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魔法にかけられて


 フィンは、砲甲板のすみで膝を抱えていた。牢屋の中から変わらないボロを着て、顔も髪も洗わずに、相変わらず灰かぶりの姿で。

 青葉はどうしたものかとまた考える。彼女などいなかったし、若干女嫌いなのではないかと自分でも思うことはあるが、なんとなくフィンは違うような気がした。化粧もしていないし、流行りの服を着ているわけでもない。そんなありのまま汚れているだけの姿が、どこか美しく見えたと、今になって――たぶん、女だとわかった時から感じていた。

 だから、ありのまま話そう。

「陸が怖いんだよな」

 ニオから何か聞いていたのだろう、空気を察したのか、フィンは出会っていちばん俯いている。そんな様子を、青葉は隣に座って背中をポンと叩いて励ました。

「正直に言えば、俺に女心なんてものは欠片もわからない。だけどな、わかろうとは努力しているつもりだ」

 エルビスが帰ってくるまで、嫌というほど問答してきたが、あれはどことなく急いでいて、フィンのことを深く考えていなかった。人と接するうえで大事なのは、相手を思いやることだというのに。

「だから、お前もほんの少しでいいから努力してくれないか。この世界で初めて知り合ったフィン・フィアーラという女性のことを詳しく知るために」


 海の様な青い瞳を見つめて、本気だと伝わってくれるように真剣な眼差しで見つめる。これではまるで告白だ。それでも薄暗い砲甲板でよかったと赤くなっているであろう顔を隠しながら全て伝えきれた。言葉に乗せた想いが伝わっただろうかは、フィン次第だ。

 その後、少しの間、静寂が流れた。別に嫌なものではなかったし、なんとなく落ち着くような、感覚……この感覚はなんだろう。フィンの近くだと、体から力が抜けるような、この感じは。

「一人、だったから」

 と、自分の中のいびつな感情を紐解いていたら、フィンが小さな口を開いた。

「子供の――まだ六歳くらいの頃、私の親は流行り病で死んだ。それから孤児院に入れられて引き取り手を待っていたけど、誰も私には見向きもしなかった」


 こんな怖がってばかりで、汚れた私だからしょうがないよねと口にしたフィンの頬を、透明な雫が伝っていた。気付いていないのか、拭うこともなくとめどなく流れていた。

「だからかな……孤児院のおばあさんが何度も怒って、殴られたりしたのは。他の孤児の引き取り手が見つかるたびに、孤児院のおばあさんは私をいじめた。ただ飯を食らう、見ていて嫌気がさす存在だからって」

 だから、フィンは十四歳の時に孤児用の服が入っている戸棚から男物の服を盗んで、出港直前の海軍船に紛れて乗り込んだと。

「本で読んだ、自由の海に憧れて逃げた私だったけど、待っていたのはしごきという名の重労働だった。二人で運ぶべき荷物も、私がいたらもう一人必要になる。何度も殴られて、港に着くたびに逃げようとした……でも、できなかった。海ですらこれなのに、陸でこんな私に出来ることなんて、何一つないから」


 それで、二十歳の誕生日を初夏の日差しを受けながら迎えていたら、胸のふくらみを指摘されて、身ぐるみを剥がされたと。そのまま騙していたなと殴られ蹴られ、その果てには何度も犯され、医者に無理やり傷の跡をなくしてもらったら、侵入者として捕まって、あの牢屋にいたと。

 これがほんの少しの努力だと言い終えたフィンの涙はまだ止まらない。結局自分にはいるべき場所なんてないのだと。


「そんなことはねぇよ」

 ポンと、今度は灰色の頭に手をやった。女慣れしていないのに、不思議と緊張もしなかった。あるのはただ、ちょっとした温もりと、知らない感情を教えてくれたフィンへの気持ちだけ。

「もしお前がいなかったら、俺はあの牢屋で船長にも気づかれずに、ただ断頭台で首を跳ねられていたかもしれない。だって、あの時俺はニオの援護もエムロードさんたちのことなんて知らずに、裁判官へ自分とフィンだけを守るって心に決めていたんだからさ。それに、お前が船に残るって決めたから、俺もそうした。だから――」

 いるべき場所はあると、そう伝わってほしかった。それでもまた俯きそうなフィンに、咄嗟に思い出してポケットの髪飾りを取り出す。

「これは……?」

 真鍮といえば高級品だ。きっとフィンなら見たことすらないだろう。だから、嘘をついた。優しい嘘を。

「これはお守りだよ。持っていれば、そうだな……俺が必ず守りに行くお守りだ。それと俺の世界なりの魔法をかけておいた。とはいっても、他の海賊たちが乗ってきたら付けていられる暇なんてないだろうけどさ、その灰色の髪に似合うと思って、宝の山から持ってきた」

