんの言うとおりだな。奥さんに会ってくるよ」
「はい」
店長は部屋から飛び出して、厨房の奥さんとじっくり話し込んだようだ。もちろん俺は、依頼された期限まで警備を続けた。
風の噂では、今は夫婦で一緒になって二人三脚のように切磋琢磨して田中食堂の経営を継続させているらしい。一時はどうなることかと心配したが、あの二人の役に立てて嬉しい限りだった。
「では、宮本さん。警備、ありがとうございます」
店長に厚い封筒を渡された。俺は中をのぞきこむ。
「20万にしては少しばかり厚くないですか?」
「宮本さんのお陰で悩みがなくなりました。なので、ボーナスとして10万円プラスしておきました」
「30万円!? 店長、ちょっと大金ですよ」
「受け取ってください。宮本さんはそれ相応の働きをしたんですから」
「ですが、30万円は......田中食堂、潰れちゃいますよ?」
「頑張って何とか経営してみます。良ければいつでも食べに来てください。私達はずっと待ってますよ」
「店長! 本当にありがとうございます!」
「礼を言うのはこっちですよ」
「また食堂警備を依頼しても大丈夫です」
「はい! また何かあったら、食堂警備隊に警備を依頼したいと思います」
涙を流しながら店長と別れて、ミラジーノで実家に到着した。親父にバレないように厚い封筒をポケットに押し込んで、忍び足で階段を目指した。
「誠二、帰ったか。ほら、家賃」
「っこの、くそ親父! この金は北村店長との思い出の品だ。絶対に渡さないぞ!」
「家賃を払わないのか。こうなりゃ、強制退去だな」
「アパートじゃねぇんだよ! 子供が親の家に住んだら駄目なのか!? あ?」
「子供って言っても、お前はすでに四十だぞ! もうそろそろ半世紀を過ぎる子供が親の家に転がり込んでいいわけないだろ!」
「仕方ないだろ! 探偵社クビになったんだ!」
「クビになるのがおかしいんだよっ!」
その日は母さんが帰ってくるまで、親父との喧嘩は続いた。今さらだが、俺は親父との相性が悪い。お互い相手を思いやってはいるが、表面上は必ずうまくいかないんだ。
「誠二! 家賃だ!」
「嫌に決まってんだろ!」
俺は金の入った封筒を持って、自分の部屋(仮)に閉じこもった。
次回作、投稿しています。広告欄の下の方にリンクがあります。