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チャカチャカチャッカ!!  作者: 山中一郎
16/53

15

 帰りのホームルームを終え、職員室でボクシング部の顧問の教師に退部届をもらって、そのまま書いて提出した純。顧問から退部を惜しまれながら、職員室をそそくさと出た純の所へ、洋吉と茜が一緒に帰ろうと誘いに来た。

「え? お前ら、今日は部活行かないの? 陸上部」

「ああ。今日はサボるわ。なんか気分じゃない」

「私もー。お兄ちゃんがそんなこと言うから、メンドくなっちゃった」

「うわ、自由ぅー……」

 純は引いているような口ぶりだが、嬉しそうだ。エインセルは、本当は純は洋吉たちと一緒に帰ることができるのが嬉しいんだな、と彼の気持ちを推察してみた。

 答え合わせをするように、エインセルは純にチャットを打ってみる。

『純。今日は一人じゃないので、寂しくなくてよかったですね』

 純はそれを見て、少し考えてから、返事を打った。

『最近はいつもお前がいるから、寂しくないよ』

 エインセルがそれを見て、とにかく舞い上がったのは言うまでもない。胸が締め付けられるような感覚。甘く切ない気持ちに浸りながら、エインセルは両手を握ってうっとりしていた。

 帰り道、洋吉たちと歩いている純が突然立ち止まった。鞄の中をがさごそと漁り出す。

「どうした? 忘れ物でもしたか?」

「いや、今スマホが震えてたから」

「なんで純くん、スマホポケットに入れとかないの?」

「え? いや、まあ、なんとなく……」

 もう一つの不気味なスマホが既にポケットを占有しているからだとは言えず、純は言葉を濁して本来の自分のスマホを鞄から引っ張り出す。

 どうやら神宮から、チャットが来たようだった。

「あ、神宮ちゃんだ。純くん、見せて見せて」

 茜が純のスマホを覗き込む。神宮とのチャットを見て、茜は純ににやついた顔を見せた。

「へぇ~。結構やり取りしてるんだ~」

「は!? あっちがチャット打ってくるから、俺はそれに返してるだけだって……」

 洋吉が真顔で、純の肩を掴んだ。

「貴様! 抜け駆けは許さんぞ!」

「だからそういうのじゃねーっつってんだろ!」

「いやいや。そういうのでしょ、これ」

「そういうのだろ! なんだこれは! “先輩、来月のお祭りの日、空いてますか?”って! “空いてるけど、どうかした?”じゃねーよ! スカしやがってこのムッツリ野郎! 完全に期待してるだろ! デートのお誘いだって分かっててこれ書いただろ! 茜、見ろこれ。“よかったら一緒に夜店周りませんか? もし、先輩が良ければですけど……”と来て、“別にいいよ。暇だし”だってよ! なにこいつ! なぁにが“別にいいよ、暇だし”だ! これ書いた時、絶対にやけてたぞこいつ! 暇じゃなくても行く気満々だろ! このエロマルファウトさんが!!」

「ほっとけ! エロマルファウトとか言うな! カス野郎!」

 実際、純はそのチャットのやり取りを、洋吉が言った通りの反応をしながらしていた。

 エインセルの顔が面白くなさそうになる。エインセルは、神宮と純が関わるのがなんとなく気に入らなかった。

「純くん、いきなりがっついちゃダメだよ? 女の子には優しくしなきゃ」

「なんの話!?」

「そうだ! お前……、あれだぞ! 高校生でそんな……っ。あれであれするとか……、不健全だろうが! 俺たちにはまだ早い!!」

「だからなんの話!? 別にそんなつもりないけど!?」

 楽しそうな純たちの会話を、エインセルはもやもやとした気持ちを抱えたまま、少し寂しさも感じつつ、ポケットの中でじっと静かに聞いていた。


 それからの日々は、純のフォマルハウトとしての犯罪阻止活動のために、世界中を飛び回る毎日が続いた。

 外国でテロや事件が起きていることをニュースで知れば、外国までブリンクを使って海を渡った。空中に浮かぶ練習を兼ねていたので、海に何度も落ちて浮かぶ羽目になった。

「寒い! 船とかで行きたい! 飛行機がいい!」

「空を飛ぶ特訓するんじゃなかったんですか? あ、もうちょっと右の座標にブリンクの照準を合わせて下さい」

「そうだけどさぁ……。それに、こっちの方が早いし。でも、ちょっとこの移動方法は無理やりすぎる気がする……」

「ならー……。えーっと。頑張ったら後で……、“良いこと”? してあげますよ~」

「どこで覚えたそんな言葉! 俺は許さんぞ! さっさと忘れなさい!」

 地道に世界各国移動を重ね、純はいくつも事件を解決していった。

 人は殺さず、犠牲も出さず。炎の仮面で顔を隠し、事件を解決する純の姿は、世界中で瞬く間に話題になっていった。

 ある日、疲れて家で寝っ転がる純に、エインセルは尋ねた。

「最近お疲れですね、純。あなたは、どうしてそうまでして人を助けるのですか? 報酬も受け取らず、こんなに人助けをする人間は他にいません」

「報酬なら……、もらってるよ」

 エインセルは首をひねった。純は誰からも金銭をもらっていないし、物をもらったりもしていない。ただ怪しげな恰好で人を助け、怪しげに去っていく。それが純の常であるのに。

