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プロローグ

 今年で二十二になった蒼海青葉は、この世界は退屈だと、新年を真冬の海を進むクルーザーの甲板で迎えようとしていながらため息を付く。もっと語彙があれば他の例えようもあっただろうが、生憎と青葉は理系なので国語力は弱い。数学や物理に関してなら天才的だが、筆者の考え方を述べろ、なんて書かれていたテストになんの意味があるのだと、文系が数式を覚えて将来なんの役に立つのかと思うように捉えるほどだ。とはいえ、青葉が退屈だと思う理由には時代が背景にある。


あと数時間で、青葉の世界は二千五十年を迎える。それは新たな年がやってくる記念すべき日であることに違いはないのだが、青葉は憂鬱でたまらない。

「学生生活も、もう終わりってか……あぁ、まだタイムマシン作れないの?」

 根っからの映画好きである青葉は、数あるタイムトラベル映画を思い浮かべてはいい加減実現してくれとため息を吐く。そもそも八十年代、今から七十年近く前にはその手の映画はあり、人々の思想のどこかにタイムマシンという存在はあったはずだ。これまでに問題視されてきた地球温暖化も人口増加も、日本でなら少子高齢化も、大震災も、タイムマシン一つでどうとでもなるではないか。夢も広がる素晴らしい世界になったはずなのに、社会は悪く例えれば地味な戦略でチマチマと問題を先送りにしながら解決してきた。


 そんな社会にも、青葉はもうすぐ入らなければならない。学生割引で映画館に行くこともできなくなる。もう内定も決まっており、誰にでも自慢できるような会社へと進む道が作られているのだが、これが嫌でたまらなかった。


『レール社会』。日本人の一生がそう呼ばれるようになったのは、少子高齢化が騒がれていた二千年代から二千十年代を超えて、二千二十年代の半ばで増え続けていた老人の大半が老衰なり病気で亡くなり、少ない子供たちと若い大人が社会の大半を占めてからだ。政府は同じ過ちを繰り返さないように試行錯誤を重ね、国際情勢とも照らし合わせながら、日本人の一生をサポートするAIを作りだした。それは産業革命以上に短期間で普及したアンドロイド技術に搭載された。結果として、一家に一台は人間との違いがわからないほどのアンドロイドが国から支給され、生活をサポートするという名の管理が始まった。例えば子供の適性検査をアンドロイドが行い、思考能力とコミュニケーション能力、家族構成や育ち具合を徹底して調べ上げ、周辺の学区域から最もその人物に合う学校が決定され、小学校から大学を出るまで、全てにおいてアンドロイドが管理する。これをどこかの著名人が人生にレールを敷いているようだ、などと言いだしてから、レール社会と呼ばれるようになった。


「青葉様、この気温ですとお体にさわります。船内にお戻りください」

 今も、蒼海家に支給された女性形アンドロイド、生活サポートを行うために作られたI型のアンドロイド、I-200、通称アイちゃんがスーツ姿で長い黒髪を冬の潮風になびかせながら青葉の行動を管理しようとする。いつの間にか人生どころか日常生活すら管理を始めたアンドロイドだが、青葉はそれに抗おうと、常にAIを困らせることを口にしてきた。今回も、両親二人とのクルージングについてきたアイちゃんを困らせるために、そっぽを向いたまま、悪知恵を働かせる。


「そうそう、なぁ、バックトゥザフューチャーって映画知ってるか?」

 まったく話しかけた内容とは違う返答に、アイちゃんは少々お待ちをと機械的な音声を喉に設置された発音機から口を通して発すると、目を閉じる。埋め込まれている何億テラバイトものマイクロチップから情報から検索をしているのだ。キリストがはりつけになってから先の出来事なら、知らない事など一つとしてないだろう。


「――千九百八十五年に公開されたSF映画ですね。主演はマイケル・J・フォックス。監督はロバート・ゼメキス。代表作にフォレスト・ガンプがあげられます」

「そうそれ、知っての通り俺って古い映画好きだからさぁ、名のある名作だったら画質とか気にせずに見るんだけど、あれの二作目だと二千年代くらいには車とかスケボーが空飛んでたんだぜ? 二十年前にやっと一般家庭でも買えるようになったってのに、時代の先を行き過ぎだよな」

「それが、私の警告となんの関係が?」

「いや、七十年近く前の映画でさえ車が飛んだり、スケボーが飛んだりしてたのに、まだ作られねぇのかなって思ってさ」

「……なにが、でしょうか」

「タイムマシン。この際デロリアンでいいからさ」


 ここまでくると、いくら発達したとはいえアイちゃんに搭載されているAIでも因果関係の乱れから返答がなくなる。きっと電子回路なりチップなりをフル稼働して考えているのだろうが、青葉の経験上、三十秒返答がなければ思考を停止して元の会話に戻しにくる。今も考えるのを辞めたのか、船内へと無機質なようで質感はしっかりある合成皮膚の手を伸ばしてきている。


「はい、俺の勝ち。しばらくここにいるから、アイちゃんは酒でももってきて。ガンガンコーラで薄めたコークハイボールね」

「ですが……」

「ぽちっとな。なんてね」

 ジーパンのポケットから取り出した端末のアンドロイド行動抑制機能をONにすると、口頭で命令した通りの行動をアイちゃんは行う。今もアイちゃんは素直に頭を下げて、コークハイボールを持ってくるために船内に戻っていった。この機能は『命令コードI』と呼ばれ、軍事用に作られたF型や介護を目的に作られたH型のアンドロイドにも搭載されている。ターミネーター2でもジョン・コナーの命令にT-800が逆らえなかったように、これだけの操作でアンドロイドは管理機能を停止させて操られる。その気になれば何台ものアンドロイドを操れるが、大抵は管理者が登録されているから不可能だ。アイちゃんにも、家族三人からしか命令は出せない。


