表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

海賊の港

 肌にべたつく湿気と夜の闇に、ランタンの灯りとむさくるしい男たちの汗、更に酒の匂いをこれでもかと混ぜ込んで、ごちゃごちゃと木製の建物が立ち並び、そこらかしこで喧嘩の騒音が聞こえてくる場所こそが、乗員を集めるために停泊した海賊たちの港、シーウィースだ。もうこちらの世界に来て一週間は経ったかというくらいの頃に到着し、ニオもエルビスも、ここでなら同業者の船を盗んでいくような愚か者はいないと酒場に繰り出していた。海軍はいないのかと、もしくは襲ってこないのかと心配にしていたら、日本で言うところの汚職の様な汚い金がシーウィースから海軍へ秘密裏に流れており、黙認されているらしい。


 ということで船と海軍の心配をせず、初めて訪れる海賊の港とまだ飲んでいなかったこの世界の酒を楽しみにしていた青葉だが、フィン共々エルビスから直々に命令が下されていた。船員を集めろと。


「そうは言っても、何の当てもなかったのかよ……」

 フィンと二人、相変わらず手を繋いでシーウィースの賑やかというより騒々しい港街で途方に暮れていた。てっきりニオが探していたり、昔の仲間だとかエムロードが話をつけておいたのかと予想していたのだが、船員に必要な大雑把な条件だけ書かれた羊皮紙を渡されただけだった。

「大丈夫なんて言えないけど、頑張ろう?」

「だけどなぁ」

 余裕のある服装で体の僅かな凹凸すらも隠した男装姿のフィンはいつもより前向きだが、空手じゃどうしたらいいのかわからない。ちなみにだが、男装するにあたってニオからも色々と指摘され、頭には土方の様にバンダナで髪を隠し、プレゼントした髪飾りは魔法のかかったお守りとして紐を通し首から下げている。船員が集まればできるだけ口数も減らすようにも忠告されていたので、もうばれることはないだろう。


 それはともかく、難しくても船員集めはエルビスからの初めての命令なのでどうしてもこなさなければならない。できなくても頑張りましたじゃすまされないのは日本の社会でも同様だが、ここでしくじってはこの先の航海においてIドロイドが使えるだけの役立たず認定されてもおかしくない。

「とはいっても、歳をとっていなくて、戦いに役立ちそうで、尚且つ海賊としての経験も豊富な男四十人弱って、結構な無理難題だろ」

「そうでも、ないかもよ」

 なに? とポジティブなフィンの理由を聞けば、ウトピーア海賊団のエルビス・ジークラットとは黄金の嵐の別名で知らない海賊などいなく、海軍の下で働いていた時も世界で五本の指に入る船長として語られていたらしい。

「だから、大声で船長の名前を言えば……」

 そんな簡単にはいかないだろうと、自分とフィンを見て頭を掻く。確かにそこまで語り継がれているエルビスが海軍の下を離れて、正式な海賊としてまだ見ぬ宝へと航海を始めたと知れば、どんどん志望者が来るだろう。だがエルビスはどこかの酒場で久しぶりの酒だと浴びるように飲んでいると、ついさっきニオが酔っ払いながら経過を見に来た時に言っていた。なにやら視線が定かではなかったが、そのまま頑張ってと別の酒場へ入っていったきり戻ってこない。つまりここにいるのは、海賊のかの字も知らないような見習い二人組なのだ。それも、フィンが男装しながら手を繋いでいるので気色悪い性癖の二人組に見えるだろう。その二人組が大声でエルビスの船に乗らないかと騒いでも、頭のネジが外れたホモカップルの妄言としか受け取られない。エルビスの名を出すのは、そこら辺をクリアしてからだ。


 などと、どうしたものかと理系の大学では習わなかった問題に悩まされていたら、肩をポンポンと叩かれた。見やれば、筋骨隆々かつカトラスで斬られた傷と銃創だらけの若い男たちが数十名、青葉とフィンで間違いはないかと緊張していた。

「まさしくその通りだが、おたくらは?」

「それは、その……」

 十数名の男たちは、全員が仲間というわけではなさそうだったが、全員が青葉とフィンを相手に言葉を選んでいる。こんな見習いの若造二人に。

 その中から、通してくれと茶髪を荒く伸ばした無精ひげの男が出てくると、繋いでいる手を見てニヤリと口角を上げた。

「えー、お初にお目にかかりますが、わたくしことメダルカ・ローラントは先ほどとある酒場にて伝説の船長エルビス・ジークラットと出会ったわけでして。いくら飲んでも酔わないエルビス船長に取り入ろうとした若輩者でござんす」

