ー郷愁ー
身の内からあふれ出した霊力が部屋全体を包み込んだと思ったら、客間だったそこはいつの間にか金色の麦畑だった。どこか懐かしさを感じる場所だ。近くにはアカリン達も一緒にいるが、この不思議な空間にいるのはどうやら私たちだけではないらしい。ゆっくりと後ろを振り返る。
「こうやって面と向かって会うのは初めまして、だね」
「そうですね。ずっと一緒だったのに不思議な感じです」
「そうだね。それに、君たちも」
そういって、彼ー安倍晴明は十二天将の4人を見る。その目には寂しさが確かにあった。彼らを通して思い出しているのだろうか、自身が召還した十二柱の神のことを。
「・・・まさか本物の晴明様に会えるなんて」
「というか、ここどこだよ、ですか」
連吾が晴明にへたくそな敬語で聞く。たしかに、ここどこだろう。さっきまで客間にいたはずだが。
「楽な話し方で構わないよ。ちょうど見た目も君らの年齢に合わせているしね」
「それなら遠慮なく」
「それで、ここはどこか、って話だけど。ここは夢と現の狭間の世界、かな。君らの肉体はそのまま現実にあるけれど、精神だけをこちらに呼ばせてもらったんだよ」
やっぱり、すごい人だなーとどこか他人事のように思う。自分の前世の姿なのだが、近しい他人くらいにしか思えない。というか、見た目とかも変えられるんだ。晴明の優しい顔はどことなく竜太郎に似ている。
「きちんと俺自身の口から伝えたかったから」
「先に言っておきますけど、謝らないでくださいね晴明様」
「あぁ、わかってるよ」
彼らに伝えるべきは謝罪ではない。それは私も、彼も理解した。謝罪は許しを請う行為であり、私たちは許されない行為をした。きっと彼らは、そういうことじゃない、と言ってくれるだろうし、望めば許しだって与えてくれるだろう。だが、私たち自身がそれを許さない。彼らの好意を、理解はしても、納得はできそうにないから、自分自身を許さないことで落とし前を付けた。だから、伝えることは、別のこと。
「朱莉、竜太郎、連吾、蒼、本当にありがとう」
彼の横に移動し、共に頭を下げる。
「今まで、受け継いできてくれて、ありがとう」
命を懸けて守ってきてくれた。彼らはずっと、千年もの間。この土地を、術を、そして約束を。その代償に、夥しいほどの血を流し、命を散らして。
「もし、晴明様に会えたら言おうと思っていたことがあるんです」
頭を上げて、アカリンを見る。罵声でもすべて受け止める、その覚悟で続く言葉を待つ。アカリンの表情は驚くほど凪いでいて、心情を窺い知ることはできそうにない。
「あたしが、というより力を与えてくれた朱雀からの伝言というか」
ということは、晴明が召還した神様の方の朱雀から、ということだろうか。
『今度こそ、長生きするのよ』
10歳くらいのポニーテールの溌溂とした女の子の姿がアカリンの姿に重なって見えた。朱雀と最後に交わした言葉が頭の中に甦る。
『お前らには最期の最後まで世話かけるなぁ』
『本当よ。あんた、最後まで人の話を聞かないんだから!人間の寿命がこんなにも短いなんてっ』
悲痛な声で泣いていた彼女が、自らの力とともに後世に継承した言葉。その想いに鼻の奥がツンとする。ふと横を見ると晴明は懐かしそうに笑っていた。
「その伝言、しかと受け取った。ありがとう、当代の朱雀」
当代の朱雀、アカリンは嬉しそうに笑った。一体何人の朱雀たちがこの言葉を受け継いできたのだろう。いつ現れるかもわからない主を待ち続けて。どんな思いで次代に継承していったのか。
「その、僕たちも伝言を預かっているんですけど・・・」
晴明と顔を見合わせる。
「彼らは心配性だね」
「本当に」
六合が言葉を紡ぐ。
『あなたの思い付きの術式、完璧に完成させましたよ』
知ってるよ。あの六芒星の術、完成させてくれてありがとう。
青龍が言葉を紡ぐ。
『無理をするなって言っても聞かないだろうから、死なない程度の無理をするように』
最期まで無理をするなって言われても、聞かなかったからね。折れてくれてありがとう。
騰蛇が言葉を紡ぐ。
『今度は周りを頼れ』
一人で決めるたびに、昔はよく怒られていた。怒ってくれてありがとう。約束する、今度こそーー。
「本当に、俺には勿体ない友だよ。もう少し君たちと語らいたいが、そろそろ時間だ。本来俺は死んだ人間。今を生きる君たちに託すとするよ。もちろん陰ながら力になるけれどね」
私と彼の境が曖昧になっていく。横を見れば彼の姿は半透明に薄れていた。
「他の十二天将も伝言を授かってますから、きちんと聞いてあげてください」
「ははっ、そうか。ほかにも伝言が。4人ともありがとう」
ーまた、いつか
と晴明が囁いた言葉は、麦畑を揺らす暖かな風に流されていった。
いつの間にかこの空間には晴明と私の二人だけになっていた。
「麻結莉、あの時記憶を封印してしまって、済まなかった」
やはり記憶を封じていたのは目の前にいる彼だったのか。
いいえいいえ、と首を横に振る。
「あの時記憶を封じてくれなかったら、私の心は壊れてた。だから、ありがとう、守ってくれて。でももう大丈夫だよ。私にも頼りになる友達ができたから」
「子供が成長するのは早いな」
しみじみする姿は同じ年の少年なのに、どこか老成したおじいちゃんのようで少し笑ってしまう。
「今のお前なら、自力で最後の封を破れるはずだ。けど、さっきも騰蛇に言われてしまったが、耐え切れなくなったら頼ってやれよ」
「うん、わかってるよ」
徐々に姿が見えなくなってきた。
「・・・あぁ、お前の友が呼んでいるぞ。引き留めて悪かった。早く行ってやれ」
その声を最後に、彼の姿は見えなくなってしまった。瞼を閉じると、彼らの自分を心配する声が聞こえてくる。
「麻結莉、聞こえるか?」
「まゆりーん、戻ってきてー」
「そろそろお仕事の時間だよ」
彼らをもう二度と失いはしない、そう決意した。そのための力も手に入れた。守ることができる、この時はまだ、そう信じて疑わなかった。
更新が遅れてしまって本当に、ほんっっとうにすみませんでしたぁぁあああ!




