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エンドロール後の特別映像

 これから語るのは、エンドロール後に流れる次回作への布石のようなものだ。


 海賊を辞めて、フィンと二人で生きていく。映画ならスクリーンにスタッフロールが流れ、暗かった劇場に明かりが灯る。面白かった映画もこれで終わりかと、席を立ち、ポップコーンとコーラを係員に渡して映画館を去る。青葉とフィンの物語は、まさに映画のように完結していた。しかし、人間は生きている限り、人生という映画は終わらないのだ。死んだ後に主演として棺に安置され、葬式に訪れるサブキャラクターたちが涙を流さない限り、映画は――人生は続く。青葉の人生も、続いていたのだ。エルドラード号を降りてから一年余り、フィンとI-300、通称アイちゃん二号との生活は順風満帆に続いていた

 エルビスがかつて過ごした港街ルーフェスには、一年前は賑わいのない静かな場所だったが、エルビスの計らいか、元海賊や元海軍の老人たちが住むようになり、いざこざがあっても助けてくれる。それにばかり厄介になっていたら恰好がつかないので、青葉は元の世界での知識とIドロイドを生かして、商業船との取引の場で活躍していた。知識ならば誰にも負けないので、給金も高い。フィンと二人で過ごしていく分には多すぎるくらいだ。


 そんなフィンは、アイちゃんから料理などの家事を学んで、青葉の帰りを待っている。仮にも結婚式をした夫婦なので、旦那は働き、妻は家を守る。ついでにアイちゃんが色々と生活をサポートしてくれて、レール社会では必要のなかった知識を記憶領域から引っ張り出して活躍してくれている。

 そして今日はエルドラード号の上で行われた結婚式から丁度一年目。この日ばかりは働かずに、あらかじめ商業船に頼んでおいたラム酒と羊と牛の肉、それから魚を何匹も買い取って、結婚一周年を祝うことになっていた。この手の祭り事は夜に行うのが鉄則なので、青葉は朝起きてからソワソワとしながら顔を洗って着替えると、この一年で灰色の髪を伸ばしたフィンも同様に落ち着きがなかった。お互いその左手の薬指に銀色の指輪をはめて、フィンは初めてのプレゼントである羽の髪飾りもつけている。そんな朝に一緒に暮らしていれば似てくるものだなと笑いあいながら、青葉は商業船から荷物を受け取るために波止場へと出ていった。


「一年、か……」

 港街を歩きながら、かつての冒険の日々を思い出す。海賊に憧れて異世界転生したら牢獄にぶち込まれて、そこでフィンと出会った。フィンと一緒にエルビスの元で海賊になり、陸を怖がっていたフィンと手を繋いで風呂に入ったりもしていた。今はもう、裸を見飽きるくらい体を重ねてきたが、あの頃は少し見えただけでも顔を真っ赤にしていたものだ。

 そうして、海賊の歌を歌い、幸運の女神としてエルドラード号に女性として乗ることになり、スカルロッソのスカルブルム号の攻撃で離ればなれになったが、結果的に助け出して、死を恐れて海賊を二人して辞めた。思い返してみれば、もう一度あの頃の刺激に満ちた生活を送りたいと思う時もある。しかし、フィンの笑顔を見るたびに、蒼海青葉の海賊としての人生は終わったのだと、と言うより、終わりにしてもいいかと思える。

「みんなは、どうしているのかね」

 生活をサポートするI-200と軍事用のF-800をエルドラード号に残して、登録者をエルビスにしたので、超合金のアンドロイドたちが守っているはずだ。電波そのものが飛んでいない世界なので、遠くにいるであろうエルドラード号の状況は分からない。それでも、沈むことも捕まることもないだろう。黄金の嵐に、屈強な海賊たちと、超合金のエルドラード号とアンドロイドたち。負ける要素が見当たらない。

 さて、そろそろ波止場だ。必要な物を家に運んでもらうように頼んだら、夜まで釣でもして時間を潰そう。誰が管理しているかは知らないが、釣竿なら波止場で無料レンタルできるのだから。




 結婚一周年を祝う品々を、硬貨を支払い届けてもらうと、青い海を前に釣り糸を垂らす。餌としてミミズを使うので、初めこそ拒否していたが、もう慣れた。釣った魚は余程の大物ではない限り海にかえしているので、正真正銘暇つぶしだ。

