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新宮党の一矢  作者: 次郎
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第九話.国人領主たち

 毛利軍を率いる元就は、安芸に入った大内軍に合流した。

 他に、宍戸や小早川、熊谷ら安芸の国人衆も大内軍に合流し、その数は三万を超えた。今まで旗幟を鮮明にしていなかった国人らも参加して、安芸は軍勢で溢れかえる。

「よく来てくれた。待ちかねておったぞ」

 久方振りに元就に会った義隆は、満面の笑みでこれを迎えた。元就は、安芸国人衆の中心になりつつあっただけでなく、今回は吉川興経らの寝返りにも功があり、その信頼は厚くなるばかりであった。

「御尊顔を拝し、恐悦至極に存じまする。お屋形様におかれましては御自らの御出陣、元就感激に耐えませぬ」

「何、此度ついに我らの最大の敵、尼子を叩き潰す好機が巡って参ったのじゃ。余もこれを逃すつもりはない。百戦錬磨の元就の戦、見せてもらうぞ」

 眩いばかりの、装飾が施された鎧を身にまとう義隆の姿には、元就も惚れ惚れした。この義隆が陣頭に立てば、将兵は奮い立つに違いない。最近の義隆が、芸能に傾倒しすぎていることは元就の耳にも入っていたが、目の前の義隆を見るかぎり、武を軽んじているのではないかという不安は、杞憂のように思えた。

 その隣には、養嗣子の晴持がいる。こちらも豪華な鎧に身を包んではいたが、体つきが華奢なためか、鎧が随分大きく見えた。

「大義である、晴持じゃ。そちの働き、期待しておるぞ」

「若君の御期待に添えるよう、粉骨砕身いたしまする」

 元就の眼に映る晴持は、武家の後継ぎというよりも、公家の後継ぎであった。その姿は少々頼りなく見えたが、この柔和な若者が戦を経験してどう成長するか、楽しみではあるだろう。

「元就、隆元。今、天命は大内にある。あの奸雄、尼子経久が死に、出雲国内の者どもは動揺しておる。また、尼子に進攻されていた美作や播磨の赤松らも反撃に転じ、出雲を包囲する形になった。それに対して我が方は、九州の大友と和して後方の憂いなく、全力で尼子と戦える状態にある。余はこの戦いで、尼子を滅ぼし、西国の王となる。そのために、毛利も全力を尽くしてほしい。戦勝の暁には、必ずその功に報いようぞ」

 大内の背後、九州の雄大友義鑑には、義隆の姉が嫁いでいたが、長く九州北部を巡っての抗争が続いていた。しかしその争いも、天文七年(一五三八年)将軍足利義晴の仲介を受けて和睦しており、後顧の憂いはない。対して出雲の尼子は、四面楚歌であった。

「御意」

 恭しく首を垂れる二人の姿に、義隆は満足げな表情を浮かべた。

 義隆と晴持の元を辞した後、隆元がやや興奮気味に元就に語る。

「やはりお屋形様は、偉大な御方でございますな。尼子を打倒すれば、上洛も夢ではございますまい。京に大内の旗がはためく日も、そう遠くはございませんな」

「……尼子を倒すことができたら、な」

 算多きは勝ち、算少なきは勝たず。今回、大内の勝算は数多くあるが、戦は何が起こるかわからない。あまり先の事ばかりに心を奪われるのは、剣呑である。

「隆元、そなたが先のことまで考える必要はない。今は、目の前の戦に専念することだけ考えよ。そなたも若君と同じように、この戦から多くを学ばねばならぬぞ」

「……若君と同じように、でございますか……」

 隆元は、歯切れの悪い言葉を返す。

「どうした?」

「……父上は、若君をどう見られましたか?」

 隆元は、遠慮がちに尋ねる。

「どうとは、何だ。お恐れ多い……利発そうで、先が楽しみな御方ではないか」

「このようなことを申せば、父上に怒られるかも知れませんが……」

「よい、申せ」

 元就は既に、不機嫌になっている。

「……山口にいた頃、余り良いお話を聞きませんでした。お屋形様の前では大人しい御方ですが、下の者に驕慢でつらく当たることがあると」

 隆元は、声を潜めて言う。

「……それは、そなたが実際に受けたことか?」

「まさか……若君は、私のような田舎領主の息子など相手にいたしません。噂でございます」

 元就は、隆元の田舎という言葉に苦笑した。山口では、重臣や公家の子弟と共に過ごす中で、多少なりとも嘲りを受けていたのかもしれない。鼻持ちならない連中は、どこにでもいる。

