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赤い髑髏

 霧がかかるどんよりとした雲の下、エルビスが船を操っている。船員たちは沈黙し、もうすぐ到着するあの海域へと緊張を抱えている。あの戦列艦に乗るという海賊たちに、本来ならエルドラード号の船員だけで挑みに行くところを、借りがまたできたとエムロード本人とブルーパレス号の乗員も乗せていく。そのブルーパレス号は船を安定させるだけの人数を残して後方に控えている。万が一やられたときに逃げるためだ。そんな事態は御免なので、青葉の頭には様々なパターンを想定してある。されど、相手は戦列艦。いくら名の知れる船長二人がいたとしても、フリゲート船の倍はある戦列艦を相手に戦うのは無茶だ。

「大丈夫、だよね」

 久しぶりに弱気になったフィンに、気にすることなんてない、なんて言えたらどれだけいいか。フィンも、他の船員たちも身震いしており、この霧が余計に不気味さを増加させる。それでもフィンの手だけは握って、来るべく戦いに備えていた。


「血の匂いが風に乗ってきたか。それにこの波をかき分ける音は――」

 エルビスがほんの少し顔をこわばらせたということは、近くに来ているのだろう。もしかしたら、エルビスには見えているのかもしれない。

「青葉、こっちへ来い」

 握ったフィンの手を離すのは気が引けたが、船長命令だ。エルビスが舵を握り、黒いマント姿のエムロードが控えている。すでにIドロイドのことは説明済みなので、エルビスの命令通りに起動させ、天候を予測させた。

「風の強さはとどまることを知りません。ですが追い風が続きます。しかし雨も降るようで、また嵐になるようです」

 天気予報の様に端的に伝えると、そうか、とだけエルビスは真実だけを耳にして、その眼光を霧の先へ向ける。

「そのなんとかっていう天気を教えてくれるもの、便利ね」

 狸に交じる狐の様に細く背の高いエムロードはIドロイドを眺めている。余裕があればこんなこともできますよと自慢できたのだが、今の青葉にそんなものはない。あるのは殺さないという約束と、フィンを守る覚悟だ。

「――来たか、マルコ」

 そう呟いたエルビスが目を見開くと、霧の先から巨大な戦列艦が赤い髑髏の旗を掲げて現れた。エルビスは舵を片手に一歩前へと出る。マントの髑髏と金色の髪が風になびいて、風が強くなり始めた。

「総員戦闘準備! 相手は戦列艦だが、所詮は海軍に負けた雑魚どもと奴隷の集まりだ! 今日この日にレッドスカル海賊団のマルコ・シェパードを討ち取り、懸賞金と宝を頂く! その先にある宝もだ! 行くぞ、野郎ども!」


 感情が高ぶると荒い口調になるのは癖なのか、それとも勇気づけるためにしているのか。とにかくブルーパレス号の回復した船員を含めた七十人で挑む。

「いや、違うか」

 海賊をやって二か月も経てば船長に似てくるのか、不敵に笑うとIドロイドを取り出して命令コードIを選択する。そうすればあっという間に海賊の衣装へと服装を変えたアンドロイドたちが集まってくる。

「カトラスとフリントロック式のピストルの使い方はわかるか」

 検索を開始すると、日本にいた頃のアイちゃんとそっくりな女性型アンドロイドが代表して発声する。

「十六世紀、および十七世紀に使われていた銃器と剣類ですね。知識領域にそれと類似するものがございますが、いかがいたしましょう」

「いや、それだけわかってれば十分だ。あとは事前に伝えた命令通りに、五名でフィンを守れ。残りの五名はこの船を守れ」

 了解しました。アンドロイドたちはカトラスを手に、フィンへと歩み寄る。

「ちょっと待て! そんなもん持ちながらフィンに近づくな! 怖がるだろうが!」

 五人の銃弾もカトラスも効かない異世界の化け物が迫ってきたら、誰だって怯える。案の定、フィンは青葉の陰に隠れ――てない? むしろよろしくお願いしますと握手をしていた。

