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チャカチャカチャッカ!!  作者: 山中一郎
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2

 家が近づいて、夕焼けの空にも薄っすらと暗さが差し込み始めた頃だった。

『本日、午後五時十五分。老人ホーム“ひばり”から、利用者の男性、鈴木重雄さんが行方不明になりました。車椅子に乗っており、眼鏡をかけているとのことです。重雄さんを見つけた方は、至急警察かひばりにご連絡をよろしくお願いします』

 警報用スピーカーから街に響き渡ったのは、老人ホームから抜け出した老人の捜索願いだった。

「マージか。しょうがねぇ……。探してみるかな……」

 ちょうど、その老人ホームはすぐ近く。現在時刻が午後五時三十分。純はまだ近くに老人がいるかもしれないと思い、周囲を探索し始めた。

 純が人気のない小道に入ると、純はまるで待ち構えていたかのようにそこにいた、一人の老人を見つけた。

 深い黒色の眼鏡をかけ、高価そうな木製の車椅子に乗っている、不気味な老人だ。

 その風体は独特な雰囲気と威圧感を持っており、ただ者ではないことを純に悟らせる。

「ついに、この時が来たか……。これで、ようやく私も戦いの連鎖から解放される……」

 老人は車椅子を動かし、純に近づいた。

 そして、老人はジャケットのポケットから一台のスマホを取り出し、純に差し出した。

 不気味な紋様が刻まれた、黒一色のスマホだ。明らかに、店で売っているような代物ではない。

「君に……、これを……、この子を……、託したい」

 しゃがれた声でそう言った老人に対し、純は――――

「はいはい。それじゃあ、老人ホームに戻りましょうねー。よかったよかった。まだこんな近くにいて。直接送ってってやるよ」

「……」

 純は、老人の車椅子を押して、老人ホームの方へ進みだした。

「待て。待て、少年よ。違うぞ。私は違う」

「え~? まあ、外出たい気持ちは分かるけどさぁ。ずっと施設の中じゃつまんないだろうし。でも、一人で外出たら危ないよ? 車にひかれたりしたら大変だって」

「理解者ぶるな! 老人ホームの世話になったことなどない!!」

「そんなこと言うもんじゃないよ。職員さんにシモのお世話とかしてもらってんだろ? ご飯だってさー。ちょっとでもいいから感謝してやんなよ」

「自分のケツくらい自分で拭いてるわ!! いいから止めろ! 私はあんな場所へは行かん!!」

「はいはい。そういうのは家族と相談してな」

 問答無用で運ばれていく老人の抵抗も虚しく、あっさりと老人ホームまで連れて来られてしまった。

「ぐぅ……。かくなる上は……」

 老人はごそごそとポケットを漁り始める。純は無視して、老人ホームのチャイムを鳴らした。

「こんにちわー。あのー、さっき放送で言ってた、行方不明になった人っぽいの見つけたんで、連れてきましたー」

「え、え!? 鈴木さんのことですか? でも、さっき――――」

 純に呼ばれ、表に出てきた老人ホームの職員は、老人の姿を見て首を傾げた。そんな職員に、老人は得体の知れない紋様(中心から三本の脚が生え伸びているような紋様だ)が刻まれた、手に収まる程度の大きさの機械を、職員の目に向けた。

