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エルドラード号の秘密

 出港して少しした後、メダルカの代わりに一等航海士となった若い男が船を操りながら、船長室に呼ばれた。謎を教えてやると。

「ふぅ……」

「キセル、吸うんですね」

「指揮をするときに落ち着けるようにな。それで、この前の約束通り、エルドラード号の真実を教えよう」

 あれはいつだったかと、エルビスが遠くを見るように目を細めて過去を思い返すと、海賊になりたくて名も知れない海賊の船に、丁度青葉くらいの時に乗せてもらったとエルビスは言う。

「船長も船員もバラバラで、今にして思えば無知で無垢な海賊としては出来損ないの船が嵐の夜に沈められて、俺は戦っていたが船から落ちて、海に飲まれた。死ぬかと思ったよ」

 そうしてキセルを吸うと、不思議な入り江に流れ着いたと言う。

「お前の持つIドロイドとかいう奴と、お前自身の匂いと同じ入り江で、突然眩しい光が辺りを包んだ。それが消えると、いつの間にか一隻だけポツンと浮いている帆船があった。奇妙に思いながらも、一人で出港できる準備が完了していて、俺は乗り込むと舵を握って、見よう見まねで船を進ませた。何度も入り江の中で岩肌に激突したが、そこには傷一つない。船員を集めて大砲の撃ち合いになっても、木製の様に見える外装には傷一つつかず、いつしかこの船が、俺にとっての理想郷――エルドラドになった」

 だからエルドラード号と名付けたと、そのまんまだなと笑っている。


「それで、俺は、この船はお前の様に異世界から来た物でないかと考えている。あんな小さなIドロイドですら弾丸をくらって傷一つないのだから、船となればさらに固くなるだろう」

 戦争がなくなって長い年月が流れていたが、船についての研究は進んでいた。今なら戦艦大和でも必ず沈まない無敵の船となるだろう。だが、どうして船だけ来たのか。それは、エルビスも知らないと答えた。

「それでも、俺はいつか真実を見つけ出す。そこが俺にとって、二つ目の宝島だ」

 海軍が狙う理由も分かった。とにかくエルドラード号は海に生きる者たちにとって憧れであり、奪うに値する代物なのだ。

「話はここまでだ。この後の航路と、Iドロイドが見られたからどうするかを考えろ」

 やはりそうなるかとため息を付き、仕方がないと割り切った。話しても信じてくれるかわからないが、異世界から来たのだと正直に話そう。仲間なのだから。




「これがホログラムってやつだ」

 気持ちのいい潮風の吹く快晴の空の下、数あるIドロイドの機能を船員たちに見せびらかしては、魔法じゃないかと声が上がる。そうではなくて科学だと説明しても、その単語自体がないのでうまく伝わらない。結局はなにを見せても魔法だ魔術だと騒がれたが、天候を知ることができるのならば最高の魔法使いだと、異世界のテクノロジーを海賊なりに受け入れていた。

 ここは、メダルカの裏切りや青葉とフィンが想いを伝え合った港から遠く離れた海域。エルビスでさえ知らなかった航路を、日本語で書かれた海図を頼りに前進している。

なぜか、どう見てもこの世界の教育水準では解くことのできない数式により緯度と経度を導かせる海図は不可解だが、宝があるのならばとエルビスは気にしていない。

 しかし、誰かがいる。この異世界にもう二人は日本人がいる。それだけは疑うことなく、どこかにいる二人の日本人のことを考える毎日だ。


「また別の女の人のこと考えてるでしょ」

 海を眺めてぼうっとしていたら、隣に来て顔を覗き込んだフィンに指摘される。女の勘とは凄まじい物で、こうして二人がつながってからは隠し事が出来ずにいた。

「悪い悪い、フィンのちょっと怒った顔が格別でよ。ついついやっちまうんだ」

「……馬鹿」

 そうは言いつつも肩を寄せてくる。自分でそうしているというのに、あれから一か月、暑い夏の日差しが和らいでも、フィンはそれだけで熱中症の様に熱くなる。付き合ってみて知ることのできたフィンの純情さには、可愛らしさとからかいがいがあって、今のところは上手くいっていると思う。初めて彼女を作ってはすぐに別れてきた友達が数多いが、自分だけはそうなってなるものかと、退屈させない会話をしているつもりだ。

「でも、どうしても気になっちまうんだ」

「その、同じ世界から来た女の人が?」

 それもある。大いにある。だが気がかりなのはどちらかというと、もう一人の方だ。姿も性別も年齢も名前も、なにもかもが謎に包まれている海図を書いた本人。どうも、あの海図自体は数年前から出回っているようで、船員たちの中にも見たことがある者がいた。何年も前から異世界に広まる、日本語の海図――エルビスは謎があるだけ宝の価値が上がると進路を変えないが、青葉としては引き返したい。宝箱かと思って開けたらパンドラの箱でした、なんてことは避けたいので。

