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悪役令嬢はお腹いっぱいご飯が食べたい

 今日もとある王国の卒業パーティーで、王太子による婚約破棄騒動が行われようとしていた。


「エリザベス=キャンベル!……エリザベス出てこい!ちっ!逃げたか?誰か探して今すぐここに連れてこい!」


 騒ぎを起こしている人物は、この国の王太子アーサーだった。その隣にはアーサーにすがり付くように可憐な少女が1人……

 そして2人を囲むように宰相子息、騎士団長子息、公爵家嫡男(養子)、魔術師長子息……とこれまたお決まりのメンバーが揃ってた。


 ちなみに、このパーティーは保護者も参加しており、国王夫妻にエリザベスの父である公爵も参加していたが、エリザベスの素行の悪さは全て報告されており、判決も決まっていたので大人しく見守っていた。

 その他の生徒に保護者達は、何が始まるのかとわくわくした面持ちでエリザベスの到着を待っていた。


 暫くすると、ようやく騎士達が戻ってきた。その中心には、今にも倒れそうな足取りの痩せ干そって肌も髪も張りが無く目に光の無い、公爵令嬢とは到底思えない容姿の少女がふらふらと歩いていた。


 王太子達の目の前で立ち止まると、少女はふらふらしながらも美しい所作で頭を下げた。


「国王陛下、王妃陛下、お久しゅうございます。王太子殿下並びに卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます……」


 あまりの痛々しい姿に会場は静まり返っていた。そして、最初に口を開いたのは国王陛下だった。


「エ、エリザベスなのか……?お主、何か病気なのか?それにその格好はどうした?何故卒業パーティーで制服を着ているのだ?アーサーに貰ったドレスはどうした?」


「お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません……病気ではありません……

 恥ずかしながら、ドレスを持っておりませんので、制服でご容赦くださいませ……

 せっかくの卒業パーティーに制服で参加するのも何だと思い、寮の自室に待機しておりました」


「何!?病気でないと言うのならば、その容姿はどうしたと言うのだ!?

 それにドレスを持っていないだと?おい、アーサーは今回のパーティー用に最高級のドレスを用意したと従者から報告があったよな?どう言うことだ!?」


「え、ええ……確かにエリザベスに強請られて最高級のピンクのドレスを作ったと……あら?あのアーサーにしがみついている娘のドレス……最高級のピンクのドレスですわね……あれは確か男爵家の令嬢だとか……何故男爵家の令嬢が最高級のドレスを?」


 国王夫妻の会話に王太子はビクッと体を震わせた。


「エリザベス!今度は何の作戦なんだ?ドレスが無いなどと嘘を並べおって!

 お前がリリーをいじめていたと言う証拠は揃っているのだからな!今さらか弱い乙女ぶっても、もう遅いぞ!」


(わたくし)がリリー様をいじめたと言うことでしょうか?全く身に覚えがありませんが……」


「なっ!しらを切る気か?お前が取り巻きを使っていじめたと言う証言をまとめた物がここにある!」


 王太子はそう言って紙の束を取り出した。


「はあ……取り巻きですか?あの、この学園に通う者でしたら、私に取り巻きはおろか、友人もいないことなどご存じだと思うのですが……殿下もご存知ですわよね?」


「くっ、そう言うだろうと思っていた。そんなもの、金の力で何とでもなるだろう?何も取り巻きじゃなくても金を渡せば動く輩がたくさんいるからな」


 勝ち誇ったように王太子が笑った。


「はあ……お金ですか……そんなお金どこにあると言うのですか?王太子の婚約者資金でしたら、もう1年以上支払われておりませんし、実家である公爵家に泣きついても嘘をつけと信じてもらえず、1円も出して貰えませんでした。

 ご存知ですか?寮や学園の食事もお金がかかるんですのよ?

 それならばと実家に置いてきたドレスや宝石を売れば……と思いましたが、見事に空っぽでしたわ……お母様の形見の宝飾品も……ウィリアム、貴方が私に頼まれて持ち出したと聞いたわ。全部売ってしまったの?

 そのお金は、どうしたの……?」


 王太子の取り巻きで、義弟である公爵家嫡男を見てエリザベスは寂し気に首を傾げた。


「わ、私は何も知りません!人のせいにしないでください!」


「そう……まぁ、売ったのであれば調べればすぐわかることよ……私には調べる術もお金もないけれど、公爵様はどうするかしらね……?まぁもっとも、勘当された私の言葉を信じるとも思えませんけどね……ふふふ」


「……え?勘当……?……勘当?」


 顔を真っ青にしたウィリアムが、意味を理解しようと何度か呟いた。


「ええ、勘当されてしまったの。どうしてもお金がなくて、でも前の月に食べた分を支払わなきゃで公爵様に相談したのだけれど、形見の宝石も何もかも無くなっていることに気付いて何に使ったのだと……

