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「ねえねえ、最近すごくない? あのフォマルハウトとかいう人。毎日テレビで名前出てるよね。どこかの政府が極秘で作った強化人間って、ほんとだと思う?」
「私は遺伝子の突然変異で産まれた新人類じゃないかってどっかの大学の教授がインタビュー受けてるの観た。アメコミヒーローみたいな? あの炎とか、超能力だとしか思えないし」
「この前ニュースでやってたけどさ、火山の噴火で出てきた溶岩とか火山灰とかが、フォマルハウトの炎で全部蒸発して消えちゃった映像。あれヤバくない? 溶岩が蒸発するって、マジなんなの?」
学校で席に座っていると、休み時間にそんなクラスメイトの会話が聞こえてくる。
『すごい人気ですね! 純! これも純の地道な活動の成果ですよ!』
『ふふ。まあ、それほどでも……、あるけどな!』
『ひゅ~っ! カッコいい~!』
エインセルと嬉しそうにチャットをする純の所へ、茜と洋吉がやって来た。二人共にやにやと、何か純を困らせるつもりであるのは明らかだ。
「ねえねえ純く~ん。神宮ちゃんとはどうなった~?」
「なんにもねえよなぁ!? そうだよなぁ!?」
「うるせー……。マジでなんにもないから……。あれから会ってもないし。チャットだけ」
「怪しい! 検閲を始める!」
洋吉が跳びつくように、純のポケットに手を突っ込んだ。
流石にこれには純も焦った。ポケットに入れてあるのは、自分が元から持っていたスマホではなく、エインセルが中にいるスマホだからだ。
「おい! 手突っ込むな! 気持ち悪い!」
「やかましい! 貴様にばかりいい思いはさせんぞ! ……、ん? なんだこれ?」
そして、洋吉がポケットから取り出してしまったのは、紛うことなきそのエインセルの入った、気味の悪い装飾が施されたスマホであった。
「おいおいおい……」
「お兄ちゃん……。これ……。夢に出てきたのと同じ……」
ドン引きする二人に、純は慌てて誤魔化す言葉を考えた。
「これは……。あれだよ! 露店で変なカバー売ってたから、古いスマホに被せてみたんだわ! どうよこれ! デザインヤバいだろ!?」
「ああ……。確かに……。なんか気持ち悪い……」
「あ……、えっと……。っていうか純くん……。この待ち受け誰? グラビアアイドル? 巫女さんかなんかのコスプレ?」
画面に映っているエインセルは、とっさに取ったのであろう、謎の可愛いポーズで固まっている。よく見ると、小さく体が動いている。今にも限界が来そうだ。
「ネットで適当に見つけた画像だよ! 俺が使ってるスマホはこっちだから! ほれ! 早くそれしまえって!」
洋吉の手からエインセルを奪い返し、ポケットの中に突っ込んだ。代わりに、鞄から取り出した普通のスマホを机に置く。
洋吉と茜はしばらく顔を見合わせていたが、やがて我に返ったように純のスマホに目をやった。
「ま、まあいいや! オラ! 検閲だ検閲!」
そして、洋吉がスマホを見ようとした時、神宮が「失礼します」と、教室の外からおどおどした様子で入って来て、純の所までやって来た。
その手には、可愛らしいハンカチで包まれた弁当が収まっている。
「あ、あの……。先輩、これ、昨日約束したやつです……」
「あ、ありがとう。本当にいいの?」
「はい。先輩のためなら、これくらい……。あ、ち、ちがっ! 違った! 私、朝起きるの早いんで、全然平気ですから!!」
純に弁当を渡すと、神宮は赤い顔を隠す黒い髪を揺らして、足早に教室を出て行ってしまった。
「あ! これ、弁当箱ってどうすれば……」
「あー……、洗って明日返してあげればいいんじゃない……?」
茜が純の後ろから、神宮が渡した弁当を覗き込む。その顔は純の予想とは裏腹に、悪戯ににやついた物ではなく、何か考え事をしているように険しい。
そんな茜の表情に気を取られていた純のスマホを確認していた洋吉が、神宮とのチャットを見つけ、発狂した。
「キィエエエエエエエエエエッ!! こいつ、後輩に手作り弁当作ってもらう約束してるぅうううううう!! コロス! オレ、オマエ、ニクイ!! ダカラ、コロス!!」
「お兄ちゃんキモイ。うるさい」
「だって、あっちが作ってくれるって言うから……」
「クェエエエエエエエッ!」
洋吉の醜い叫びがこだまする中、純はエインセルからチャットで呼びかけられた。
『そんなお弁当なんて食べてる暇ないですよ。純。今、銀の腕のデータベースに、アメリカでグールという超越者が大量発生していると情報が入りました。銀の腕に取られる前に、先に狩っちゃいましょう。ほら、早く!』
『分かった分かった……。学校はサボりだな……。飯食ったら出発だ』
『ご飯なんてアメリカで食べればいいじゃないですか! 美味しくないですよ! そんな冷えた飯なんて!!』
神宮に嫉妬して、やたら怒っているエインセルをなだめるように鞄を叩いて、純は席を立った。