世界を超えて
エルドラード号の碇を下ろして、小舟で向かうこと数分、船員たちは宝を求めていくつかのグループを作り探索を開始した。
「ここまで来ちまったなら腹をくくるしかねぇな」
待ち構えている未知に抱いていた不安を捨てて、青葉はエルビスとフィンの二人と森の中へと入る。
「いいんだぜ? 女神なんだから船に残ってても」
「私だって、もう海賊だし」
プイとそっぽを向いたフィンとのやり取りを見ていたエルビスは、どこか表情が緩んでいた。しかし、突然止まると、待てと制される。
「どこかから、血の匂いが漂ってきた」
早速かよとピストルに手をやれば、まだ遠いとエルビスは止める。
「猛獣の類か? いや、それ如きに後れを取る女ではない。だとしたら、それ以外の存在と戦っているのか?」
警戒しろと告げられて、慎重に木々の間を通り抜けていく。途中でニオのグループとも再会し、エルビスを頭とする八人は、血の匂いがするというところへと進むことになった。
「虎穴にいらずんば虎児を得ず、か」
「それも、ことわざ?」
「海で一番強い生き物がサメだとするならば、陸で一番強いライオンっていう猛獣の巣に入れって意味でな」
「それ、意味あるの?」
「危険なところに行かなければ、目的のものは手に入らない。それが伝えたい意味だよ」
とはいっても、できることなら虎穴ではないエルビスの勘違いだと願いたいが、何十年も血に塗れてきたエルビスがそう言うのなら、待ち構えている獅子はいる。それが獅子ならば撃ち殺せるが、人だったら殺せない。不甲斐ないが、船長の命令だ。
「近いぞ」
鉄のぶつかり合う音がすると、エルビスの声に皆が屈む。草の影からエルビスが覗けば、様子がおかしいと呟いた。
「どうなんです?」
「鉄の扉の前でシーカラブローネ海賊団の連中が黒い服装の男と女を相手に斬り合っている。エムロードも追い詰められているな。しかしなんだ、この奇妙な感覚は――」
感覚? ともう一度呟けば、青葉と同じだと頷いた。
「青葉、おそらくあそこにいる連中はお前の世界から来た奴らだ。心当たりはないか見てみろ」
ということは、青葉の世界から来た誰かがそこにいるのか? いたとして戦っているのなら大人数なのか。とにかくエルビスにどいてもらい眺める。
「なっ……おいおいマジかよ」
「やはり、お前の世界の連中か」
その連中で間違いはないが、人間ではない。青葉はこの光景に夢なら覚めてくれと頭痛すら覚えた。
「嫌というほど見てきた奴らですよ」
鼻もいいエルビスはエルドラード号と青葉と同じ匂いの、エムロードたちが戦っている黒い服装の相手は誰なのかと聞いてくるが、言葉にならないし、言葉にしても伝わらないだろう。そう、戦っているのは、この世界には普及していない黒装束――スーツ姿をした男と女。だが、その胸の鼓動は動いていなく、皮膚も人工的に作られた元の世界の産物、アンドロイドだ。
それが十名は鉄の扉を守るようにエムロード率いる海賊たちと戦っている。しかし、見た限りアンドロイドは経年劣化こそしているが最新型だ。そんなアンドロイドには超合金による合成皮膚が使われており、人間を守るために強固な作りになっている。この世界のピストルとカトラスでは、スーツを斬り裂くのがやっとだろう。
「俺たちじゃ加勢しても戦いになりません」
素直に船長へ伝えれば、数で勝っていても無理なのかと問われる。勿論答えはNOだ。
「大砲の直撃でも死なない相手です。勝ち目はありません。撤退しましょう……ん?」
もしかすると違うかもしれない。破かれたスーツの下の合成皮膚も裂けて、関節部から煙を上げているのがほとんどだ。あの部分から崩していければ勝ち目はあるか――いや、余計なことは心に留めておこう。
アンドロイドがどうしてここにいるのか。その謎は解けないが、命あっての物種だ。しかしエルビスは、エムロードを放ってはおけないと草陰からカトラスを抜いて、アンドロイドが振り落した鉄の拳を弾いた。
「なんで、あんたがここに」
「説明は後だ。船に戻るぞ」
