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新宮党の一矢  作者: 次郎
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第二十話.殺しの技法

 天文十一年(1542)七月二十七日、大内軍はついに、瀬戸山城への総攻撃を開始した。

 城攻めの要所を任されたのは、毛利元就、吉川興経、平賀隆宗ら武勇に優れた国人衆であった。これに陶隆房が加わり、大内は必勝の構えである。総攻めとなった以上、短期で瀬戸山城を陥落させねばならない。他の国人衆も配置について、ついに合戦の火ぶたが切られた。

 しかし未明から始まった攻撃は、大内勢の思い通りにはならなかった。

 大軍が押し寄せるのに難しい山の地形は、その戦力を分散させ、城兵の必死の防戦も頑強で、各軍は多くの死傷者を出すことになった。無理に押せば押すほど矢嵐は強くなり、転がりくる岩石は、大内勢を押しつぶした。

 籠城側と攻城側の被害の差は、誰の目にも明らかであった。

「これはどうにも、うまい戦ではないな」

 元就は、瀬戸山城を苦々しい表情で見つめる。毛利勢にもすでに、多数の死傷者が出ていた。

 城攻めを強攻すれば、攻撃側の犠牲が大きいのは止むを得ない。この大軍ならばいずれは落とせるだろうが、毛利勢の被害も甚大になるだろう。武名を買われ信任されるのも結構だが、それで激戦地を任されるのは、国人領主としては考えものであった。

 元就の場所からは、遠く陶勢や吉川勢の動きも見えた。どちらも必死の城攻めである。攻城策を推してきた隆房が、その意地にかけて引くことができないのは当然であろう。しかし意外なのは、吉川勢の奮戦であった。あの戦いぶりならば、義隆の興経への評価はさらに上がるだろう。

 その両軍の奮戦の手前、毛利勢も攻撃の手を緩めるわけにはいかない。前線から退却してくる死傷者を見る度に、元就は拳を握りしめた。

 その元就の様子を隣で見ていた弥山が、口を開く。

「殿、拙者に一つ愚考がござる。お聞きいただけるか?」

「……申してみよ」

「以前にご報告した通り、瀬戸山城には秘密の抜け道がございます。兵を送るのは難しいですが、拙者一人ならば忍び込める自信がございます。殿のお許しをいただけるなら、赤穴光清を討ち取って参りますが」

「なんじゃと?」

 元就は驚いて弥山を見た。弥山の瞳は、冗談を言っている目ではない。

 瀬戸山城の抜け道は、かねて周囲を捜索していた弥山に発見され、すでに元就に報告されていた。弥山は、そこから忍びこもうというのだ。

「拙者にとって、瀬戸山城に入りこむことは容易うござる。瀬戸山城の城兵二千は赤穴勢が半分、月山富田城からの援軍が半分でございます。つまり、赤穴光清やその家臣が知らない顔の兵が、多くいるということでございます。その事実を利用すれば、光清を討つ機会もございましょう」

「しかし……そのようにうまく事は運ぶまい」

「もちろん、確実に討ち取れるとは申せません。こればかりは、天の時が必要でございます。しかしこのまま手をこまねいておっては、毛利の同胞の犠牲は増えるばかりでござる。何とぞ拙者に、お命じ下され」

 弥山はあえて、同胞という言い方をした。

「おぬしの有能さはわかっておる……ここで失いたくはない」

「ありがたきお言葉でござる。しかしもし失敗したとしても、脱出する自信はございます。拙者はそもそも、鉢屋の忍びでござる」

 元就は、しばらく考える素振りを見せた。そうしている間にも、負傷者は目の前を通り過ぎる。

「……戻ってこれるか?」

「それは、必ず……」

「……わかった。一任しよう」

「承知仕った」

 弥山は笑顔を見せ、深く頭を下げた。


 瀬戸山城内は、攻め寄せる大内勢を総出で迎撃していた。

 援軍として入っている田中三郎左衛門や、光清の重臣たちも各々兵を率い、要所の防戦に当たっていた。四方から攻め寄せる敵勢に当たるには、その兵力と指揮官を分散せざるを得ない。総大将である光清は、家臣を連れて各所を回り、兵たちを鼓舞していた。