 ふふ、何に使ったも何も無くなっている事すら知らなかったのにね……信じてはいただけなかったわ。まぁ、信じていただけないのは何時もの事ね

 貴方のように、従者もメイドも付けて貰えないから、本当に全く気付かなかったわ……

 はあ……婚約者資金が入ってこないと知っていれば、ご飯食べなかったんだけどな……

 結局払いきれずに、入学前に殿下に頂いたドレスを売ってしまったわ。まぁあれも、入学後のパーティーの度に着ていたから、二束三文でしか売れなかったけど……

 でもそのお金のおかげで、一昨日まで朝食だけは何とか食べれたんだけどね……もう、それも無くなってしまったわ」


 痩せ干そってなお美しい故に、エリザベスの笑顔は痛々しかった。


「……っく!それがどうしたと言うのだ?お前昨日の放課後どこにいた?リリーを階段から突き飛ばしただろう!」


 エリザベスに同情的だったギャラリーも、王太子の言葉に固まった。


「突き飛ばすですか……?ふ、ふふふ……突き飛ばす……ふふふふふ。

 昨日の放課後でしたら図書室におりましたわ。昔から物語を読むのが好きなことはご存知でしょう?

 本を読んでいる間だけは、空腹を忘れられますの。ふふふ、お疑いでしたら、司書様達に確認していただければすぐわかると思いますわ。

 こんな見窄らしい容姿ですもの、見間違うはずがありませんわ。

 それに……人を突き飛ばす体力など、残っておりませんわ。あと、お金で人を雇ってリリー様に危害を加えるくらいでしたら、そのお金でパンを食べますわ」


「っく!どうせ司書も買収しているのだろう!俺がリリーを愛していることが気に食わず、お前がやったんだろう!」


「何故……?私は、このまま王太子殿下の婚約者であり続けるなら、そう遠くない未来に餓死してしまいますわ。

 そんな地位に、未練があるとでもお思いですか……?」


「地位に未練が無くとも、俺に未練があるのだろう!」


「ぷっ!ふふふ、あはは……あーっはっはっはっは

 やだ、王太子殿下でも冗談を言うのですね。可笑しすぎて涙が……ふふふふふ

 私、被虐趣味は御座いませんのよ?さすがに、女性に貢いで私の食事代も出さないようなお方に、愛情など抱けませんわ。ふふふ

 そもそも私、貴方に愛情など抱いたことも有りませんでしたわ。だって貴方、公爵家で虐げられている私を、いつも馬鹿にしていたじゃありませんか?

 どこに惚れる要素が……?ふふふふふ


 それで、リリー様の自演でも他の誰かの仕業でも構いません。全て私の罪と言うことで、婚約破棄していただけるのですよね?

 ふふふ、やっと……やっと解放されますのね。ううう」


 そこで、ついに体力の限界が来たのかエリザベスは崩れるように座り込んだ。


「も、申し訳ありません。最近体力がめっきり減ってしまって……これ以上立っている事が出来そうにありませんので、この姿勢で許してください……

 それで、私は処刑ですか?国外追放ですか?それとも好色爺の後妻……またはペットでしょうか?

 娼婦に落とされるとか?ご飯が食べられるのであれば、私は何でも構いません。

 いっそ一思いに殺していただいた方が楽かしら?その前にあそこに並んでいる、綺麗なお菓子を食べてもいいでしょうか?」


 エリザベスの瞳は、お菓子を見つめギラギラ光っていた。


 自分を好いていると勘違いしていた王太子は、エリザベスの言葉に衝撃を受け、暫し言葉を失っていたが、ようやく我に返りエリザベスを怒鳴り付けた。


「先程から言わせておけば勝手なことばかり言いおって……!まぁよい、お前は蛮族の長に友好の証しとして嫁にやることが決まった。

 くっくっく、せいぜいうまい飯が食えると良いな」


 ギャラリーが蛮族と聞いてざわざわとざわめいた。蛮族とは、東の国境に隣接したラー王国で、戦闘民族だった。

 皆大柄で力が強く、肌も浅黒く野蛮で、人を喰らうと言う逸話まである……

 話を聞く限り、どう考えてもエリザベスは何もしておらず、むしろ被害者のように思えてならないのに、誰も王族に逆らえる術もなく、ただ見守ることしか出来なかった。


「アーサー……これは聞いていた話とずいぶん違うようだな。報告を義務付けていた従者に教師は何処だ?

