ー約束の代償ー
翌日の朝、私は一人で二年生の会計コースの教室の前に来ていた。廊下は登校した上級生の話し声でにぎやかだが、それすら耳に入ってこないほど緊張していた。心臓がバクバクとうるさい。ここまで来たはいいものの、ど、どうする。私に初対面の、しかも上級生に話しかけるという技術が果たしてあるのだろうか。
「一年生?こんなところでどうしたの?」
優しそうな先輩が憐れな後輩に話しかけてくれた・・・!先輩の好意を無駄にするな!ただ、呼んでもらえばいいだけ、呼んで・・・
「ああああのっ!卯月先輩を!呼んでくだっしゃい!」
噛んだ。なんだよ「くだっしゃい」って。近くにいた先輩方が必死に笑いをこらえてるよ。逆につらいので声に出して笑ってくださいよ。なんかもう開き直っちゃったよ・・・
「うっ卯月君、ぷふっ、後輩ちゃんが、ふふっ呼んでる」
「・・・聞こえてた」
一秒でも早くこの場から去りたい。
「・・・なにか用?」
「少しお時間よろしいでしょうか。内密に聞きたいことがあって」
「・・・それなら放課後で」
「わかりました。失礼します」
足早に教室から去る。後ろからこらえきれなくなった笑い声が聞こえた気がしたが、気のせいだ、きっと。
あ、話しかけてくれた先輩にお礼言うの忘れてた。後で、卯月さんに伝言頼もう。さすがに引き返す勇気はない。
教室に戻ると、アカリンが何やら不思議そうな顔をしてスマホの画面を見ていた。
「ねぇまゆりん。蒼ちゃんからREINで『今日は僕が送る』って来たんだけど、どうしたの?」
「えっとね、少し卯月さんと話したいことがあってね」
「まゆりんと一緒に帰れないのは寂しいけど、他のみんなと仲良くなるのも必要だからね。今日のところは蒼ちゃんに譲るとしますか」
「アカリン・・・!」
思わずアカリンに抱き着く。もう、幸せで胸がいっぱいです。
「美女二人のハグ、ごっつぁんです」
「朝から暑苦しいな」
美女云々は訳が分からないけれど、暑苦しいとはなんだ。ここは一つ、文句でも言わせてもらおう。
「嫌なら見なければいいのに、連吾」
「あっ連ちゃんおはよ~」
「席が近いから嫌でも目に入るんだよ」
おう、とアカリンに挨拶を返している。ちゃんと「おはよう」って返しなさい。
「お前は俺の母親か」
「何も言ってない」
「わかりやすいんだよ」
「えっわかりやすい?クールビューティーな麻結莉ちゃんが?」
「クールビューティーって言ってて恥ずかしくないのかよ、土屋」
「事実だから恥ずかしくねぇもん」
「あたしでも少ししかわからないのに、なんかく~や~し~い~」
わかりやすいなんて言葉、初めて言われた。今までそんなこと言われたこともなかったから。耳の奥で声が聞こえた。
『何考えてるかわかんねぇんだよ!この無表情女!』
怒り方も、笑い方もわからない。どうしてみんな感情を表に出せるの?
『感情がないんじゃないの?機械みたい』
感情がないなら、どうして今こんなにも苦しいの。
『母親が死んでも泣きもしないなんて、不気味な子』
泣けないことはダメなことなの?お母さんが亡くなって辛くて悲しくてどうしようもなかったけど、涙は一滴も出なかった。こんなに嫌な気持ちになるのなら、感情なんて無くなってしまえばいいのに。
「、、りん。ま、りん!まゆりんってば!」
「・・・っごめん、なに?」
「急に暗い顔になったから。それくらいならあたしにでもわかるよ。どうしたの?」
「っごめ、」
「まゆりん、あたしはまゆりんに謝ってもらいたいわけじゃないよ。言いたくないなら言わなくてもいいけど、一人で辛いなら言ってほしいな」
うんうん、と土屋くんが頷いている。連吾もどこか心配そうな目でこちらを見つめている。きっと竜太郎も、この場にいたら心配してくれただろう。
ここにいる人たちは、ちゃんと私を見てくれる。表情だけじゃない、内側をきちんと見て仲良くしてくれている。それがどれほど稀有なものか。私がいま言うべきものは謝罪ではない。
「ありがとう、みんな。もう、大丈夫だよ」
こんなに良い友人を持てて、本当に私は幸せ者だな。
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今まで心のどこかで思ってた。十二天将のみんなは私ではなくて私の中の彼の記憶を、能力を求めているって。どうせ私自身のことなんて誰も必要としていないって。でも、もうどうでもいい。重要なのはみんながどう思ってるかじゃなくて、私自身が何をしたいかだ。私は守りたい。私自身を受け入れてくれた彼らを。あの場所を。はっきりと自分のなかで答えが出たことで、心の中にあった躊躇いが消えた。
「教えてください。"大罪"と私たちの因縁を。あの三人の過去に、一体何があったのかを」
「・・・紋じぃの勘が当たったな」
「?」
小声で何か言っていたがうまく聞き取れなかった。