 やけに芝居がかった口上のメダルカと名乗った男は、左耳に金色の耳輪をつけていて、並んでいる船乗りと同じように日によく焼けた顔をしている。

「で、ここからが重要なんですがね? なんでも海軍を離れて俺たち海賊の仲間入りをするらしいじゃないですかい。そこで無敵のエルドラード号に乗せてくれと頼みこんだんですが、どうも今晩は飲むのと食うので忙しいと跳ね除けられまして、どうしてもというのなら、シーウィースのどこかにいる男同士で手を繋いでいる二人組に話を通せとおっしゃったわけですわ。ここにいるのはそれを耳にはさんだ船長が捕まるなり処刑された船なき海賊たちでさぁ」


 ちょっと怖いとフィンが青葉の陰に隠れて、誤解しないでくだせぇなどと慌てているメダルカと周囲の海賊たちを見てエルビスの魂胆を理解した。

「要するに、自分は飲んで食って騒いでいたいから、自然と集まる海賊たちの相手をしろってことかよ」

 そういえば男同士の付き合いは処罰の対象になるだとかニオも言っていた。青葉とフィンは陸にいるだけで珍しく目立つ二人組であり、エルビスも非常に人の目を引く存在だ。この役割をニオに任せられない理由がまさしくこれだ。自分と同じくらい目立つ仲間に面倒事を押し付ける。おそらく、ある程度は酒を飲みながら一人一人記憶しておいて、あとで帰ってきたら集まっている中から選ぶのだろう。心の中で了解しましたよと頭を下げておくと、目の前の男たちをどうしたものかと悩む。とりあえず、ここはどちらの世界でも共通なやりかたを選んだ。

「ええ、とりあえず集まってくれた人の名前を確認しておきたいので、一列に並んでくれますか。ペンとインク、それから羊皮紙はありますので」

 こんなふうに察するのもエルビスの考えに含まれているのかもしれないと思うと、底のしれない人だと、若干恐怖を覚えた。



 結局その夜は五十人ほどが羊皮紙に名前を書いてエルドラード号の前で待たせていると、聞いた通り顔が高揚すらしていないエルビスがベロンベロンに酔っ払ったニオを担いで戻ってくる。それから一人一人その顔や体つきを見ては吟味している。

 記憶が正しければ一層ある砲甲板には二十門の大砲が設置されていて、甲板にも十門ある。戦いとなれば全部使うことになるかもしれないので大砲の数の合計三十人と、乗り込んだり船を守ったり、船長に代わって指揮したりする一等航海士も必要になってくるので、四十人以上は必要だろう。

「ハンモックが足りないが、背に腹は代えられないな」

 あらかた吟味したエルビスはニオを青葉に任せると、マントを夜風にはためかせてエルドラード号へと甲板からおりた階段を登っていく。


「全員、俺についてこい」

 横目で低く、それでも耳に響く声と、その後姿には不覚にも胸が高鳴った。それは他の海賊たちも同じようで、エルビスが舵を握る頃には、命令もなく帆を張って真ん中のメーンマストの上にある三点鐘という四時間おきの時間を知らせる見張りのような当直にも人が回った。フィンも船に戻れば海軍の船に乗っていた頃の経験とこの一週間で学んだ構造から動いており、青葉と酔いつぶれたニオだけが取り残された。だが、すぐにエルビスから声がかかり、ニオを抱えて階段を登るとコンパスを見せてくれと要求した。

 ここはひとつ、周りの海賊に負けないよう、自分なりの役立つところを見せようと、山ほどあるIドロイドの機能から選び抜いたものをONにした。


「必要かどうかわかりませんけれど、周囲の風速やら湿度……この世界で言葉にするなら風の強さと向き、それと湿気も一目でわかるようにしておきました」

「そこまでできるとはな。感服するし大歓迎だ。それを言われずとも成し遂げたお前のことは特別航海士とでもしておこうか」

「一等航海士ではなくて、ですかね」

「経験を積めば考えてやる。それで、ピッタリ北西はどっちだ」

 Iドロイドのごちゃごちゃした画面はエルビスでも見にくいのか直接聞かれると、指でさした。

「よし、しばらくお前はここにいろ。さて……お前たちも準備はいいか!」

 船の端まで轟く大声に何歩か後ずさりながらも、船員たちは一斉に雄たけびをあげている。中にはピストルをぶっ放す奴もいた。

「これよりエルドラード号は進路を北西にとって、海賊の港街を転々としながら宝の情報を集める! メーン、ミズン、フォアマストを張って出港だ! 行くぞ、野郎ども!」

 これが本当の海賊の姿なのだと感動しながら、エルドラード号は波止場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