「大内勢何するものぞ!天命は、我らにあり!」

 光清の言葉に、城兵は鬨の声を上げる。熊谷直続を討ち取って以降、兵たちの士気は高まっていた。攻め寄せる大内勢にも、怯む気配はまったくない。

 時はすでに、夕暮れが迫る時刻になっていた。しかし陶隆房や吉川興経の軍勢は大きな被害を出しながらも攻勢を緩めず、果敢に攻めかかってくる。城兵にも徐々に疲れの色が見え始めていた。

「田中殿、戦況はどうか?」

 南西の曲輪は激戦となっていた。光清は、防戦の指揮を取る田中三郎左衛門に戦況を尋ねる。

「敵はこの時刻になっても、攻勢を緩めませぬ。しかし、我が方の優位は明らかでござる。そろそろ攻め疲れ、退却する頃でござろう」

 三郎左衛門の言葉に、光清は満足気にうなずく。

「申し上げます!」

 そんな光清に、一人の兵が駆け寄ってくる。

「何事か?」

「城外への抜け道を見張っていた兵らが、殺されておりました。何者かが、この城内に侵入している恐れがございますが……」

「何だと!」

 光清は驚いて声を上げた。周囲の兵たちの視線が、主に集まる。

 城下への抜け道には常に兵を配置していたが、今日は朝からの激戦で他所に不足した兵力を回し、見張りには数人しか付けていなかった。しかしそれは、抜け道が敵に察知されていないことが前提であったのだ。

「ちっ……まさか抜け道が敵に知られていようとはな。して、殺された兵どもは抜け道の前か?」

「いえ、抜け道からは少し離れた所に打ち捨てられておりました」

「よし、儂が自ら見てこよう。案内せよ」

「お待ち下され、光清殿」

 そう慌てて止めたのは、三郎左衛門である。

「何者が侵入しているのか、わかりませぬ。現場に光清殿が行って、もしものことあらば如何なさる。敵の数もわかりますまい」

「この狭い城じゃ、敵が多勢ならば、早々に見つかっておるはず。おそらく鼠が紛れ込んでいるのであろう。そもそも四方から攻められているこの状況では、兵は割けぬ。儂が強者どもを連れて見てこよう。どちらにしてもこうなっては、抜け道は早々に埋めねばならんからな。今は、時が惜しいのだ」

 そう言った光清は、供廻りに声を掛ける。直続を討ち取ってからの光清は、自信に満ちあふれていた。

「ならば……くれぐれもお気をつけを。光清殿に何かあれば、籠城は成り立たんのですぞ」

「わかっておる」

 そう手を上げた光清は、死体を見つけたという兵に近寄る。

「ここから先、どこに敵がいるかわからぬ。貴様は先行して案内せよ。我らは、少し後をついて行く。よいな」

「はっ」

 そう答えた兵の少し後に、光清と供廻りが続く。

 供廻りは四人。数は少ないが、光清が赤穴家臣から選りすぐった一騎当千の強者どもであった。光清は、その者たちに耳打ちする。

「あの死体を見つけたという男を、おぬしら知っておるか?」

「某は存じませぬが……月山富田城からの援兵ではございませんか?」

 供廻りたちは、誰もあの男を知らなかった。

「さて……あれは本当に月山富田城からの援兵かな?」

「!……まさか、あの男が侵入者であると?」

 光清の言葉に、供廻りは息をのむ。

「その可能性もある。決して、油断するでないぞ」

 光清の言葉に、供廻りたちはうなずいた。

 南の曲輪に近づいた頃、後ろから一人の男がやってきた。

「お待ち下され」

「何用か?」

「我が主、田中三郎左衛門からの使いでございます。先程の死体を見つけた兵は、富田城からの援兵にあらず。もし赤穴の兵でないならば、お気をつけあるべしとの伝言でござる」

