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新宮党の一矢  作者: 次郎
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第二十三話.裏切り評定

 出雲飯石郡の由木で戦傷者の治療にあたっていた大内軍のもとに、続々と朗報が舞い込んできた。

 まず、出雲飯石郡三刀屋郷の三刀屋久扶が帰順した。さらにその三刀屋久扶に続いて、仁多郡三沢郷の三沢為清も裏切った。久扶の居城である三刀屋城と三沢為清の三沢城は、尼子十旗に数えられる堅城であり、大内軍は労せずしてこの両城を攻略したことになる。

 この両者の裏切りは初めから仕組まれたものであったが、出雲の国人衆に対する影響は大きく、尼子に近い領主たちも多くが大内義隆に帰順することになった。さらに、石見や備後、伯耆の去就のはっきりしなかった者たちも、次々と大内へ使者を寄こしてきた。

 瀬戸山城の落城から三刀屋らの裏切りに至り、出雲遠征の前途は洋洋である。

 義隆は三刀屋領の三刀屋ヶ峰に本陣を進め、出雲の国人衆のみならず、寺社勢力の懐柔に乗り出した。杵築大社や日御碕神社といった神道勢力だけでなく、鰐淵寺や安来清水寺といった仏教勢力にも太刀や馬を寄進し、出雲平定後の勢力の保護を約束した。

 大内義隆が、もう勝った気になったのも無理はない。しかしその周辺にいて、ほくそ笑む者たちがいることを知る由もなかった。


 三刀屋城城主、三刀屋久扶は帰順後初めて義隆に拝謁し、その日の夜にはすぐに吉川興経の陣へ向かった。途中、三沢為清の陣でその主従を誘い、程なくして興経の陣に到着した。

「やあやあ、やっと来たか」

 久扶と為清を迎えた興経は、満面の笑みを浮かべた。その隣にはすでに、本城常光の姿もあった。

「興経殿、おぬしが来いというからやってきたが……大丈夫であろうな。どこから事が漏れるかわからんのだぞ」

 久扶は辺りの様子をうかがいながら、小声で呟く。流石に帰順してすぐでは、義隆も自分に警戒しているのではないかと懸念していたのだ。

「何、心配はいらん。周囲はちゃんと固めてある。それにあの馬鹿殿、俺のことを信じ切っておってな……単純なものだ」

 興経はそう言って豪快に笑い、三沢為清主従に視線を向けた。

「おぬしが三沢の若殿か」

 三沢為清はまだ幼く、裏切りは家臣が主導していた。普通はまだ戦に出る歳ではないが、今回は義隆に拝礼するために大内の陣を訪れていた。

「為清殿、裏切りなどというものは初めてであろう。まあ、力を抜け」

 興経はそう言って笑みを浮かべると、おもむろに為清の股間に手を伸ばした。

「あう!」

 為清は目を白黒させながら、小さな悲鳴を上げた。

「何をなさる!」

 為清の隣にいた家臣が慌てて手を払い、間に立つ。

「おいおい為清殿、今からこんなに縮み上がっておっては、いざという時に使いものにならんぞ。いつでも戦えるようにしておかねばな」

 不敵な笑みを浮かべ続ける興経を見て、常光が呆れた視線を向けた。

「縮み上がるも何も……為清殿はまだ幼いではないか。子供の一物に文句をつけてどうする?」

「覚悟の問題を言っておる。胆が据わっておれば、それなりになるのだ。俺などは子供の頃から、隆々としておったわ」

「嘘をつけ、相も変わらず適当な奴め!」

 そう常光と言いあう興経に、為清の家臣が詰め寄った。

「吉川殿、我が主はまだ幼のうござるが、三沢郷を治める三沢家の当主でござる。無礼は、許しませんぞ」

 口角泡を飛ばすその家臣に、興経は面倒くさそうな表情を返す。

「ああ?……俺はな、人生の先達として忠告してやったのだ。父無し子では、教える人間もおるまい?」

「その言葉、聞き捨てなりませんぞ、吉川殿!」

 家臣はさらにいきり立った。為清の父為幸は、天文十年(一五四一年)の毛利攻め、吉田郡山城の戦いで戦死していたのである。

「やめんか、おぬしら!」

 さらに険悪になりそうな二人を、慌てて常光が制する。 

「興経殿、おぬしのそういうところが危ういのだ。軍議でも熊谷信直に突っかかって……こっちは冷や冷やものだったのだ」

「面白いものが見れただろうが。そもそも俺は、武辺者を気取るあの兄弟が気に入らなかったのだ。あの時、大内の公家侍が間に入らなかったら、頭蓋を叩き割っておったわ」

 興経はそう言い捨てた。公家侍とは、冷泉隆豊のことであろう。

「少しは大人しくしてくれ。こちらの身が持たぬわ」

 常光はそう言いながら、為清の家臣の肩を押さえて座らせた。為清は少し怯えた様子で、その家臣の後ろに隠れた。

 興経も、渋々席に着く。久扶もそんな連中を見ながら腰を下ろし、口を開いた。

「……で、実際のところはどうなのだ。本当に、大内義隆には疑われていないのだろうな?」

「それが不思議なものでな」

 その久扶の問いに答えたのは、常光であった。

「先程も言ったが、こやつめ大内義隆の面前で抜刀して、安芸の国人、熊谷信直に斬りつけたのだ。普通ならどんな処分を受けても文句は言えぬところ、それが全くのお咎めなし……どうやら義隆は、この男のそんな無茶な部分が気に入っているようなのだ。信じられぬ話だがな」

