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初めてのお宝

 翌日、あのまま寝っぱなしだった青葉は目の前の世界が夢だと勘違いして二度寝しようとしたが、船体が大きく揺れて意識がハッキリとしてきた。

「おお……本当に海賊船にいるんだな」

 などと起き上がって埃をかぶっている砲甲板の大砲やら柱やらをうっとりしながら見ていると、背後から急に遅いよと声がした。

「なに?」

 と振り向いたが、だれもいない。

「こっちだってば」

 また後ろから声がして振り向いても誰一人立ってない。だがこの声はニオのものだ。

「前と後ろ、次は……」

 上か! と見上げても蜘蛛の巣が張った天井しかなく、逆に下からの視線に気づいた。やけにジロジロとニオの紫紺の瞳が見上げている。

「朝からなにしてんだ」

「もうすぐ昼間だよ」

「あー……アラームつけてなかった」


 アラーム? と聞いたことがないであろう単語に疑問を浮かべたニオへ、自慢げにIドロイドを見せつけてやった。

「こいつが俺の指定した時間にうるさく騒いで起こしてくれるんだぜ? それに一分一秒も狂いはないし、止まったりもしない」

 異世界なので元の設定だと狂いが生じていたが、牢屋の中で時間を知らせる鐘があると知り、それに合わせて再設定した。

「ふーん、なにかと便利、というか便利すぎて窮屈だね」

「その価値観は大切だから覚えとけよ? 万が一俺の世界に転移した時に忘れると、便利という名の壁に挟まれるからな」

 便利になりすぎてIドロイドしか持たない人が社会問題になっていたのだ。万が一震災なりIドロイドの故障があってはなにもできる事などないので、常に鞄一つくらいは持ち歩くべきだと。青葉はそんな世界から抜け出して三日目になり、こっちの方がしっくりくるなと感じていた。


「それで、さっきから何してるんだよ」

 会話の途中でも青葉の周りをクルクルと回って見ているニオは、採寸とだけ答えた。

「もうターリアに着いたからね。フィンの分は終わらせたから、起きるのを待っていたんだよ」

「一等航海士なら、ただの水夫みたいな俺如き叩き起こせばいいだろ」

「んー、それも考えたんだけれど、どうにもお気に入りらしいからさ。丁重に扱おうと思って」

 お気に入り? と聞けば、エルビスが青葉のことを特別視していると、付き合いが長いニオならわかるようだ。

「育ちの良さとか、フィンやボクみたいな平民と違って学があるとかでさ。あと、お気に入りって言ったけれど、船長は普通の性癖だからね」

「この世界の普通と俺のいた世界の普通に違いはないよな」

「君が気にしなくちゃならない部分だけ教えてあげると、男同士の付き合いは処罰の対象にもなることかな。一応補足しておくと、男と女が結婚するのは十歳から大丈夫だよ」


 変態ロリコン野郎なら大歓喜の環境だが、青葉はいたって普通の性癖である。しかし、文明が発達していないと結婚については緩くなるようだ。

「豊臣秀吉も十四歳の子と結婚してたしな」

 なんて声に出していると誰? と聞かれたので、頭と運のいい猿だと答えておいた。

「で、着いたってことは、服を買いに行くのか?」

「ここでは宝の回収だけだね。隠してあるのが見つかっていなければ、この後に行く港の停泊料も、海賊の港で船員を集めて半年くらいはご飯を食べさせていく分は余裕にあるからさ。二人分の服なんて出費の内にも入らないよ」

 順序としては、隠してある宝を見つけてから二人で運べるだけ運んで、別の港街で裏の取引を行っているヤクザみたいな連中に売り払って、それを資金とするようだ。聞いた限りでは二人だと運びきれない量なのでフィンも来るのかと思っていたのだが、陸が怖いと、船からおりたくないそうだ。

「でも、ずっと船の上にいるのは不味いんだよね」

「なにがだ?」

「女の子にはいろいろあるのさ。特に下着だね。それに花の二十歳が汗と塩とタールに塗れたままなんて可愛そうだろう?」

「ちょっと待て、その口ぶりだと、お前は女なのか? あともう一つ重要なことを聞くが……風呂があるのか?」


 最初の質問には答えないとはぐらかされたが、ある程度大きな港街には共同浴場があるらしい。電気もないので大量の薪を決められた時間に燃やして大浴場となっているとも聞く。こういった文化はてっきり日本人だけかと思っていただけに、ここはやはり異世界なのだと頭に入れておく。それにいい加減洗っていないジーパンやらTシャツを脱ぎたくてたまらない。