「隆元、噂は噂だ。心に留めておけ。自身の目で見たもの以外、迂闊に口にしてはならぬ」

「もちろん分かっております。父上だから、申し上げたのです。他所では申しませぬ」

 隆元は口を尖らす。元就は、かねて考えていた事を思い出した。

「隆元、そなたが山口から帰った時、粗方のことは聞いておったが、そういった細

かな話は聞いていなかったな。この戦の間、山口にいた時の事を思い出せば、どんな些細な事でも噂でもよい。何でも儂に申せ。よいな?」

 噂は選別が難しい。しかしその中には、客観的な状況と照らし合わせて考えれば有益な情報になるものもあるだろう。それはもちろん大内に対する反意ではなく、大内の中で生きる処世術としての情報である。頭に入れておけば、何かの役に立つかもしれない。

「心得ました」

 嬉しそうな顔で隆元が頷いた時、不意に二人を呼び止める声が響いた。

「これは……隆房殿」

 元就は、現れた陶隆房らに頭を下げる。隆房は相変わらず、男の目をも惹きつける美しさがあった。

「元就殿、お待ちしておりました。毛利の合力あらばこの戦、勝ちは決まったようなものでございますな」

 慇懃な態度で接してくる隆房の後ろには、二人の武将が立っていた。

「元就殿、お久しゅうござる。元就殿と轡を並べる日を楽しみにしておりました。戦のこと、よろしくご指南頂きたい」

 そう言って進み出てきたのは、安芸守護代、弘中隆包であった。陶隆房と同じ二十二歳で、大内の若き俊英である。

「これは恐れ多い。この老骨が教えることなどございますまい」

 元就は、恐縮した風で頭を下げる。守護代である二人と一国人領主でしかない元就とは、身分において大きな差がある。しかし二人は、元就に対する慇懃な態度を崩さなかった。

「何を仰る。長きに渡り尼子と戦ってきた元就殿の話からは、学ぶ事ばかりだ。此度の長い進軍もその話を聞けると思えば、苦痛ではない。楽しみにしております」

 隆房はやや、紅潮した顔でそう言う。

 隆房は、元就が好きであった。彼だけではない。大内の武断派は元就に親近感を抱いている。特に若い連中からすれば、百戦錬磨の元就は尊敬の対象ですらあったのだ。

 その隆房の隣に、隆包といたもう一人の男が並ぶ。

「元就殿、お初にお目にかかります。江良房栄と申す。そこにおられる御子息の隆元殿とは、山口におられた頃に、親しくさせていただいておりました。今後とも、よろしくお願いいたす」

「おお……江良殿か。我が家臣、井上元兼からも聞いております。こちらこそ、よろしくお願い申し上げる」

 井上元兼は、長年毛利家に仕えてきた国人で、財政面でその才を発揮する重臣の一人である。現在も元就の許可を得て独自に大内と経済的な交流を続けており、その大内側の担当が、隆房の意向を受けた江良房栄であった。

 しばらくの談笑の後、三人と別れた元就は、隆元に尋ねる。

「あの御三方とは、親しかったのか?」

「はい。歳も近く、仲良うさせていただきました。毛利のことも気にかけて下さる方々です。今後も親しくさせていただければ、毛利のためにもよかろうかと存じますが?」

「……親しくすることはいいことだが、立場の違いだけは忘れるでないぞ。ましてや弘中殿は安芸の守護代だ。無理を押してくることもあるかもしれぬ」

「心得ております。父上も……」

「なんだ?」

「……美しい隆房様に持ち上げられて、有頂天になられぬよう……」

「馬鹿者」

 本気とも冗談とも取れない隆元の言葉に笑いながら、元就はその背中を叩いた。


 元就たちが毛利軍の陣中に戻ると、間もなく宍戸隆家がやってきた。

 宍戸隆家は、五龍城を本拠地とする安芸の国人領主の一人で、大内傘下の国人領主として、毛利と同じく今回の戦に招集されていた。

「義父上、ついに大戦になりましたな。腕がなりまする」

 隆家はそう言って、爽やかな笑顔を見せる。豪胆な性格は、祖父元源によく似ていた。

 隆家には、隆元の妹で少輔次郎の姉にあたる、次女のしんが嫁いでいた。毛利家との関係も良好で、元就はこの義理の息子を頼りにしていた。

 しかしこの婚姻も、簡単なものではなかった。安芸国人である毛利と宍戸は、郡山と甲立五龍城が近いこともあって代々敵対関係にあり、常に緊張した状態が続いていた。

 元就の父弘元は、この状況を案じて、興元への遺言の一つにこの宍戸家との和睦を残した。目と鼻の先にある宍戸家の剛勇は、大きな懸念だったからである。

 結局、興元の代では対立が続いたままであったが、家督を継いだ元就は、本格的に宍戸との和睦を考えるようになった。最も有効なのはやはり、姻戚関係になることであろう。元就の次女しんはまだ幼かったが、幸い宍戸の後継ぎである隆家にはまだ正室がおらず、これを逃す手はなかった。

