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チャカチャカチャッカ!!  作者: 山中一郎
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1

 荒井純あらいじゅんは、人一倍懐疑的な少年であった。

 彼は世の中のあらゆる常識や言葉に対し、まず疑いを向ける。

 例えば、学校で学ぶ理科や算数、それに道徳が、将来どんな役に立つのか。

 例えば、誰もが命の尊さを説きながら、何故平然と毎日のように肉を食べるのか。

 例えば、隠し事や嘘を言うなと教える両親が、どうして互いにパチンコをしに行ったり、他の異性と遊びに行っていることを隠したがるのか。

 荒井純は、そういった全ての事柄に疑問を持ち、自分なりに何度も考え、心の底から納得できる答えを出してきた。

 理科や算数は、自分の生活とは関係のないようで、あらゆる場面で関わっているから学んでおかなくてはならないし、道徳に至っては他人の心を理解する気持ちのない人間は、ただ迷惑な人間でしかないから学ぶのだ。肉を食べるのは、食べねば生きられないから罪を背負って食べるのであって、だからこそ命は尊いのだ。そして、不道徳な両親が至極まともなことを言いたがるのは、道徳的に生きるのを自分の分まで子供に押し付けようとしているからなのだ。

 そして、十七歳。高校二年になった今も、荒井純は変わらない。

 純は目の前で起こっている出来事に、疑問を持っていた。

 福井県、泥府でいふ市にて。

 下校中、夕方の街中。一人の中年男性に群がる、四人の男子高校生の姿がそこにはあった。

 簡潔に状況を説明するなら、オヤジ狩りである。

 純は近づいていくにつれ、オヤジ狩りにあっているのが自分の父親であることに驚いたが、それよりも、道行く人たちが誰一人として父を助けようとしないことが不気味だった。

 何度も似たような出来事を見てきた純は、すぐにその状況に解答を導き出した。

 他人の不幸に興味がない訳ではないのだろう。人は他人の不幸が大好きだ。けれど、興味はあっても関わる気は一つとしてありはしないのだ。面倒だし、怖いから、遠巻きに見て「嫌な世の中だ」など、「これだから最近の子供は」などと、正義ぶった感想を抱くだけで、実際何もしようとはしないのだ。

 誰も助ける気はない。誰も、助けようとしない。

 だが、彼は違う。荒井純はそうではない。

 彼は解答を得て、思った。「自分は絶対にそうはなりたくない」と。他人の不幸を消し去る人間に、自分はなりたいと。

 小学生の時、七夕の日に純は短冊に“世界平和”と書いた。子供らしい、幼稚で、夢見がちな願い。もしくは、他に何も思いつかなかったが故に、とりあえず書いただけの願い。“世界平和”という願いに対するイメージは、そんな所だろう。けれど、彼は違った。

 荒井純は、本気で“世界平和”を願い、実現させようとする類の人間であった。

 だから、純は戦う。

 黒い帽子を被り、サングラスをかけ、布マスクをつけて、変質者にしか見えない恰好で正体を隠しながら。傍から見れば笑ってしまうような、怪しげな恰好。けれど、彼は本気だ。

「おい、お前ら」

 純の呼ぶ声に、男子学生たちは振り向いた。純の不審な恰好を見るや、彼らの顔は人をなめくさった表情になる。

「なぁにぃ? お前? こっちは今忙しいんだよ。変な恰好で話しかけんな、変質者!!」

 それを聞いた純が鼻で笑うと、男子学生の一人が純に殴りかかった。

「……、あ?」

 男子学生の拳は、純にあっさりと受け止められていた。それも、片手で。

「あ? あ、あれ……?」

 男子学生は掴まれた拳を動かそうとするが、純に掴まれた拳はぴくりとも動かせない。指先から背中、両足に至るまで、純の筋肉の強靭さが、どれだけ自分とかけ離れたものか、男子学生は否応なしに理解させられた。

 純は男子学生の腹を殴り、悶絶させた。

 残りの学生たちは、一瞬怯んだが、意地を張って純に一斉に襲いかかった。その判断こそ、運の尽きであるとも知らずに。

 純は次々に向かってくる拳を避けては殴り、あっさりと全員を片付けてしまった。

「ひ、ひぃいいい!」

 助けてくれたのが息子の純であるとも気づかず、父はその不審な姿と暴力に恐れをなして、お礼を言うこともなく逃げ去ってしまった。

「……。しょうもねえ親父……」

 純は呆れた様子でそう言って、倒れる不良男子たちを置いて家路についた。


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