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チャカチャカチャッカ!!  作者: 山中一郎
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10

 朝から生徒たちの声で騒がしい教室に入り、純が自分の机に鞄を置いた時だ。純は思い切り背中を叩かれ、やれやれという風に振り向いた。

「純くん、おっはよー!」

あかねか……。びっくりさせんな。おはよう」

 元気に挨拶してきた女子生徒、伊須升茜いすますあかねは、純が椅子に座ると後ろに回り、純の頬をぶにぶにと引っ張って遊びだした。

「ねえねえ、昨日の心霊番組見た? なんか、カエルみたいな顔の人間の特集やってたやつ!」

「あー、昨日はテレビ見てないなー」

「えー、見てないのー? すっごいリアルで怖かったのにー」

 左目のエインセルは、何故か純にじとっとした視線を向けている。純がエインセルの視線に困惑している間に、男子生徒が一人、純の机にやって来た。

 茜の兄である、伊須升洋吉いすますようきちだ。

「おう、純。またすごいケガしてんな。お前がそんだけやられるって、相当な喧嘩だったんじゃねーの? 大丈夫かそれ」

「別に。ちょっと相手の頭がイカレてただけ。あと、洋吉。このイタズラしてるお前の妹をどけてくれ」

 純にそう言われ、洋吉は茜を純から引っぺがした。

 茜は呆れた顔で、所々に穴が開いた純の学ランを指さす。

「純くんまた喧嘩したの? 制服も穴だらけだし、昼休みに直してあげる」

「いい、いい。自分でやるから。ほら、先生来たぞ。机に戻れ、お節介兄妹」

「おっと、やべ」

 朝のホームルームが始まる前に、洋吉と茜はそそくさと自分の机に戻っていった。

 伊須升洋吉と、その妹の伊須升茜は、幼い頃からの純の友達だ。特に、天真爛漫な性格の茜は純によく懐いていた。

『純。ちょっと』

「……?」

 エインセルが冷ややかな視線のまま、チャットで純を呼んだ。明らかに、不満気な顔だ。

『あの神宮という後輩といい、今の茜という人といい、純は胸の大きい人の方が好みなんですか?』

 純は不意を突かれ、顔が斜めに歪んだ。

『なんだいきなり』

『だって、あの人たちと話している時の純、視線が胸にばっかり向いてましたよ……?』

 純が慌てて、『気のせいだろ。てかほっとけや、そんなこと』とチャットを打つ。

 エインセルは納得いかないといった様子だ。

『私の姿は、あなたのタイプに合わせて作ったはずなのに……。あなたの部屋にある、いかがわしい本の傾向からして、スレンダーで落ち着いた黒髪の女性がタイプのはず……。スマホの閲覧履歴からしても、胸の小さい細身の女性が好みに間違いないと思ったのに……』

『やめろや!』

 衝撃の告白に、純は穴があれば入りたい気持ちで、机に突っ伏した。

(やけに俺好みの見た目してると思ったら、そういうことかこいつ……!)

 エインセルの分析は完璧に合っていた。ただ、目の前にある豊満な胸に目が行くのは男の性。比較的良い物を持っている茜や神宮の胸に視線がいくのは、それだけの話だ。

 純はこの時、エインセルの持つ力の恐ろしさを、その身をもって実感したのであった。


「そういえば純くんさー、最近ボクシング部に顔出してないの?」

 昼休み。茜や洋吉と昼食を食べている時、茜が純に言った。純は購買で買った焼きそばパンをかじりながら、茜に答える。

「あー、行ってないな。全然」

「なんかさー、この前廊下で、ボクシング部のマネージャーの子? 一年生の神宮ちゃん。その子に純くんのこと聞かれたんだー」

『あのおっぱい大きい人ですか』

 左目に映るエインセルの視線が怖い。純は茜と洋吉に怪しまれぬよう、平静を装った。

「神宮に? なんて?」

「“荒井先輩はお元気ですか?”って。純くんのこと、すごく心配してたよ~? ひょっとしたら、惚れられちゃってたりして~?」

「マジかよ。純殺すわ」

『殺すわ』

「殺さないでください」

 洋吉とエインセルに懇願し、純は焼きそばパンをさらにかじった。

 茜は純をからかうように、神宮の話を掘り下げた。

「実際、神宮ちゃん純くんのこと気に入ってると思うんだけどなぁ~。だって、あの子見るからに奥手じゃない? 男の子苦手そうだし。ボクシング部のマネージャーなんてやってるのが不思議なくらい」

「……、何が言いたい」

 茜が何を言わんとしているのか、容易に想像できて、純はうんざりした。

「決まってんじゃーん! 神宮ちゃん、純くんのこと好きなんだってば! 純くん的にはどうなの? 神宮ちゃん可愛いし、何気にスタイルいいよね! どうなのどうなの?」

 左の視界をエインセルの怒り顔が覆っている。明らかに、威圧している。

「ええ……。別に、ただの後輩としか思ってないけど……」

 これにはエインセルもにっこり。

 しかし、洋吉が追い打ちをかけてきた。

「じゃあ、実際に告られたらどうするよ?」

「えっ。それは……」

「あ、悩んだ! 本能には逆らえませんな~」

 エインセルが怒り顔に戻り、さらに顔をアップにさせる。視界いっぱいに映る、彼女の鋭い目が怖い。

『怖いんですけど』

『怖がらせてるんですけど』

 純はチャットと左目に映るエインセルから、できるだけ意識を逸らした。

「神宮のことはともかく、ボクシング部にはいい加減、退部届出すか……。一年くらい顔出してないし、そもそも入ってすぐ行かなくなったしな……」

 純がだるそうにそう言うと、洋吉が苦笑いを浮かべた。

「まあ、普通の高校生じゃお前の相手にはならんよなぁ……」

「お父さん、元プロボクサーだもんねぇ。ずっとお父さんにボクシング教えてもらってたんでしょ? そりゃ強いって」

 洋吉と茜の言ったことが引っかかり、エインセルは純がどんな表情をしているのか気になった。けれど、端末義眼に自分の姿は映せても、純の左目の視界か、スマホのインカメラ(画面側のカメラ)かアウトカメラ(裏側のカメラ)が向いている方以外、彼女には見ることができない。スマホがポケットに入っている今の状態では、純の表情はどうやっても見ることができないのだ。

 エインセルは知っていた。純は父親にボクシングを教えてもらっていたのではない。

 八百長の罪でボクサーとしての道を閉ざされ、妻にも逃げられ、家庭内暴力を奮ってくるようになった父に反抗するために、純は近所のボクシングジムで体を鍛え、ボクシングの技術を磨いたのだ。

 元プロボクサーだった父を、殴り倒してしまえるほどに。

 エインセルの心配も知らず、純は焼きそばパンを一気に食べきり、話の流れを断ち切った。

「ボクシング部のことはまた今度済ませるわ。今日は午後の授業全部寝て、とっとと帰るかね」

 そう言って席を立った純に、洋吉と茜は不思議そうな目を向けていた。


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