エムロードとのやり取りが交わされたが、アンドロイドたちは追撃をやめない。逃げても、陸上の世界記録を突破したアンドロイドでは逃げ切れない。だとするならば――
「やっぱり、こいつに頼るしかねぇか」
Iドロイドを取り出すと、こちらの世界で使うことなどないはずだった、命令コードIを起動する。元の世界では管理者が登録されているが、異世界ならばそんな輩はいない。そうしてIドロイドから行動抑制の命令コードIを発しようと草陰から出れば、途端に動きが止まった。そして、カトラスで斬られたりピストルで撃たれたりしながらもズンズンと歩き、青葉の前に跪いた。
「お待ちしておりました」
二十人はいる壊れかけのアンドロイドたちは無表情で青葉を見上げている。どういうことか周りの頭が追いついておらず、青葉も混乱したが、まずは元いた世界で作られたものなのか確かめることにした。
「アイアンマン、ハルク、マイティ・ソーの作者は誰だ?」
少々お待ちをと検索すると、発音機からスタン・リーと一斉に答えた。間違いなく元の世界で作られたアンドロイドだと確信し、なぜここにいて、なぜ戦っていたのかを問いただす。
「一人ずつ喋れよ? 聖徳太子じゃないんだから聞き取れん。そこのお前が答えろ」
はい、と、頭を下げたアイちゃんによく似た女性型アンドロイドは立ち上がる。
「登録者様からの命令により、ここへたどり着く日本人を待っておりました。これより登録者様をあなたに移行し、最後の命令通りに、あなたの航海を助けます」
「やはりここへは来るべくしてきたのか……その登録者は誰だ」
「申し訳ございません。登録者様変更により、元の登録者様のプロフィールは全て消去されました。これよりは、あなたのお名前のみの命令に従います」
融通が利かない連中だと懐かしきプライバシーにため息を付いて、青葉と名乗っておくとインプットされた。
とにかく、周りがついていけていない現実をどうにかしなくてはならない。伝え方を二、三度考え直してから、結局はそのまま伝えることにした。的確かつ分かりやすい言葉で。
「俺の命令しか聞かない新しい船員です」
さっきまで殺されかけていたのだぞとシーカラブローネ海賊団の男たちは怒鳴るが、そういう命令を受けていたのだろう。全員に謝らせるよう命ずると、一同に頭を下げて申し訳ありませんと唇の動きと同調して発声する。
「それだけでは納得できないだろうな」
エルビスの頭が追いついているのかはわからずとも、海賊たちをなだめることには成功した。
「この先の宝は六、四で分ける。一割報酬が増えれば傷の代償にはなるだろう」
しかしどうやって開けたものかとエルビスは鉄の扉をふれている。そこへ、先ほどのアンドロイドが青葉との関係をエルビスに問い、船長と特別航海士だと答えれば、また一同が頭を下げる。
「登録者様の上司ですね。よって、あなたの行動を手伝います」
アンドロイドは木の陰に隠れていたパスワード入力装置に指を走らせると、大きな釜とも例えられる建造物の扉が開く。
「奇怪な魔術を使うのか」
エムロードを含めて初めて見た自動ドアを魔術だと声にするが、エルビスはこれこそが未知で、これこそが宝への道だと諭した。
洞穴の様な内部には明らかな科学技術が使われており、船員たちも光るランプやケーブルを見回している。
「あったぞ」
エルビスの一言に視界が前方に移れば、見上げるほど山の様な金貨が積み上げられている。全部乗せたら船が沈没しそうなほどに。
「いや、はは、おどろいたねこれは……ねぇ、素直な事を言わせてもらうとさ、ボクはとても我慢しているよ」
ニオが崩れたら埋まって動けなくなるような金貨に目を光らせている。
「ホントに、飛びこみたいってね!」
どうでもいいことは放っておいて、エルビスとエムロードの二大船長が、半分は船の倉庫にしまうが、もう半分はくれてやるから持っていけるだけ持っていけと、ニオの様に飛びこみたい男たちに告げた。当然青葉もだ。だが、袋など持っていないのでポケットが金貨でいっぱいになってしまった。こんなにあるのに持っていけないのかと悔しがっていると、ピコン、と閃いた。