アンドロイドが人間に近づくにつれて、変態たちがふしだらな目的で使い始めて論争の的になっている機能だが、これがなくてはまさにスカイネットまがいのAIが核を発射しかねない。

「楽しみなのはこれくらいか」

 手にしていた命令コードIを使った、長方形の手のひらほどの端末。二千十年代にスマートフォンが携帯電話のほとんどを占めるようになってから発展を重ねた、通称Iドロイド。アップルとグーグルが手を組んで作り上げた機種であり、ワイヤレス充電はもちろんのこと、太陽光エネルギーや、熱エネルギーすらも利用して充電する生活を支える必需品だ。とはいっても、エネルギー周りが良くなっただけで、他には完全防水と3Dホログラム機能、それから誰が得するのかわからないがマグナム弾ですら傷一つつかなくなっている。それ以外にも、なぜか無駄な機能が優に百以上組み込まれているが、空を飛んだりはできない。バックトゥザフューチャーと違い、夢のない未来だ。とはいえ宇宙にいてもネットにもつながるので青葉は検索画面を開くと、音声認識機能をONにする。


「パイレーツオブカリビアン」

 青葉の黒一色のIドロイドは求められた情報をネットの海から探し出して検索結果を出すと、来年に公開される二度目のパイレーツオブカリビアンシリーズのリブート映画を目にする。あいかわらず人気なネズミの国が金を出して作ってくれたこの映画が公開されると聞いて、青葉は興奮を抑えられずにいた。過去のシリーズは全て視聴済みであり、もう亡くなってもおかしくないというのにジョニー・デップも出演するらしいので、何度もPVを見たものだ。


「いいよなぁ、海賊……自由でさ」

 いくらレール社会でも海にまでレールは敷けない。だからだろうか、青葉は海が好きになり、古い映画好きも相まって海賊に憧れるようになった。今も、Iドロイドから発する3Dホログラムに映し出されるカトラスを用いた戦闘シーンを見て、楽しみに思いながらも自然と再生を停止した。

 どうやっても、自分はレール社会から抜け出せずにいて、自由の海を行く海賊にはなれない。『自由に生きる』。ただそれだけのことをさせてくれないレール社会に心の中で中指を突き立てながら、アイちゃんがコークハイボールをグラスに注いで持ってくる。

「げっ」

 その後ろにスーツ姿の父親、蒼海青樹を伴って。

「なんか用かよ」

 コークハイボールを受け取りながら横目で青樹を見る青葉を、厳格な雰囲気で指を指した。


「アイの忠告を無視して、こんな寒いところでなにをしている」

「わざわざ寒い中、俺を連れてきたのはアンタだろ」

「そういう事を言っているのではない!」

 はいそうですかと流しながらコークハイボールを少しだけ口にする。格好つけるために持ってこさせたが、酒には弱いので少しだ。

「もうあと四か月もすれば、お前も社会人なんだぞ! 少しはルールを守れ!」

「アイちゃんに従うことがルールを守ることになるってのか?」

「従うなどと言っていないだろう! アイは私たち家族の一人であり、良きアドバイザーだ!」


 だから、この父親は嫌いなのだ。AI技術と一緒に育った世代だからか、なにかとアイちゃんの言うことを聞けとうるさい。それに、すぐ大声を出すところも嫌いだ。そんな父親が年越しのクルーザー船に乗れるほどの金持ちになれる社会の方が嫌いだが。

「八年後には結婚の予定も入っているだろう。もうお前一人の体じゃないんだぞ!」

 それだけは頭にきた。お前一人の体じゃないだと? 笑わせるなよ、本当に。

「アイちゃんが同じ職場で家が近くて、アイちゃんなりに俺と性格の合う奴をリストアップして、そこからも全部アイちゃんの言葉通りにアンタたちが勝手に決めた頭の固そうな女のことか? ハッ! 知るかよ! 顔は好みだが、この体は俺のもので、もうすぐ社会人になる。そうなったらアンタともアイちゃんともおさらばして、俺は一人で自由に生きるんだよ!」


 そうして残っているハイボールをぶっかけてやった。自由になんて生きられない。そんなことはわかっている。それでも、なにもかもをAIと両親に決められるのだけは御免だった。

「この、バカ息子が!」

「少なくとも、アンタよりはIQ高いぜ?」

「いい加減、そういう態度をとることも慎めと何度言ったらわかるんだ!」

 ハイボールに濡れて掴みかかってくる青樹を避けつつ舌を出して逃げようとしたら、すこしだけ飲んだハイボールのアルコールが血液に乗って体中に回ってきた。

「っと、とと……って、うわ!」

 よろめいてしまってから、強風が吹いて体制が完全に崩れた。危ないと甲板の手すりにつかまろうとしたが、酔ってしまった手は虚空をつかみ、体がクルーザーの外へと放り出される。

「青葉!」

「青葉様!」

 父親の声がする。アイちゃんもだ。しかし、とことん酒に弱い青葉は真冬の海に転落し、泳ぐこともできずにもがいていた。たしか、タイタニックでは冬の海に落ちてからもしばらくは生きていた記憶があるが、とてもそんな風にいられはしないと、全身を覆う氷のような海水が告げていた。

 これは、ダメだ。そう脳裏によぎった時には暗く冷たい海に沈んでいて、目も口も閉じていた。

 なんの映画だったか、二択を迫られていたな。死か自由か、とか。結局両方とも死なのだけれど、それが望んだ自由だったのなら、もういいかもしれない。人生の楽しい部分は存分に満喫したのだから。



 ……は失敗だ!



 誰かの声が聞こえて、完全に命の灯が消えかけた刹那に、青葉は意識を失った。


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