「私の記憶では、純は何ももらっていないはずですが……?」

「物じゃない。なんていうか……、もっとこう……。生きてる理由みたいな……、そういうこと」

「生きてる……、理由……?」

「ああ。俺は今、前までは手も届かなかった誰かを、助けてあげることができる。俺は、それが嬉しい」

「純。あなたはどうして……、そんなに誰かを助けようとするのですか? 私はあなたと出会う前、一年ほどあなたを見ていました。けどあなたには、私の記憶がほとんど封じられているとか以前に、私には理解できないことがいっぱいあります」

 純は少しだけ黙って聞き耳を立て、階下の父の部屋から、父が外に出ていないことを確認した。

「小さい頃、俺は頑張れば絶対に世界は平和にできると思ってた。辛いことなんてない、みんな幸せな世界になりますようにって、両手合わせて願ってたよ。だってさ、できるならその方が良いに決まってんだろ? でも、親父がプロボクサーじゃなくなって、母さんがいなくなって……。俺には自分の家族も平和にしてやれないんだって分かったんだよ」

「でも……、私は知ってますよ。純、あなたはそれでも諦めなかった。世の中を良くするために、自分に何ができるかずっと考えて、自分なりに行動していたじゃないですか」

「……。諦めなかったんじゃない。諦められなくなったんだよ」

 純は天井をぼぅっと見つめ、左目の中のエインセルにゆっくりと語った。

「親父はボクサーじゃなくなった後、毎日俺や母さんをぶん殴って、酒ばっか飲んでた。母さんは俺を置いて家を出てったよ。“あんたもじきにああなるんでしょ?”って言われてさ。俺は母さんに捨てられたんだって分かった」

「そんな……。ひどい……。母親とは、もっと子供に優しい存在なのではないのですか……?」

「理想の母親はそうなんだろうな……。でも、俺の母さんはそうじゃなかった。俺は捨てられて、親父と二人で生活するようになった。親父は母さんの分まで俺を殴るようになって、俺は全部を親父のせいにして、恨んだ。いつか、絶対にやり返してやるって、反抗するようになった。小三くらいの時かな」

 純の腕には、今でも父に煙草を押し付けられてできた焼けどの跡が残っている。彼の体と心に、父正道はいくつもの消えない傷をつけた。

「俺は親父に勝つと決めた。俺は親父の財布から金を盗んで、近所のボクシングジムに通ったよ。親父の得意なボクシングで、親父を負かしてやろうと思ってさ。毎日毎日、ジムで体を鍛えて、コーチにボクシングを教えてもらった。それでも、親父には全然勝てなかった。腐っても世界一だった訳だ。強かったよ」

「でも、今は……」

「ああ。俺は七年かけて、ようやく親父に勝った。腹に二発もらったけど、俺は親父の顎に最高の一発を入れてやった。親父はよろよろになって床に倒れた。親父が起きた時、俺は親父に殺されるかもしれないって思った。けど、倒れた親父は……、泣いてた。その時、気づいたよ。俺は親父の最後の心の拠り所も、一緒にぶっ潰したんだって」

 今、下の階では、父は部屋に閉じこもり、暗い部屋で眠っている。過去の栄光が築いた財産で生きるだけの毎日。栄光の証であるチャンピオンベルトは、部屋のゴミの下に埋もれてしまった。

「俺が親父の心にとどめを刺した。最後のプライドまでへし折って、親父をあんな死人みたいな人間にしちまった。だから、俺が親父をなんとかしてやらなきゃいけないんだ。もう、諦めることなんてできない。俺は、自分のしたことの責任を取らなきゃいけない。自分の親父を救えもしないクソ野郎は、その分もっと、人のために戦わなきゃいけないんだ」

「純は……、優しすぎますよ! そんな人、もう放っておけばいいじゃないですか!」

「何度もそうしようと思ったよ。でも、できなかった。今も、できない。だって……」

 エインセルは、純の視界がぼやけていくのを見た。溢れ出す涙が、純の目から流れ落ちる。

「大好きだった……。昔の親父は、優しくて面白くて、誰よりも強くてカッコよかった……。あんなんじゃ……、なかったのに……。なんで……。どうして……。いつの間にか、こんな風になっちまったのかなぁ……。俺たち……」

「……、純」

 スマホの画面から、エインセルは純に呼びかけた。

「純がどうなっても、私は純のそばにいますよ」

 純はエインセルに潤んだ目を向けると、スマホの画面に指を当て、彼女の頭をなでるように画面をこすった。

涙はしばらく止まらなかったけれど、その間、純はちっとも寂しくなんてならなかった。


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