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新宮党の一矢  作者: 次郎
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第二十二話.鬱々とした館

 豊久と共に軍勢を率い、西出雲で国人衆の引き締めを行っていた敬久は、久しぶりに新宮谷館に帰陣した。

 瀬戸山城の落城は、すでに新宮谷にも伝わっていた。月山富田城での評定に参加していた国久は、帰還した豊久と敬久に状況のあらましを説明した。

「あの光清が、死にましたか」

「うむ……大内勢の総攻撃の初日だったらしい。武運のないことよ」

 出雲の西の門番ともいえる猛将、赤穴光清が流れ矢に当たって死んだという事実に、国久は顔を曇らせた。城を枕に、徹底抗戦でもって尼子への忠義を見せようとしていた光清にとって、その呆気ない死は無念であったに違いない。

「総大将たるもの、己の身の安全には慎重を期すべきでしょう。合戦初日に流れ矢で死ぬというのは、武運がないではすまされますまい。殿が光清を賞賛されたというが、随分とお甘いことだ」

 豊久の言葉は手厳しい。しかし誠久と豊久の兄弟が、晴久の決めたことに厳しいのは今に始まったことではなかった。とは言え、よもや暗殺されたとは知る由もない。

「確かに戦そのものは一日で終わったが、光清の武名が長く大内軍を釘付けにしたことは事実であろう。死者に鞭打つようなことは言うべきではない。赤穴の郎党のことも考えてやらねばならぬぞ」

 国久はそうたしなめた。この戦はまだまだ続く。国人衆らの心情を無視して、戦い抜くことはできない。

「ところで、誠久はどうした? 三人で西出雲を監督するよう、申しつけたであろう」

 その国久の問いに、豊久と敬久は目を見合わせる。

「兄上は……出陣しておりませぬ。おそらくずっと、滝行でもしておりましょう」

「……なんじゃと?」

 国久は、眉をしかめる。

「西出雲の国人衆に睨みを利かせるなどは、無意味なことだ。そんな弱い者いじめなどせず、裏切るものは裏切らせておけばよい、と」

「……勝手な奴めが」

 そう言い捨てる国久に、豊久が言う。

「父上、兄上の言うことにも一理あるでしょう。瀬戸山城が落城した今、大内軍が出雲を切り裂くように進軍してくれば、西出雲の国人衆の多くに裏切り者がでるは必定。この際、裏切り者はあぶり出してしまえば、後々楽になりましょう」

「後々、とは?」

「大内義隆の首を取った後は、裏切った国人領主の首も全て刈り取ればよろしいでしょう。その上で、その所領をすべて尼子の直轄にしてしまえばよい。つまり、裏切り者は多ければ多いほどよろしいでしょう」

「……そなたら兄弟は、そんなことを考えておったのか」

「少なくとも私は、そう考えております」

 その言葉に、国久は腕組みしてしばらく考える。

「……確かに尼子の直接支配を進めるいい機会ではあるが」

「場合によっては、戦後我らが進軍して、新宮党の直轄地に……」

「それはならぬ」

 国久は、顔色を変えた。

「豊久、そのようなことは殿がお考えになることだ。我らはその殿の方針に従えばよい。いらぬことは考えるな。誠久にも儂から言っておく」

 国久はそう言って不機嫌になり、その話を終わらせた。豊久は渋々頭を下げる。

 しばらく三人で近況を話していると、家臣が来客を告げた。

「申し上げます。美玖の御方様、お見えでございます」

「おお、美玖が帰ったか」

 国久が一転、笑顔を見せる。広間に一人の女が入ってきた。

「父上、兄上……お久しぶりでございます」

「久しいな、美玖。息災であったか」

「はい、つつがなく……」

 美玖と呼ばれた女は、微笑を浮かべる。広間は和やかな雰囲気に包まれた。

 美玖の方は国久の娘で、新宮党三兄弟の妹であった。従兄弟である当主、晴久に嫁いでおり、すでに男子も生まれている。

 この二人の婚姻は、先代経久の主導によるものであった。国久に娘が生まれたと聞いた時、経久の喜びようは男子が生まれた時以上で、

「これで尼子は安泰じゃ」

 と何度も呟いた。経久は、この娘が生まれる前から晴久に嫁がせることを決めていた。叔父の国久を義父として晴久の親とし、後見させようとしていたのだ。

 これは、実直な国久を完全に縛り付けるものでもあったが、国久自身が望むものでもあった。美玖は、宗家と新宮党との懸け橋を期待されていたのである。

「長童子丸も、元気にしておるか?」

「それはもう……元気すぎるくらいに」

 幼馴染である晴久と美玖は、誰の目にも仲睦まじい夫婦であった。長童子はその二人の間に生まれた男子で、後々宗家の跡取りとなることを運命づけられた子でもあった。

「しかし……殿に跡継ぎが生まれ、誠久ももう三人の男子が生まれておるというのに……おぬしらは不調法なことよ」

 国久は、じろりと二人の息子に視線を送る。

「はっ……面目次第もござらぬ」

 豊久と敬久は同時に頭を下げた。この時すでに誠久には三人の男子が生まれていたが、豊久と敬久にはいまだ子はできていなかった。

「父上……敬久兄の早殿は、御病気なのでしょう?仕方ないではありませんか」

 美玖がそう取り繕う。

「ならば、豊久は何とする?口ばかり達者では、世人の嘲りを受けようぞ」

「それにしたって……子は天からの授かりもの、と言いますもの。神様や仏様のご機嫌次第ですわ」

「ならば、雲州の神々に首を垂れるべきであろう。こやつめ、杵築大社や日御碕神社に高圧的に出るばかりで、寄進の一つもしようとせぬ。その普段の行いが、神仏の怒りを買っているのではないか」

