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新宮党の一矢  作者: 次郎
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第四十話.苛立ち

 元就ら毛利勢は、義隆の後方にいて京羅木山への帰還を援護しながら、少し遅れて京羅木山の自陣に帰還した。

 さすがの元就も疲労困憊で、差し出された水を一気に飲み干す。一息ついた元就は、その自陣でいるはずのない人物に迎えられた。

「……何故、そなたがここにおる」

 元就は一瞬呆気にとられ、そして次に怒りの色を浮かべた。そこに、次男の少輔次郎がいたからである。

「援軍でござる。尼子晴久と新宮党を、討ち取りに参りました」

 少輔次郎は、臆することなくそう言い放った。家臣の赤川元秀が、慌てて親子の間に入る。

「殿、これはすべて某の責任にございます。吉田に戻る際に大層な勝ち戦と思い込み、若様の後学のためによかろうとお連れしたのでございます。是非、存分に御処断下され」

 元秀は、膝をついて首を垂れた。元秀の父、就秀が進み出る。

「この愚か者め、勝手なことをしよって! 自分のしたことの意味が、わかっておるのか!」

 就秀は息子を一喝し、刀の鞘で殴りつけた。再び平伏した元秀の口元から、血がにじむ。

 赤川就秀は元就の重臣の一人である。この就秀はかつて、毛利が尼子に従属していた頃に、人質として月山富田城にあった。

 その後、毛利と尼子の手切れの際に城を脱出したが、尼子の追撃を受けて他の人質は殺され、唯一生きのびたて帰参したのがこの就秀であった。

 そんな経緯もあって、月山富田城と出雲の地勢に詳しい就秀は、今回の遠征でも重用されていた。その息子である元秀も常に前線で戦い、父と共に手柄を立てていたのである。

 その元秀が、安芸吉田に一時期帰還していたのは、兵の補充と補給の為であった。

 二月中旬に吉田に戻った元秀は、少ないながらも兵をかき集め、この前日に京羅木山に到着していた。その中に、呼んでもいない少輔次郎がいたのである。

「就秀、私が元秀に連れて行くように頼みこんだのだ。父上、元秀は悪くありません。よもや父上がいらっしゃっての負け戦とは、思いもよりませんで」

「少し見ぬ間に、体だけでなく口も達者になったか。小賢しいことを」

 いつの間にか父の背丈に近づいた少輔次郎を見ながら、元就はため息をついた。

 安芸吉田を出陣して一年以上、久々に見た子の成長は早かった。しかしそれだけの期間を費やして得たものは、身内の裏切りと無残な敗北であった。元就の胸を、暗鬱とした感情が支配する。

「よくも志道が許したものだ。もうろくしたか」

 そんな悪態をつくのも、元就にしては珍しい。予期しない悪い流れに、この男も苛立っていた。

「もちろん志道には言っておりません。今頃、大慌てでございましょう」

「……勝手な奴めが」

 舌打ちする元就の前に、就秀が跪く。

「殿、責任はすべて元秀にございます。是非、厳罰をお申し付けくだされ」

「気にするな、就秀。次郎が無理を言ったのであろう。こやつめ、己のした事の重大さがわかっておらぬのだ」

「事の重大さ?」

「ここには儂と隆元がおる。その上、お前までのこのこ死地にやって来た。ここで三人とも死ねば、毛利はどうなる? 儂は先祖に言い訳が立たぬわ」

「まだ徳寿丸がおりまする。あれは私より頭がいい」

「……半人前は二人いなければ一人前にはならん。今は、子供一人で国を守れる時代ではない。物見遊山で家を滅ぼすなど、論外じゃ」

「物見遊山ではありません。私は尼子を滅ぼすために参ったのです。武勇はもう、誰にも引けはとりませぬ!」

「次郎、それぐらいにしておけ。父上に失礼だぞ」

 たまらず隆元が間に入る。

「父上、確かに次郎は愚か者でございます。しかし、もう来てしまったものは仕方ございますまい。それにあまり次郎の行動を責めては、元秀を無用に咎めることにもなりましょう。ここはまず皆で力を合わせ、この窮地を脱することが肝要。次郎の不心得は吉田に帰ってから叱ればよろしかろうと存じます。如何でございましょうか?」

「……」

 元就は腕を組んで、少輔次郎を睨みつけた。やがて目を逸らさない次郎を見て、頭を掻いた。

「……隆元の言う通りにする。次郎、兄に感謝せよ」

 元就はそう言うと、隆元らに背を向けた。

「……しばらく休む。皆も休め」

 そう言って奥に下がった元就は、しばらくして福原貞俊を呼んだ。

「こうなってしまっては、儂のことはもうよい。隆元と次郎だけでも、内々に吉田まで落ち延びることはできぬだろうか?」

「それはおそらく難しいでしょう。石見だけでなく備後から安芸に至るまで、国人衆は動揺し、どれが味方でどれが敵か、見当もつきませぬ。また敗走の報は下々にも伝わり、農民が落ち武者狩りと化す恐れもござる。少数での脱出は、却って危のうございます。