「私一人に五人も来てくれて、まるでお姫様みたいだよ。だからありがとうございます」

「それが務めです。あなた様のことは特別に扱うよう命令されておりますので、どうぞご安心を」

 アイちゃんへフィンはなにも恐れることなく礼を述べている。

「急にどうした、ずいぶんと元気だが」

「だって、青葉も異世界っていう場所から来たんでしょ? その青葉を守る人たちは怖くないよ」


 成長している。フィンは着実に経験を重ね、未知のアンドロイド相手にも引けを取らなくなった。嬉しいことなのだが、後ろに隠れて震えているフィンがいなくなったと捉えれば、若干残念でもある。

「そんな場合じゃねぇか」

 こちらがレッドスカル海賊団との遭遇を予想していたのとは違い、あちらは霧の中無警戒だ。ここからなら、先手をうてる。

「最大船速により突撃、エルドラード号の船体を衝突させて乗り込む。二手に分かれろ!」

 了解しましたよ、とニオがどこからともなく落ちてくると、事前に決めておいた乗り込む船員を集める。七十名中五十名はニオに続いて乗り込むことになり、舵をエルビスが操りながらエムロードは甲板で指示を出す。残るのは二十名の船員と十人のアンドロイド、そして青葉とフィンだ。

「そろそろ出番ってわけだね」

 ニオを筆頭とする乗り込み部隊は武装を確認すると、やってやると武者震いだ。

「船首カノン砲発射準備! その後、砲甲板から五人で右側の大砲を撃てるようにしておけ!」

 エルビスの命令に散っていくと、船首カノン砲の準備が整ったと人伝いにエルビスへと届く。エルビスは即座に発射と命令すると、轟音と共にこちらを見ていなかったレッドスカル海賊団の右側の船体に穴が開く。


「カノン砲で攻撃しつつ大砲の準備を進めろ! このまま右側に突撃する! 大砲の発射が済み次第、突入部隊は乗り込め!」

 こちらにようやく気付いたレッドスカル海賊団は、遠眼鏡で見れば慌てふためいている。

「お前たちは隠れていろ。この先は――」

 大丈夫です。青葉はエルビスの言葉を遮って、アンドロイドたちに周囲を囲むように指示を出す。

「俺とフィンを守る無敵の船員です。それに俺がいなければ、残りのアンドロイドに指示を出せません」

「ならアンドロイドとやらに命令しろ、敵は殺せとな」

「色々と事情があり、それが出来ないんです」

 元の世界でそんなことができれば、アンドロイドを廃止するようなデモが起きるだろうから、殺すことはできないし、傷つけることもできない。しかし、絶対にできないというわけではない。現在の状況が危険だとAIが決めれば、人だって殺せる。そんな機能には登録者しかアクセスできないが、いざとなれば戦えるということは心強い。その鋼鉄の拳が相手を打ち砕くのだ。勝つか負けるかそれしかない戦いが始まったのだから、AIもそうするべきだと判断するに違いない。今は動く鉄の人形だが。

「とにかく心配しなくても、こいつらなら大丈夫です。船長はこちらを気にせずに、存分に戦ってください」

 二人の間で初めて命令を無視すると、死ぬ事も殺す事も禁止するとだけ残して、エルドラード号は船体の右側に突撃した。

「大砲発射!」

 大きい故にどこから撃っても当たる船体へ大砲を零距離でぶちかますと、乗り込み部隊がロープを引っ掛けて戦列艦へと乗り込んでいった。

「こいつらの懸賞金で、たまには女の子みたいに着飾ってもいいかな……なんてね」

 それじゃ、行ってくるよと死亡フラグを回避したニオも乗り込んでいった。そして行ったということは、向こうから来るということだ。

「エムロード、舵はお前に預ける」

「また格好つけるのね」

「海賊なんてロマンしかないことを何十年もやっているんだ。自然とこうなる」

 それなら行ってきなさいと舵を変わったエルビスの周りにアンドロイドたちが展開する。

「登録者様の命令による護衛のため、あなたの盾となります」

「余計な気遣いだな。しかし、今は感謝しよう」

 飛び降りてくる海賊たちにカトラスを抜いて立ち向かうと、雨が降り出して嵐になった。またしても黄金の嵐が吹きすさぶ。


 さて、そろそろ動くかと青葉も甲板の隅からフィンを背後にIドロイドで命令を伝える。傷つけたり殺したりする命令はできなくても、AIは乗り込んできた海賊たちがピストルとカトラスを手にしていることを確認して、目から黄色い光を出して警戒モードに移り変わり、押さえつけたり手を取ったりと、危険対象の無力化を開始した。

