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数日後、放課後に純が家に帰ろうと学校を出た時だった。
エインセルがチャットで呼ぶので、純はポケットからスマホを取り出し、エインセルにどうしたのか尋ねた。
「純。銀の腕のデータベースに、日本で超越者が出現したと情報が入ってきました。銀の腕は海外の超越者との戦いに手いっぱいで、まだ野放しになっているようです。このレベルの超越者なら、純にかかれば一捻りですよ! 倒して旧き印で力を奪ってやりましょう!」
純は(来たか)と気を引き締め、エインセルに言った。
「狩りに行くぞ。場所を教えてくれ」
「新潟県の山奥ですね。端末義眼にナビゲーションアイコンを表示するので、アイコンの方に向かってください。この程度の距離なら、ブリンクを連続で使えば、すぐに着きますよ」
「よし!」
純は急いで近くの建物の陰に隠れ、制服から私服に着替えると、エインセルが示す方向へブリンクを繰り返し使って、進み始めた。
新潟県、とある山中。
純が辿り着いたのは、人里離れた山の奥にある、盆地だった。
「……。なんじゃこりゃ……」
そこ一帯は、夏場だというのに、草木が一つ残らず不自然に枯れ果てていた。
「ドリームランドと呼ばれる世界から地球に迷い込んだ、“ドール”という超越者の仕業です。巨大な芋虫のような姿をしていて、地中を移動しながら、住み着いた星の栄養を食べつくしてしまう危険な存在だと、データベースにはありました」
「芋虫ぃ? なんか大したことなさそうな……」
そんな大げさな、と純が思ったのも束の間。いきなり激しい地震が起こり、純は倒れないように急いでかがんだ。
地震は治まることなく、今度は地鳴りがどんどん大きくなっていく。
そして、“ドール”が地上へその姿を現した。大地を貫き、空へと向かってその巨体を突き上げて。
「で、でけぇ……!」
ドールの大きさは、純の想像を遥かに超えていた。
体長は少なく見積もっても五百メートルを優に超し、胴体の太さはクジラ二、三頭分はある。先端に、円形に牙が生えそろった口を持つ、超巨大な芋虫だ。
“超越者”と呼ばれるのも、納得の威風であった。
「こんなやつが人のいる所に出てったら、えらいことになるぞ……」
「ここで仕留めましょう、純。ドールは超越者の中では下級の種族に当たります。上級種族の力を倒して奪うには、自分も上級種族と同じくらい力を持っていなくては体が耐えられません。まずはここから、地道に力を奪っていきましょう」
「でっけえ最初の一歩だな……。行くぜ!」
地中から這い出て、とぐろを巻くドールに純が拳を構えた。左手にはめたファイアスターターから出た炎が、純の両目の周囲を隠す炎のマスクとなる。
「純、それは?」
「グラサンと風邪用のマスクじゃ、カッコつかねえだろ。これからは、これでいく」
純は戦闘態勢に入り、スマホをポケットにしまった。
ドールが純の存在に気づき、無数の牙を蠢かせながら、純を食い殺そうと跳びかかった。
「速くねぇ!?」
ドールの巨体は恐ろしく滑らかに、素早く動いた。純がブリンクで回避すると、ドールは圧倒的な質量の体をうねらせながら、あっという間に土の中へと潜ってしまう。地面は揺れ、ドールが潜った巨大な穴は、真っ暗な地の深くへ続いている。
「あれが下級……? マジで言ってんのかよ……」
「大丈夫ですよ。ファイアスターターに蓄えられた力は、ドールを倒すのに充分なものです。今の純になら、倒せますよ!」
「そうは言うけど、あんなでかいのに俺は一体何をすればいいんだよ……」
「そんなの簡単です! ベンの時と同じように――――」
大地が揺れる。どうしていいか分からない純の背後に、ドールが地中から姿を現す。
純は反射的に後ろを振り向いた。ドールの口が、純を飲み込もうと迫ってくる。
「――――殴って殴って、ぶん殴るんです!!」
「それなら……、任せな!!」
ドールの捕食攻撃をブリンクで回避し、ドールの側面に瞬間移動した純の拳が、巨大な芋虫の体を殴り飛ばす。ドールのぶよぶよとした体に拳の跡が付き、その巨体が大きく揺れた。
自分のパンチが効いていると分かると、純はブリンクを駆使してドールの体に連続で拳を叩き込んでいく。
「オラオラオラオラ!!」
ドールの巨体を軽々と殴り飛ばす拳が、間断なく繰り出される。純の拳が、圧倒的な巨体を誇るドールを圧倒していく。
ドールをお手玉のようにぶっ飛ばし続け、純はシメの一撃を叩き込む。
「そぉらよぉ!!」
ドールが地に伏し、動きがもぞもぞとした鈍い物に変わった。瀕死にまで追い込んだのだ。
「すごいすごい! 流石純!」
「おお……。すげえ。これが旧き印の力……」
「あとはとどめを刺すだけですが……。ファイアスターターと私の入っているスマホ、どちらの旧き印に力を吸わせましょうか」
「今回はスマホの方にしよう。何かあった時の保険になる」
「なるほど~。純は賢いですね! 旧き印に力を吸わせるには、そう念じるだけで大丈夫ですよ。端末義眼やファイアスターターの使い方と同じです!」
「オーケー。それじゃ、とどめ差しますか!」
純がファイアスターターをはめた左手をドールにかざす。段々とファイアスターターの周りを蠢く炎が大きくなっていき、十五秒のチャージ時間を満たし、最大出力の準備が整った。
「着火ぁ!!」
「チャッカチャッカー!」
ファイアスターターから飛び出した炎がドールを焼き尽くす。周りには一切の熱を与えず、ドールだけを燃やす炎は、山々を枯れ果てた荒地に変えた化け物を、一瞬で白い灰の山に変貌させた。
ドールを倒すと、その遺灰から、宙に黒いもやのような物が大量に浮かび上がってきた。
「あ、あれ! あれが超越者の力です! もらっちゃいましょう!」
エインセルに教えられ、純はスマホをもやにかざし、旧き印に入るよう頭の中で念じてみる。
すると、黒いもやはスマホに刻まれた旧き印に全て吸い込まれていった。
「おお……。なんか、力が湧いて来る感じがする……」
「やりましたね、純! これで、この辺りに住む人も救われましたよ!」
「そっか……。今度はちゃんと助けられたのか……。よし!」
純は嬉しくなり、力の湧いて来る拳をぎゅっと握った。
「エインセル! この調子でじゃんじゃんみんなを助けるぞ!」
「おー!」
楽しそうな二人は、無邪気に勝利の余韻に浸り、気が済むまではしゃいでいた。
そんな二人を、遠くから観察している者がいることにも気づかずに。
「……。クトゥグアの炎と、荒井純……、か」
木製の車椅子に座る、深い色のサングラスをかけた老人はぼそりと呟き、その場からすぅっと姿を消した。