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「魂を……、燃やす……」
謎の声の言葉を反芻しながら、ゆっくりと目を開いた純に、必死で彼に呼びかけている茜と神宮の顔が見えた。
「純くん!」「先輩!」
「フォォオオオマルハウトさああああああん!!」
女子二人を突き飛ばす勢いで純に迫り、おんおんと泣き始めたのは、ルイスだ。
「よくぞご無事で! よくぞご無事でええええええええ!!」
(なにこいつ……)
純と女子二人がドン引きするのも気にせず、ルイスが銀の腕の構成員たちに指令を出す。
「ジョルドに伝えろ! フォマルハウトさんの蘇生に成功したと!」
構成員が動き出すのを確認すると、ルイスは多少冷静さを取り戻し、純に言った。
「ジョルドがクトゥルフからあなたを救出し、ここに運んできたので、勝手ながら蘇生治療を施させて頂きました。ですが、蘇生が成功したのは、こちらのお二人があなたの左腕とファイアスターターを回収して、危険を顧みずにここまで届けてくれたからこそ」
ルイスが茜と神宮を純の前にずいと押し出す。二人は改めて純を前にして、気まずそうだ。
「お前ら……」
「ごめんね……。純くん。でも私、やっぱりお兄ちゃんみたいに、純くんの味方でいたい」
「私もです。これで許してもらえるとは思っていません。私は、先輩を殺そうとしたんですから……」
「……」
純は黙ったまま、繋がった左腕を動かしてみた。ファイアスターターからも炎を出すことができる。
黙して起き上がり、戦いの続くルルイエの方へ歩き出す純に、茜も神宮も罪悪感に苛まれ、顔を向けることすらできない。
ルイスは純たちの様子を見守っていた。純は決して怒ってなどいない。ルイスはそれを確信していたし、実際に純は怒っていなかった。
ただ、純は考えていただけだったのだ。世界が滅んだ今、自分が戦う意味はあるのか。圧倒的な力を持つクトゥルフを相手に何ができるのか。
世界平和の夢が叶う事は、もうない。
残った人類は、ムー大陸に誘われ、クトゥルフに祈りを捧げ続ける数万の人のみ。既に人類の文明は崩壊したのだ。純は夢と共に散り、彼自身もはやそれが本望だったのに。
なのに、純は蘇った。自分を呼ぶ声の数々を確かに聞いて。それに応えようと、自ら再び現世へと舞い戻った。
「俺……」
考えはまとまらず、けれど湧き上がる言葉は止められずに、純が口を開いた。
「俺の方こそ……、ごめん。もっと早く気づいてあげられなくて。世界平和なんて言っといて、結局この様だ。俺は何もできなかった。一瞬で世界が壊されるのを、俺は見てることしかできなかった。クトゥルフは本当に何もかもお見通しで、俺をあっさり殺しやがった。あいつなら、確かに世界を平和にできるのかもしれない。人間じゃなく、あいつとディープワンズの世界を」
純がぽつりぽつりと、悲しみを語る。身体的にも精神的にも完全にクトゥルフに敗北した純の、悔しさを。
「先輩……。でも、私は……、そんなの嫌です……。先輩がいない世界なんて……」
「私だって……。お兄ちゃんがあんな目に遭わされたのに、あんな神様のこと信じたくないよ……」
神宮と茜の悲しそうな顔を見て、純はクトゥルフに対する異様な怒りを抱いた。
怒りは純の中で、炎のように燃え広がって、大きくなっていく。
純の中で燃え盛るのは、怒りだけであっただろうか。
「ごめんな。お前らにこんなに気遣わせて。俺は……。俺は……!」
否。そのクトゥルフに対する怒りの根源は、彼の魂。みんなを助けたいと願う、世界平和の信念だ。
だから、純は怒る。
今もまだ、クトゥルフはみんなを苦しめ続けているから。人間だけではない。茜や神宮、クトゥルフが守るはずのディープワンズまで、こうして悲しませているのだから。
「純くんは悪くないよ! 悪いのは……」
「悪いのは……、クトゥルフだろ」
人一倍懐疑的な少年は、これまで自分なりに何度も考え、心の底から納得できる答えを出してきた。
そして、遂に純が解答を得た時、彼の怒りは頂点に達したのである。
「俺は……! 俺は、あいつの言う世界平和が信じられない! ディープワンズの世界を作るとか言ってる癖に、なんであいつはディープワンズのお前らを泣かせるような真似ばっかしやがるんだ!? あいつは人間よりずっと頭良いんだろ!? ならなんで、もっとみんなを幸せにしてやらないんだよ! おかしいだろ! あいつがもっと頑張れば、お前らが泣くことも、洋吉が死ぬことだってなかったはずなのに!! あいつの言ってる世界平和は、ただの自己満足だ。俺はあいつを許さない。世界はまだ終わってねえ……! あのタコ助に、俺が本当の世界平和ってやつを、教えてやる!!」
純がルイスに尋ねる。
「ルイス! エインセルはまだ取り戻せるのか!?」
ルイスは眼鏡を中指でくいっと直し、的確に純の求める答えを口にする。
「クトゥルフの体から物理的に取り出せれば、可能かと思われます」
「究極の星辰ってやつが揃うまで、あとどのくらいある!?」
「あと五十分と少しです。その時点で、クトゥルフだけが知る、究極の星辰の力を受け取ることのできる地球のどこかに、クトゥルフがいることだけは阻止しなくてはなりません」
「よし。ならまずは、あいつからエインセルを取り返す。そんで、ハスターの力を使ってクトゥルフをぶっ飛ばす! 助けてくれてあんがとさん!」
ルルイエの中心へ向かい、純が走り出す。
「頑張れー!! 純くーん!!」
「せんぱーい!! 頑張ってくださーい!!」
純は突然の大声に驚き、振り向いた。茜と神宮が、精一杯の大声で、純に声援を送ってくれていたのだ。
(ああ、そうか。やっぱ、こういうことなんだよな。“世界平和”ってやつは)
胸にこみ上げてくる熱い想いのままに、純は声援に応えた。
「おう! 任せとけ!! 誰が相手だろうと、絶対に勝ってやるからよ!!」