 だからつけてみろと促すと、ぎこちない動作で右耳のあたりに白い羽の髪飾りが飾られた。鏡がないので、Iドロイドのインカメラを作動する。

「はは……汚い私には、似合わないよ」

 そう言って俯きかけた時、待っていましたとばかりに青葉はフィンをもう一度画面に映す。昔流行っていたプリクラとかいうゲームセンターに置いてあった物を、より高度な技術で写真機能の一つに搭載させた、どんなブスでも美人になれるもの。そこに映ったフィンの顔からは汚れが消えて、目も大きく映って、乱雑に伸びていた灰色の髪が整っているように見える。そこに髪飾りが合わさって、しばらくフィンは見惚れていた。


「言っただろう、魔法の髪飾りだって。その姿なら、一人にはなりたくてもなれねぇな。なにせ男なら全員が二度振り返るだろうから」

 だが、どんな美人でも臭うと男は避けていく。女も同様に。だから、一人になりたくなかったら、一緒に行こうと手を差し出す。戦えないのなら二人して隠れていればいいし、最悪逃げる時も一緒に泳いで逃げようと。

「なん、で?」

 涙を青葉が拭ってやると、フィンは自分一人になんでここまでするのかと呟く。

「なんでか、か……そうだな……んー……」

 一緒にいると落ち着く。けれどそれだけでは言葉が足らない気がする。とはいっても、他の理由なんて靄がかかっているように見えない。そうしてしばらく黙考すると、思わずはにかんで答えた。

「俺にもわかんねぇ」

 青葉の真っ直ぐな気持ちを込めた、わからないという言葉。だが、それがフィンの心に届いたのか、可笑しいねと泣き止んでいた。

「……私、もう一度陸に上がるよ。魔法なんてなくても、そんな美人になれるようにお風呂にもいく。でも――」

 恥ずかしそうにしたフィンは、静かに青葉を見た。

「手を、繋いでいてほしい。陸にいる間、慣れるまでずっと」


 正直に、ありのまま話すとは時に人を傷つける。しかし、今回はよい方へと転んだようだ。

「では行きますか、お嬢様」

 からかってみると、初めてフィンが微笑んで、お姫様なんかじゃないと口にする。

「宝を売りさばくのは手を繋いでいられるが、試着室だけは一人で頼むぜ?」

 当然のことだが、フィンは忘れていたようだった。それくらいなら大丈夫とフィンは微笑んだまま甲板に上がり、エルビスとニオが繋いでいる手を見て、どこかホッとしていた。

「なら、三人で行ってこい。俺はここで待つ」

「そういうわけだから。行くよ、お二人さん」

 茶化されて顔を赤くしながらも、フィンは陸へと一歩踏み出した。




 最初に流れ着いた港街程とは言えないが、スウェンは活気に満ちていた。取れたての魚を寅さんの様に捲し立てるような口上でたたき売りする魚屋や、日用品から雑貨まで取り揃えている露店などが入り江から小さなボートでやってきて視界いっぱいに映る。港からしばらく先まで、露店が軒を連ねているようだ。

「そういえば何も食べてなかったね。今は少ししかお金ないけれど、なにか欲しいものはあるかい?」

「なんでもいいのか?」

 二言はないよと格好つけたことを後悔させてやると、一番高いウナギのかば焼きを指差した。

「ああ、あれね。三人分として、三本でいいかな」

 驚くかどうかと期待を寄せていたが、ニオはさっさと会計をすませてフィンと青葉に渡した。

「金、あるじゃねぇか」

「ボクにとっての少しが、君とは違うだけだよ」

 一本取られたとウナギを食っていると、味は元の世界と変わらない。文明が遅れているのに同じ味なのは、異世界だからだろう。そんな風に食べながらも、フィンへ右手を預けている。体も近寄られて、ほぼ密着状態だ。臭わなければ、いい気分だったろうに、などと天を仰いで、裏の取引とやらが行われる貧民街へと手を繋いでついていった。