 しかし元就には、大きな懸念があった。元就と正室美国の方の間には、隆元の上に長女となる女児がおり、これが幼くして高橋氏の養女となっていた。

 高橋氏は石見と安芸にまたがる所領を持つ国人領主で、興元の正室がその出身であったこともあって、当時は友好関係であった。しかし、元就が家督を継いで大内に接近すると、高橋家当主の興光は、大内義興から偏諱を受けていたにもかかわらず尼子に接近し、両家は次第に対立するようになった。長女はこれに巻き込まれ、惨殺されたのである。

 このことは、元就の見通しが甘かったと言わざるを得ない。対立していたとは言うものの、兄の正室の実家であり、養母である杉大方の実家でもある高橋家が、幼い女児に手をかけるとは思っていなかった。他家に子を出すことの恐ろしさを、身をもって知ったのである。

 悲嘆に暮れる美国の方を見た元就は、二度とこのようなことがないようにと、心に誓った。大内と尼子の間にある国人衆は、味方もいつ敵になるか分からない。信頼関係の醸成なくして、我が子を出すことはできないのだ。

 そんなこともあって、次女しんの嫁ぎ先には慎重にならざるを得なかった。しかし宍戸家との和睦も、毛利家のために必要なことである。

 思案した元就は、思い切った行動に出た。真正面から和睦を申し入れ、それを宍戸家当主元源が承知すると、すぐに次の正月には僅か数人の供回りのみを連れて、五龍城を訪れた。長年の敵対関係にあった相手の本拠地に、丸腰で踏み込んだのである。

 これは一種の賭けでもあったが、元源の度量の大きさは周辺諸国にも知られており、元就には先に誠意を見せてこれにあたれば、無下にはできないだろうという確信に近いものがあった。

 実は元源にも、毛利との不毛な争いに終止符を打ちたいという思いがあった。しかし長年の敵対関係を考えれば、下手にでることはできない。そんな中、元就が先に丸腰で誠意を見せた。元源はこれに心を打たれて、ついに二人は肝胆相照らす仲となった。その地固めの上に、隆家としんの婚姻がなったのである。

「隆家殿、しんはちゃんとやっておるかな?わがままに育った故、心配しておったのだが」

 長女のこともあってか、しんは両親に溺愛されて育てられた。元就としては、少し甘やかしすぎたのではないかという後悔があった。

「御心配には及びません。若いながら、よくやってくれております。祖父も、よい嫁が来たと喜んでおります」

 隆家の祖父の元源は、すでに家督を隆家に譲って隠居していた。最近は、あまり体調も優れないと聞く。

「そう言ってもらえると助かる。いや儂も、良い息子ができたわい。元源殿に感謝せねばなるまい」

 元就はそう言って、隆家の肩を叩いた。実に代えがたい息子であった。

「しかし、さすがは義父上でございますな。まさかあの、吉川興経をお味方に引き込むとは……」

 隆家は興奮気味に言う。

「あれは、叔父の経世が熱心にやったのだ。儂は少し大内との橋渡しをしたに過ぎぬ。まあ、儂にとっても美国にとっても興経は甥だ。良い結果になったと思っている」

 特に美国の方は、実家の吉川家のことを常に案じていた。これで親類と戦わずにすむのは、何よりの喜びであろう。

「それは私も同じです。義父上には、叔母も感謝しております」

 隆家の父元家の妹は、興経に嫁いでいた。安芸の国人の姻戚関係は、がんじがらめになっている。

「しかしこれで、心置きなく戦えますな。親族と争うことは、悲しいことでございましょう。たとえ勝っても、必ず後悔が残りますから……」

 隆家はそう言って目を伏せた。隆家にはかつて、後見役を務めた叔父、隆忠がいたが、隆家はこれを誅殺している。隆家に讒言する者があり、迂闊にこれを信じてしまったためである。

 隆家はその後眼病にかかり、一時失明するまでになった。叔父の祟りだと言われた隆家が調べさせたところ、叔父は無実であった。後悔した隆家が、祭神として隆忠を祀ったところ、たちまち眼病は良くなった。無実の罪を着せられた者は、必ず祟ると言われていた時代である。

「義父上、甥というのは、何かと伯叔らを煙たがるもの。強く言えば、倍の強さで返してくるものです。何卒、広い心でみてくださいますよう……」

「……そうだな。そなたの言うこと、肝に銘じておこう」

 歴史上、甥と伯叔の争いは枚挙にいとまがない。実感のこもった隆家の言葉は、重いものであった。

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