「いや……父上の仰ること御もっとも。某も、寺社に対してはいろいろと融和策を考えておりまする。この戦が終われば、寄進もと考えておりました。まあここは、御容赦の程を……」

 思いもかけない話の流れに、豊久はたまらず弁解した。

 国久の言葉の端には、裏で豊久が策謀することに対して釘を刺そうとする意図が見て取れた。やはりまだ、国久の意向を無視することはできない。

「そうだ……後で豊久兄の館にも顔を出します。敬久兄の館にも……」

 美玖が間を取り持つように、手を叩いて言う。

「おお……そうじゃそうじゃ、我が館に来い。その後に、敬久の所にも行くがよかろう。なあ、敬久」

 慌てて返事をする豊久に、敬久は目を伏せ答える。

「……美玖、行くのは豊久兄の館だけにした方がよい。万が一、早の病がおぬしに移りでもしては一大事。長童子丸にも良くなかろう」

「早殿は、そんなに悪いのですか?」

「ん……あまりな……」

 浮かない表情をする敬久に、国久が視線を向ける。

「敬久……病は致し方ない。しかしあまりに長く臥せっているとなれば、おぬしも考えねばならぬぞ」

「と、仰いますと……」

「離縁して里に帰すか、側室を迎えるか……おぬしが決めよ」

 国久はきっぱりとそう言い放つ。妻は子を産むことが、何よりも優先される時代である。国久の言うことは、家長として至極真っ当な言葉であった。

 父の言葉にうつむく敬久の様子を見て、美玖が口を挟む。

「父上、まだそのように決めるのは早うございます。早殿も若いのですから、養生すればきっとよくなるはず。今少しお待ちになっては?」

「やれやれ、相変わらず美玖は敬久に甘いな」

 そうからかうように言ったのは、豊久である。美玖は頬を膨らませた。

「よいか、敬久」

 そんな二人を無視して、国久は諭すように話す。

「今は大内との戦の真っただ中、すぐにとは言わぬ。しかし大内を打倒した後は、内々の事を考えねばならぬ。それまでにはどうするか決めておけ。尼子家のためになるようにな」

「……はっ」

 敬久は、ゆっくりと頭を下げた。 

 

 夜遅く、敬久は自らの館へ帰ってきた。

 薄暗い広間に入ると、灯明皿の上で揺れる小さな炎の向こうにぼんやりと人影が見えた。

「……早か」

「お帰りをお待ちしておりました」

 早は、敬久の帰りを待っていた。炎に僅かに照らされるその表情は、能面のようであった。

「具合は良いのか?」

「私はあなたの妻でございます。お迎えするのは、当然のことでしょう」

「無理をするなと言うのに……」

 心配する敬久をよそに、早は白湯を持ってくる。敬久が白湯を飲み始めるとしばらくして、いつものことを口にした。

「殿……私に遠慮はいりません。側室をお持ちなさいませ」

「また、その話か」

 最近の早は、そのことばかり口にした。少し面倒になった敬久は、抱えるように早を立ち上がらせ、下がらせようとする。

「殿、私は……」

「そなたは夫の帰りを迎えて、妻の役割を果たした。もう休め」

 敬久は侍女を呼んで、早を下がらせた。

 その後、すぐに利吉という名の奉公人を呼び出した。敬久に長く仕える初老の奉公人である。敬久はこの利吉に、確認しておきたいことがあった。

「おぬし、西出雲の新宮党の陣に来ていなかったか?」

 敬久は、今回の出征先でこの利吉に似た人物を目撃していた。自分に用でもあるのかと思っていたが、結局、敬久のもとに来ることはなかった。

「申し訳ございません。実は……」

 利吉は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「奥方様のお言いつけで、新宮党の陣に参ったのです。奥方様は、殿の周囲に他の女性がいるのではないかと疑っておいででして……」

「馬鹿な!」

 敬久はあきれて、そう叫んだ。今の敬久には他の女を周囲に置く気はまったくなく、ましてや西出雲には軍勢を率いて任に赴いているのだ。物見遊山で行っていたわけではない。

「本当に申し訳ございません。奥方様に泣いて頼まれまして……その場でお知らせするべきでございました」

「仔細はわかった。おぬしの立場では仕方がなかろう。今後はまず、私に話すように」

 敬久はそう言って、利吉を下がらせた。広間の戸を開けると、夏とは思えないひんやりした空気が流れてくる。

 そもそも早の言動は矛盾していた。一方で側室を勧めながら、また一方で他の女を警戒している。敬久にはその心は読めなかったが、まったく心当たりがないわけではなかった。以前に早を診察していた医師の言葉を思い出す。

「奥方様の病は、体だけではございません。長患いが、心も蝕んでおりまする。これは体の病より、厄介と申せましょう」

 敬久は、暗鬱とした表情を浮かべた。彼も、疲れ始めていたのだ。

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