「君のいた世界にも大きな風呂はあるのかい?」

「そりゃもう、そこらかしこにあったよ。男は青い暖簾、女は赤い暖簾で分けられていてな」

 三日目だというのに懐かしんでいると、ちょっと問題があるようだとニオが呟く。だが、楽しそうな顔に早変わりして、いざ出発となった。




 フィンが行ってらっしゃいと船の上から手を振っている。その横にはエルビスがおり、謎の威圧感を感じた。

「何か怒ってるのか?」

「というより、急かしているのかな。ボクが戻らないと船を空けられないからね」

 海賊になって見習いも名乗れないほどの女と、そもそも船に乗ったことのない男では万が一の時に対処できないからだろう。

「早いとこ立派になって、船長……いや、キャプテン……やっぱり船長でいいか。とにかく、一人前にならないとな」

「先は果てしなく長いけれどね」

 覚えることも、ぶっつけ本番で学ぶ事も多いだろう。今までのように紙のノートがないのでIドロイドのメモ機能と頭の中にあるメモ帳に書き足していくわけだが、他の船員が集まったら隠れて操作しなくてはならない。そこらへんも問題になってくるので、とにかくやることでいっぱいだ。


「それで、どこに宝なんて隠してあるんだ?」

 そもそも隠す場所などあるのだろうか。船から降りてみた景色は、なんというか、一時間に一本しか電車が走っていない田舎の様な港街だ。家屋も二十程度で、停泊代も安いとニオが嬉しがっていた。そんな閑散とした港街だが、だからこそここに隠したとニオは言う。

「人が少なければ隠し場所がばれる心配も減るし、見つかったとしても、あんな金銀財宝に手が出せるほど度胸のある人はいないっていうのが船長の考えだね」

 なるほど、一理ある。普通は人を隠すなら人の中だとか木を隠すなら森の中だが、金銀財宝を隠すなら目立たないところってわけだ。分明こそ遅れていても、人の発想に違いはない。あるのはまだ見ぬ文明という壁だけだ。しかし、ここは異世界だ。世界史やら大学の講義で聞いた中世の在り方も違うのかもしれない。


「俺のいた世界で海賊たちが暴れまわっていたのは数百年前だが、その頃は家族一緒に裸でベッドに入って寝ていたらしいが、ここでもそうなのか?」

「……こっちの世界に生まれてよかったと、久しぶりに思い返したよ」

「久しぶり?」

「あー、まぁ後で話すよ。君のことばかり聞いて、ボクたちはたいして答えてないしね。ゆっくり湯船に浸かりながら、ボクの生い立ちを話すとしようか」

 ということは、男だったのか。一人称がボクで中性的な声かつ身長はフィンとほとんど変わらない百五十三か四センチほど。元の世界でもかなり小さい方だろう。それでこの男女の区別がつかない顔つきでは、名前も挙げたくないような変態たちに狙われそうだ。ニオなら撃ち殺すのだろうが。


「お、いい物発見」

 地上では猫の様に素早く身をかがめて走ったニオは、手押し車を引っ張ってきた。

「一回船に乗って移動するから、これで一気に運ぼう」

「そうなると、俺一人で押すことになるんだが」

「仕方ないよ、ボクじゃ背は小さいし力もないし。その分お小遣いあげるからさ」

「海賊になって初めて手にする金が、陸の上での力仕事の報酬とはね」

 どうにもかみ合わないところはかみ合わない。ここは過去ではなく異世界なのだと、再度認識し直した。




 手押し車を引きながら五分ほど、ただでさえ人の少ない港街の端くれにある廃墟に到着した。窓ガラスも割れていて、ドアも壊れて傾いている。中に入っても足の折れた椅子だとか支えのない机だとかが散乱している。

「言いたいことも聞きたいこともあるだろうけれど、まずはこっちを手伝ってくれないか」

 入り口から入ってすぐのリビングらしき部屋の一角に、木製のタンスが鎮座している。他の家具よりも積もっている埃の量が明らかに違うので、ゲームとかでは真っ先に調べる対象になるだろう。そんなタンスをニオと二人で左から右へ押しどかすと、真後ろに地下へと続く階段があった。

「船長が念のためってうるさくて、何年か前に乗組員総出で掘って作った地下室だけれど、まだ無事だったみたいだ」

「崩れないよな、これ」

 地下鉄の様に壁の一面を鉄で覆っているわけでもなく、工事現場などのようなライトもない。土がむき出しの荒く掘られた地下への道の入り口に、ただランタンが置いてあり、ニオは着火すると、それを持って先に進んでいく。海賊になったというのに、翌日に地下室送りとは、本当に夢のない世界だ。


「――また前言撤回だ」

 ニオはなにを言いだすと見上げてくるが、映画でも見たことのない宝が山になっている。飛びこめば財宝の中で泳ぐことだってできそうだ。そんな金の冠だとか、銀のネックレスだとか、そういった物がランタンの光を浴びて煌めいている。

 だというのに、ニオはランタンを置くと、持ってきた厚い皮袋へ雑に投げ入れている。それじゃ割れると止めようとしたが、これだけあるのだから少しくらい壊れていても金にはなると、もう一つの皮袋を渡しながら口にする。一般家庭より金持ちの家に生まれたつもりだったが、本当の金持ちはこんなふうに札束を投げて遊んでいたのか? 流石にそれはないか。