「よーほー、よーほー」

 と、そんな波止場に、鼻歌を歌いながらドレス姿の亜麻色の髪をした女性が歩いてきた。この港街の住民ではないし、まずこんな田舎にドレス姿の知り合いなどいないはずだ。ちらっと横目で見て目があったが、関係ないし、知らない人なのでぼうっと釣り糸を見ていたら、その女性が釣れますか? などと聞いてきた。

「今日は釣れないですね」

 なぜこんなところに身なりのいい女性が来るのかと訝しんだが、エルビスの差し金だろうか。隣に座った亜麻色の髪の女性は、青葉と同じように釣り糸を眺めていた。


「……あの、なにか御用で?」

 沈黙が数分も続くと、流石に気になってくる。それに、こんな場面をフィンに見られたら浮気と勘違いされる。だから尋ねてみれば、薄情な男だねとため息を付いていた。

「忘れたのかい? 一緒に海賊をやっていたのに」

「海賊をやっていた? 確かに一年前は海賊でしたけど、あの船にあなたのような女性は……」

 記憶にない。亜麻色の髪を腰まで伸ばして、舞踏会にでも行くようなドレス姿の女性など、エルドラード号にはいなかった。女性はまたため息を吐くと、これなら分かるだろうと、ふくらはぎから一丁のフリントロック式ピストルを取り出して、風に揺らめく釣り糸へ一発で当てた。

「まだまだ体中に忍ばせてあるけれど、いい加減気付くだろう」

「気付くだろうって、そりゃ射撃の腕はすごいようですが……射撃?」

 目の前にいる小柄で亜麻色の髪の女性は、正確な射撃で釣り糸を撃ちぬいた。それに、この中世的な声は――

「まさか、ニオか?」

「そのまさかだよ。まったく、鈍感だね」

 そう言って立ち上がった姿は、凹凸のない体つきと、バンダナを常に被っていたのであまり目にしなかった亜麻色の髪が見てとれる。


「おお、なんというか、久しぶりだな。それに、ずいぶん変わったな」

「こちらこそ久しぶり。それで、どこが変わったのかな?」

 ニオとはいえ女性をジロジロと見るのは礼儀として正しくないが、頭から靴まで見てみれば、全体的に女性らしさが増している。相変わらず髪さえ切れば男装ができそうな体つきだが。

「見目麗しくなったかつての仲間との再開は嬉しいが、こんなところでなにしてる? エルドラード号はどうした」

「褒めてくれてありがとうね。まあ、あれさ。ちょっとした嫉妬と、ちょっとした休暇だよ」

 嫉妬と休暇? と聞き返せば、一年前の結婚式を思い出してくれとニオは言う。

「ボクと同じように男装していたフィンが女としての最高の幸せを手にしたのと、花の二十代をむさくるしい男たちに囲まれて過ごすのは女としてもったいないって船長に言われてね。君たちをこの港街に送り届けてから数週間もしないうちに、ありったけのお金と一緒に、しばらく幸せを味わってこいって追い出されたのさ」

 だから女として生きるために髪も伸ばして、貴族のようなドレスまで用意した。歩きにくいし動きにくいと愚痴を零しているが、それよりも問題があると口にする。

「君達みたいに結婚したかったんだけれどもね、長年船長みたいな最高の海の男と一緒にいたから、そこらにいる有象無象の男たちにピンとこなくてね。誘いは受けるんだけれど、どうしても船長と比べちゃってさ」

 男が惚れる男と言っても差し支えないエルビスと比べられては、言い寄ってきた男たちなど相手にもならないだろう。とはいえ、一年ぶりの再会に、今日は家で結婚一周年を祝うと告げれば、来るかと誘う。

「二人の愛の育みを邪魔しちゃっていいのかい?」

「お前の見ていないところで育んでいるから大丈夫だよ」

 なら遠慮なく。当然豪華な料理が出るのだろうと、釣り糸の切れた釣竿を元あった場所に立てかけておくと、ルーフェスの街並みを家へと歩いていった。




 久しぶり。扉を開けてニオがフィンに挨拶をしても、どなたですかと、ニオというより青葉を睨んだ。誤解を生まないようにとっとと話せと急かせば、青葉の愛人だとか言いだした。