「先に忠告しておくけれど、余計な口出しはしないでね。ボクが取引を進めるから」

 ついてきた人気のない路地の真ん中に、壊れかけの家屋が一件ある。どうやら海賊と繋がっている裏の人間たちは、陸では目立たないようにしているようだ。

 ドアなどはすでになくなっている入り口を通ると、丁度目の前に机と椅子に座った黒ずくめの初老の男、それから屈強な男たちが数名控えている。

「滅んだはずのウトピーア海賊団からの取引と手紙で読んで、目を疑いましたよ。まだ再起するほどの力が残っているとはね、と」

 どこかから手紙を出していたようだが、今はフィンと静寂を保とう。心なしか、握るフィンの手は強くなっている。

「それで、今回お売りいただける商品は?」

 聞かれ、青葉に合図が送られる。机の上いっぱいに二つの袋を置くと、周りの男も含めてどよめきが走った。

「無敵のウトピーア海賊団が完全に再興するためには、それだけあってやっとといったところかな?」

 煽るニオだが、相手は袋の中身を見て引き下がった。

「それじゃ、値段をつけてもらおうかな」


 完全に立場はニオが上になっている。初老の男は一つ一つ見ていたが、これだけあっては一日かかると投げ出して、貨幣相場はわからないがフィンがピクリと震えるほどの金額を提示した。

「ま、そんなところだろうね。でもこれから先も懇意にさせていただきたいのだけれど、どうかな」

 まだ巻き上げるつもりかと相手も冷や汗を流しているが、ニオは不敵に笑うだけだ。

「ここがだめなら、次はどこにしようかな」

 とどめの一撃とばかりにニオが口を開くと、金色の硬貨が山のように積み上げられていく。それを、ニオは手間賃を払ってエルドラード号まで秘密に送るように要求すると、取引は終わった。

 なんというか、言葉が出ない。帰り支度と運ぶ準備をする初老の男と屈強な男たちは、こんなに小さいニオ一人を相手になにもできないのだから。金の力は世界を超えても通用するらしい。

「さて、次だね」

 運んでもらう分からいくらか金色の硬貨、おそらく金貨を数枚手に取ると、懐から取り出した今にも穴が開きそうな財布にジャラジャラと落としていく。

「服と武器一式を整えたら、お楽しみのお風呂の時間だ。さっさと行こう」

 金はニオが出しているので逆らうなどと頭に浮かばず、手を繋いで服屋へと薄暗い貧民街を出ていった。




 お次に到着したのは、道中で聞いた金貨の価値の割には普通の服屋だった。ニオ曰く、どうせタールと塩水で汚れるから、厚手の物と薄手の物をそれぞれ三着ずつ買って、海賊らしく腰巻でもしておけば問題ないという。

 店に入ると、早速ニオが服屋の主人を呼んだ。奥から出てきたのは眠そうな男だったが、金貨の詰まった財布の中を見るなりぺこぺこと頭を下げて用件を尋ねている。

「この二人に合う船乗り用の服を上下セットで厚手と薄手の物を三着ずつ頼むよ。下着は五着らいかな。あと、こっちで採寸してあるから、参考にしてね」

 一枚の羊皮紙に数字が羅列されており、主人は奥から女どもを呼ぶと、いったん手が離れることになった。


「少しでも早く戻るから!」

 今にも震えて泣きそうなフィンを見やりながら、店員へ急かすように要求すると、かしこまりましたと何着か持ってくる。それを臭くてたまらないTシャツとジーパンを脱いであらかた着終えると、すぐに問題ないと伝えて会計の方へと商品が回っていく。そのうちの一つは身に着けておけと、どこからかニオが出てきて言うので一式手に取ると、素早く着替える。

「背が高いからかな、似合っているよ」

 姿見に映る自分の姿は、赤くて薄い長そでと、紺色のズボン。両方とも動きやすいように手首などに余裕があり、黒い腰帯は海賊らしくて気に入った。

「青葉!」

 と、自分の姿に見とれていたら、フィンが涙目で駆け寄って来て抱き着かれる。フィンも似たような服装だったが、店内で抱き合ってなどいられない。すぐさま手を握って落ち着かせると、店員の女たちは微笑んでいる。

「じゃ、次は武器だね」

 会計を通り過ぎる時に金貨を一枚置いて、指定の場所に運んでおいてと伝えて、釣りはいらないとだけ言うと、店員たちは頭を下げて見送ってくれた。



 服屋が質素だったから武器屋もそうなのかと思っていたが、ちゃんとした内装に、煌びやかな武具たちが並ぶ高級店だった。なんでも、慣れていればどんなピストルや鈍でも戦いになるが、素人ならばできる限り一級品を持たせた方が活躍できるらしい。だが、エルビスから殺すなと言われている以上、威嚇くらいしか使い道はないのだが。