「こいつが通じるか試してみるかね」
Iドロイドを手にし、命令コードIをONにする。金貨から離れていたアンドロイドにも伝わるように電波の届く範囲を調整すると、音声認識でエルビスと同じ命令をする。持てるだけ持っていけと。
畏まりました。無機質というよりは化学進歩で人間の声に近づいているアンドロイドたちは、スーツのポケットに詰めている。これで半分は取られるが、もう半分は全て青葉のものだ。
「フィン! 金ができたからなんでも買ってやるぞ!」
こんな金貨の山など見たこともなかったフィンは、呼ばれてから夢ではないと頬を叩いてかき集めている。しばらく好き放題できるだろう。
とはいっても、妙だ。おそらく海図を書いた日本人が残したアンドロイドだが、なぜ宝一つなどに守らせていたのか。確かにアンドロイドのエネルギー元はIドロイドとたいして変わらず、あえて違う所をあげるとするならば、人間の様に食事をとることでエネルギーとするところだろうか。そこらに生えている草木でも問題ないのでエネルギー切れにはならないだろうが、どう見ても数年はここに配置されてから経年劣化して、超合金性の冷たい鉄が露わになっているが。
疑問は尽きない。それでも山の様な金貨を前にして、船員たちは一生遊んで暮らせるぞと騒いでいる。
「ん? あれは、まさか……」
金貨の山のすみ、隠れていた一枚の羊皮紙が張り付けられている。暗くてもなんとなく海図だと思うそれへと、金貨を踏みながら歩いていく。
「どうしたの?」
異変に気づいてかフィンが待つように言うが、ズンズンと金貨の山を越えて羊皮紙を手に取る。遠目で見ても分かっていた通り、そこには日本語と海図が書かれていた。
『そこにある金貨でこの島に来い。二つのカードキーと共に』
「カードキー?」
そんなものがあるのかと見渡していると、ぽろっと海図の裏から一枚のカードが落ちてくる。拾えば、恭介とカードキーに刻まれていた。苗字の部分もあったようだが、すり減っていて読めない。それでも恭介という男の魂胆は頭に入ってきた。二つ海図があるというのは、二枚のカードキーがなにかしらに必要だからだと。
「船長、あとで話があります」
太陽光発電と熱エネルギー、それから残飯でも与えておけば超合金性の仲間ができるので十名全員乗せてもらうと、アンドロイドを操りIドロイドを使いこなすとして、特別航海士のままだが権限は一等航海士と同じになった。
「それで、お前以外の仲間は手負いの者が多いのか」
今は船長室で、エルビスが傷一つないエムロードに酒を注いでいる。エムロードも欲深すぎたと反省しているようだった。
「宝の匂いを感じたからかしらね、我慢できなくて戦っていたらこの有様よ」
「この前とは、立場が逆転したな」
「まさか、おいていくつもりなんてないでしょうね。動けるのは私を含めても五人なのよ? 航海を続けるには足りなさすぎるわ」
そんなことはしない。キセルを咥えて煙を吐き出すと、ブルーパレス号の怪我をした船員を含めて、一時的にエルドラード号の一員として迎え入れると歓迎した。
「お前なら船長権限を使っても構わない。ブルーパレス号もしばらく曳航しよう」
「また、借りが大きくなったわね」
そうして二人でクックと笑うと、立ちっぱなしだった青葉に視線が向く。二人の船長を前にして、ビクビクとしながら言葉を待っていた。
「そうかしこまるな。今はそのままの意見が聞きたいからな」
そのままの意味? となんのことだか戸惑っていると、あの鉄人形だとエルビスは両手を組んだ。
「ピストルでもカトラスでも傷一つつかないお前のしもべのことだ。あいつらは航海や戦いにおいてどれだけ役に立つ?」
システムをOFFにすれば、どこに置いておいても邪魔にはならない。そして、何億テラバイトもの知識が詰まっている。きっと、帆船の動かし方も。しかし長くはもたないだろう。船に戻ってよくよく見てみたら、かなり無理をして稼働していた。アンドロイド同士でなくしたパーツを分け合っていたようで、短期間だけ戦える動く盾だ。それをすべて伝えると、二人は考え込んでから、その命令はどれくらいの範囲まで届くのかと問われる。