「青葉……妻として、話があります」

 スカルロッソと相対した時の様な威圧感に怯えながら、ニオの頭を引っぱたくと、髪は女の命だと頭を押さえていた。

「それにしても、本当に分からないものだね」

 なにが、と怒り気味のフィンに落ち着くように促すと、ニオは笑い出して、改めて久しぶりだと手を差し伸べた。

「髪も伸びてドレス姿だけれど、ボクだよ。ニオ・フィクナーだ」

「ニオさん……? すごく変わっているけど、本当にニオさんなの?」

 男装を辞めるまで、ニオの直属の部下だったフィンはニオへ呼びかければ、そこまで分からないかなと、自分の姿を見ている。


「まぁ、ニオで間違いはないよ。それと、結婚一周年おめでとう」

「ニオさん!」

 フィンはエルドラード号での出来事を思い出してか、感極まって抱きつくと、久しぶりと、もう一度口にした。

「来てくれたってことは、一緒に祝うんでしょ? 料理なら、さっき運ばれてきたのをアイちゃんと用意したから、食べていってね」

「そうさせてもらうよ。なにぶんここら一帯は田舎だからね。美味しい物が食べたくてしょうがない」

 それなら任せてと、この一年で修行した料理の腕を見せつけてやると、フィンも意気込んでいる。なんというか、自身なさげに俯いていた一年前のフィンと比べると、ずいぶん前向き――というより、勝気になった。そんな愛する人とのめでたい日に、最高の客人も来てくれた。青葉は幸せだからか、自然と笑みを浮かべながら、家の中へと入った。




 羊肉と牛肉の炒め物と、三人でも飲みきれるか分からないほどのラム酒。そこに焼き魚や野菜が並ぶと、ニオが来てくれなかったら食べきれなかっただろう。

「どうぞ、ご賞味ください」

 アイちゃんがスーツ姿で丁寧なお辞儀をしながらニオを迎え入れて執事の様に佇んでいると、せっかくだから一緒に食べないかと誘う。最新式のアンドロイドは食料からもエネルギーを得られるので、遠慮していたが、こういう場合は一緒に食べるのが人間としてふさわしいと教えると、席に着いた。


 アイちゃんの存在をアンドロイド、というより人間でない物だと知られると面倒なので、こうやって人間らしい振る舞いができるように教育しているのだ。なにせ、ドクの残した世に出る前の最新型のアンドロイドなのだから。Iドロイドでスキャンした結果、経年劣化を防ぐための措置があちこちに施されており、自己修復機能もある。最悪壊れても、ドクの残した宝島にある部品を使えば直せるだろう。

「それでは、結婚一周年を記念して、乾杯!」

 青葉の言葉でジョッキがぶつかると、ニオは浴びるように飲み始め、容赦なく肉を口に運んでいる。アイちゃんは食事というものを始めて体感していたので、おそらく記憶領域からテーブルマナーを探して、ゆっくりと口にしていた。そしてフィンは舐める程度に飲んでいた。いつだったかの海賊の港であっという間に酔っ払ったことを覚えているのか、この一年、酒はひかえている。それでもたまには、海賊の歌を聞かせてくれるのだが。

「船長たちも呼びたかったね」

 ニオがふと口にすれば、絶対に酔わないとまで言われているエルビスならば、ここにあるラム酒では足りないだろうと想像していみる。それでも、かつての仲間と船長にも、この幸せを共有したかった。そんな笑顔の絶えない食事がしばらく続くと、ニオが酔い始めた頃に、フィンがナイフとホークをテーブルに置いて、口元を拭くと、青葉へ視線をやる。

「その、青葉」


 ラム酒を飲み、肉にホークを向けていると、フィンが真剣な面持ちで青葉を見据えた。青葉も一年間一緒にいたので真面目な話だと頭を切り替え、なんだと返す。

「ちょっと、大切な話があるの。できたら、二人だけで」

「……分かった。ただ一つだけ確認しておきたいんだが、悪い話か?」

「ううん、きっと、とってもいい話」

「そうなると、ボク達は邪魔者だね」

 ニオは適当に皿へ肉や魚を乗せると、ラム酒の詰まったジョッキを二杯アイちゃんに持たせて部屋を出ていく。アイちゃんは青葉かフィンの命令でしか動かないが、人間に近づいてきたのか、ニオに続いて部屋を後にした。