「やはりそうか!」

 光清はそう手を叩いた。三郎左衛門も疑っていたのだろう。

「殿、いかがなさいますか?」

「このまま後ろから斬りかかってもよいが……捕えたいところではあるな」

 刀に手をかける供廻りの前で、光清は腕組みする。

「……恐れながら……」

 そう口を開いたのは、三郎左衛門からの使いであった。

「申してみよ」

「このまま後ろから襲い掛かっても、奴の足が速ければ逃げられる恐れがございます。ここは二手に分かれて、挟み撃ちにしては?」

 使いの男は背中に弓を背負っていた。助勢を命じられているのだろう。

「ふむ……よかろう。よし、貴様らは東から回って奴の前に出よ」

 光清は供廻りの三人に命じて、先回りさせることにした。光清ともう一人の供廻り、そして使いの男の三人で、先を歩く男の後を追う。

 周囲を警戒しながらいくつかの角を曲がっていると、いつの間にか残った供廻りの姿が見えなくなっていた。光清は、唯一の供となった使いの男に尋ねる。

「儂の供廻りはどうした?」

「わかりませぬ。先程までいらっしゃったのですが」

 使いの男は首を傾げた。

「もし今、先手を取られたら……危のうございます。こうなってはもはや、三人との合流を待たずに斬りかかった方がいいのでは。拙者も、弓で射かけまする」

「まあ、待て」

 光清はそう答えながら、激しく不安にかられた。あっという間に供廻りがいなくなったことに、思考が追いつかなかった。

「赤穴様、後ろでござる!」

 不意に使いの男が叫んだ。光清が振り向くと、前を歩いていたはずの男が目の前にいた。光清たちがいつまでもついて来ないために、戻ってきたのだ。

 光清は刀を抜いた。この男がもし侵入者なら、一瞬の迷いが命取りになる。先手を取らねばならない。

 驚きの表情を浮かべる男の頭上に、光清は斬撃を叩きこんだ。予想もしない出来事に、男は避けることもできずに倒れた。頭からおびただしい血を噴き出し、二度三度痙攣する。

「な……なぜ……某は……富田城の……」

 その男の瞳を見た光清は、ぞくりとした。

――この男は、侵入者ではなかったのか?

 そう思った瞬間、光清は背後の殺気を感じた。

――この後ろの男は、本当に田中三郎左衛門の使いか?

「見事な腕前でございますな」

「貴様!」

 そう叫んで振り向いた光清の首筋を、一本の矢が貫いた。声にならないうめき声を上げ、仰向けに倒れる。

「首を取って持って帰りたいところだが、流れ矢に当たって死んだことにしておかんと、後々面倒になるのでな……我が殿のため、死んでくれ」

 声も出ない光清は、口から血を吐きだしそのまま意識を失った。


 先回りして男の前に出ようとしていた三人の供廻りは、いつまでも光清らに出会うことができなかった。しばらくすると、もう一人の供廻りがよろけながらやって来る。

「おい、どうしたのだ?」

「わからぬ。どうやら、後ろから殴られて気を失ってしまったようだ」

「なんだと!殿は如何された?」

「それが……姿が見えず……」

「馬鹿者!見えずで済むか!」

 四人は慌てて周囲を捜索する。幸い南の曲輪の壁ににもたれ掛かるように、光清は立っていた。夕暮れを過ぎた城内は、薄暗くなっていた。

「殿、御無事で……そこは敵勢の矢が飛んでくる恐れがございます。お早くこちらに……」

 しかしその忠告は、すでに光清の耳には届かなかった。供廻りたちが近づくと、光清はすでに首筋を矢で貫かれ、絶命していた。

「なんということだ……」

 供廻りは呆然と呟き、その場にへたり込んだ。

 遠くで敵勢の声が聞こえる。大内の城攻めはまだ、続いていた。

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