 事ここに至っては、我らの進退は大内に一任するしかございますまい。軍勢でもって押し通るほか、吉田に帰ることは難しいかと……」

「……やはりそうか」

「それだけではございません。お恐れながら、若君二人を脱出させた事が大内に知れれば、お屋形様の心証を損ねる懸念これあり。もし大内の退却が無事成功したならば、後々の禍根となるやも知れませぬ。ここは慎重になされませ」

 貞俊にそう言われた元就は、苦笑した。本来なら言われるまでもないことだが、どうも苛々して冷静さを欠いていたのであろう、らしからぬ早計であった。

「どうか、お気持ちを静められませ。お恐れながら、殿らしくございませぬぞ。戦場に立ちたいという若君のお気持ちは、武士として当然の事。次郎君は元服前ながら、すでに先の吉田での戦で華々しい初陣を飾り、その武勇はもう並の御方ではありませぬ。頼もしい限りではございませんか」

「……分かっておる。苛々しているのは、次郎にだけではない」

「では、何に?」

「……興経に裏切られた。無性に腹が立つのだ。奴にも、それを気づけなかった己自身にも」

 それは、久方振りに感じる感情であった。長きに渡る忍従の日々は、元就に泰然自若な領主であることを強要し、感情の発散を許さなかった。まんまと興経に騙された元就は、歳のせいだと思っていた感情の変化に、抑圧されていたことを思い知らされたのだ。

「身内に裏切られることほど、面倒なものはない。思えば、元綱に裏切られた時もそうだった。大義も分からず、尼子の奸計に踊らされた弟に腹が立った。その元綱を当主にしようとした、坂広秀と渡辺勝にもな。儂は正室の次男で、元綱は側室の三男ではないか。道理を知らない者たちの無駄死には、今思い出しても腹が立つ」

 元就は、たまっていた鬱憤を吐きだすように呟いた。普段は見せることのない主君の姿に、貞俊も驚いた。

「可愛さ余って憎さ百倍、ですかな?」

「それは違うな。腹違いの弟など、初めから可愛くなどなかった」

「……そのお言葉は、聞かなかったことにしておきましょう。とても仲の良い御兄弟であったと聞いておりますぞ」

 貞俊はそう言って苦笑する。元綱が謀反を起こした時、貞俊はまだ政治に関わる歳ではなかった。

「儂も子を持ってからよく分かるようになった。親は子供同士に争ってほしくはないが、子は生まれながらにして兄弟と親の情を争い、敵愾心を抱く環境にある。だからこそ、次郎には毛利の家のため、道理を分からせねばならぬのだ。元綱や興経のようになってもらっては困る」

「それは分かりますが……次郎君は、良く道理をわきまえておられます。御懸念には及びますまい」

「しかし、覇気がありすぎるのも困りものだ。隆元に抑えられようか?」

「この戦が始まってからの若殿は、日に日に頼もしくなっておられます。先程、殿と次郎君の間に入ったお言葉も、良いご判断かと……」

「貞俊、おぬしは良い男だが……少し身内を贔屓しすぎるのう」

 元就は苦笑した。貞俊の誠実さはよく分かっていたが、褒めるばかりでも困る。

 貞俊は、いずれは毛利家臣団の中核を担う男である。まだ若いとはいえ、時には志道広良のような歯に衣着せぬ言葉を言ってもらわねば、筆頭家老とするには心許ない。それもすべて、次代の毛利のためであった。

「殿、某は嘘偽りなく申しております。殿と奥方様の子育ては万事抜かりなく、鑑とすべきもの。御三方の成長が楽しみにございます」

「その成長も、生きて吉田に帰ることができればの話だが……状況は、芳しくないな」

「お屋形様は、どうなさるおつもりでしょうか。籠城か、撤退か……もしくは討って出るか」

「十中八九、撤退であろう」

 元就は、はっきりとそう言った。

「しかし……この戦を主導したのは、武断派の方々でありましょう。撤退すれば、山口に帰った後の武断派の立場が悪くなるのでは。 陶様がそれを良しとなさるでしょうか?」

「陶殿にとってもっとも大事なものは、お屋形様のお命以外にはない。それのみを考えるならば、己が犠牲になってでも撤退を選ぶはず。援軍のない籠城に先があるわけがない。野戦に討って出るのは、さすがに博打であろう」

 そうは言っても、撤退も容易ではない。義隆が生きて山口に逃げのびるには、多くの犠牲が必要となるだろう。その犠牲があっても、確実に逃げおおせるとは限らない。しんがりを命ぜられた者は、死地に赴くことになる。

「しかし、な」

 元就は、渋い表情を浮かべた。

「儂はこの遠征が始まってからも、毎日欠かすことなく朝日に祈ってきた。 しかし天は次郎をこの地獄に呼び寄せ、毛利を一網打尽に滅ぼそうとしている。これが天命か……」

 元就は外に出て空を見上げた。

 曇天は厚く、太陽はその姿を現しそうにない。

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