「いくぜぇ、今回初お披露目の機能もなにもかも全部使って、異世界の文明を見せつけてやるからな!」

 エルビスを守るアンドロイドには、A1~5と名付けた。フィンを守るのはB1~5だ。早速Iドロイドから3Dホログラム機能をONにし、リンクしておいたアンドロイドたちの視界が大きな板の様に立体化し、その一つ一つをタップするか口頭で命令してアンドロイド達を操る。それが青葉の戦いだ。

「さて、動いてもらおうか」

 周囲を見回しながら3Dホログラムをタップして警戒モードを維持させる。乗り込んできた海賊たちも、超合金性のアンドロイドたちには歯が立たない。それに、斬られるなり撃たれるなりしたので、警戒モードから攻撃モードへと、その目が赤く発光した。

「こんなに早くモードが進むとはな! A1とA2は船長の護衛を中断し敵船に乗り込め! 互いに甲板上の光景を見せろ!」

 了解しました。赤い目の男性型アンドロイド二名がロープを引っ掛けて登っていく。乗り込んできた海賊も攻撃モードのアンドロイドと百戦錬磨のエルビス、それからやってやるぜとカトラスを振り回す豪快な船員たちを相手にひいている。状況はこちらにとって有利、そう捉えて敵船上の光景へと目を移す。

 そしてうんざりした。

「またかよ……もういいだろが! そろそろエンディングにしてくれ!」

 想定外の事態は突然当たり前のようにやってくる。またしても、それが起きてしまった。

「黒いスーツの女と男ってことは……? A1! スキャンを開始しろ!」

 船上で海賊たちを退けながらスキャンするA1は、アンドロイドが十名敵船にいると答えた。

「登録者は誰だ! その船にいるのか!」

「――I-200型アンドロイドの登録者は日本人女性です。ですが、Iドロイドによる操作は行われていません」

「持ってないなら都合が良い。ハッキングして目的を洗い出せ!」

「日本国の法律により、ハッキングは違法行為となります」

「ここは日本でもアメリカでもねぇよ! とっととやれ!」

 了解しました。A1は船内全てをスキャンすると、ハッキングをして行動理由を紐解いた。

「目的は日本人女性の護衛です」

 アイちゃんと同じ最新型のI-200型が誰かを守っている。つまり、そいつがもう一人の日本人というわけだ。


「考えるまでもないことだったな。そりゃこっちにいるのなら、向こうにもいたんだろう」

 もう一つのカードキーを持つ日本人の女性がどこかにいる。それさえ割り出せれば、説得も可能かもしれない。しかし、船上では壊れつつあるアンドロイドと数で勝る海賊たちに、徐々に不利な状況となっていた。スキャンを長く続けることも難しいだろう。だとするならば――

「A1及びA2、その船に乗る日本人を探し出せ!」

 了解しました。二人の声は重なると、攻撃されながらもスキャンを再開する。さあ出てこい、謎の女。

「結果が出ました。船内の第三層にてアンドロイド五名の背後に確認が取れました。いかがいたしますか」

「ビンゴ! それなら条件は見えた! ハッキングを再開して登録者を俺に変えろ!」

 命令通りにこなしてくれたおかげで、向こうの船にいるアンドロイド十人も青葉を登録者とした。あとはIドロイドの命令コードIを起動させ、三層にいるアンドロイドたちに女を連れて来いと命令するだけだ。敵船甲板にいた残りの五名にはC1~C5の名前を付け、女の方はD1~D5とした。