 お前達からも詳しく聞き直さねばなるまい……あと財務大臣、お主からも話を聞こう。

 そこの6人と公爵、従者に教師に財務大臣を我が執務室に連れてまいれ。

 愚息が騒がせて申し訳なかった。残りの者は、最後までパーティーを楽しんでいってくれ」


 そう言って、国王夫妻は退場し、主要メンバー達は騎士に連れていかれた。

 残されたエリザベスは、いつの間にか城の侍女が連れ去り、王宮の客間で色とりどりのお菓子に囲まれ……てはおらず、野菜たっぷりのスープを与えられていた。


「うう、おいしい……おいしい……でもお肉も食べたい……お菓子も食べたい……あ、食べた分は公爵家にツケといてください」


「ツケ……?エリザベス様、お肉はまだダメです。最近食べていなかったのでしょう?急にお菓子やお肉を食べると胃に負担がかかりますから」


 そう、ツケ等と自然に使ってしまうエリザベスは転生者だった。だからと言って、特に何かを変える力も無く、ただ受け入れることしか出来なかった。

 だが、逞しくもドレスを売ったりして生きてこられたのは、前世の記憶があったからかもしれない。

 もし生粋のお嬢様だったら、すでに餓死していただろう……


 結局、リリーの自作自演がばれ、さらに5人全員と肉体関係があり、さらに陛下に報告を義務付けられていた従者に教師に財務大臣までをも体で落として自分に都合の良いように色々改竄させていたことが発覚した。

 そのため、リリーは特殊な性癖を持つ者達の為の娼館に入れられた。最低10年働いたのち、身請けすることは許されたが、はたしてどのような性癖の旦那に売られていくことやら……

 

 王太子は弟に王太子の座を譲り、陛下の情けとして東の国境の寂れた男爵領を譲り受け、領地へ1人寂しく向かった。

 騎士団長子息と魔術師団長子息は、鍛え直すと言って戦の最前線に送られた。

 公爵家嫡男は養子縁組を解消され、実家からも拒否され、平民になった。

 その際、売ったエリザベスの母の形見の宝石を公爵が買い戻し、その代金を借金として背負うことになった。

 公爵はエリザベスに謝り、連れ戻そうとしたが断られた。


 エリザベスは予定通り蛮族に嫁いだ。長の嫁と言うことだったが、実際に行ってみると長の息子の嫁だった。

 王宮で旅に耐えられるだけの体力をつけるためにたくさん食べて少しは肉もついたが、相変わらずの細さで嫁いだ。

 驚いたラー王国の者達がせっせと食べさせて世話を焼いて、髪や肌も毎日磨いてくれるうちにすっかり肉が付き、元の女神のように美しい令嬢へと戻った。


「ああ、エリザベスここにいたのか。相変わらず本が好きだな。すっかり肌艶もよくなって……そろそろ初夜を迎えても大丈夫だろうか……いや、やはりまだ細いな……俺がさわると今にも折れそうで……やっぱりもう少し太ってからにしよう!」


「くすくす、もう、ビャクト様ったら。

 もう大丈夫ですよ?これ以上お肉をつけたら豚になってしまいますわ。ふふふ

 この国のご飯が美味しすぎて、いつもついつい食べ過ぎてしまいますの。お腹ぽっこりのおデブになった姿で初夜は嫌ですわ……ふふふ」


 ラー王国の長の息子はエリザベスと同じ年で、戦闘民族らしく筋肉の塊だった。

 浅黒い肌に癖のある黒い髪、鋭い黒い瞳で一見怖そうだが、実際は面倒見がよくとても優しい青年だった。

 そしてこの国は蛮族と呼ばれるだけあって、衣服がほぼ裸だった。

 と言ってもエリザベスが育った国の基準で裸同然なだけで、普通に女性はノースリーブか半袖の膝下丈のゆったりしたワンピース、男性も上は裸かアロハシャツの様なものにハーフパンツ位の装いだった。

 足や腕を出すことを良しとしない貴族女性にとっては、とてつもなく破廉恥な服装なのだろう。

 だがエリザベスにとっては、コルセットなしなんて最高!足も腕も出せて涼しい!むしろもっとスカート短くてもいいくらいだし!楽ちん楽ちん……と母国よりも断然こちらの方が気に入ったのだった。

 もちろん、人を喰らうなどと言う噂も嘘だった。母国のように洗練されてはいないが、しっかりした味付けの大衆的な料理で、とても美味しかった。


“旦那は優しいイケメンだし、ご飯は美味しいし、服は楽だし……あれ?私今ものすごく幸せなんじゃない!?”


 愛しの旦那様に抱きつき、あの時本当に餓死しなくてよかった……と幸せを噛み締めるエリザベスであった。

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― 新着の感想 ―
 最終的に主人公が幸せになったのは良かったです。  謎なのが公爵でした。家ぐるみで虐げておいて、何で「公爵はエリザベスに謝り、連れ戻そうとした」なんて事になるのでしょう?  話の時系列的に、形見の宝石…
結婚はそのまま⁉︎って思ったけど、本人的にはこんな敵しかいなかった国からさっさと離れたかっただろうし、そのまま嫁ぐ事を希望したのかな。結果的に幸せな生活送れてるし良かった。
面白かったのですが、例え本人が望んだとしても、なぜ周囲からは罰としか思われない結婚に至ったのかが分からずハッピーエンドと思えないのが残念です。
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