「カトラスはこの長いのと短いのを。ピストルはそれぞれ二丁あれば十分かな」

 店員の言葉など無視して海賊としてたたき上げのニオが決めたカトラスとピストルは光沢があり、またしても金貨を置いて出ていった。今回は数枚に増えていたが。



 さて、今日のやることを終えて、いよいよお楽しみの共同浴場へとやってきた。三日間濡れたまま着っぱなしだったTシャツとジーパンとトランクスは元いた世界を思い出せるようにとっておくとして、いざ大浴場へと日が傾いてオレンジ色の空の下、湯気の出ている建物に三人で入った。その刹那に、ん? と目を疑った。

「どうしたんだい? お風呂代くらいなら出すよ?」

 そう口にするニオはニヤニヤとしている。まさか、フィンを連れてきたことが仇になろうとは思いもしなかった。

「暖簾がない……」

 共同浴場へと続く廊下は一本道で、脱衣所も分けられてはいないようだった。だから、フィンも大丈夫と言えたのか。

「青葉の世界はわからないけど、私、ここで綺麗になって魔法よりも美人になるから! ……だから、お風呂の中でも手を繋いでいてね」

 恥ずかしながら、若干の女嫌いのせいと女運がなかったので、彼女がいたことすらなかった。顔は良いのにとよく言われてきたが、趣味が古すぎるので、女友達は多くても、当然童貞である。ファーストキスも結婚式まで取っておくつもりだった程だ。そんな自分が混浴だと? この世界では当たり前のようだが、青葉にとっては嬉しいようで嬉しくない、それこそ言葉にできない心境だった。


「やっとお風呂だね。大きな港町にしかないし、船長は綺麗好きだから冷たい川の水で体を洗わされることもあるから、たっぷり浸かるといいよ」

 男女共同だけどねと、悪そうな顔でニヤリと笑いながら青葉にそう付け足した。

 異世界人というだけで、読まれていたというのか……頭はよくて歳も上でも、育ってきた環境がまるで違えば、そんなものは無力だと、強く握られているフィンの手のひらの感触を感じながらため息を付いてしまう。しかし、抗うことはできるはずだ。

「フィン、俺のいた世界では、基本男女は別々に風呂に入る」

「なんで?」

「特に恥ずかしくもないはずなのに、なんでだろうね」

 この際男であるニオは放っておいて、フィンの肩に手を置くと真剣に口を開く。


「着替えるのも風呂に浸かるのも、背中合わせにしてくれ」

 もちろん手は繋ぐと付け足しておくと、ニオはどこかつまらなさそうな顔をしたが、まだ余裕が感じられる。だが、とにかく今は女であるフィンの説得が優先だ。

「わかってくれるか? 文化の違いなんだ」

 真剣な思いが伝わってくれたのか、そんなに恥ずかしいのかと疑問を顔に浮かべながらも了承してくれた。

「ボクは支払いをしてから行くから、二人で先に満喫してて」

 なにが満喫だと文句も言いたくなるが、理性を押さえられるだろうかという方が心配でたまらない。変にかしこまって生きてきたのと、性に対する考え方が変わってAVとよばれていた物もなくなった社会育ちの青葉は、隣でくっ付いてくるであろうフィンの背中を想像しただけで激しい動悸が収まらない。


「そ、それじゃお互いに向こうを向いて着替えよう」

 コクリと頷いたフィンに安堵しつつ、共同浴場へと続く脱衣所の籠の中に買ったばかりの服とTシャツとジーパンを別にしておく。

「着替え終わったか?」

「終わったけど、どうやってこの体制のままお風呂に行くの?」

 しまった、それを忘れていた。この際カニ歩きで行くか、なんて考えていたが、フィンにとっては男の裸など見慣れたものなのだ。

「俺が先に行って外に向いて浸かっているから、その後ろに来てくれるか」

 少し手が離れるが大丈夫とフィンが言ってくれたので、恥ずかしいが裸の後ろ姿を見せながら貸しだしていたタオルを持って風呂に浸かる。そこらにある銭湯と同じくらい広い共同浴場には桶もあるので、フィンの方さえ見なければ頭も洗える。

「じゃ、入るね」

 一歩一歩近づいてくる音がホラーゲームの様に感じながら、フィンは真後ろに浸かると、湯船の中で青葉の手を探した。それを見つけると、陸にいる時より柔らかい手の感触から、あまり怖がっていないようだ。