「希望なんて詰まってないだろうしなぁ」


 なんのことなのと置いてきぼりなフィンにはわからない、この言葉も、この感情も。それでも船は進み、二人の仲も進まなくてはならないから、頭にこびり付く謎を跳ねのけてフィンへと向き合う。そうすると、忘れかけていたとあるお祭りを思い出す。

「そうだな、次の港に着いたら、なにかプレゼントを買わなきゃな」

え、突然どうしたの? フィンは口元を押さえて突然の贈り物に驚いている。

「おいおい、忘れたのかよ」

 見当もつかない。フィンの顔にはそう出ている。それは少し悲しいことなのだが、青葉は笑顔にしてみせると口に出す。


「誕生日だよ。詳しい日程は知らないが、そろそろなんだろ?」

 この船に乗った時、ニオが切り出した歳も近いからとの会話で耳にしていた、あと二か月くらいで誕生日だという言葉。手のひらではなく心がつながった今なら特別に祝える日だ。フィンもハッとしている。

「なにがいい? この際財布の中身は気にせず言ってくれ」

 初めての彼女へ贈る初めてのプレゼント、ここで金を使わずしてどこで使うというのか。なんでも来いと胸を張っていたら、フィンの頬を透明な雫が伝った。

「あ、違う、違うよ? 悲しいからじゃない、から。私って、本当に泣き虫だから」

 泣きながらもすぐに平常心を取り戻したフィンは、青葉の心配する言葉より先に口を開くと、涙を拭って笑顔になる。

「そうだね、うん、もうすぐ誕生日なんだ――忘れてたよ。誕生日プレゼントなんて、もう何年ももらってないから……」

 両親が死に、海軍で男として働いてきたフィンにとっては当たり前ではないプレゼント。今も初めてあげた髪飾りは、男装を辞めてから右耳の上あたりに光っている。青葉の見立ては正しく、灰色の髪に白い髪飾りが奥ゆかしく主張している。

「それじゃ、今年から毎年あげるということで、考えといてくれ。いらないなんて言うなよ? 誕生日くらい、祝いたいんだからさ」

「青葉……」

 頬を赤くして見上げるフィンと、またくさい台詞を吐いて照れる青葉。その視線は重なり合い、自然と二つの顔が近づいていって――


「はい、そこまでー。残念でした」

 互いに無意識だったのか、ニオの声に反応してびくりと動くと、頭同士がぶつかって、せっかくのムードが台無しになった。

「痛たた……なんのようだよ」

「一等航海士であるボクには敬語を使わないのかい?」

「自分から使うなとか言ってたろ」

 そうだったかなー、と帆の上から猫のように飛び降りてきたニオは、その指を二人の間を貫くようにさした。

「到着でね、あの海図の島にさ」

 見やれば、海に鬱蒼とした森が乗っかっているような孤島が佇んでいる。エルビスも出てきて、遠眼鏡で確認していた。しかし、難しい顔をしている。

「どうしたんだい?」

 ニオも遠眼鏡を持ち出すと、あれを見ろと指差している。

「あの水色の船体は、ブルーパレス号?」

「ああ、間違いない」

 二人でなにを見ているのかとニオに聞けば、知り合いだよと口にする。


「エルドラード号が奪われた後に、ボクが必死に泳いで助けてもらった船――それと、君たちを助けた船でもあるかな」

「そんなんじゃわからんから、単刀直入に話してくれっての」

 ああそうか、船の名前までは知らないかと遠眼鏡を外せば、航海の始まりとなった人物の名が出てきた。

「エムロードが指揮を執るシーカラブローネ海賊団の船が泊まっているんだよ」

 ああ、あの人か。青葉は断頭台を吹き飛ばした銀色の髪をした海賊を思い出す。

「って、ということは、先を越されたのか?」

「ここら辺の海域は何もないことで有名なんだけれどね。それにしても、なんでこんなところに来たんだろ」

 昔からあいつはそういう奴だ。エルビスがエムロードも未知の宝を探している海の仲間だと言う。

「退屈な安定と報酬より、自由と冒険に出たいと海軍の下を去った女だからな。所謂、物好きな奴だ。おそらく、何もないことを確認するために来たのだろう」

 懐かしんでいるエルビスはもう一度遠眼鏡で島を眺めてから、船員を甲板に集めた。

「もうこの船に姑息な裏切り者はいない。よって、全員で謎の宝とやらの捜索を行う」

 待っていましたとばかりに歓声が轟いて、ピストルとカトラスを装備して上陸の準備を始めた。


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