「戦力が倍に増えた! もう負けはない!」

 チェックメイトだ、王手だ、などと笑っていたら、D1たちが暴れる女を担いでエルド―ラード号の甲板に飛び降りてくる。

「離せよ、この! あたしの命令が聞けないの?」

 暴れている女はボサボサに荒れた黒髪と穴だらけの服装で連れてこられると、青葉の前に連れてきた。

「ようこそ、エルドラード号へ」

 おろして構わないと告げて、目の前の女がいったいなんなのだと青葉を睨み付けると、大きなリアクションで驚いている。


「日本人? なんで? っていうか、なんでIドロイドまで持ってるのよ!」

「周りを見やがれってんだ! そんなこと話している時間なんてねぇよ!」

 異世界転生同士の女を仲間に引き込む為、無理やりにだが立ってもらう。

「簡単な自己紹介だけはしてやる。俺は蒼海青葉だ。わけあってこの世界に流れ着いたが、幸運なことにこの船に拾われた。お前もこっちにこい」

「突然なんなのよ。それにこっちに来いとか、何様のつもり?」

「こいつらアンドロイドの登録者様だよ。お前のアンドロイドにも登録させてもらった」

「勝手なことしてくれちゃってさぁ!」

 男勝りな目の前の女に、フィンが割って入る。今は喧嘩なんてしている場合ではないと。同じ女の言葉だからか、また熱くなってしまったとおでこを擦り、キツイ目つきで青葉を見据える。

「鳴瀬瑞樹よ。あたしも気が付いたらこの世界にいて、あのクソッタレな船に無理やり連れていかれた――計算とか、そういうことで役立つ内は、手を出さないっていう条件付きでね。でも、服もなくなったし、ずっとシャワーも浴びてないのよ? そのくせあんたは、どうしてそんなに小奇麗なのよ」

「こっちの船長は寛大だからな。ゆっくり色々と学ばせてもらったし、風呂にも飯にも困らなかった。その様子だと、かなり追い詰められた生活を送っていたようだな」

 まったくその通りでむかつくと、敵船に向けて中指を突き立てた。

「それだけあの船が嫌ならこっちにこい! カードキーが二つないといけないんだからよ」

「へぇ、それがあんたの目的ってわけ?」

「それもあるが、少し違うな。元いた世界の話し相手が欲しかったのかもしれないから」

 とにかく一緒に来いともう一度手を差し出せば、この船ならば女でも安心できるかと聞かれたが、フィンを見やって大丈夫そうだと割り切れたようだ。

「何の役に立つかわかんないけど、あの船よりはマシそうね。手を貸すわ」

「よし、あとは全戦力を敵船に投入すれば……」

 などと、思い上がっている時にもやってくるのだ、想定外のことは。


「高波が来た! みんなどこかしらに捕まりなさい!」

 舵を操るエムロードが声を張り上げた瞬間に、強風も吹いた。フィンは咄嗟に帆から降りている縄にしがみついたが、青葉と瑞樹は強風にあおられて、傾いた船体を転がっていく。体中が打たれたが、どうにか瑞樹と傾いた甲板の端に乗っていられた。

「青葉!」

「へ、へへ……だいじょーぶ!」

 なんて、また油断した。高波が来て船体が傾いたなら、敵船も傾くのだと。戦列艦故にフリゲート船であるエルドラード号への大砲は命中しない高さにいたが、今の傾きで丁度敵船の砲甲板がエルドラード号の甲板へと狙えるようになってしまった。当然大砲の準備は整っており、一斉砲撃が嵐の様にエルドラード号に撃ちこまれる。

「不味い! ひきあげるぞ!」

 エルビスが初めて狼狽すると、大砲の弾は船体ではなく甲板に穴を開けていく。甲板は通常の木製で、大砲の嵐はエルドラード号を半壊させた。

「フィン!」

「青葉!」

 互いに叫んだ。しかし、無敵と謳われたエルドラード号が二つに割れて沈んでいく。フィンもエルビスもエムロードも、みんな反対側にいた。

「ちくしょう! ちくしょう! こんちくしょうが!」

 体は放り出され、瑞樹と海へと落ちていく。視界の先の、敵船船上からトゥーフェイスの様に赤く爛れた顔に見下ろされながら、この世界に来た時と同じように、青葉は海へと沈んだ。今度は二人で。


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