 それにしても、いい湯だ。三日間風呂なし着替えなしだったから余計に体がほぐれる。

「その、ありがとね」

 ふと、後ろからフィンの声がする。

「こうして、ずっと手を握ってくれて。お風呂まで無理に付き合ってくれて」

「あのままだったら船長に追い出されていたから、仕方がなかったんだよ」

「声が上ずっているよ?」

 この場合、精神的に優位なのはフィンだ。今の青葉では、理性を押さえつけるだけで精いっぱいなのだから。

「魔法も見せてくれたし、髪飾りもくれた……実はあの髪飾りがね、初めて人から貰った物だから、嬉しくて……こっちまで照れてきたけど、とにかくありがとう」

「そ、そんな、気にするなよ。あれは魔法と言ったが、Iドロイドの機能の一つで……」

 それでも嬉しかったと、フィンは優しい口調だ。

「頭も洗って綺麗にしたら、髪飾り、付けてみるね」

「好きにしてくれ」


 ぶっきらぼうになるのはしょうがない。混浴など初めてなのだから。それも同年代と二人きりとは。早くニオは来ないものか。

 そんなことを考えていたら、ようやくニオが来たようで、フィンの体が見えない程度に振り向くと、思わずむせた。

 平坦な胸にドラム缶の様な体つきでも、男ならついているはずの物がついていない。

「お、お前! 女だったのかよ!」

 今日一日の会話を思い返しても、ニオは男のはずだった。ということは、ここまで先を読まれていた上に、嘘までつかれていて、見抜けなかったのか。

「想像通りの反応ご馳走様。なにせボクの趣味は人をからかう事だからね。丁度この世界に疎い青葉は滑稽だったよ」

 などと馬鹿にしながら湯船に浸かると、正面へと泳いできた。とっさに目を瞑ったが、透明なお湯は凹凸のないニオの体を隠すことなく目の中に焼きつかせた。

「んー、ここから見える範囲だと、体つきはたいしたものだね」

 きっとじろじろ見ているのだろうが、恥部はタオルで隠してある。

「背も高いし、案外女が寄ってきたりね」

 それを聞いてか、フィンの握る手が強くなった。焼きもちでも焼いているのか? それは思い上がりか。


「それじゃあ逆に回って……うん、やっぱりボクと同じ体系だ。胸もお尻もね」

 そこだけ強調するなと心の中で叫んで、もうこの際開き直るかと肩の力を抜いた。

「それで、さっきは湯船に浸かりながらニオのことを教えてくれるとか言っていたが、どうなんだ?」

 あくまで前を向きながら聞いてみると、楽しませてもらった分話してあげるよと、そのままの声音で言葉を紡いだ。

「十歳かそこらの時かな、普通の港街でなに不自由なく暮らしていたんだけれど、海賊たちが攻め込んできて、大人の男は殺されて、女と子供は荒縄で縛られて連れていかれたんだ」

 予想していたより数倍過酷な過去を、ニオはさも当たり前のように口にしている。

「大人の女は老人を除いて海賊間の取引――まぁ、女の体という商品として売られていたね。ボクのような子供は一部の変態を除いて、体が成熟していった女の子から売りに出されて、それまでは奴隷みたいな扱いだったかな」

 どう返したらいいのか、わからない。あまりにも壮絶すぎる過去で、それが話からするに数年前までは続いていたのだから。

 フィンも黙っていると、ニオはそんな時に救世主が助けてくれたとテンションを上げた。


「当時、まだ海軍の下にいた船長が仲間を伴って助けてくれたんだ! あの時の風に揺らぐ黒いマント姿は忘れられないね。その時に、この世界に生まれて久しぶりによかったと思えたんだ。でもね、それから恩返しと、行く当てもないのが重なって船長についていったけれど、どうにも壊れちゃっていたみたいなんだ」

「壊れた?」


 そんな問いに、うんと頷いたのか、湯船に波紋が生じた。

「十代のほとんどが奴隷生活だったからね。自分の感情とか、相手の感情とか、なんだかどうでもよくなってさ。人を殺すのにも躊躇がなくなっていたよ。それにちょっと前までは今よりたちの悪い嫌がらせをして楽しんでいたんだけれど、それだと船長に嫌われるから慎んだんだ。なんていったって、ボクの英雄だからね」

 誰しも、二十年生きていればなにかを抱えて生きている。そんな当たり前のことを、こんな場所で思い知らされるとは。

「俺でよかったら、その、からかわれてもいいぜ」

 恥ずかしいような痛いような台詞に笑い声が聞こえると、もう少し浸かったら戻ろうかとニオが提案した。

「船長はああ見えて、寂しがり屋だからね」

 三人だけの秘密と、この前も似た取り決めがあったなと思いながら約束すると、女二人を先に髪を洗わせて、出ていったら桶からお湯を組んで頭から被る。シャンプーなどないが、気にはならないだろう。

 そんなこんなで、バタバタと忙しかった異世界生活三日目は過ぎていった。


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