「ん?」

 ニオとは違い一つ一つ丁寧にしまっていた青葉は、白く小さな羽の形をした髪飾りを見つけた。それに見入っていると、ニオが手を止めるなと言いかけて、手にしている物に気づいた。

「真鍮製の髪飾りだね。どこかの没落貴族かなにかが売りに出したんだろうけれど、欲しいのかい?」

「いや、なんというか、似合いそうだと思って」

 灰色の薄汚れた髪を綺麗に洗って、右耳のあたりにつけたら、白くて地味な髪飾りが小さく主張して女性っぽさが増す。そう、フィンのことを思いながら目にしていた。

「ならお小遣いとしてあげるよ。好きに使えばいいさ」

「だが、これも一つの宝だろ? 勝手に決めていいのか?」

「船長はそこまで心が狭くないよ」

 なら、貰っておこう。別にあげようとか考えていたわけではないのだが、ただ似合いそうなので、ポケットへ入れた。


「それじゃ、そろそろ戻ろうか」

 見惚れている内にニオの袋はいっぱいになり、青葉の袋にも十分詰まっている。それを

ニオが頑張って持ち上げようとしているが、どうも厳しそうなので両方とも青葉が持つことになった。

「悪いね」

「男だったら筋トレしとけよ」

「筋トレ?」

 伝わっていない言葉だと、頭の中にあるメモ帳に書いておいた。

「よっこいしょっ、と」

 二つの袋を手押し車に乗せると、これもまたいい筋トレになると、船まで引いていった。




 船に戻って、なんとか甲板に持ち上げて、汗を拭う。自分でも臭くてたまらない服装を変えたいと思いながら、フィンと宝を見ては驚きの連続だった。これだけ持って逃げれば生活に困らないともフィンは夢中になっている。そんな様子を見ていたエルビスとニオが半日も経つと賑やかな港街が見えてくると口にした。宝を隠してあった港街とは田舎と渋谷くらい違う賑やかな港街スウェンには碇を下ろさず、隠れている近くの入り江に停泊して、そこから裏のルートで売りに行って、そのまま服と武器を見繕うという。

「そのまんまだな」

 船から遠眼鏡を借りて見える景色はパイレーツオブカリビアンで見た映像とまったく一緒だ。煉瓦造りの家屋にドレスやら白いロールの髪型の男性やら。こんな場所では、流石にこの格好と臭いは気になってしょうがない。


「先に船長がお風呂に行くから、帰ってくるまで全部お預けだね」

 ボクは構わないけれどと付け足したニオは甲板で昼寝をしている。残されたフィンと二人で待つことになったのだが、会話がない。それと、二人して結構臭う。

「なぁ、なんで、そこまで陸が怖いんだ?」

 一人ぼっちで寂しいだとか、昨日の断頭台などを見れば怖くもなるが、ここはもう別の港街だ。一人でもないし、海賊として名が知れているわけでもない。それ以前に、まだ海賊団として人数も集まっていないのだ。海軍の誰もがフィンの顔を知っているとは思えない。こうなると、本人に聞くしかないのだ。なので、全部並べ立ててから聞いてみた。

「いや、ちょっとたくさん言い過ぎたが、同じ牢に入った者同士、隠し事は少なくしないかなってさ」

 と、接してみても俯くばかりだ。どうしたものかと困っていると、解決策はなく時間は流れていき、いつしかエルビスが帰ってきた。


「ここの湯は肌にいいらしい。女を磨きたければ行くんだな」

 明確なフィンに向けての言葉に、ニオが耳打ちしてくる。エルビスは女が乗っていても気にしないが、船乗りには清潔を保てとうるさいらしい。織田信長も似たようなことをしていたから、人の上に立つ昔の人とは思考が似ているのだろうか。

「同じなのかな……」

 出会って二日だが、妙にニオがフィンを気にかけているように見える。

「ちょっと二人で話してくるよ。その間に袋二つと船の三層目にある荷車を出しておいて」

 自分でなんとかしたかったが、ここは同じ世界出身のニオに任せよう。言われたとおりに荷車を運び出して甲板から階段を下ろそうとすると、エルビスが片方を持ってくれた。

「下まで運ぶのは一人じゃ無理だ」

 こちらの構わないだとかの言葉は無視されて下ろすと、終わった後にエルビスは青葉に忠告だと止めた。

「どんな海賊にも海軍にも、俺は最低限の節度と清潔さを求めている」

「フィンのこと、でしょうか」

「その通りだ。女は男より汗をかかないが、臭うものは臭う。これでは新しく入ってくる海賊たちに無理やり風呂に連れていかれて女だとばれるだろう」

 だからといって、青葉にどうしろというのだ。本人が行きたがらないのなら、せめて理由だけでもわからないと無理だ。

「ちょっといいかな」

 振り向けば、ニオが青葉を呼んでいる。フィンのことだとは、話の流れからして察した。

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