 その後は静寂が流れ、なんだか恥ずかしいと、フィンが照れている。


「隠すつもりもなかったし、確証もなかったんだけれど、ついこの前お医者さんから教えられてね」

 おそらくエルビスの寄越した、この世界の医学に精通する医者絡みの話となると、体の具合でも悪いのかと前のめりに聞くが、とってもいい話だから、病気とかではないと否定した。

「結婚して一年経って、生活も安定してきたから言うんだけれどもね……その……」

 顔の赤いフィンは言葉を探してから、諦めたかのように項垂れると、青葉を見つめて口を開いた。

「赤ちゃんが、できた」

 一瞬、いや、数秒、なにを言われたのか分からなかった。頭の中が真っ白になって、開いた口がふさがらない。それでもだんだんと照れているフィンを見ていたら、言葉がようやく頭の中で咀嚼され、理解した。青葉の赤ちゃんが、フィンのお腹の中にいるのだと。

「フィン!」

 我慢できずに抱きつくと、テーブルが揺れてラム酒が零れたが、嬉しくてたまらないのだ。異世界転生して、海賊になって、夫婦になって、ついに父親になるのだから。フィンも、胸の中で微笑んでいる。そのお腹に新たな命を宿して。

「まだ現実味が沸いてこないが、そうと決まれば、医者よりもアイちゃんに色々と聞こう!」

 何億テラバイトもの情報が詰まっているのだ。出産に関する情報は当然持ち合わせているだろうし、Iドロイドにはお腹の中にいる赤ちゃんの様子をエコーとかいう機能で見ることもできる。早速起動してお腹をカメラに映せば、まだ卵みたいな小さな球体があるだけだった。

 それにしても、子供か――


「名前、考えないとな」

「うん、ちょっと難しい問題だけれどもね」

 この世界は西洋の名前、つまりフィンならフィン・フィアーラという名前があるのだが、青葉は日本人なので蒼海青葉だ。結婚しても二つの名前をくっ付けてしまうと歪な名前になってしまうので変えてこなかったが、これから生まれる赤ちゃんにはどちらかの名前が必要だ。

「名前は大切だからな。そこにこめられた意味も、語呂も」

 青葉は数ある映画の中からそれらしい名前を思い浮かべるが、基本的に洋画ばかり見ていたので、どれもこれも意味がよく分からない。ならば日本語をカタカナにして名付けようかと脳にしわを刻めば、窓の外を数羽の鳥が飛んでいった。

「鳥か……鳥……」

 なんとなく呟いていると、子供には鳥のように自由に生きてほしいと思えた。

「飛ぶ鳥と書いて、飛鳥――飛鳥はどうだ?」

 まだ性別も決まっていないのに名前を考えるのはおかしい気がするが、飛鳥なら男でも女でも違和感がない。それにしても、


「蒼海飛鳥なら語呂はいいけど、この世界で生きていくのなら、この世界なりの名前が必要になるか」

「飛鳥、という名前には、なんの意味があるの?」

「俺のいた世界で、飛ぶ鳥のことを指す名前だな」

「だったら、この世界でもピッタリだよ」

 ピッタリ? と聞き返せば、青い海と青い空の間を飛ぶカモメだよと窓の外を見た。

「私たち二人とも元は海賊で、今も海に関わる仕事をしているんだから、その名前の意味はピッタリだと思う」

 フィンは賛成してくれた。青葉も一度決めれば飛鳥という名前にしたくてたまらなかったので、次は蒼海とフィアーラのどちらをつけるかが論点になった。

「そうだな……名前の意味は俺の世界からあげるわけだから、名前そのものはフィンのものを与えないか?」

 アスカ・フィアーラ。カタカナにすれば、こちらも語呂は悪くない。二つの世界が交わって生まれる赤ちゃんには似合いの響きだ。

「アスカ・フィアーラ……私が、産むんだよね」

「そして育てていく。二人で一緒にな」

 なんだろう。今日はいいことばかりだ。ニオと再会して、結婚一周年を祝って、赤ちゃんまでできた。必ず流産などさせないためにも、アイちゃんから色々と聞く必要がある。それに、ニオへ自慢もしたい。

「ニオとアイちゃんを呼んでくるよ。妊婦は、そこで座ってて」

 まだ動けると微笑むフィンだが、これからはこれまで以上に大切にしていかなければならない。そうして、ニオたちのいる廊下へと扉を開けた。

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