「・・・なんでもない。その話、どこで?」
「学校で、七不思議について話していたんです。そのときに三人の様子がおかしくなって」
「・・・あぁ。で?なんで僕に?」
それは、なぜ本人たちに聞かないのか、ということだろうか。
「聞きづらくて」
「・・・誰も教えてくれなかったんだ」
卯月さんの言葉がぐさぐさ刺さってくる。それは気づかないようにしていた事実で。でも、ここで立ち止まってはいられない。
「みんなが話してくれないのは、きっと私を思ってのことでしょう。ですが、私は守られるだけの存在にはなりたくはない。受け身でいるのは、もう辞めたんです」
「・・・覚悟があるなら着いてきて」
「はい」
桜並木を通り過ぎて向かったのは、道端に停めてあった黒塗りの車。わかります、もう慣れました。とほほ。
車中では終始無言のまま。車が止まって降りた先はなんと、大きなお屋敷の、これまた立派な門の前。内心びくびくしながら、卯月さんの後を追って石畳の上を歩いていく。時代劇に出てきそうな和風の建物である。築何年くらいだろう?玄関に入ると、そこにはなんと大図書館で会った以来の紋じぃがいた。
「お帰り、蒼。そしてようこそ我が家へ。お嬢さん」
「・・・ただいま。紋じぃ」
「お邪魔します」
「それじゃあごゆっくり」
そう言って紋じぃは去っていった。今「我が家」って言った?卯月さんのお家じゃないの?あ、でもさっき「お帰り」って言ってたし・・・。
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか客間のようなところに着いていた。
「・・・適当に座って」
「あっはい。失礼します」
卯月さんはゆっくり瞬きをすると、語り始めた。
「・・・あの三人の過去について話す前に、まずは”大罪”について説明したほうがいいかな。
”大罪”の目的は、この地に封印している九尾の力を奪うこと。九尾の力を消滅させるための”六芒星の術”が完成する前に奪おうとしている。そうすると封印に霊力を流し、守ってきた僕たちは当然邪魔だ。長年に渡って僕たちは戦ってきた。けど、僕たちが勝ったことは一度もない。多くの人たちがこれまで犠牲になってきた」
私の中の彼が泣いている。自分のせいだと、巻き込んでしまったと。あぁだからか。だから彼らは私に何も言わなかったのか。私よりも彼らの方が理解している。けど、知らなかったで済む話ではない。私は、私たちは知らなければならない。自分の願いが、約束が及ぼしたものを。失われた命を。
「教えてください。どうか、包み隠さず」
ーーーすべてを。
「・・・僕が把握しているものなら。直近から言うと四年前、当時の勾陳の力の継承者だった人が亡くなった。そして君の知りたがっていた3人の過去についてだけど、5年前にある事件が起きた」
「ある、事件?」
「・・・当時の騰蛇と青龍、そして朱雀と太裳がある晩、忽然と姿を消した。見つかったのは翌朝、生きていたのは騰蛇と太裳だけだった。先代の騰蛇は連吾の兄。生きてはいたけど、両足がなくなっていた。太裳はかなり衰弱してたけど、五体満足で発見されて、今も十二天将として戦ってる。亡くなった先代の青龍は、竜太郎の母親。損傷がひどくて、家に帰らせてあげることはできなかった。もう一人亡くなったのは先代の朱雀だった、朱莉の姉。もともと体が強い人ではなかったから、ひどく衰弱していて、発見されたときにはもうどうしようもなかった」
何が、彼らを守る、だ。私が彼らに消えない傷を負わせてしまっているではないか。直接手を下したのは確かに大罪だ。しかし、その原因は私だ。そもそも俺が生まれてきたことが間違いだったんだ。俺さえいなければ、彼らは普通でいられたんだ。俺が・・・
「違う、お前のせいじゃない」
「まゆりんは悪くない」
「自分を責めないで」
「み、みんな・・・どうして、」
どうしてここに?
「まゆりんの様子がなんだかおかしいし、蒼ちゃんから変なREINが来るし、気になってついてきたの。勝手にごめんね」
朱莉が私を優しく抱きながら謝ってくる。
「でも、ついてきて正解だったね」
竜太郎が私の頭を撫でながら、優しい声で言う。
「まったく世話が焼ける」
連吾が呆れながら私の額を小突く。
「わっわたし、みんなに合わせる顔が、」
「何度も同じことを言わせるな。お前のせいじゃない」
「まゆりんも、晴明様も悪くないよ。だから絶対に謝らないでね」
「誰もあなたのせい、なんて思ってないので」
ー麻結莉、少しだけ俺に時間をくれないか?
ーうん、いいよ。
ーありがとう
私の中の彼がお礼を言った瞬間、その場の空間が高密度の霊力で覆われた。
短編「女騎士は衛生兵に恋をする」のスピンオフ作品「第六王子は敵国のメイドに恋をする」を投稿しました。全3部構成です。「恋をする」シリーズ、よろしくお願いします。
重たい話の後に番宣いれてすみましぇん。