「心配をかけたね。職員さん」

「あ……。ああ! 鈴木さん! 無事でよかった!! 警察の方も探してくれてるんで、急いで連絡してきますね!」

「って、え? ちょっとちょっと! このお爺さん見てなくていいんですか!? おーい!」

 純が呼び戻そうとしても、職員は急いで事務室へ行ってしまった。

 仕方なくその場で老人を見張っている純に、老人は改めて語りかけた。

「そろそろ、本気で時間がなくなってきた。荒井純。君に、この子を託したい。どうか、受け取ってもらえないだろうか」

 老人は再び、不気味な刻印が彫られたスマホを純に差し出した。

「いやいやいや……。それ、爺さんのだろ? 俺が勝手に受け取っちゃまずいって……」

「私のものなどではないさ。“彼女”は、君を選んだ。何十億といる人類を観察した末に、君をな。だから、これは他の誰でもない、君のものだ」

 老人の黒い眼鏡が、純をじっと見つめている。純はその眼鏡の向こうに、微かにも老人の瞳が見えないのが気になった。

 得体の知れない老人。不気味なスマホ。

 けれど、だからこそ、純は好奇心に満たされた。何か、変わったことが起こりそうな気がして。

 純は老人から、スマホを受け取った。

「まあ、くれるならもらっとくよ。一応、職員さんに聞いとかないといけないけど」

「その必要はない。君は自分の意思で、それを受け取った。これで、私の役目も終わりだ」

 老人は純にも、例の三本足の紋様が刻まれた機械を向けた。

「ってか爺さん、あんたなんで俺の名前……。……、なにそれ?」

「最後の最期に、久しぶりに人間と話せて、嬉しかったよ。ありがとう、少年。荒井純。君の人生に、どうか僅かでも幸福のあらんことを」

 そして、純は気が付くと、老人を見つけた小道に戻って来ていた。

 どうやって? いつの間に? 何も分からず、純は困惑して周囲を見回した。

「……。なんだ……? 今の……」

 なんとなく、純は恐ろしくなってきて、とにかくその場から離れようと踵を返し、家路に戻ろうとした。

 けれど――――

「待ってください。荒井純」

 純は飛び跳ねた。どこかからか、突然声がした上に、名前を呼ばれたのだ。

「誰だ!?」

「ここです。あなたの制服の右ポケットです」

 純が恐る恐る右ポケットに手を入れてみると、そこには老人から受け取った気味の悪いスマホが入っていた。

「え!? な、なんで!? いつの間に……!?」

 さらに驚いたことに、純に話しかけてきた声の主は、その“スマホの中”にいたのである。

 純はスマホの画面に映る、真っ黒な髪のおしとやかそうな女の子が、自分に語りかけてくるのを、唖然として見つめていた。

「初めまして。荒井純。私はエインセル。この機械の中に住んでいる者です。私と取引をしませんか?」

「な、なん……。こいつ……、俺に……、喋って……?」

 混乱の渦に飲み込まれる純に、エインセルと名乗った少女は、スマホの中から純にさらなる謎を与えた。

「あなたと一緒にいさせて欲しい。私はあなたという人間に興味があります。あなたのそばにいさせてくれるなら、その代わりに、あなたの夢を叶えることすら可能にする、超越者の力を手に入れる方法を教えます」

 画面の中から語りかけるエインセルは、黒い髪を後ろで束ね、青い瞳をした可愛らしい顔立ち。白と黒の振り袖姿がよく似合っている。純に向ける目は、少し暗い雰囲気を感じさせるが、どことなくおっとりしている。

 純はスマホの中のエインセルを食い入るように見つめた。

「あの……。聞いてます?」

「す……」

「す?」


「すっっっげえええええええええ!! AI!? お前、AIだろ!? 人工知能ってやつ!!」


「は、はぁ……。私にも自分の出自はよく分かりませんが、“AI”という単語の検索結果からして、恐らく間違ってはいないかと……」

「へえええ!! 今のAIってもうこんなに進んでんだ! 二〇二〇年にもなると、将棋するだけじゃないんだな~。すげぇ~。会話してるよ~。発音とかボイスロイドの最新版使ってんのかな? すっごい自然! 3Dも本物にしか見えないわ。あの爺さんもしかして、すごい金持ち?」

 純の興奮は冷め止むことを知らず、エインセルの頭や顔をつんつんとタップし始める。エインセルは鬱陶しそうに話を戻した。

「あの……。それでですね……。あなたにはこれから、とある殺人鬼を止めに行って頂きたいのですが……」

「……。殺人鬼?」

 物騒な単語を耳にして、純の顔色が変わった。

 エインセルは純が耳を傾けている間に、急いで説明した。

「そうです。信じられないかもしれませんが、あと三十分と四十六秒後、この街の裏通りにある空きビルで、ベン・ロブリーという男によって殺人が起きます。その殺人鬼から装備を奪ってください。殺すも殺さないも、ご自由に。方法もあなた次第です」

「……、何言ってんだ……? お前……」

 純は段々、怖くなってきていた。自分はとんでもないことに巻き込まれたのではないのかと、ようやく気が付いて。

「荒井純。あなたは、もっと力を必要としている。私は長い間、あなたのことを見てきました。あなたの思考を読んで、あなたが何を考え、どんな願いを持っているのかも知りました。これは、その上での提案です」

「めちゃくちゃだ……。信じられる訳ないだろ、馬鹿馬鹿しい……」

「なら、証明します。荒井純。あなたは普段、変装をして義賊的な活動をしていますね。それはあなたの世界平和を願う心が、自分や人間という存在そのものの力に限界を感じ、それでも自分にできることを探した結果、始めたことなんでしょう? 世界を平和にはできなくとも、せめて自分の周りだけは平和にしようと、あなたは決めた。例え、あなたに冷たい親であろうと、見知らぬ人であろうと、あなたが見つけたものは、守りたい。それが、今のあなたの気持ち」

 純の心臓が恐怖と気味の悪さに大きく揺れた。手の中に収まっている、この得体の知れないスマホから感じる異様な存在感に、気が狂いだしそうだった。

「なんで知ってんだよ……。なんで……、分かんだよ!! 俺の考えてることも、思ったことも、なんで!? どうやって!?」

「私にはそういう力があるから、としか言えません。正確には、“そういう力があった”と言うべきですね。現在、私の機能は九十九.九パーセントが封じられていますので、今ではあなたの思考や記憶を読むことはおろか、未来予測など、到底不可能です」

 突拍子もない情報が余りにも多すぎて、純はめまいがした。

 スマホの画面に映るエインセルは、心配そうに純を見つめている。

「大丈夫ですか? 具合が悪そうですよ……?」

「大丈夫だけど……。大丈夫じゃないって、こんなの……」

 純は混乱治まらぬ頭を抱え、悩み、考えた。

(こいつが言ってることは本当なのか? 殺人鬼だとか、思考を読むとか、未来予測だとか、どれもこれも馬鹿げてる……。そもそも、こんなすごいAI自体があり得ないだろ……。でも、こいつは俺の考えてることを当てた。俺の過去をどんぴしゃで当ててきやがった)

 悩み、悩み、考えて。

 純は答えを出した。彼にとって、それはそう難しいことではない。何故なら、もし本当に殺人鬼なんてものがいるなら、放っておくのは彼の信条に反する。

 それに――――

「お前……、さっき言ったよな? “俺の夢を叶えられるくらいの力が手に入る”って」

「はい。殺人鬼の持つ装備を奪うことで、その道が開けます」

 純は笑った。馬鹿馬鹿しい話だ。けれど、もし全てが本当のことなら、これ以上魅力的な見返りはない。

「俺の夢、なんだか知ってて言ってんだろうな?」

 エインセルは嬉しそうに、ずっとこの時を待っていたとでも言いたげな笑顔で、答えた。


「――――世界平和。ですよね?」




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