 常光の言葉を受けて、興経が豪快に笑う。

「俺の人徳というやつよ。聖というのは、知らず人を惹きつけるものだからな」

「ぬかせ……義隆はな、驚いておるのだ。あの防州の行儀の良い家臣どもと公家にに囲まれて生活しておれば、山猿も珍しかろうよ」

「俺が山猿か!ならば悪だくみばかりする貴様は、古狸だな!」

 興経は嬉しそうにそう叫んだ。本城常光は、不思議と興経と馬が合う数少ない男の一人であった。

 そんな二人の様子を見て、久扶は腕組みする。

「なるほど……義隆はわかった。しかし、陶や内藤ら大内の重臣はどうなのだ。国人衆にしても、毛利元就などはかなりの曲者と聞く……興経殿、元就はおぬしの伯父であるが、大内派であろう。吉川家にしてもそうだ。もう一人の叔父の経世殿は信用しても良いのか?」

「大内の重臣どもは、義隆の顔色ばかりうかがって取るに足らん……経世の叔父貴は、筋金入りの大内派よ。言えるわけがなかろう」

「……ならば此度の策で義隆とともに、元就も経世も殺すのか?」

 久扶の瞳が、ぎらりと光る。

「経世の叔父貴のことは、国にいるもう一人の叔父、宮庄経友と謀って手は打ってある。元就は……無論、殺す」

「無論、ときたか……おぬし、あの伯父にも世話になっているのではないか?」

 その久扶の言葉に、興経は鼻を鳴らした。

「ふん……俺はな、常々あの元就のしたり顔を、しかめっ面にしてやりたいと思っていたのだ。身内のような顔をして、俺のやることに一々口を挟みやがる。人のいい経世の叔父貴を使って、裏から吉川を操ろうという魂胆が見え見えなのだ。しかし、そうはさせん。この興経は、吉川の救世主なのだからな」

「しかし、元就は稀代の策士と聞くぞ。うまく欺けるかな?」

「元就の策略など、経久公の前では児戯に等しい。経久公御存命の内に、元就を殺しておきたいのだ」

 興経は、まだ経久が生きていると信じている。それは、ここにいる者たちも同様であった。

「つまり此度は、おぬしにとっても良い機会というわけか?」

「当たり前だ。経久公亡き後、晴久や新宮党誠久のような単純な奴らに、元就が倒せると思っているのか」

(……お前が人を単純と言うか?)

 常光は心でそう呟いたが、口に出しては言わなかった。

「まあとにかく、事は慎重に運ばねばならぬ。当面はここにいる者以外、誰も信用せぬことだ。月山富田城近くに軍勢が侵入すれば、経久公からの密書が届くはず。それまでは三刀屋殿も三沢殿も、義隆の機嫌を損ねることのないようにな」

 常光の言葉に、一同は頷いた。勝負は、大内義隆の陣が月山富田城の間近に着陣した時なのだ。

「……しかし、陶隆房には驚いたぞ」

 しばらくの雑談の後、久扶が言った。

「何がだ?」

「あの美しさよ。噂には聞いておったが、本当に麗しい女子のようであった。あれならば、義隆の気持ちもわからんではないな」

「なんだおぬし、そっちの気があるのか」

 興経がからかうように言った。

「そ、そういう意味ではない。それほど傍から見ても、妙な色気があるというだけだ。しかし流石にもう、義隆と断袖の間ということはないのだろう?」

 久扶は慌てて否定しながら、興経に尋ねた。断袖とは男色のことで、漢の哀帝が寵愛する董賢と昼寝をしていた時、先に起きた哀帝がその袖の上に眠る彼を起こさないように気遣って、袖を切り落として起き上がったことに由来する。

「周防の守護代である興房の面目を考えれば、もう寵童ではあるまいが……俺からすれば、今のあの二人の関係も気持ちが悪い」

「どのように?」

「義隆は軍議の時、わざと興房を困らせたり、無視したりすることがある。まるで愛しい女子をいじめるようにな。俺にはまったく理解できんが、おぬしはそちらの道を行くか。まあ、達者でやれよ」

「違うというに!」

 久扶は額に汗を浮かべて否定した。

「しかし……聞くところによると、義隆の男色は筋金入りらしいな。山口にやって来る若い公家や、国人衆の人質の子にまで手を出すそうだ。呆れた王よ」

 その常光の言葉に、興経が三沢為清に向き直る。

「という話らしいぞ、三沢の衆。為清殿も義隆のもとへ行くときは、お気をつけなされよ。

 興経は、薄ら笑いを浮かべた。その表情を見た為清は、再び家臣の影に隠れた。

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