「アンドロイドを中継地点に電波を発するので、固定はしません」
それでも役に立つと、このまま船に乗せることになった。続いて、また新しい海図を開く。緯度と経度は計算済みだ。
「ここからなら数日でしょうか。ただ気になるのが、この赤線です」
海図に記されたこれからの航路を示す青い線と重なる海域がある。青葉でも、これには気付いた。二つのカードキーを集めるために、赤い髑髏の船にいる日本人と出会わなければならないわけで、きっと、この海域でぶつかるのだろう。そこらへんは、エルビスもエムロードも承知していた。それでも航路を変えないのが、エルビスなのだなと諦めながら。
「数日中には出会うだろうな――俺の宿敵に」
右目を伝う切り傷に手をやって、今度こそ決着をつけると静かに覚悟を決めていた。
「誰なんです? 宿敵で、たぶんですけど、その傷を付けた人は」
エルビスは目を閉じて頷くと、話しておこうと過去を語った。
「俺がまだ海軍の犬だったころ、一等航海士にマルコ・シェパードという船員がいた。だが奴は略奪こそが海賊としての在り方だと考え、俺は未知の宝を求めていた。それ以降奴は船を下りた。その数年後に、奴は俺の前に現れた。仲間を従えて、エルドラード号を寄越せとな。その戦いで斬られた傷が、これだ」
だが、やられっぱなしだったわけではないと、エルビスは燃え盛る炎の中に蹴り飛ばしたらしい。顔面だけが炎に飲まれ、その顔は真っ赤になり、捕えることができずに逃げられた。エルビスはキセルを咥えると、唯一逃がした海賊だと煙を吐き出した。
「聞いた話では、奴は遠くの港で牢獄を破壊しては名のある海賊を集めて、戦列艦を海軍から奪い、殺してきた船乗りたちの血で赤い髑髏の旗を掲げ、レッドスカル海賊団を名乗っているらしい。奴の戦列艦は百二十の大砲と千人の海賊を乗せているそうだ」
こちらは五十人弱なのに、千人だと? 戦いになるのか?
「なに、全員が海賊ではない。戦列艦を動かすには人手がいるからな。奴隷が大半だろう」
それでも、数でも船の大きさでも負けている。心配に想いながらも、エルビスならなんとかすると信じて船長室を後にした。
「飲むかい?」
ヒョイと、帆の上から酒瓶が落ちてきた。見上げればニオがマストを背に金貨を数えている。
「さっきの金貨と、そのボクが楽しみにとっておいた極上の酒。それからフィンもつれていかないかい?」
「どういうことだよ」
察しが悪いねと金貨をしまい、次の相手は海軍ではなく海賊だと珍しく真剣な面持ちだ。
「フィンをつれて降りるなら今だよ。きっと次は死んでもおかしくない戦いになるから」
ニオが飛び降りてくる。会話を盗み聞きしていたのだろう。
「この船は決して沈まない。それでも、戦列艦が相手なら、全員が捕虜になってもおかしくない。それでも、来るのかい?」
行くに決まっている。ここまで来たのだからと、星空を見上げた。
「どうなろうとも、あとは戦うだけだ。俺なりのやりかたでな」
「殺せないくせに、よく言うよ……それなら、フィンも守るんだよ。一人ぼっちは辛いからね」
「おいおい、話が違うじゃねぇか。お前だって相手の感情を気にかけているぞ?」
混浴だと知らずに入ったときにニオが口にしていた、感情がどうでもいいとかなんとか。だからそんなものはない、ニオは正常だと教えてやった。
「はは……たしかにそうだね。うん、その通りだ」
だからといって、生き方を変えるつもりはない。それでも、しっかり自分のことを見てくれていた青葉には、ありがとうとだけ伝えて、ヒョイヒョイと帆の上に登っていく。
「さて、これからどうなるのか」
不安も恐怖もある。逃げ出したい気持ちも少しはある。でも、フィンの乗る船を見捨てるわけにはいかない。
「どうか上手くいきますように」
誰に言うでもなく呟いて、砲甲版へと降りていく。ハンモックは買い足したので全員分あり、アンドロイドたちに周囲を警戒するように命令してフィンの隣で眠りについた。




